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MK5(マジで殺される5秒前)

「クラリス、こっちへ……!」

「ひっ……」


 シャーロットがクラリスを手招きし、背中へと隠す。

 背後に広がる絶景の反対側、そう、正面に広がる森の奥底。

 「それ」は、いた。

 黒々とした体躯に、ひし形に光る眼。

 腕は大きく、脚も太い。

 身長は2メートル以上もあり、体全体が大きい。

 いわゆる「熊」のような見た目でありながら、こんな生き物がいてたまるかというくらい、禍々しい姿見をしている。


 ……だが。

 なにより異質なのは、その殺気だった。


 目につくモノ、全てを葬り去らんとするほどの、ドス黒い瘴気。

 身体に纏わりつくような、ピリピリとした圧力。

 思わず腰が抜けそうになるくらい、その魔物の威容は異様だった。

 俺は、魔物に存在を気づかれないように、コソリとシャーロットに耳打ちする。


「シャロ、……あれ、どれくらい強い?」

「未知数ですね……。あんな魔物、対峙する機会なんてそうそうありません」

「この辺の生き物じゃないのか?」


 シャーロットの言葉に、俺は疑問を覚える。

 大学でバイオなんたら学とか生命うんたら入門とか学んだ俺なら分かる。

 いや講義の名前すら忘れてんじゃねーかとかそういうツッコミは無しで。

 まず、有名な話ではあるが、ある土壌、生態系に異物が放り込まれると、生態系にとってなんかこう……良くないことが起きるのだ。

 え、なにが起きるかって? 知らん、そんなの俺の管轄外だ。

 とにかく、俺はシャーロットに尋ねる。


「シャーロット、この辺って人が来たりするような文化的価値はあるのか?」

「そりゃあもう、この景色の素晴らしさは万感の他ないで――」

「なるほど、皆無なんだな」

「はあもうこんな人にこの場所紹介しなきゃよかった」


 仕方ねえだろ、客観的に評価した結果だ。

 ……しかし、シャーロットの言を信じるのであれば、密漁による生態系の崩壊や、希少生物の放し飼いといった線は無さそうだ。

 つまり、あの「シャーロットが今まで見たことのない異常生物」は、「ここ最近」、「外部によって」もたらされたということ。


「……」


 ――あの言葉が、俺の脳裏を掠める。


『これから生まれる。『魔王たる者』が』


 ……。

 ……もし、あの魔物が、その「魔王」ってやつの差し金であるとしたら……。

 想像したくはないが、想定せずにはいられない。

 お情けで貰ったこの命を、絶やさないためにも。


「とにかく……この場を離れるぞ、シャーロット。クラリスの身の安全が最優先だ」

「分かりました……、音を立てないように……」


 シャーロットがクラリスの身体を抱き、ゆっくりと立ち上がる。

 俺も続いて、なるべく音を立てないように腰を上げる。

 クラリスは、ビクビクと身体を震わせたまま、シャーロットの腕の中で縮こまっている。

 ……。

 ……よし、大丈夫だ、バレていない。

 このままゆっくり後退し、隙を見計らって――


「お兄ちゃん、危ないッ!」

「ッ‼」


 ――ガァン、と鈍い音が鳴った。

 一瞬、ワケが分からなかった。

 俺は、事態を把握できないまま、音のした方向へ首を曲げる。

 そこには。


 もう一匹、黒黒とした大きな魔物と、その頭を蹴り飛ばすマーガレットがいた。


「――ッ」


 俺は絶句し、その光景をただただ傍観する。

クラリスは歯を見せ、笑っているような、必死なような、そんな表情を俺に見せる。

 そこに、いつもの下ネタ前回の淫乱妹の姿は影も形も無かった。


「お兄ちゃんから離れろォ!」


 バコン! と、再び大熊の額を蹴り飛ばすマーガレット。

 黒々とした魔物は、俺たちから大きく引き離された。

 草木の地面へシュタッと着地したマーガレットは、こちらを見やり叫ぶ。

 気迫のこもった形相で。

 眼に涙を浮かべながら。


「お兄ちゃん、チ○コもがれてない⁉」

「そこ⁉ 初めに心配するところそこ⁉」

「だってまだ一度も使ってもらってないのに‼」

「うっせーテメェには一ゼッテーやんねー!」

「そんなことじゃ一生使えないよ⁉」

「やかましいお前なんかに頼らなくても童○くらい卒業してやるわ‼」

「ウィ、ウィル……あなた、メイとどんな関係なのですか……⁉」

「いやホントただの妹だから! 気にしないで!」

「そうだよ! 夜這いとか目覚まし○○○とかするくらいの仲だよ!」

「真顔でクソみたいな下ネタ吐かないで⁉」

「あの、せんせー、童○ってなんですか……?」

「クラリスにはまだ早――ッとォ!」


 ズン、と、重々しい手刀が俺の目の前を過ぎる。

そして、次の瞬間には、俺の足元の地面が、まるで砂場を掘るような呆気なさで、巨大な穴を穿たれていた。

咄嗟の判断で回避したはいいが、それにしたって冷や汗が噴き出す。

 危うく身体の前半分を根こそぎ抉られるところだった。

 ヤベエ……、もう少し反応が遅かったら死んでいた。

 

「とにかく、間に合ってよかった、お兄ちゃん!」

「メイ、あいつはいったい何なんだ⁉」

「魔王の手先だよ! 斥候だろうけど!」

「斥候……偵察兵ってやつか」


 俺は、正面やや遠くと、先ほどマーガレットが蹴り飛ばした熊のような魔物、二匹を交互に見やる。

 二匹の禽獣は、共にこちらに嬲るような視線を向けていた。

 俺はチッと舌を打つ。


「陽動作戦か……姑息なマネしやがって」

「魔物には知能が無いと思ったら大間違いだよ、お兄ちゃん。あいつら、目的のためならなんでもする」

「ん? 今なんでもって言った?」

「うん、一説によるとナイスバディなお姉さんに化けて人を食べたりする魔物もいるらしいよ」

「食べる(意味深)」

「お兄ちゃんって意外とムッツリだよね」

「そりゃお前と血が繋がってるからな」

「え、それは……」

「血が繋がってるからな!」

「ぎ、義妹じゃないとは言い切れないッ!」

「あの……あなたたち、何の話をしてるんですか?」

「え、えっと、お兄ちゃんとの子作りの話を……」

「してねえだろバカ」


 ゴンッ、とマーガレットの頭を叩く。

「っ~~~」とかなり悲痛な感じの悲鳴が聞こえた。あの、あれ、口から息だけ吐いてる感じの泣き声。

 俺は、こちらの様子を伺っている熊二匹を見やる。


「ヤツら……陽動作戦を仕掛けてきやがった」

「陽動……ですか?」

「ああ、あの森の中に一匹いるだろ? アレは囮で、本命は後ろからゆっくり俺たちに近づいていたんだ」

「なんということを……、メイがいなければ即死でしたね」

「これぞ絶体絶メイってな」

「……」

「ねえそんな路傍の石ころを見るような目で見ないで?」


 ゾクゾクするだろ。


「とにかくお兄ちゃん、あの魔物を倒すことが先決だよ」

「お前マトモなこと言ってるときは可愛いな」

「え、私はいつもマトモだよ?」

「あー、うん、素が狂ってんだな、そうか」

「ところでお兄ちゃん、そのいきり立った一物イチモツを抜いてほしいんだけど」

「お前この期に及んで下ネタとかサイテーだな」

「お兄ちゃんの腰にある日本刀のことを言ってるんだけど」

「……」

「この緊迫した場面で下ネタとかヘンタイだね」

「で⁉ この鉄棒がなんだって⁉」

「あうあうあう」


 刀のつばをマーガレットの頬に押し当てながら俺は凄んだ。

 苦しそうにしてるけどちょっと嬉しそうに顔を赤らめてるのは何故だろうか。

 この痴女め。


「お兄ちゃん、そのに――鉄棒を抜いて、あの魔物を打倒してほしいんだ」

「お前いまヤバい単語を口にしそうになったろ」

「いいから、とにかく、その刀を引き抜いて!」

「お、おう」


 さすがのマーガレットも、ふざけていられなくなったのか、マジモードで指示してきた。

 いつもその調子なら俺もコイツへの態度を改めるんだが。

 俺は言われた通り、腰に差してあった日本刀を引き抜いた。

 瞬間、自分の身体に不思議な感覚が流れ込む。

 まるで、自分の身体と刀が繋がったような感覚。

 神経が、血液が、筋肉が、刀と同化する。

 正直――俺にはなんの力も無いし、刀の振り方だって知らない。

 でも……これなら。

 この日本刀を使えば、あの魔物たちを打ち倒せる気がした。

 叩き斬れるような感触があった。


 蒼い妖気を揺らめかせながら佇む魔刀。

 俺の手に握られた「それ」を見たマーガレットは、満足気に鼻を鳴らす。


「さすがの代物だね……。切れ味凄そう」

「……で、メイ、これをどうすれば?」

「え? えーっと……なんか、こう、アニメみたいにズバーって言ってドバーッて来て」

「お前の言い方だと返り血浴びるの確定っぽいんだが」

「しょうがないじゃん(笑)」

「ハッハッハッハ(怒)」


 まずこの淫乱少女を刀の錆にしてやろうかと思ったが、決死の精神力で踏みとどまった。

 マーガレットはそれから、シャーロットの背後に控えていたクラリスを抱っこする。


「じゃ、私たち先に帰るから、あとはよろしくね」

「おいコラ待て、敵前逃亡か?」

「生徒が大事でしょうがァ!」

「チクショウ言い返せねえ!」


 そのままスタコラサッサと逃げ帰ろうとするマーガレット。

 しかし、魔物の方はそれを許さない。

 森の方に居た魔物が、グオォ、と雄々しくいななき、それから、その巨大な体躯からは考えられないほどの敏捷さでマーガレットへと駆ける。

 魔物の足元が抉れ、まるで爆発したかのように土煙が上がる。


「うわっ、ちょっ!」


 ドン、と魔物はマーガレット目がけて突っ込んでいく。

 マーガレットはクラリスを抱えながら、横に大きく跳躍していた。

 ――が、いくら彼女とは言っても、やはり年端もいかない少女だ。クラリスの重みでバランスを崩し、尻餅を着いてしまう。


「あッ……バカッ……!」


 俺は冷や汗を噴き出しながら、マーガレットの元へ駆ける。


「メイ! クラリス!」


 俺よりやや後方にいたシャーロットも、彼女たちの身を案じて走り出した。

 ――が。

 ガキン、と、シャーロットの長剣と魔物のカギヅメが衝突し、火花を散らせた。

 先ほどマーガレットが蹴り飛ばした魔物が、一気にシャーロットへと詰め寄ったのだ。


 ――ヤバい、と俺の脳内に警鐘が鳴る。


 マーガレットの近くにいる方の魔物が、その剛腕を力任せに振り下ろさんとしている。

 マズイ、このままだと、彼女たちが潰されてしまう。

 なんとかしなきゃ、と、焦る思いで走るが、まるでスローモーションが掛かったかのように、なかなか前へ進まない。

 有体に言えば、間に合わない。

 しかし、魔物の暴力は容赦なく、彼女たちへ向けられている。

 どうする。

 このままじゃ――あいつら。


 死んじまう。


「ああーッ、クソッ!」


 クラリスを抱くマーガレットが吠える。

 犬歯を剥き出しにし、なんとか打開案を探る。


 そのとき。

 マーガレットの身体が、光った。


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