第八話 魔王軍、レビュー文化が存在しなかった
魔王の配信は中止になった。
通信局員全員で止めた。
「今やったら絶対落ちます!」
「勇者軍が待ち構えています!」
「フラグです!!」
全力だった。
結果、魔王はしょんぼりしていた。
「配信したかった……」
「国のトップが承認欲求で回線使うな」
俺は管理卓の前に座りながら、各中継塔の設定を確認していた。
第六塔。
第八塔。
北部回線。
だが。
「……なんだこれ」
妙な記述が多い。
設定が統一されていない。
書き方がバラバラ。
しかも意味不明なコメントまである。
【たぶん動く】
【前任者を信じろ】
【触ると泣く】
「怖い怖い怖い」
レヴィアが後ろから覗き込む。
「問題あるのか?」
「ありまくりです」
俺は設定を指差した。
「これ、同じ処理なのに全部書き方違うんですよ」
「……ダメなのか?」
「人によって解釈変わります」
「なるほど」
「あと事故ります」
「いつものだな」
慣れないでほしい。
さらに確認していくと、
もっと恐ろしいことが分かった。
「……レビューしてないのか」
「れびゅー?」
通信局員たちが首を傾げる。
「誰かが変更した時、別の人が確認しないんですか?」
沈黙。
嫌な予感。
一人の魔族が言った。
「変更した本人が“ヨシ!”って言う」
「現場猫か!!」
通信局がざわつく。
「な、なんだその猫」
「知らない方が幸せです」
俺は頭を抱えた。
全部そうだ。
この世界、“個人技術”は強い。
だが、“組織運用”が存在しない。
「レビュー文化入れます」
その瞬間。
通信局員たちが緊張した。
「また新概念が来たぞ……」
「今度はなんだ……」
いやなんで毎回ラスボス登場みたいな空気になるんだ。
俺は黒板へ向かう。
【レビュー】
・変更前確認
・変更後確認
・他人が見る
・事故を減らす
「おお……」
「つまり二重チェック……」
「天才の発想だ……」
「普通の社会人です」
すると魔王が手を挙げた。
「質問」
「はい」
「面倒じゃない?」
「面倒です」
「じゃあ――」
「必要です」
「まだ何も言ってない!」
完全に先読みできるようになってきた。
その時だった。
若い通信局員が青ざめた顔で走ってくる。
「た、大変です!」
「今度はなんだ」
「第三区画の回線速度が急に十倍に!」
「……は?」
全員が管理画面を見る。
本当だった。
異常な速度。
異常な負荷。
そして――
「誰か設定変えたな」
ログを確認する。
変更者。
【不明】
「監査ログは!?」
「昨日まで切れてました!!」
「あーもう!!」
すると奥から小さな声。
「……あ」
全員が振り向く。
魔王だった。
「おい」
レヴィアの声が低い。
「また貴様か」
魔王が冷や汗を流す。
「いやその……」
「何をした」
「“高速化”って書いてた術式を押した」
「ボタン感覚で触るな!!」
通信局員たちが崩れ落ちる。
「また魔王様か……」
「もう専用監視必要では……」
「危険人物扱いされている」
だが俺は設定内容を見て首をかしげた。
「……あれ?」
「どうした?」
「これ、普通に最適化されている」
沈黙。
「え?」
「負荷分散も改善している」
「なんで?」
全員が魔王を見る。
魔王は気まずそうに言った。
「……昔ちょっと作った」
「何を」
「この世界の通信基盤」
空気が止まる。
「…………は?」
俺は思わず聞き返した。
「え、待ってください」
「うん」
「このネットワーク、魔王様が作ったんですか?」
「最初はね」
「一人で?」
「最初は趣味だった」
「趣味で世界インフラ作るな!!」
通信局員たちがざわつく。
「やっぱり魔王様すげぇ……」
「技術だけは本物なんだよな……」
「運用以外は……」
最後の一言に全員が頷いた。
その時。
警報が鳴る。
『外部配信急上昇』
『勇者軍動画、再生数増加』
『タイトル:魔王軍、また落ちる』
魔王が立ち上がった。
「よし」
「座れ」
「でも煽られてるし……」
「今対抗配信したら負けます」
「じゃあどうするの?」
俺は少し考えた。
そして言う。
「落ちないところ見せましょう」
通信局員たちがこちらを見る。
「まず、“普通に安定している”を作るんです」
沈黙。
そして通信局員の一人が小さく呟いた。
「……地味だ」
「インフラは地味なんですよ」
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