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爺様とは時間を忘れて色んな話をした。時間を忘れるのは良いけど、すでに話したことを忘れて同じ話を繰り返してる。特に「発微算法」と「括要算法」を海外に売りまくってるって話を思いの外喜んでた。
「お前の『美』を異国に売り付けて商売したわけだな。それを共感できる人たちに巡り会えて良かったの。まして、異国の人に『美』が通じるなど、ワシも驚きじゃ」
そのリアクション、もう5回目。酒飲んでないのに酔ってる?それともボケた?だが平成令和で育んだ営業スキルは伊達じゃない。初聞きかのように話を合わせるくらい、意識せずとも出来る。
「して藤二よ。お前の知をどう活かして生きるのか、その覚悟はできたのか?」
「そんな根源的な問いを考える余裕のないくらい、次々に起きることに対処するのに必死で。全然考えらんない。1つ対処すると2つ新たな問題が生じる。そんな感じだもん」
「もしかしたらお前は、そのように追われてるくらいがちょうど良いのかもしれんな。余計なことをせんで済むだろうし」
なに、そのブラック企業礼賛的な発言。氷河期社畜だが、御免被りたい。もっとこう、ワークライフバランスを重視した、働き方改革を。いや、そんな夢物語はやめとこう。
「異国へ行きたいなどと考えるのか?」
「唐突だね。一度オランダに誘われたけど断った。俺、別に商人になりたいわけでもないし。まだ俺ん中で恩返しをしきれてないと思ったからさ。でも、将来は分からないよ?その時は断ったってだけ」
「実にお前らしい答えだな。お前がどう生きていくのか決めるまでは、死ぬわけにはいかんな。ホッホッホッ」
その会話が爺様との最期の会話だった。翌朝日野に戻り、見たことない兄嫁に驚き、やっぱり存在していた姪っ子に驚き、美祢が女性っぽさを醸し出し始めたことに驚き、土産品には驚かれず久々の邂逅を果たしてる時に、父が走って帰って来た。俺が居ることに驚いた父と2人で府中まで急ぐ。今朝「また帰りに寄るね」って別れたのに。思えば身近な人を亡くしたのは、この世界では初めて。夜には内田様が、最期の別れのために駆けつけた。
そこで知った新事実。いつ亡くなってもおかしくない体調だったみたい。それを支えてたのが俺の存在だと。「ワシが死んだら藤二がわざわざ来る。死ぬわけにはいかん」ってうわ言のように言い続けてたらしい。そしてここ数日急に元気になって、「そろそろ藤二が来る。寝てばかりはいられん」って動き始め、俺が日野に出立してすぐに「ちょっと寝る」と言ってそのまま亡くなっていた、と。
「俺がここに居れば、まだ」
「それは違うぞ。神主殿はお前と会えて、ようやく安心されたんだ。安心できたから逝けたんだ。お前は神主殿が最後の最後まで気に掛けた弟子だ。神主殿がお前に託した思い、それに応えることが弟子としての責務。責任を感じる必要はない。だが、責務は果たせ」
日野で楽しく過ごせる気が全くしなくなったから、父と共に一度は帰ったものの、結局江戸へ戻ることとした。前世から今世においても死生観はあまり変わってなかった。生まれるんだから死ぬ。生あるものはいずれ死ぬ。もちろん悲しさはあるけど、あまりそこには引っ張られないし、引っ張られすぎることもない。自分は薄情なのかと悩んだこともあったが、そういう性質、性分なのだと考えるようにしている。
そうは言っても、内田様の「責務を果たせ」との言葉には共感できる。自分の責務は何なのか。最終的にいつも同じような話で堂々巡りに帰結するんだよな。
何のために、どう、何を成し、覚悟を。全部一緒。自分一人の意志や想いだけで決められるものでも実現できるものでもない。大体、自分の適性、適職など、自己評価ほど当てにならない。与えられた場で自分が持つ能力をどう活かすか、その方が自分を活用出来るとすら考えている。だからこそ「自分で定めろ」的な話は、堂々巡りを続けてしまう。良く言えば臨機応変、悪く言えば場当たり的。一つだけ確実なのは、俺の周りの天才たち、この人たちには絶対に敵わない。俺はあそこまで、狂気的に、妄信的に、知を追い求めることなんて出来ない。
オランダから持ち込まれた化学の本を読んでたら出てきた謎単語。これはきっと触媒のことを言っているんだろう。触媒?俺の役割としてピッタリじゃないか。それ自体は変化しない。だが、反応速度を早めたり、変化を促したり。より低い活性化エネルギーで進む経路を提供することで反応を早くする 。研究所の車座、マネタイズ、将棋の囲いの如く配置された公使館だってそう。効率を追い求めた結果、触媒として機能してたんだ。効率を上げるための触媒。これが今の俺の活かし方だ。
なんだ、俺は俺にできる生き方を選択してたんじゃないか。これで良いんだ。爺様ごめん。俺がもっと早くこのことに気付いて、きちんと言語化できれば伝えられたのに。「藤二らしい」ってことにして見守っててくれ。合掌。




