第五話 魔王軍、まず「再起動」を覚える
停電だった。
いや、正確には“ほぼ停電”だった。
廊下の照明が点滅している。
警報音が鳴りっぱなし。
通信局員たちが走り回っている。
「南部落ちました!」
「北回線巻き込まれてます!」
「配信コメント欄が荒れてるぞ!」
「そっちは今どうでもいい!!」
阿鼻叫喚。
そしてその中心で、魔王は小さくなっていた。
「……ごめん」
「謝るなら配信切ってください」
「はい……」
魔導端末をしょんぼり閉じる魔王。
すると通信局員の一人が叫んだ。
「魔王様! コメント欄で“草”が大量発生しています!」
「炎上か……?」
「いえ笑われてます」
「もっとダメじゃねぇか!」
俺はため息をつきながら中央水晶――基幹管理核を見る。
赤い警告表示。
負荷率九八%。
いやもう落ちる寸前だろこれ。
「……なんでまだ動いてるんだ」
「気合いです」
通信局員が真顔で言った。
「インフラに精神論を持ち込むな」
俺は水晶の横にしゃがみ込んだ。
まず確認。
負荷。
通信先。
ログ。
メモリ。
CPU的なもの。
すると気づく。
「あれ?」
「どうした?」
レヴィアが覗き込む。
「これ、処理止まってない」
「だが落ちかけているぞ?」
「暴走してるだけです」
「違いは?」
「まだ助かる」
俺は即座に言った。
「再起動しましょう」
その瞬間。
部屋中が凍った。
「…………は?」
通信局員たちが青ざめる。
「さ、再起動……?」
「正気か……?」
「伝説の禁術を……!?」
なんなんだこの反応。
「いや普通ですよ?」
「普通!?」
魔王が立ち上がった。
「待って待って待って」
「はい?」
「基幹管理核を止めるんだよ!?」
「一回だけです」
「怖っ」
どうやらこの世界には、
“止めて再起動する”
という文化が存在しないらしい。
「だって止めたら壊れるかもしれないし……」
魔王が小声で言う。
「壊れかけのまま使うほうが危険です」
「でも動いてるし……」
「それで事故るのが一番怖いんですよ」
通信局員たちがざわつく。
「たしかに……」
「前回も“まだ動く”って言って爆発したな……」
「第三区画消し飛んだやつだ……」
学習してくれ。
俺は管理水晶の制御画面を開いた。
相変わらず設定ファイル直書き。
怖い。
怖すぎる。
「バックアップ取ります」
「そんなことできるの!?」
「できます」
「天才では?」
「現代だと普通です」
俺は手早く設定を複製する。
幸い構成は単純。
単純すぎて怖いくらいだ。
だが、その時。
警告表示が増えた。
『外部アクセス増大』
『不正侵入試行』
『管理権限競合』
「あー……」
勇者側の攻撃か。
しかもタイミングが悪い。
「敵も今狙ってきてますね」
「なんで分かる?」
レヴィアが聞く。
「再起動前って、一番脆いんですよ」
全員の顔色が変わる。
「じゃ、じゃあ今止めたら……!」
「乗っ取られる可能性あります」
「終わった!!」
魔王が頭を抱える。
だが俺は冷静だった。
「なので先に閉じます」
「閉じる?」
「外部接続遮断」
「そんなことできるの!?」
「だから普通ですって」
俺は設定を書き換えた。
接続制限。
管理権限固定。
外部遮断。
すると――
『外部接続、遮断完了』
警報が静かになった。
通信局員たちが息を呑む。
「おお……」
「敵アクセス消えた……」
「すげぇ……」
魔王が目を輝かせる。
「かっこいい!」
「今まで何してたんですか本当に」
「気合いで耐えてた」
「だから精神論やめろ」
そして俺は、ついに再起動ボタンへ手を伸ばした。
静寂。
全員が見守る。
なぜかレヴィアまで祈っていた。
「そこまで大事じゃないですからね?」
「だが爆発したら困る」
「否定できないのが嫌だな……」
俺はボタンを押した。
ブゥン……
巨大水晶の光が消える。
城全体が静まり返った。
完全停止。
「…………」
全員が息を止める。
数秒。
十秒。
二十秒。
長い。
やたら長く感じる。
すると通信局員の一人が震え声で言った。
「……動かなくなった」
「再起動中です」
「もしこのままだったら?」
「その時は泣きます」
「怖ぇよ!!」
だが次の瞬間。
ブゥンッ!!
水晶が再び輝いた。
青白い光。
ログが流れ始める。
そして――
『負荷率 二三%』
部屋が静まり返る。
「…………え?」
通信局員が固まる。
「に、二三……?」
「さっき九八だったぞ!?」
「嘘だろ……」
魔王がゆっくりこちらを見た。
「……なんで?」
「メモリリークっぽかったので」
「めもり……?」
「簡単に言うと、無駄に溜め込み続けてました」
「人間みたいだな」
「ブラック職場ですね」
通信局員たちが泣きそうな顔で水晶を見つめている。
「軽い……」
「速い……」
「レスポンスが返ってくる……!」
感動の方向がおかしい。
その時。
通信局員の一人が叫んだ。
「動画が止まらない!!」
「そこなんだ」
だが魔王は本気で感動していた。
「すごい……!」
俺の両肩を掴む。
「君、本当に何者!?」
「ただのインフラ屋です」
「いや絶対レジェンド級だって!」
その瞬間。
廊下から絶叫が響いた。
「大変です!!」
全員が振り向く。
飛び込んできた魔族が叫ぶ。
「勇者軍が声明を出しました!!」
「声明?」
「『魔王軍通信網、近日完全停止予定』と!」
空気が凍る。
俺はゆっくり眉をひそめた。
「……あいつら」
ログを見直す。
さっきの攻撃。
妙に統率されていた。
素人じゃない。
そして一番気になるのは――
「内部構成、知られている……?」
俺が呟くと、レヴィアの表情が変わった。
「……内通者か?」
魔王城の空気が、一気に冷えた。




