第497話 ちょっと何を言ってるのか分かりません
檻の中にいたはずの金髪女性がいつの間にか脱出し、剣を手にして立っていた。
よく見ると檻の一部が切り取られている。
「危ないところでした。間に合ってよかったです」
優雅な動作で剣を腰の鞘に戻しつつ、凛とした声を響かせるその姿は、思わず見惚れてしまうほど凛々しいものだった。
同じ剣士でもアカネさんとはモノが違うと、素人目にもはっきりと分かるほど。
「ていうか、斬ったのアカネさんじゃないの?」
「い、言われてみれば、拙者の剣は硬い身体に跳ね返されたような気がするでござる……」
よく見ると、ガーゴイルの身体には別の傷がついていた。
胴を横に薙ぐような傷で、恐らくこれがアカネさんの剣によるものだろう。
「手応えありって言ってなかった?」
「それはなんというか、その場のノリというか、雰囲気というか……」
ダメだこのサムライ。
「えっと、助けていただいてありがとうございます」
「いえ、当然のことをしたまでです」
僕がお礼を言うと、金髪美女は謙虚にそんなことを言う。
今のところミランダさんが言ってたイメージとは全然違うね。
「ところで、私の名前を教えていただけますか?」
「え? もしかして、記憶喪失ですか?」
長きにわたって封印されていたのだ。
記憶に何らかの障害が出ていてもおかしくはないだろう。
「いえ、たまに忘れてしまうのです」
……うん、ちょっと変な人ではあるかもしれない。
「すいません、僕たちには分からないです」
「……そうですよね」
ちょっと途方に暮れたような顔になる金髪美女。
だけど不意に真剣な顔になって、
「あっ……待ってください。もう少しで思い出せそうな気がします……ひ、ひ、ひ……ヒマワリ? いえ、ひ、ひ、ひ……ヒトデ? ひ、ひ、ひ……ヒダリウデ? ……はっ! 思い出しました。私はヒルダ。ヒルダです」
「そ、そうですか、思い出せてよかったですね、ヒルダさん。ちなみに僕はルークと言います」
「ルイスさんですね。よろしくお願いします」
「ルークです」
すぐに訂正しつつ、僕は訊いた。
「それで、ヒルダさんはなぜこんなところに?」
「魔族の王である魔王を倒すためです」
てっきり目的も忘れているのだと思いきや、そこはしっかり覚えていたらしい。
「私には勇者として魔王を討伐する使命があります。かつて私が生まれた時代の魔王は、仲間たちと力を合わせて討伐しましたが、遠き未来に必ず復活するとの予言があったのです。遠き未来……恐らくそれが今です」
きっと正義感の強い人なのだろう、拳を握り締め、眦を鋭くしながら強い意志を示すヒルダさん。
ていうか、勇者なんだ……。
僕は彼女に教えてあげた。
「それが、すでに魔王は討伐済みなんです」
「すいません、もう一度おっしゃってください」
「すでに魔王は討伐してしまいました。ほら、見てください、ここに魔族もいますよね? すでに彼らと友好的な関係を築いている証拠です」
「そこをなんとか、魔王を用意していただくことはできませんか?」
「無理です」
魔王を用意って、そんな真似ができるのは邪神くらいだろう。
「では一体、私は何を倒せばいいのでしょうか……?」
そんなこと聞かれても……。
「魔王を討伐するのが使命なのは分かりますけど、その目的は魔王がいなくなって世界が平和になることですよね? だとしたら勇者としては喜ぶべきことでは?」
「ちょっと何を言ってるのか分かりません」
「何で分からないの!?」
ちょっとどころじゃなかった。
割とかなり変な人だ。
そして常識しらずというより、天然と言った方がいいかもしれない。
やり取りを聞いていたセレンも呆れた様子で、
「なんだか話の通じない勇者ね」
「そうねぇん。悪い子じゃなさそうだけど……それに」
「それに?」
「ふふ、何でもないわぁん♡」
僕はヒルダさんに言う。
「とりあえず、お仲間さんたちに会ってみますか? 三人ともすでに復活して、僕の村にいますので」
確かにこの天然さんを放置しておくのは危なそうなので、いったんミランダさんたちのところに連れていくことにした。
また飲んだくれが増えるリスクを考えると、本当は合流させたくないけど仕方がない。
「それは助かります。いなくなった魔王を一体どうやって討伐すればいいのか、彼女たちと話し合ってみたいと思います」
「それはたぶん結論が永遠に出ないと思いますけど」
そうして浮遊島にある要塞から村に戻ってきた。
「ミランダさん、最後のお仲間さんを連れてきました」
「ぎゃははははっ! なんだよ! やっぱ連れてんじゃねぇか! まぁオレの予想した通りだな! ぎゃははははっ!」
僕の顔を見るなり酒臭い息で大笑いだ。
殴っていいかなぁ?
「昼間からお酒とは……相変わらずですね、マランダ」
「ミランダな? テメェも相変わらずみてぇだな、ヒルダ」
名前を間違えられたことにほんのり怒りつつ、呆れるミランダさん。
「うふふふ、ヒルダも彼らに見つけていただいたんですの? わたくしたちと同じですわねぇ」
「我ら全員の封印と解くとは、やはりこの村の者たちは見所がある」
エミリナさんとライカさんもお酒臭い。
そんな仲間たちを見回しながら、ヒルダさんは真剣な顔で言った。
「そんなことより、です。そろいもそろって昼間から暢気にお酒を飲み交わしているとは――」
明らかに怒気を孕んだ声。
もしかして、僕の代わりに三人のことを叱責してくれようとしてる?
だとしたらなんて良い人なんだろう!
「――私たちには魔王を倒すという使命があることを忘れたのですか?」
んんん?
「は? いやいや、魔王は討伐済みだって、テメェも聞いたはずだろ?」
「信じないことにしましたので」
前言撤回。
……ヒルダさん、四人の中で確実に一番変な人だ。
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