1:別世界の落とし物
凛とした空気に冬の訪れを感じさせる頃。
その騒動は突然おこった。
「な、なんだってー!?」
朝方に突然響いた青年の大声に、城中の者が飛び起きる。
「カイン、なにごとですか!?」
「カボチャ!」
ジャック・オー・ランタンの被り物を被った魔族が、バンッと荒々しく扉を開け、真っ先に飛んで来た。
「大変なんだ!」
カインは綺麗な真っ青な瞳に困惑の色を浮かべ、カボチャの実態のない身体にしがみつく。
「だからなんなんですか!」
カボチャは慌てて部屋の中やカインを確認するが、どこにも外傷は見当たらない。
廊下には使用人達が集まって来て、此方を窺っている。
「カイン、ふざけてるなら――」
そこまで言ってふと気付く、カインが見つめている先――その天井に。
「な、誰だ貴様!?」
蝶のような羽をぱたつかせ、手のひら程の小さな少女がミニスカートを翻し飛んでいた。
◇◇◇
――部屋の前に集まっていた部下や使用人たちを帰して、カボチャとカイン、そして小さな少女が精細な彫刻が彫られたティーテーブルを囲む
と言っても、少女はその丸い天板の上で靴を脱ぎ、上品に正座をして出されたお茶を飲んでいるのだが。
その傍には分厚い緑の本が置かれている。
彼女は大きなティーカップを器用に傾けてちょっとずつ飲むので、カボチャは溢すのではとはらはらしていた。
「まったくひどいなぁ。久々に会った旧友にそんな驚くなんて」
「ごめんごめん。でもしょうがないだろう。髪も瞳もぜんっぜん黒くないし、昔はそんな髪長くなかったじゃんか。どうなってんだよ」
「あぁこれ。髪を染めてるんだ」
手のひら程の小さな少女はその長いツインテールの髪を両手に持って「綺麗でしょ」と言って微笑む。
「うん、綺麗だな。それピンク? なんか金色も混ざってる?」
「これはね。ツートンカラーていうの」
「ツートンカラー?」
と言ってカインは首を傾げる。
「そう。別世界の人間の間で流行っていてね。あたしもやってみたの、こっちの方が妖精っぽいでしょ?」
「確かにそうだな、よく似合ってるよ。瞳も染めてんのか?」
「これはねカラコン」
少女は自慢げに、その瞳を片手で指さす。
金色にきらきらと光っているようなそんな瞳だ。
「へ~! なんかよく分かんねーけど、すっげーなあ。きらきらしてんじゃん!」
「ありがとう!」
すっかりご機嫌になった少女は「これお土産よ」と言って、自分より一回りも大きな何かをカインへ渡した。
「遅くなってごめん。とうとう魔王と恋人になったってね。おめでとう」
「ありがとう!」
へへっと笑って嬉しそうなカイン。二人がそろそろ昔話に花を咲かせそうになったところで、カボチャは口火を切った。
「それでカイン、誰なんですかこの方は」
「あ、ごめんごめん」
カインは少女に手を差し伸べてその手のひらに乗って貰うと、カボチャへ向き直る。
「コイツね。俺の旧友で〝ユメハ〟って言うんだ」
「はじめまして、ユメハです。別世界と別世界を行き来する〝妖精〟です」
二人並んで嬉しそうににっこりにこにこと笑顔で挨拶。なんとも微笑ましい。
そしてカボチャは数分考えた。そのフォーマルな白手袋をはめた指で眉間を押さえてほんの数秒考えた。
「〝別世界と別世界を行き来する〟妖精ですか?」
その問いに二人は元気よく「別世界と別世界を行き来する妖精です」とハッキリと答えた。
(聞いたことないぞ??)
この世界にも妖精と呼ばれる類の者は存在するが、別世界を行き来する妖精なんてのは少なくともこの千二百年生きてきてカボチャは出会ったことなど一度もない。
しかし落ち着いて考えてみれば、最近似たようなことがあったばかりなので、そこまで驚くことでもない。
(……異世界ブームでもきてんのか?)
カボチャは深呼吸を一つした。
「そうですか。それで、いったい遠路はるばるなんの用で?」
「実は――」
カボチャはユメハの話を聞いて開口一番にこう言った。
「な、なんだって!?」
要約するとユメハの友達の友達の親戚の知り合いの友達の知り合いが本日誕生日らしい。
もはや誰だよとツッコミたかったがカボチャはグッと我慢して、更に話をきいてみれば、その子が欲しがっている肝心のプレゼントはユメハの世界には無いものばかりだった。
そのため、知り合いの友達の知り合いの親戚の友達の友達づてで、その子へのプレゼントを探して来てほしいとユメハに話が入り、元々別世界を旅するのが大好きなユメハは一つ返事で頷いたとか、しかし帰り際せっかく集めたプレゼントを全てこの世界、アケドラルへうっかり落っことしてしまったのだ。
カインはカボチャの反応に「な、そうなるだろ!?」とはしゃぐ。
「だからってカインは大声で驚きすぎだよ。まだ朝なんだから」
「それはそうです。カインそこは反省しろ。あとユメハでしたか? あなたもはた迷惑な時間に人ん家にくるんじゃないですよ」
二人は「ごめんなさーい」と同時に言うが分かっている気がしない。
「とりあえずその別世界の物をこちらへ〝落としてしまった〟って本当ですか?」
「本当だよ。落としたのは〝猫、赤べこ、やくやく様〟の三つ」
「猫はともかくとして、赤べことやくやく様ってのはなんなんです?」
「あ、それ俺も思った」
「赤べこって言うのはね。赤い牛みたいな置き物のことで、やくやく様は本当はもうちょっと違う名前なんだけど、見た目が真っ赤なまんまるのドーナツをくっつけて輪にしたような顔かな、そのお人形を落としたんだ。服は青色だったかなぁ」
「ダメだ俺なんのことかサッパリ分かんないや」
「僕もです」
「と・に・か・く、カインにこれを探して欲しいの!」
「俺?」
「そう友達でしょ!」
「いいけどユメハは?」
その時だ。不意に三人の足元を転がる丸いガラス玉に気付いた。
ガラス玉といっても、まるでゴムボールのように柔軟に動くそれは、カインの足元へ止まると絵に描いたような小さな目をにこにこさせる。
「お、シュケルの水晶じゃん。どうしたんだ?」
「フフフ、お探しの猫はこの子でしょうか?」
急にカインとカボチャの間から発せられたどこかふくみのある声に、二人は思わず背をそらした。
「「シュケル!」」
肩まで不揃いに伸びた雪のような白髪、常に穏やかに瞑った瞳と何かを秘めたような笑み、司祭のような真っ白な衣をまとった彼は、当たり前のようにそこに立っていた。
カボチャは思う。
(この流れ、まんま最近やったばっかりなんですけど!?)




