第六話 魔王軍、ついに「ドキュメント化」を始める
魔王城は静かだった。
いや、正確には――
“障害が起きていないので静か”だった。
通信局員たちは未だに落ち着かない様子で、何度も管理水晶を見に行っている。
「……本当に安定してる」
「怖いくらいだ……」
「逆に不安になるな」
完全にブラック現場の反応だった。
俺は通信管理室の机に座りながら、山積みになった紙を見ていた。
いや。
紙ですらない。
メモ。
走り書き。
付箋。
壁。
床。
なぜか天井。
「なんだこれ……」
レヴィアが答える。
「設定資料だ」
「文明崩壊後の遺跡かな?」
通信局の壁には大量の文字が書かれていた。
【北回線たぶんこっち】
【触るな危険】
【第二塔たまに燃える】
【魔王様ここ押さない】
「最後のやつ何です?」
「あのボタンを押すと全部落ちる」
「なんで残してるんですか!?」
「魔王様が“なんかかっこいいから”」
「ラスボス演出でインフラ組むな」
その時。
通信局員が飛び込んできた。
「大変です!」
「今度はなんだ」
「設定した人が誰か分かりません!!」
「いつものことだな」
レヴィアが冷静すぎる。
通信局員は泣きそうだった。
「誰が第六中継塔の設定を変えたのか追えなくて……!」
「ログは?」
「ありません!」
「監査機能は?」
「魔王様が“重いから切った”と……」
「おい魔王」
すると奥から魔王が出てきた。
ポテチ食ってた。
「なに?」
「監査ログ切ったんですか?」
「だって容量増えるし……」
「増やせ!!」
魔王がビクッとした。
「そんな怒る?」
「怒りますよ!」
俺は深呼吸した。
ダメだ。
この城、“記録を残す”という文化が薄すぎる。
完全に属人化している。
「……みなさん」
俺は通信局員たちを見回した。
「設定って、どうやって共有してます?」
沈黙。
嫌な予感。
一人の魔族が小さく手を挙げた。
「……記憶」
「終わってる!!」
通信局員たちがざわつく。
「だ、だって前任者がそうしてて……」
「“見て覚えろ”文化だったので……」
「師匠が死んだ時、第三区画が三日落ちました」
「技術継承が昭和!!」
俺は頭を抱えた。
インフラ規模は国家級。
運用は町工場。
危険すぎる。
「ドキュメント作ります」
その瞬間。
全員が固まった。
「……どきゅめんと?」
「記録です」
「記録……?」
「誰が何を設定したか残すんです」
「そんなことできるの!?」
「できます!!」
なぜ毎回秘術扱いされるのか。
俺は紙を取り出した。
そして書く。
【第六中継塔】
・担当:
・用途:
・接続先:
・変更履歴:
「おお……」
「整理されてる……」
「読みやすい……!」
感動のハードルが低い。
すると魔王が近づいてきた。
「ねぇ」
「なんです」
「これ面倒じゃない?」
「面倒です」
「じゃあやめない?」
「その結果が今です」
「ぐぅ」
魔王が押し黙る。
だが通信局員たちの反応は真逆だった。
「……これなら引き継げる」
「新人でも分かるぞ」
「神か……?」
「ただの社会人です」
その時だった。
突然、通信局の奥から悲鳴が響いた。
「うわぁぁぁ!!」
全員が振り向く。
若い魔族が真っ青な顔で叫んだ。
「設定消えました!!」
「なに!?」
「第八中継塔の設定ファイルが空です!!」
場が凍る。
俺は嫌な予感しかしなかった。
「……誰が触った?」
すると全員の視線が、ゆっくり一点へ集まる。
魔王だった。
「…………」
「魔王様?」
レヴィアが低い声を出す。
魔王が目を逸らす。
「いやその……」
「何をした」
「ちょっと整理しようかなって……」
「消したのか!?」
「“Delete All”って分かりやすかったから……」
「押すな!!」
通信局員たちが崩れ落ちる。
「終わった……」
「第八塔死んだ……」
「また徹夜だ……」
だが。
俺は静かに言った。
「大丈夫です」
全員がこちらを見る。
「さっきバックアップ取りました」
沈黙。
そして次の瞬間。
「「「おおおおおお!!」」」
通信局が歓声に包まれた。
魔王が目を輝かせる。
「すごっ!」
「だから普通ですって」
「未来人では?」
「文明レベルの問題なんですよ」
するとレヴィアが小さく呟いた。
「……なるほど」
「?」
「貴様の世界では、“人がミスをする前提”で仕組みを作るのだな」
俺は少しだけ笑った。
「人は絶対ミスするんで」
その瞬間。
通信局員たちが一斉に頷いた。
ものすごい勢いで頷いた。
そして魔王だけが小さく視線を逸らしていた。




