↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
27/46

4月13日 イベント「ダイナマイトペンギンとクレーンゲーム」 

 地下から長い階段を上り、狭い通路を抜けて、ようやく本屋へ戻った。


 店内には、さっきまでと変わらない静かな音楽が流れている。


 レジの前では客が雑誌を買い、奥の棚では店員が本を並べていた。あれほど深い地下に、カエルの兵士が暮らす世界が広がっていることなど、誰も知らないようだった。


 外へ出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。


 駅前の建物には明かりが灯り、仕事帰りの人や制服姿の学生が、私たちの横を忙しそうに通り過ぎていく。


「今日は、このまま寮へ戻ります」


 すず先生が言った。


「寄り道は禁止?」


「禁止です」


「本屋も寄り道だったねえ」


「ここから先の話をしています」


 先生の声はいつもどおり冷たい。


 けれど歩き始めてからも、私たちが全員ついてきているか確かめるように、何度も後ろを振り返っていた。


 美羽は綾乃ちゃんの隣を歩いている。


「まだ足、震えてる?」


「震えておりません」


「本当に?」


「美羽先輩は、いつまでその話をなさるおつもりですの」


「次に同じことが起きても、動けるようになるまで」


「わたくしは今、きちんと歩いているでしょう!」


「歩くのと、剣を持って動くのは別だよ」


「初めて実物の兵士を見たのです! 練習と同じようにできるわけがありませんわ!」


「だから、次の練習方法を変えないと」


「もう次の話をなさっていますの?」


 美羽は本気で、帰ったあとの練習方法まで考えているらしい。


 二人の言い争う声を聞きながら歩いていると、すず先生が小さく息を吐いた。


「話せるくらい元気なら、少し安心したわ」


「先生、心配してた?」


 私が尋ねる。


「していないように見えた?」


「うん」


「そう」


 すず先生は、それ以上何も言わなかった。


 駅前の交差点へ差しかかったところで、賑やかな電子音が聞こえてきた。


 ゲームセンターだった。


 入口には何台ものクレーンゲームが並び、赤や青の光が歩道まであふれている。


 寄り道は禁止。


 私は先生の言葉を思い出し、そのまま通り過ぎようとした。


「あ」


 ゲームセンターの前に、見覚えのある黒い背中があった。


 白い腹。

 赤いダイナマイト。

 嘴には太い葉巻。


 ダイナマイトペンギンである。


「いた」


「何が?」


 美羽が私の視線を追った。


「また妙なことをしていますわね」


 綾乃ちゃんが呟く。


 ダイナマイトペンギンは、一台のクレーンゲームへしがみついていた。


 透明な箱の中には、小さなペンギンのストラップが山積みになっている。


 黒い体に白いお腹。

 首には赤い蝶ネクタイ。

 丸い目をした、素直にかわいいペンギンだった。


「似てるねえ」


「似てねえ」


 ダイナマイトペンギンは、こちらを振り返らずに答えた。


「気づいてたんだ」


「お前の声は、遠くからでも聞こえる」


「何してるの?」


「見りゃ分かるだろ」


 ダイナマイトペンギンは、投入口へ十円玉を押し込もうとしていた。


 硬貨が入口にぶつかり、足元へ落ちる。


 拾い上げて、もう一度押し込む。


 やはり入らない。


「故障か?」


「百円って書いてあるよ」


「十円を十枚入れれば百円だろうが」


「機械は一枚ずつしか数えてくれないみたい」


「融通の利かねえ箱だ」


 ダイナマイトペンギンは、落ちた十円玉を拾って腹巻きへ戻した。


 それから私へ短い翼を差し出す。


「両替しろ」


「十円玉を百円玉に?」


「ああ」


「どれくらいあるの?」


「三百円分だ」


 ダイナマイトペンギンは腹巻きへ両翼を差し込んだ。


 中から、十円玉が次々に出てくる。


 一枚。

 二枚。

 五枚。

 十枚。


 まだ出てくる。


 歩道の端に、小さな硬貨の山ができた。


「ずいぶん稼いだねえ」


「三日間、働き詰めだ」


「何をしたの?」


「配膳、荷物運び、靴磨き、校庭の石拾い、迷子の案内。それからパン屋の手伝いだ」


「真面目に働いてる」


「当然だ」


「賭博は?」


「三回負けた」


「それで残ったのが三百円なんだ」


「その話はするな」


 美羽が十円玉の山を見下ろした。


「全部、自分で稼いだの?」


「勝負師は、種銭を他人に頼らねえ」


「三回負けた人が言っても、あまり格好よくないね」


「白石。お前は黙ってろ」


 私は十円玉を十枚ずつ数え、三つの山に分けた。


 自分の財布から百円玉を三枚取り出す。


「はい。三百円」


「確かに」


 ダイナマイトペンギンは百円玉を一枚ずつ光へかざし、表と裏を確かめた。


「私のことを疑わないでよ」


「金のやり取りに、情を持ち込むな」


「そんなに大事なお金で、何を取るの?」


 私はクレーンゲームの中をのぞいた。


 どのストラップも、少しずつ表情や形が違う。


 ダイナマイトペンギンが見つめていたのは、右奥にある一つだった。


 ほかのものより少し小さく、片方の目の刺繍がずれて細くなっている。首の蝶ネクタイも、わずかに曲がっていた。


「あれだ」


「手前に、もっと取りやすそうなのがあるよ」


「あれじゃなきゃ駄目だ」


「どうして?」


「凜が欲しがってた」


 あまりにも普通に答えたので、私は一瞬反応が遅れた。


「凜ちゃんが?」


「この前、ここを通ったときに見てただけだ。欲しいとは言ってねえ」


「でも、欲しいと思ったんだ」


「知らねえよ」


「取ってあげるの?」


「俺が取ってから、いらねえなら捨てればいい」


「凜ちゃんは捨てないと思う」


「まだ取れてねえ」


 ダイナマイトペンギンは、それ以上聞くなというように百円玉を投入した。


 軽快な音楽が鳴り、クレーンが動き始める。


「右奥だね」


「分かってる。黙って見てろ」


 ボタンを押す。


 クレーンが横へ動いた。


 次に、奥へ進む。


「もう少し右じゃない?」


「口を出すな」


「はあい」


 ダイナマイトペンギンがボタンを押すと、アームがゆっくりと下りていった。


 三本の爪が、ストラップの胴体をつかむ。


「取れそう」


 ストラップが持ち上がった。


 出口へ向かって運ばれていく。


 けれど、途中で爪の隙間から滑り落ちた。


「ああ」


「くそっ」


「惜しかったねえ」


「次だ」


 二枚目の百円玉を入れる。


 今度は、アームの爪が赤い蝶ネクタイに引っかかった。


 ストラップは少し手前へ動いたが、それだけだった。


「近づいたよ」


「取れなきゃ同じだ」


「前進ではあるよ」


「勝負に慰めはいらねえ」


 三枚目。


 ダイナマイトペンギンは、何度も箱の横へ回り込み、位置を確認した。


 右。

 少し奥。

 もう少しだけ手前。


 小さな体を伸ばし、真剣な顔でボタンを見つめている。


「そこじゃない?」


「黙ってろ。集中が切れる」


「さっきから黙ってって言われてばかりだ」


「なら学習しろ」


 ダイナマイトペンギンがボタンを押した。


 アームが下りる。


 爪が、ストラップの頭と片方の翼を挟んだ。


 今度はしっかり持ち上がる。


「取れたかも」


 出口の真上まで運ばれていく。


 あと少しだった。


 けれど、アームが開く直前、ストラップがゆっくりと傾いた。


 出口の縁へぶつかり、そのまま景品の山へ転がり落ちる。


 ゲームの終了を知らせる音楽が流れた。


 ダイナマイトペンギンは、しばらく動かなかった。


 空になった翼を、操作台の上へ置いている。


「終わっちゃったね」


「ああ」


「私がお金を出そうか?」


 私は財布を開いた。


「あと一回くらいなら――」


「いらねえ」


「でも、凜ちゃんにあげたいんでしょう?」


「だからだ」


 ダイナマイトペンギンは、透明な箱の向こうにあるストラップを見つめた。


「人の金で取ったものを渡しても、俺が取ったことにはならねえ」


「同じ百円だよ」


「違う」


 低く、はっきりした声だった。


「自分で働いて稼いだ金で取る。そうじゃなきゃ意味がねえ」


「凜ちゃんは、誰のお金か気にしないと思うけど」


「凜が気にするかどうかじゃねえ」


 ダイナマイトペンギンは、曲がった蝶ネクタイのストラップから目を離さなかった。


「俺が気にする」


 私は、ダイナマイトペンギンを見た。


 この三日間、十円玉を一枚ずつ集めていた。


 途中で賭けに負けながらも、残った硬貨を腹巻きへしまい続けた。


 自分で稼いだお金で、凜ちゃんが見ていたストラップを取るために。


「格好いいねえ」


「当然だ」


 ダイナマイトペンギンは、少しだけ顔をそらした。


「でも、お金なくなっちゃったね」


「明日また稼ぐ」


「また働くの?」


「ああ」


「賭けない?」


「条件のいい勝負があれば考える」


「やっぱり賭けるんだ」


「増やせれば、早く取れる」


「三回負けてるよ」


「次は勝つ」


 後ろで、すず先生が腕時計を確認した。


「桜庭さん。そろそろ戻ります」


「はあい」


「寄り道は禁止と言ったはずですが」


「私はゲームセンターに入ってないよ」


「十分立ち止まっています」


「先生も一緒に立ち止まってたねえ」


「あなたたちを置いて帰れないからでしょう」


 ゲームセンターの入口には、自動販売機が並んでいる。


 私は、そのうちの一台へ向かった。


「何してるの?」


 美羽が尋ねる。


「コーラを買う」


「今の話を聞いていた?」


 すず先生が言う。


「これで最後です」


「最初から最後まで寄り道でしょう」


 私は百六十円を入れ、ボタンを押した。


 音を立てて、冷たい缶が落ちてくる。


 それを取り出し、ダイナマイトペンギンへ差し出した。


「はい」


「何だ」


「コーラ」


「見りゃ分かる」


「飲んで」


「俺は、自分で稼いだものしか受け取らねえ」


「これは景品じゃないよ」


「じゃあ何だ」


「三百円も働いて稼いだお祝い」


 ダイナマイトペンギンは、缶と私の顔を交互に見た。


「対価は?」


「ないよ」


「借りは作らねえ」


「それなら、今度くだらない話を一つ聞かせて」


「俺の話に、くだらねえものはない」


「戦争の話は重いから、もっと軽いやつ」


「難しい注文だな」


「受け取らない?」


 ダイナマイトペンギンはしばらく迷い、やがて缶を両翼で抱えた。


「今回だけだ」


「うん」


「次は俺が買う」


「また十円玉を集めないとね」


「コーラはいくらだ」


「百六十円です」


 すず先生が答えた。


 ダイナマイトペンギンが固まった。


「物価が狂ってやがる」


「未来から来たのに知らないんだ」


「未来ではコーラは配給制だった」


「本当?」


「嘘だ」


 ダイナマイトペンギンは、缶の上へ翼をかけた。


 けれど、プルタブへうまく引っかからない。


 何度試しても、翼が滑ってしまう。


「開けようか?」


「自分でやる」


「コーラは私にもらったのに?」


「もらったからこそ、開けるところくらいは自分でやる」


 しばらく缶と格闘したあと、ダイナマイトペンギンは葉巻の先をプルタブの隙間へ差し込んだ。


 ぷしゅっ。


 小さな音を立てて、缶が開いた。


「おお」


「見たか」


「葉巻が初めて役に立ったね」


「俺の魂を便利道具扱いするな」


 ダイナマイトペンギンは、缶へ嘴をつけた。


 ごくごくと飲む。


 それから、目を大きく見開いた。


「うまい」


「よかった」


「炭酸が喉へ刺さる」


「スリルがある?」


「ああ」


 ダイナマイトペンギンは、今までで一番うれしそうな顔をした。


「ダイナマイトよりは安全だよ」


「比べるものじゃねえ」


 透明な箱の中では、赤い蝶ネクタイのペンギンが、こちらを向いたまま転がっていた。


 今日も取れなかった。


 きっと明日も、ダイナマイトペンギンは十円ずつ稼ぐのだろう。



「では、今度こそ帰ります」


 すず先生が歩き始めた。


 綾乃ちゃんと美羽が、その後へ続く。


 ダイナマイトペンギンも、コーラの缶を両翼で抱えたまま、私たちと一緒に寮への道を歩き始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。