2:赤べこを探せ!
突然現れたシュケルに驚いて、二人は思わず距離をとった。
だが、その腕の中で抱き上げられている真っ白な子猫に気付いたユメハは、たちまち感極まる。
「こ、この子よ。この子……!」
ユメハは小さな体でその子猫に飛び付いた。
もふもふのその毛並みに体をうずめて、子猫の頬に頬ずりをする。
「探したんだよ~ごめんね。もう落とさないからね!」
ユメハはガバリと顔を上げる。
「シュケルさんでしたっけ? ありがとうございます!」
シュケルが答えるのも待たず、ユメハはカインへ振り返る。
「カインごめん。あたしこの子を先に届けてくるから!」
「え?」
ユメハは持って来た分厚い本を手のひらの上に浮かべると、本が神秘的な光を放ちペラペラと捲れる。
光が眩く辺りを照らすと一瞬にしてユメハと子猫の姿が消えた。
「あとよろしく!」と、その言葉だけを残して――
◇◇◇
一気に静けさの戻った室内で、シュケルが口を開く。
「さて、どうします?」
「そりゃあやるよ。友達が困ってんだから当たり前だろ!」
「僕はこの展開についてツッコミを入れるべきか、はたまたこのままついていっていいのかいっそここで離脱するべきか悩んでますよ」
「と言いながら、最後まで付き合ってしまう姿が……目の前に見えますね」
フフフと笑うシュケルの前でカボチャはブツクサ言いながら、手始めにカインの寝台の下から探している。
実態のない身体、いや正しくは服だけは実態がある、まるで吸血鬼のような服に何発もの弾丸で穴があいたようなマントをその身にまとっているのだ。
ふよふよと浮きながら、カボチャは今度は棚をどかして探し始めた。
「はいはいはーい! 俺いいこと思い付いた、セオドアに落とした物の時間を戻して貰おうぜ!」
カインは妙案とばかりに瞳をキラキラさせる。
真っ青なローテールの長髪は、まるで猫のしっぽのように揺れた。
「そんで元の場所に戻せば、ユメハがもう一回取りに行けるだろ!?」
「フフフ、素晴らしい考えですね」
「だろ」
「しかし残念ながら、魔王さまは今ご不在ですよ」
「え~~!? なんだよもう肝心な時に限っていっっっつもこれだよ」
「フフフ、初めからいると物語が終わってしまいますからね」
「おいこらシュケル、余計なことを言うなドチクショウ」
かくしてユメハの落とし物〝赤べこ〟探しが始まった。
――そして、一同は早々につまづいている。
「ないなぁ」
カインは城の者みんなと仲がいい。なので城にいる部下や使用人たちに声をかけ、総動員で城中を探し回った。
だがどこにもそれらしいのは見つからない。
「そういえばシュケルは子猫をどこで見つけたんだ?」
シュケルと一緒に庭に出ていたカインは彼に尋ねると、シュケルはすっと空を指す。
「え?」
「庭を歩いていたら空から降ってきました。それを受け止めて、ベンチで子猫と一緒に寛いでいると、水晶からあなた方の声が聞こえてきましてね。事の次第を知ったんですよ」
「あぁそっかそれで」
「ところでカイン、落とした場所が魔王城とは限らない。そうは思いませんか?」
「あ、確かに」
「カボチャは赤べこを探しに何処かへ行ってしまいましたが、私たちはここで待ちましょう」
「いいの?」
「ええ、きっと水晶が見つけてくれるでしょう」
二人は直ぐそばにあったベンチに腰掛けた。
多分シュケルは、先程までここで猫とのんびりしてたんだろうなとカインは思う。
目の前には噴水があり、庭師達に丁寧に整備され緑はすっかり紅葉付いてその場を彩っていた。
風が少し肌寒い。
ふとシュケルを見ると、彼は膝掛けを持って来ている。だがどうにも使うつもりはないようだ。
「……誕生日かぁ」
カインはふと、呟いた。
「どうしました?」
「んとね。そういえば俺、誕生日わかんないなって」
「それでは毎年祝ってる日は誕生日ではないと?」
確かにこれまでずっと決められた日に祝って貰っている。
「そうじゃなくて本当の誕生日。ほら俺、捨て子だからわかんないじゃん」
「フフフ、なるほど」
「今の誕生日は、セオドアが俺を見つけてシスターに預けてくれた日だし」
「そうですね」
「まぁそれは別にいんだけど。俺、寂しかったんだよ。会えなくて」
毎年その日になると、あの頃は高価だった砂糖などを持って誰かがやって来た。
シスターが言うには「それでケーキを作ってやってくれ」と言って、その誰かは去ってしまうのだ。
はじめは俺の誕生日だけだったらしい。
けれど「カインの時だけ豪華でズルい」と、他の子が言い出してからは、他の子の誕生日もその誰かは必ず持ってくるようになったとシスターから聞いている。
「皆で楽しんでくれ」とそう言って。
「絶対会えなかったんだよなぁ。俺、会いたかったんだよ。それで一緒にケーキ食べて祝って欲しかった。あとなんで俺だけじゃないんだってちょっと嫉妬した。特別が、欲しかったんだ」
シスターに頼んだこともあった。会わせてくれと、けれどそれは出来ないと言われた。
相手が望んでいないからと。
「あれ、セオドアだろ? 分かってたんだよ俺」
寂しそうな顔なのにそれを誤魔化して、カインはニッと笑ってみせる。
「寂しいなぁって思ってたら、たまたま誕生日文化を調べて回ってたユメハが現れてさ、誕生日ってなんだろう? て言ったら、なんか歴史的な難しいこと言ってた。そうじゃないんだけど、なんか嬉しかったな」
シュケルはただ「そうですか」とだけ言って、聞いていた。
「そういえば、シュケル達って誕生日いつなんだ?」
気を取り直したカインがふと気付く、そう言えばここに来てから誰のことも祝ったことがないと。
「そうですね。魔族は基本的に、生まれた日はよく分かりませんね」
「え!?」とカインは驚く。
「私達は赤子の頃は人間と変わらず、邪気を一切宿していません。十四の頃になるまでは、ここでは暮らしていけないので――」
「え、十四まで?」
「えぇ。ですから生まれてすぐ〝聖なる泉〟と呼ばれる場所へ預けられるのです。そこで誰かが拾って育ててくれるのを待つのですよ」
「そ、そんな無茶な」
「そうですね。ですが今までこれが習わしでしたので、誰も疑問に思わず来ましたが、最近では人間へ預ける里親制度を利用する方もいますよ。変わらず古い教えに拘る方もいますが」
知らなかったと、カインは静かに衝撃を受けた。
「もちろんカインのように拾われた日を誕生日としている方もいらっしゃいます。ただ長く生きていると、どうにも特別感がなくなると言いますか……」
カインはぽかーんと呆ける。
「それなのに、セオドアは俺の誕生日を覚えていてくれてたのか? 俺を見つけた日を?」
「そうですね」
「シュケルも?」
「えぇ」
「カボチャも?」
「えぇ」
カインは「そっかぁ」と呟いて深呼吸する。
少し肌寒かった筈なのに、不思議とぽかぽか暖かい。
(俺、寂しくなんかなかったんだ)
「シュケル。俺ケーキ作るよ」
「フフフ、またどうして?」
「お祝いしようよ。城の皆の誕生日と、ユメハが言ってたその子の誕生日を!」
突拍子もないことだが、シュケルは穏やかに頷いた。
「よおし。そうと決まったらさっさとプレゼントを見つけ出して……!」
カインが腕まくりをして立ち上がったその時。
「カ~イ~ン~」
まるで川の底から這い上がって来た化け物のような声が聞こえた。
「誰が化け物ですか失礼ですね! はっは、へっくしゅん!」
大人の男の低い声で可愛らしくクシャミをする。
誰かと思えば大人姿のカボチャが、以前ユメハが言っていたどっかの世界の貞子よろしくそこに立っていた。
物凄いずぶ濡れで。
「わっどうしたんだよカボチャ!」
カインは駆け寄ると、何か拭いてやる物はないかとわたわたとする。
カボチャはその長髪から精悍な、けれど、どこか童顔さが残る顔つきで、不機嫌マックスとばかりにカインにガンを飛ばす。
すると横から、どこから取り出したのか、シュケルがカボチャへタオルを手渡した。
カボチャはそれを奪うように引ったくると「くそっ」と言ってその長髪をわしゃわしゃと拭く。
「フフフ、パンプキンの被り物はどうしたんですか?」
「うっさいな、どうせ分かってんだろお前」
カボチャの美しい濡羽色の髪がどんどんぐしゃぐしゃになる。
「カボチャ、俺がやるからタオル貸せよ」
カインがそう言ってタオルを受け取ろうとしたが、その手にのせられたのは全くの別物だ。
「え?」
「〝赤べこ〟ですよ。さっさと受け取らんかいボケ」
そう言ってカインのおでこをペシッと叩く。
そして「寒い」と言いながら、びしょ濡れの真っ黒な上衣を脱ぎ出した。
「たくっ濡れた服を着ていても寒いし、脱いでも寒いったらないですよ!」
カボチャは拭き終わったタオルを首にかけてグチグチとぼやく。
「なるほど、その鍛えた体は所詮飾りですか」
「シュ~ケ~ル~、そもそも貴様が僕に水晶を預けなければこんなことには、あと鍛えたかどうかは関係ないだろうが!」
(水晶?)
そういえば、さっきから水晶の姿を見ていない。
ふと目線を落とすと、カボチャの一風変わった黒いズボン、膝の下からゆるやかに広がり、足首の手前で急に絞られているタイプなのだが、そのズボンのポケットが何やらモゾモゾと動いている。
「動くな。……はぁホント世話の焼ける。今出してやりますよ」
カボチャがズボンのポケットに手をつっこむと、林檎ほどの大きさの水晶が顔をだした。
水晶はカインとシュケルを見ると嬉しそうに転がろうとする。
「わぁバカ落ちるだろって……自ら落ちるんかい!」
水晶はカインの足元をコロコロと転がると、シュケルがクスリと笑った。
「どうやら、水晶のお手柄のようですね」
その言葉に「はぁ!?」と苛立つカボチャ。
「どう考えても僕でしょう!」
文句をいうカボチャを無視しながら、シュケルはカボチャを膝掛けで包みつつ、カインへ声をかける。
「カイン、ケーキを作りましょうか」
もう一度カボチャの「はぁ!?」と言う声が響いた。




