第十五話 第二の聖女
王太子ユリウスと聖女エリシアの婚約に沸く王都に、奇妙な噂が広まり始めていた。
聖女エリシアの力だけで王都の守護結界が張られているわけではない。実はより強力な魔力を持つ「第二の聖女」が守護結界の運用を行っているのだと。
聖女エリシアの治癒能力は誰もが認めるところだが、広い王都を覆う守護結界を維持するだけの魔力は持ち合わせていないはずだというのがその噂の根拠となっているらしかった。
王都の民衆はその噂について、どちらかというと好意的に見ていた。高い治癒能力を持つ聖女エリシアだけでなく、もう一人、高度で強力な結界の能力を張れるほどの聖女まで王都を守ってくれているということが、心強く感じられたのだ。
しかし当事者のエリシアと親友のクローデリアは、この噂を別の側面から見ざるを得なかった。彼女たちは事実をはっきりと認識していたからだ。
ある日、エリシアとクローデリアが王宮でユリウスらと昼食をとってから、一緒に大聖堂の「聖女の間」に戻ると、そこに「聖女」を名乗る人物がいたのだった。
それは侯爵令嬢セラフィナだった。
「あら、どなたかしら?」
エリシアが固まってしまった。以前、セラフィナにひどく侮辱された記憶が強く残っているに違いなかった。
「なぜあなたがここにいるの? ここは聖女の部屋よ」
エリシアに代わって、クローデリアが口を開いた。
「わかっているじゃない。そうよ、ここは聖女の部屋よ。だから本物の聖女の私がいるんじゃない」
クローデリアとエリシアは顔を見合わせた。
すると突然、セラフィナは右手の指の爪で自分の左腕に傷をつけた。
エリシアが「ひっ」と悲鳴を上げた。以前、エリシアに難癖をつけたときと同じような傷だった。
「何をしているの!?」
クローデリアも驚きを隠せなかった。
セラフィナは無視して詠唱を始めた。
「治癒……?」
エリシアが小さく呟いた。
セラフィナは右手のひらを傷口に当てた。すると瞬く間に傷が治っていった。
「こんなの簡単じゃない。『治癒』程度でちやほやされるなんて」
セラフィナは続けてまた別の詠唱を始めた。
「照光」
魔法が発動されると、まばゆい光が放たれ、エリシアもクローデリアも思わず顔を背けた。
「あははは、これが大司教様も認めた真の聖女の奇跡よ」
セラフィナの不快な高笑いがこだました。
「守護結界なんて目に見えないものなんて信じるほうがおかしいわ。おまえみたいな嘘つき偽聖女は地獄に落ちるんだから、覚悟しておきなさい」
エリシアが目を開けられずにいるところに、セラフィナが体当たりし、エリシアが床に倒れ込んだ。
「邪魔よ!」と言って、再びセラフィナが高笑いし、部屋を出て行った。
セラフィナは「大司教が認めた」とはっきり言っていた。グレゴール大司教が、「聖女の間」への入室を許可したのだろうか?
クローデリアは床に倒れたエリシアに手を貸し、起き上がらせた。
グレゴールの意図がわからず、胸騒ぎがしたまま、クローデリアは静かに泣くエリシアを慰めた。




