2-47
side 箕作阮甫&小野友五郎
「箕作殿、ちと沖へ出んか?」
「小野殿、あのことか?」
「舟の上なら誰にも聞かれんからな」
「行こうか」
「何かをしてるとは思ってたが、いやはや想像をはるかに超えて来よったな」
「だがな小野殿、ワシはどうも怒る気になれんのだ」
「何?ワシも同じことを思ってしまったから、箕作殿にお任せ出来んかと思ったのだが」
「やっぱり渡航して、考え方に変化が生じたかもしれんな」
「ワシはどちらかと言うと、藤二の考え方の方が実は正しいのではなかろうか、とすら考えておるくらいで」
「備前から江戸に来ることが一番の挑戦だったはずなのに、江戸どころか外国に行くなど、想像だにしてなかった。そして一度外に出ると藤二の言っておったことが腹落ちした」
「まさしく。『幕府のため』と『日本のため』が一致しておらぬ。頭では分かっておったが、むしろ藤二が怒ったことに共感するとは」
「小野殿、ワシは今回の件は目を瞑ろうと思っておる。アイツの金集めの実験だと思って、邪魔をしないでおこうかと。どうせ失敗したとて表に出てない金が消えるだけ。何も困るまい」
「実験ですか。それは良い例えですな。実に我々らしい。試行錯誤の失敗は大事ですからな」
「そうなると問題は2つ。隠し場所と内田殿だな」
「その隠し場所ですがな、1つ案がございます。藤二がずっとこだわってる反射炉、あれの、より詳しい考え方が書かれている本が見つかりましてな、実際に作ってみようかと思っておるんだ。反射炉は金属を溶かす装置。アイツの抱えてる金を溶かし、金塊にして隠しておくのはどうかの?」
「いやいや、しかしそれだと使えんようになるぞ」
「そうじゃった。金は天下の回りもの。保管しておく物ではない。いかんな、実用よりも実験を先に考えてしまうあたり、また藤二に怒られてしまう」
「とりあえずはワシと小野殿、2人で内田殿に怒られるとしようか」
「そうですな。監督不行届は事実ですからな」
—----------------------
side 勝海舟
渡米するまで頭痛の種だった嫌味や陰険さ、しつこさが気にならなくなった。誰が何を言って来たとて、陸の見えない荒れた海の絶望を知らない。宿場町を繋げば京に着くなどと生やさしいもんじゃない。正直、こんな些末なことで悩んでいたのか、と我ながら驚く。
アメリカから日本を思い返した時に、初めて藤二の言わんとすることが分かった。気付かされた。日本の政をするのが幕府。ところが幕府のための政に成っている。成り下がっている。しかし当の幕府こそ、それに気付いておらん。アイツはなぜそれに気付けた?幕府を内から見ていないからなのか?
内田殿から聞いた話、おそらく以前のワシなら、卒倒していたやもしれん。どれもこれも全て、アイツの天下三分の計なのか?藤二は諸葛亮、ではワシは玄徳か。悪くない。問題は、最終的な勝者は魏。ワシらは蜀。それではいかん。
軍師のいう統計、それを身に付けんことには次の策を聞くことも許されぬのであろうな。さわりだけ聞いたが、何がどう役立つのか漠然としすぎていて、全く理解出来んが。今の貸借対照表でも我ながらよく出来ている。過去から現在の状況が如実に現れている。
そうだ、天下三分の計が成功した暁には、今度は玄徳に名を変えようか。「玄徳が勝った」。より良い名ではないか!
—--------------------
side 杉亨二
もう何なんだ一体。藤二の言うとおり、学び舎で教え子を数値化し、データを作った。そこからは霧が晴れたかのように、一気に統計を理解出来た。まともなデータがなければ作れば良い。今思えば当たり前の話なのだが、そこに辿り着くまでにどれだけの時間を費やしたか。
江戸で、横浜で、多くの方達の教えを受けていたからか、教えるのもそれはそれで面白い。そう思っていた矢先にだ、何故俺が勝様に、幕府の重臣の勝様に、統計を指南しなければならん。
自分が理解したことと教えることが違うということくらい、分かるだろ。大体、箕作様邸にて勝様を謀ったこと、俺は未だに気にしているのに。
藤二め、なぜこんな冷や水を浴びせるようなことをするんだ。本人になら言えるが勝様には言えん。そこがまたもどかしい。全く意図が読めん。苛々する。
どこまで俺を振り回せば気が済むんだ。




