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4月15日 選択肢「朝起きると凜ちゃんが泣いていた」

一度、間違って後半だけあげてしまい失礼しました。

「先輩」


 誰かに呼ばれている。


「先輩、起きてください」


 黒い水。


 曲がった王冠。


 腕の中で動かなくなる、カエルのお姫様。


 その身体を抱きしめて泣いている、凜ちゃん。


 黒い水の向こうには、すず先生が立っていた。


「先輩!」


 目を開けると、凜ちゃんの顔がすぐ近くにあった。


 いつもきれいに結ばれているツインテールが、少しだけ乱れている。


「……おはよう」


「おはようではありません」


「まだ夜?」


「朝です」


「じゃあ、おはようで合ってるねえ」


「そういう話をしているのではありません」


 凜ちゃんは、私の額へ手を当てた。


 冷たい指だった。


「何度呼んでも起きなかったんですよ」


「ごめんね」


「うなされていました」


「私が?」


「何度も、やめてって」


「そうなんだ」


「何の夢だったんですか」


 凜ちゃんの声が少し固くなる。


 私は、さっきまで見ていた夢を思い出した。


 黒い水。


 動かなくなったカエルのお姫様。


 その身体を抱きしめて、何度も名前を呼んでいた凜ちゃん。


「カエルのお姫様が死ぬ夢」


 凜ちゃんの表情が止まった。


「誰に殺されたんですか」


「すず先生」


「そうですか」


 凜ちゃんは視線を伏せた。


 その目が赤くなっていることに、ようやく気づいた。


「凜ちゃん」


「何ですか」


「泣いてたの?」


「泣いていません」


「目が赤いよ」


「先輩が起きなかったからです」


「それだけ?」


「それだけです」


 凜ちゃんは私から離れようとした。


 私は身体を起こし、その腕をつかんだ。


「先輩?」


 そのまま凜ちゃんを引き寄せ、胸元へ抱きしめる。


「大丈夫だよ」


「何がですか」


「分からないけど」


 小さな背中を、ゆっくり撫でる。


「凜ちゃんがつらそうだから」


「私は大丈夫です」


「じゃあ、私のために少しだけこうしてて」


「どうして先輩のためになるんですか」


「安心するから」


 凜ちゃんは何も言わなかった。


 けれど、私を押し返しもしなかった。


 やがて、寝間着をつかむ指に力が入った。


「今回も、同じでした」


「同じ?」


「カエルのお姫様が、すず先生に殺されました」


「何度場所を変えても、静香先輩が守ろうとしても、最後にはすず先生に見つかって、殺されます。」


「何度も?」


「何度もです」


 凜ちゃんの身体が震えていた。


 私が抱きしめる腕へ、少し力を込める。


 凜ちゃんは、それ以上は、何も説明しなかった。


 机の上には、『カエルのお姫様』第三巻が置かれている。


 表紙では、曲がった王冠をかぶったお姫様が、いつもどおり笑っていた。


「つらかったね」


 私が言うと、凜ちゃんは首を横に振った。


「大丈夫です」


「本当に?」


「以前も、立ち直れましたから」


「どうやって?」


 凜ちゃんは、少しだけ顔を上げた。


「先輩の手紙があったからです」


「私の?」


「はい」


 凜ちゃんの目に、わずかに柔らかい色が戻る。


「何もかも嫌になって、もう立ち上がれないと思っていたとき、手紙をくれました」


「どんなことを書いたの?」


「私のことを大切に思っていると」


「うん」


「ずっとそばにいたいとも」


「うん」


「何度離れても、必ずまた会いに行くと」


「すごいこと書いたねえ」


「先輩が書いたのでしょう」


「私が?」


「はい」


 凜ちゃんが、少し照れたように目を伏せる。


「あの手紙があったから、私は立ち直れました」


「そうだったんだ」


 凜ちゃんは、私の寝間着をつかんだまま続ける。


「だから、今回も大丈夫です」


「うん」


「カエルのお姫様が殺されても、私は――」


「ちょっと待って」


 私は、凜ちゃんの肩へ手を置いた。


「何ですか」


「私、その手紙を書いてないよ」


 凜ちゃんの表情が止まった。


「……え?」


「誕生日カードなら書いたことがあるかもしれないけど、ずっとそばにいたいとか、何度離れても会いに行くとかは書いてない」


「そんなはずはありません」


「いつ渡したの?」


「以前のループで、私の机に置いてありました」


「私が持ってきたの?」


「いいえ」


「私の名前が書いてあった?」


 凜ちゃんは答えなかった。


「凜ちゃん?」


「名前は、書いてありませんでした」


「じゃあ、どうして私からだと思ったの?」


「それは……」


 凜ちゃんは、ゆっくりと視線を下へ向けた。


 私のベッドの下。


 ダイナマイトペンギンが、いつも潜っている場所。


 暗がりの奥に、太い葉巻の先が見えていた。


 凜ちゃんは私の腕から離れ、床へ手をついた。


「出てきてください」


 返事はなかった。


「起きているのは分かっています」


 しばらくして、ベッドの下から葉巻の先が現れた。


 続いて、黒い頭と、赤いダイナマイトを腹に巻いた小さな身体が這い出してくる。


 ダイナマイトペンギンは眠そうな顔で凜ちゃんを見上げた。


「朝から騒々しい女だ」


「手紙を書いたのは、あなたですね」


「ああ」


 あまりにも簡単に認めたため、凜ちゃんは一瞬、言葉を失った。


「先輩からだと思わせたんですか」


「思わせてねえ」


「嘘です」


「俺は一度も、ひよりが書いたとは言ってねえ」


「では、どうして差出人を書かなかったんですか」


「俺が置いたからだ」


「私が寝ている間に、机へ置いただけでしょう」


「ああ」


「それで、どうしてあなたからだと分かるんですか」


 ダイナマイトペンギンは黙った。


 凜ちゃんの声が低くなる。


「分かっていたんでしょう」


「何がだ」


「私が、先輩からの手紙だと思うことです」


「知らなかった」


「そんなはずはありません」


「本当に知らなかった」


「では、なぜあんなことを書いたんですか」


 ダイナマイトペンギンは、葉巻を嘴から外した。


「書きたかったからだ」


「理由を聞いています」


「お前が好きだからだ」


 部屋が静かになった。


 凜ちゃんは、言葉の意味が分からなかったようにダイナマイトペンギンを見つめていた。


「……何を言っているんですか」


「そのままの意味だ」


「ふざけないでください」


「ふざけてねえ」


「あなたが、私を?」


「ああ」


 ダイナマイトペンギンは目をそらさなかった。


「お前は俺が嫌いだ。顔を見るたび怒るし、すぐベッドの下へ追い返す。いなくなればいいと思ってることも知ってる」


「当然です。あなたはいつも、私の邪魔ばかりする」


「ああ」


「先輩に漫画を見せる。本屋へ連れていく。私が隠してきたことを、勝手に話す」


「ああ」


「私が困ることばかりするあなたを、どうして好きになれるんですか」


「ならなくていい」


 ダイナマイトペンギンは、静かに答えた。


「俺は、お前に好かれるために手紙を書いたんじゃねえ」


「では、何のためですか」


「伝えたかっただけだ」


「何を」


「お前を好きなやつが、ここにもいるってことをだ」


「そんなことを言われても、私は嬉しくありません」


「知ってる」


「気持ちが悪いだけです」


「ああ」


 ダイナマイトペンギンは、それでも凜ちゃんから目をそらさなかった。


「それも知ってる」


 凜ちゃんの顔が歪んだ。


 怒っているはずなのに、その奥に怯えたような色が浮かんでいる。


「あなたは、私が作ったと言いましたね」


「ああ」


「だから、私を好きだと言うんですか」


「少し違う」


「何が違うんですか」


「俺は、お前が作っただけのものじゃねえ」


 ダイナマイトペンギンは、自分の腹に巻かれたダイナマイトへ小さな翼を置いた。


「俺も、お前の一部だ」


 凜ちゃんの表情が固まった。


「違います」


 返事は早かった。


「違わねえ」


「違います」


「お前が認めたくないだけだ」


「黙ってください」


「お前は、カエルのお姫様みたいな自分だけが、本当の自分だと思ってる」


「黙って」


「きれいで、優しくて、ひよりをまっすぐ好きでいられる自分だけが凜だと思ってる」


「黙りなさい!」


 凜ちゃんの叫びが、部屋に響いた。


 ダイナマイトペンギンは口を閉じた。


 凜ちゃんの肩が大きく揺れている。


「あなたは私ではありません」


「そうか」


「私の一部でもありません」


「ああ」


「私は、あなたのようなものを作っていません」


 ダイナマイトペンギンは、少しだけ俯いた。


「そう言うと思った」


「分かったようなことを言わないでください」


「分かってるさ」


「何も分かっていません!」


「俺は、お前が見たくなかったものからできてる」


 凜ちゃんが息を止める。


「お前がいらないと言ったもの。お前が自分じゃないことにしたもの。みっともなくて、認めたくなくて、誰にも見せたくなかったものだ」


「違う」


「それでも、俺はお前だ」


「違います」


「お前が俺を嫌いでもな」


「違うと言っているでしょう!」


 凜ちゃんの目から、涙がこぼれた。


 先ほどまでとは違う涙だった。


 カエルのお姫様のために流していた涙ではない。


 自分の内側へ、無理やり手を入れられたような顔をしていた。


「だから手紙を書いたんですか」


「ああ」


「私があなたを否定しているから?」


「それでも、俺はお前が好きだからだ」


「そんなものを、私は求めていません」


「分かってる」


「先輩の言葉だと思って喜んでいた私を見て、楽しかったですか」


「違う」


「私があの手紙を何度も読んでいたことも、知っていたんでしょう」


「知らなかった」


「嘘です!」


「嘘じゃねえ」


「では、私が先輩からだと思っていたと知ったとき、どうして何も言わなかったんですか」


 ダイナマイトペンギンは答えなかった。


「言えなかったんでしょう」


 凜ちゃんは震える声で続けた。


「あなたからの手紙だと分かれば、私が捨てると思ったから」


 長い沈黙のあと、ダイナマイトペンギンは答えた。


「ああ」


 凜ちゃんの顔から、血の気が引いた。


「最低です」


「そうだな」


「否定しないんですか」


「捨てられるのが嫌だった」


 ダイナマイトペンギンは、小さな翼で葉巻を握りしめた。


「お前が俺を好きにならなくてもよかった。返事もいらなかった。ただ、持っていてほしかった」


「先輩の手紙だと誤解したままでも?」


「俺の言葉を、お前が大事にしてくれるなら、それでいいと思った」


 凜ちゃんは後ろへ下がった。


 ダイナマイトペンギンから離れるように、一歩、もう一歩と距離を取る。


「それが、嫌がらせではないと言うんですか」


「嫌がらせをしたつもりはねえ」


「同じです」


「違う」


「同じです!」


 凜ちゃんは机の上にあった鞄をつかんだ。


「凜ちゃん」


 私が呼ぶと、凜ちゃんはこちらを見た。


 けれど、その目には怒りと混乱が入り交じっていた。


「先輩も、今は何も言わないでください」


「でも」


「お願いします」


 私は伸ばしかけた手を止めた。


 凜ちゃんは扉へ向かう。


「どこへ行くの?」


「分かりません」


「一人で大丈夫?」


「分かりません」


 扉の前で、凜ちゃんは一度だけ振り返った。


 ダイナマイトペンギンは、部屋の中央に立ったまま凜ちゃんを見ていた。


「あなたは、私ではありません」


 凜ちゃんはもう一度、はっきりと言った。


「私の一部でもない」


 ダイナマイトペンギンは答えなかった。


「二度と、私の気持ちを勝手に利用しないでください」


 扉が閉まった。


 足音が、廊下の向こうへ遠ざかっていく。


 ダイナマイトペンギンは、しばらく閉じた扉を見つめていた。


「追いかけなくていいの?」


 私が尋ねる。


「今は、俺の顔を見たくねえだろ」


「でも、凜ちゃんは泣いてたよ」


「ああ」


 ダイナマイトペンギンは、葉巻を嘴へ戻した。


 けれど、火はつけなかった。


「嫌われるのは、最初から分かってた」


「それでも手紙を書いたの?」


「ああ」


「どうして?」


 ダイナマイトペンギンは、凜ちゃんが出ていった扉を見たまま答えた。


「好きだからだ」


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