いいえ、紳士です
ブクマありがとうございます! 大感謝です!
もっとギャグを盛り込みたいんですが、クラリスが話に絡むとどうしてものほほんとした雰囲気に落ち着いてしまいます……。
まあ教育上悪いものは見せられないからね、しょうがないね。
クラリスと共に行った教室の掃除は、着々と進んでいた。
そこら中に散ったパイをかき集め、教室の外に一か所にまとめた。
後処理をどうするかは考えてないが、その辺りは、この世界の倫理観に詳しいシャーロット氏に任せることにする。
べ……、別に、めんどくさがってなんかないんだからね///
いや、でも、ホント、適当に処理して、後で村の住民に反感を買うのはコリゴリなので、この判断は間違ってないと思う。
続いて、壁にこびり付いたパイを、硬い草を束ねたものでこそぎ落とす。
洗剤なんてものはない。油だって、水でゴシゴシやって落とすしかない。
しかも、掃除場所は室内である。おまけに、校舎は木製。
木というものはそんな簡単に腐るものではないだろうと――分かっていながらも、慎重になる。
だってこれ擦ると妙にささくれ立ってくるんだもん。
そりゃ心配になるわ。
大きな汚れを落とした後は、小さな汚れを雑巾で拭いていく。
雑巾というのも、俺の元居た世界のように使い捨てられるような感じではなく、わりと大事に使いまわすものであるらしい。
作業も後半に差し掛かった頃、シャーロットは肩を揉み、息を吐いた。
「清掃作業に特化した魔法使いがいればいいのですが……」
「そんなのがいるのか……。魔法使いってけっこう暇なの?」
「失礼な……。立派な職業ですよ。
もっとも……家事使用人の仕事を奪ってしまうので、王都や宮廷では、あまり用いられないようですが」
「せんせー、しってるよ! うちにも2かいだけきたの!」
クラリスは、両手を存分に広げ、その凄さをアピールする。
「あのね、よごれがね、じゅわーってなって、それでね、こーんなにすごいの!」
「へえ、そりゃ一度見てみたいものだなあ」
「えへへ~」
まるで、自分が褒められたかのように喜ぶクラリス嬢。
正直、彼女の説明からはなにも伝わってこなかったが、とりあえず未知の領域であることは分かった。
ただ、たしかにシャーロットの言う通り、城の掃除をしている者からすれば、堪ったものではないだろう。
クラリスの説明(というか感想)に、シャーロットが付け加える。
「王都から多少離れた都市が、もっぱら彼らの活躍の場であるようです。特に、年末は人手が足らなくなるのだとか」
「それでね、せんせー、せんせー、まほーつかいの人とね、お話ししたの! ありしあとか、オバケがいるところにもね、いったんだよ!」
「そうかそうか、クラリスは物知りだなあ」
俺がクラリスの頭を撫でると、クラリスは顔をほころばせた。
……ああ、可愛い。
なんていうか……生きてる感じがする。
幼女を愛でているとき……俺は……自らの存在を認識できている気がする。
……ふと、シャーロットを見ると、心なしか顔を膨らませているように思えた。
「……どうした、シャロ?」
「なんでもありません」
ぷい、と顔を背けるシャーロット女史。
話を無視されたくらいで怒るなよ、子供じゃあるまいし。
……まあ、そんなこんな、万事うまくとはいかなかったものの。
クラリスの頑張りもあって、教室の掃除はつつがなく終了した。
☆
「はあ……いい汗かいたあ」
俺は「ヌッ!」と伸びをして、凝り固まった筋肉をほぐした。
ずっと同じ体勢ばかりとっていたため、腰の方にしわ寄せが来ていた。
……もっとも、今の俺は、中年のオッサンではなく、22歳の青年。
ぎっくり腰になる、なんてことはなかった。
グルグルと腰を回す俺を、シャーロットは一瞥してつぶやく。
「軟弱ですね、準備運動にもなりません」
「お前な、人が良い気になってるんだから水を差すようなこと言うなよ」
「せんせー、クラリス、がんばった?」
「おおー、クラリスのおかげでこーんなにピッカピカになったぞー」
「おー、ぴっかぴかー!」
クラリスは大仰に驚いたポーズをした。
やっぱり幼女はこうでなくっちゃな!
クラリスの一挙一動が、俺の疲れた心を浄化してくれてる。
教師になって、初めて「良かった」と思えた時間だった。
なにせ、昨日から頭痛が痛くなるような目にばかり遭っていたものだから。
ふと、時計を見ると、時刻は午前の11時を指していた。
ってか、この世界、一日が24時間なんだな。
まあ分かりやすくていいけど。
「……もうお昼ですね、給食の時間です」
シャーロットの言葉に、条件反射的に、俺の腹が鳴る。ぐ~って。
「せんせー、おなかすいた、ですか?」
「ああ、もうお腹ペッコペコだよ」
「ぺっこぺこー?」
ぺっこぺこーと言葉を反復するクラリス(可愛い)を横目に、俺はシャーロットと相談する。
「なあ、せっかく天気も良いことだし、外で食べないか?」
「外……ですか? 教育的にそれはどうなんでしょう……」
「ピクニックだよ、いわゆる『課外学習』ってヤツ」
「でも、勉強は……」
「人とコミュニケーションを取るのだって、立派な勉強だと思うぜ?」
「……そう、ですね」
シャーロットは、未だ釈然としない様子だったが、俺は構わず、クラリスに告げる。
「クラリス、お外でご飯食べようか」
「いいんですか?」
「大丈夫だよ。お弁当は持ってるよな?」
「おかーさまのなら……」
「そうか、じゃあ外へ出かけようか。
……いいだろ、シャーロット?」
「……仕方ないですね」
シャーロットは静かに首肯する。
というわけで、俺の、記念すべき最初の授業は、「遠足」になった。
☆
「せんせー、ちょうちょー!」
「おお、捕まえてみるか?」
「えー、ちょうちょってはやいんだよー! ぴゅーってね、とぶんだよー!」
「へッ、先生をナめるなよ? 小さいころは虫取り名人って呼ばれてないけどまああれくらいなんとかなるだろー!」
「……え、呼ばれてないんですか?」
キョトンとするシャーロットを尻目に、俺は、あぜ道を飛ぶ黄色のチョウ目がけて突っ込む。
そして。
パチン! とそのチョウを捕まえた。
「ほーれ見ろ、クラリスー!」
「わー、せんせーすごーい!」
大げさにジャンプして俺の元に駆け寄ってくるクラリス。
俺は両手を広げ、捕まえたチョウをクラリスに見せた。
……のだが。
「……」
「……」
「……死んでる……」
シャーロット女史の冷静なツッコミ。
……なんか、その、ごめん。
異世界に来て、なぜか知らんが筋肉も付いているようで、手で小さな籠を作るつもりが、ものの見事に押しつぶしてしまった。
俺の掌で、バラバラになった黄色のチョウ。
クラリスの顔が、喜色満面から蒼白になる。
「……クラリス」
「……はい」
「……生き物は大事にしないとダメだよ?」
「……はい……」
なんとかいい話風に持って行った。
ごめんな、名もなきチョウよ。
お前のことは一生忘れない。
☆
「わーすっごーい!」
「こりゃあ絶景だなあ……」
シャーロットに連れられて来た、小高い丘の上。
アルマダの村が一望できるそこは、俺の心に深い感銘を与えた。
遠くの方に見える山々と、日本じゃまず見られないような蒼い空。
……こんな景色、現実で拝めるなんて思わなかった。
シャーロットは、俺の横顔を見て、照れくさそうにつぶやく。
「……ここ、私のお気に入りなんです」
「へえ、なんか悪いね」
「とんでもないです。あなたに見せられてよかった」
クスッ、とシャーロットは笑った。
今日の彼女はえらく上機嫌だった。
「しゃろせんせー、おなかすいたー」
「じゃあ、昼ご飯にしましょうね~」
「おっ、そうだな」
各々が包みを開く。
クラリスお嬢様は、豪奢なサンドイッチを手に取っていた。
俺とシャーロットは素っ気ないパンである。
彼女が金持ちだというのは、どうやら本当のようだ。
俺はランチを食む合間、クラリスに話しかける。
「学校は楽しいか?」
「うん!」
と、クラリスはうなずいた。
「せんせー、わたしね、おおきくなったらね、まほーつかいになるの!」
「へえ、そりゃなんで?」
「あのね、じつはね、とってもかわいいの!」
「可愛い……のか?」
横目でシャーロットに尋ねると、非常に難しい表情をしていた。
「……たぶん、クラリスが想像しているのは、童話に出てくる魔法使いかと……。
実際はとても血なまぐさいものです」
「マジか……。……でも、あの学校って、魔法使いを養成するためのものなんだろ?」
「私にも不可解な点があるんですよね。なぜ、言っては悪いですが、こんな村で魔法使いを育てるのかと……」
「シャロに分からないんじゃ俺にも分かんねえよなあ」
『いいかい、ウィル……、この世界にはたいへんな危機が迫っているんだ』
『いるよ。いまはまだ力が弱いけど、近いうちにこの世界を襲う』
――不意に、妹の言葉が、脳裏をかすめた。
……。
……いやいや、まさかな。
なんてーか、すげえ嫌な想像をしちまったけど、おそらく杞憂だろう。
俺の人生に、そんな大義は似合わない。
「せんせー、どうしたのー?」
「いやあ、なんでもない。どうせ後で分かることだろうし」
「?」
クラリスが首を傾げた。
この……ね、ちょっと顔を斜めに傾ける、その仕草もまた可愛いんですわ。
幼女の特権と言えよう。
「……ウィル」
「なんだよ、シャロ。いまいいとこなんだから」
「その……あそこ」
「あそこ?」
シャロは不意に、絶景とは反対方向の森の中を指さした。
――そのとき、俺は気づいてしまう。
熊――と呼べるかは分からないが、獰猛な肉食獣が、こちらを見ていることに。
……なんでこんなところまでトラブルがやって来るかねえ?




