3-05
スッキリしてる。受験が終わったような晴れ晴れしさではない。やらなきゃいけないけど期限もないし、でもいつかはやらなきゃいけないこと。例えば誰も住む者が居なくなった実家の片付けを終えた、みたいな気分。やったことないから知らんけど。一つだけ覚悟を決めた。「俺がこれ言っても良いのかな?」の躊躇をやめる。ガンガン進める。
とりあえず杉先生が判定した合格者を確認。やっぱり減ってる。不安そうな顔してるけど、大丈夫。気にしない。想定内。杉先生の責任は何もない。基準を変える必要もない。勝様が来たら話をするか。
翌日、勝様に加えて内田様と箕作様も統計を学びに来た。ちょうど良い。杉先生の授業が終わったら今後の方針を決めてもらえば良い。そのためには、勝様に腹を割ってもらい、腹を括ってもらわなければ。
「藤二、杉殿が合格とした者が昨年の半分しかおらん。杉殿は間違いないと言っているが、お前はどう考える?箕作殿も内田殿も問題ないと言うだけ。どうしたら良い?」
勝手に慌ててるよ、情けない。
「勝様、私もお三方に完全同意です。むしろ、勝様が何故慌てているのか、そちらの方が疑問です」
「なぜ?新たな人が入って来んのだぞ?むしろなぜ慌てん?」
「勝様情けないですよ。あなたがそんな慌てては、守旧派が付け入る隙だと思い込むではございませんか。まあ、思いたければ思えば良いんですが、隙をつかれて慌てるのは勝様でしょう。落ち着いて下さい。
さて、勝様に質問です。勝様は洋書調所をどのような組織としたい、と考え許可を出したんですか?」
「蘭書の解読、蘭学の発展、ひいては迫り来る異国の脅威から日本を守る、そのためだ」
「その調所に求めるのは、質ですか?量ですか?良いですか?ここで求めている人材は、まだまだ遅れているこの国の知を、欧米列強に並び立つため、その一助になり得る人ですよ?資質が足りてない者を育てる余裕はまだありません。その手助けになり得る人は欲していますが、言葉は悪いですが、育てなければそこに立てるか分からない人の助力をする余裕はないのです。来年は更に減るので、来年で一旦終わり、形を変えて次は募集しましょう」
「待て待て、なぜ言い切れる?」
「言葉を変えましょう。調所が欲してるのは天才です。天才は邪魔さえしなければ勝手に走って行きます。箕作様と内田様はそれを自制なさってるだけ。杉先生だって最近は自制ではなく、我慢しているだけに思えます。走らせられるだけ走らせないと、追いつけるものも追いつけません。その性質を持たない人は、今の調所にとっては荷物にしかなりません。杉先生はここで、横浜に行って困らない最低限の知識を教えているにすぎない。数を求めて質を落とす余裕はないのです」
「だが、優秀な人間はまだまだいるかもしれん。ワシも一人優秀だと思う人間を推薦したのだぞ?」
「優秀だからいらないんです。邪魔なんです。勝手に走れないからこそ優秀なんです。勘違いしないでくださいね。あくまでも、『現在の調所には』って話ですから」
「ワシはどちらだ?」
「組織での立ち回り方を考えられる時点で、優秀な方です。天才はそんなこと考えず、己のやりたいことなら勝手に突き進みます」
「ん?天才なら考えずとも立ち回れる、ということなのでは?」
「立ち回りの天才ならばそうでしょう。そして、そういう天才を排除するために「血」を用いてるのではないですか?」
「言わんとすることが分かってきたぞ。では質問を変える。優秀な人間を育てようとは思わんのか?」
「そのために天才の歩みを止めろというのであればそうしますけど。そこは勝様のお考え一つ。今の調所にそれを求めたら、間違いなく列強に追いつけはしません」
「天才とは、かくも扱いづらいものなのか?」
「それを指揮するお立場なんですから、もっと真剣にお考え下さい。優秀な人間を育てる方向を考えるのであれば、これまでとはまた違った育て方を考えねばいけません。現状の調所に、そこまでの余力は皆無です。皆様、もっと探求したいことが溢れています。話のついでにもう一つ。蒸気機関車を走らせませんか?」
ついでだから言質を取っちゃおう。
「あの模型のか?アメリカで見たように、人が乗れるのか?」
「乗れるどころか、人や荷を大量に運べます。まだ模型で遊んでるだけの守旧派に対し、勝様はもう実用を提案する。蒸気船も作ったんですから、蒸気機関車もおそらく可能です。石炭と鉄が大量に必要になりますが。何かあった時にすぐに対処することも考えて、とりあえずは江戸と横浜の間を走らせるのはいかがでしょう?」
箕作様も内田様も聞いてたよね?小遣い帳からは一文も出さんよ。




