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真祖吸血鬼、まだ存在しないアメリカに寄生する 〜合法的な血液供給のため、建国前から国家運用保守を始めました〜  作者: パラレル・ゲーマー


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9/17

第9話 真祖吸血鬼、また紙と茶に税をかけられてキレる

 一七六七年。


 印紙法の撤廃という熱狂からしばらくの時が経ち、フィラデルフィアの街には、かりそめの平穏が戻りつつあった。


 ハンター支部の地下に置かれた『ヴァレンタイン衛生用品商会』の仮設事務所も、ようやく落ち着いた日常の運用サイクルを取り戻していた。


 ただし、印紙法のトラウマから完全に立ち直ったわけではない。


「よし。これで今度こそ、うちの商会のシステム運用は安定期に入ったな」


 俺は長椅子に寝転がりながら、天井に向かって満足げに呟いた。


 印紙法が撤回されたからといって、手洗い説明紙や包装を以前のように紙だけに依存する元の運用には戻さなかった。


 産婆や診療所向けの説明紙は復活させたが、民兵向けの石鹸は引き続き木箱に焼印を押して納品しているし、高級品である『白箱』のラベルも、過剰な装飾を控えたシンプルなものにとどめている。


 どんなに街が「印紙法が消えた!」と浮かれていようが、俺は本国を一切信用していなかったからだ。


「紙への依存度を下げた複数経路運用。障害発生時のリスク分散策をそのまま恒久化したおかげで、強固な体制ができたよ」


 俺が自画自賛すると、帳簿をつけていたギデオンが、眉間に深いシワを寄せた。


「……お前がそうやって『完璧だ』と大口を叩くたびに、決まって新しい災厄が降ってくるのだが」


「失礼な。フラグを立てるなよ。印紙法っていう最大のバグは潰れたんだから、しばらくは平穏無事……」


 ドタンッ!!


 俺の言葉を遮るように、地下室の分厚い扉が乱暴に開かれた。


 飛び込んできたのは、フランクリンの印刷所で下働きをしている見習いの少年だった。


 息を大きく切らし、血の気が引いた顔をしている。


「ヴァレンタインの旦那! フランクリンの旦那から急ぎの伝言です!」


「どうした? 印刷機でも壊れたか?」


 少年は、絶望的な声で叫んだ。


「『紙が、死んだ』……と!」


 俺は持っていた紅茶のカップを落としそうになった。


「……紙が、死んだ?」


 ギデオンがスッと立ち上がり、壁に立てかけてあった剣を帯に佩いた。


「……私の嫌な予感は、どうしてこうも正確に当たるのだ」


 *


 俺とギデオン、そして護衛のアーサーの三人がフランクリンの印刷所に駆け込むと、そこはお通夜のような重苦しい空気に包まれていた。


 インクの匂いが漂う薄暗い部屋の奥で、フランクリンが刷り上がったばかりのロンドン発の新聞の束を見つめて、微動だにせずに立っている。


「おっさん、何があった? 紙が死んだってどういうこと?」


 俺が尋ねると、フランクリンは重い首をゆっくりと振った。


「……ロンドンから、新たな法律が可決されたという知らせが届いた。タウンゼンド諸法と呼ばれる一連の法律だ」


「また新しい法律? で、具体的に何をされたの?」


「本国議会は、植民地に輸入される様々な物品に関税をかけることを決定した。ガラス、鉛、塗料、茶……そして、『紙』だ」


 俺の思考が、一瞬だけ停止した。


「……紙に、課税?」


「そうだ」


「えっと、前回の印紙法は、書類に印紙を貼らせる税金だったよね?」


「ああ。だが今回は違う。植民地に輸入される『紙という物質そのもの』に、港で直接関税をかけるというのだ」


「……つまり、俺が産婆さんに配ってる手洗い説明紙は?」


「紙を仕入れるコストが跳ね上がるから、今まで通りには配れないだろう」


「……商品のラベルは?」


「紙を使えば値上がりする」


「……売買契約書は?」


「紙だ」


「……信用手形は?」


「紙だ」


「……民兵向けの使用指示書は?」


「木箱に焼印を押すなら無事だが、紙に印刷するなら税金を取られる」


「紙だ、じゃないんだよ!!!」


 俺は印刷所の床を転げ回り、魂の底から絶叫した。


「おのれブリカスゥゥゥゥゥッ!!!!!」


「なんだその呪文は」


 ギデオンが冷たい目で俺を見下ろす。


「未来のイギリスに対する、世界共通の熱い悪口だよ!」


「未来でも、英国はそのように恨まれているのですか」


 アーサーが真剣な顔で尋ねてくる。


「恨まれる時はだいたい恨まれてる! あいつら三枚舌だからね! 中東のあたりとかで適当な線引いてどれだけ世界を地獄にするか……」


「また未来の政治をサラッと漏らすな」


 ギデオンが俺の脛を軽く蹴った。


「痛っ! ちなみに言っておくけど、大英帝国の本当の全盛期はまだまだ先だからね。十九世紀後半から二十世紀初頭にかけて、あいつらもっとヤバい領土拡張するんだから!」


「……今ですらこれほど理不尽で面倒だというのに、まだ全盛期ではないのか?」


 ギデオンが、信じられないものを見るような顔をした。


「そこが一番怖いところなんだよ!」


 *


 俺たちは印刷所の奥のテーブルに集まり、頭を抱えた。


 フランクリンは、ただ感情的に怒っているわけではない。


 彼はロンドンにも人脈を持ち、本国の政治家の考え方もある程度は理解している。


「……本国には本国の理屈があるのは分かる。七年戦争の借金、北米に駐屯している軍の維持費、密輸の横行、そして植民地が本国の商業規制に従わないという苛立ち。それを賄い、抑えるために、どうしても植民地から税を取りたいのだろう」


「理屈は前回の砂糖法と通貨法で耳にタコができるほど聞いたよ。でも、今回のやり方は陰湿すぎる。紙だよ? 商売も、裁判も、新聞も、契約も、人間の社会インフラは全部『紙』で動いてるのに」


「だからこそ、確実に税を取れると考えたのだろう」


 フランクリンは苦々しく言った。


「紙は記録であり、証明であり、商売の血管そのものだ」


「なるほど。血管を押さえれば、全身から確実に税を吸い上げられるというわけか」


 ギデオンが納得したように頷く。


「吸血鬼の俺でも、そこまで下品でえげつない吸い方はしないんだけど!?」


 俺が抗議すると、フランクリンが重いため息をついた。


「彼らは、この植民地を本気で絞り上げる気だ」


「ブリカスゥ……」


「その言葉を気に入るな」とアーサー。


 フランクリンはテーブルを軽く叩いた。


「問題は、課税による経済的打撃そのものだけではない。彼らは印紙法が植民地の猛反発に遭って撤回を余儀なくされた。だが、今度は『内部での直接課税がダメなら、港での関税という形なら文句はないだろう』と、やり方を変えてきたのだ」


「手段を変えただけで、本国議会が俺たちの財布に勝手に手を入れるっていう根本は何も変わってないじゃん」


「その通りだ。我々は英国王陛下の臣民である。ならば、同じ権利を持つはずだ。自ら代表を送っていない議会が、我々の財産に手を伸ばすのなら、それは……」


「代表なくして課税なし、でしょ」


 俺が言うと、フランクリンがジロリと俺を見た。


「その言葉を、なぜ君が知っている?」


「あっ」


「また未来を漏らしたな、この阿呆が」


 ギデオンが俺の頭を小突いた。


 フランクリンは、そこで少しだけ声を落とした。


「ただし、ルカ。君が未来の知識で全体を見渡せるからといって、今の本国議会の人間たち全員が愚か者というわけではない。彼らに届くのは、遅れた報告、損をした商人の訴え、現地総督からの偏った手紙、暴動の噂、密輸の記録、そして戦争債務の帳簿だ。その材料だけで判断すれば、彼らなりに筋の通ったつもりなのだろう」


「……分かってるよ。分かってるけど、結果を知ってる側から見ると、なんでそこで火に油を注ぐんだよってなる」


「後からなら、いくらでも言える」


 その声は、印刷所の入口から聞こえた。


 振り向くと、そこにはジョン・アダムズが立っていた。


「アダムズ先生」


「本国議会の判断を擁護するつもりはありません。しかし、危機の中にいる者は、常に不完全な情報と、自分たちの世界が崩れるかもしれないという恐怖の中で決断する。後世の安全な場所から全体図を広げて、『なぜ間違えた』と問うのは簡単です」


「……それ、すごく刺さるんだけど」


「刺さるように言っています」


「相変わらず面倒くさいなぁ」


「あなたほどではありません」


 *


 ハンター支部に逃げ帰り、俺とギデオンは改めて被害リストの整理を始めた。


「まずは手洗い説明紙だ。産婆や診療所、港湾に無料で配っているものだが、輸入される紙の価格が上がれば、安価な普及ラインのコストが一気に跳ね上がる」


「貧民街に配る手洗い啓発の紙の値段を上げるなよ! 公衆衛生の妨害だぞ!」


「材料が紙だからだ」


「紙だからで全部済ませるな!」


「次に商品ラベル。白箱、港用、農園用。これも紙を使う以上、コスト増は免れない」


「ラベルまで狙われたら、商品名を手書きで木箱に書くしかないの!?」


「手書きで紙に書いても紙は紙だ」


「紙アンチかよ英国!」


「さらに、信用手形や契約書。前回の印紙法で死にかけた支払いのやり取りが、また打撃を受ける」


「前回、通貨法で手形が怖いって言ったばかりなんですけど! ブリカスゥ!」


「そして、換算表。商会の地獄を少しでも整理するための表だが、これの印刷代も上がる」


「運用改善に対する罰ゲームかよ!」


「最後に、フランクリンの印刷業そのものが直撃を受ける。新聞、広告、パンフレット、契約書。彼の商売も、政治的発言力も、すべてが揺らぐ」


「これ、俺の商会だけじゃなくてフランクリンのおっさんの急所を完全に刺しに来てるじゃん……」


「だからフランクリンがあの顔をしていたのだ」


 そこへ、さらに胃を痛めつけるような知らせが届いた。


 ヴァージニアのジョージ・ワシントンからの手紙だ。


 相変わらず流麗で礼儀正しい筆致だったが、その文面には明確な『硬さ』があった。


『ヴァレンタイン卿。ご手配いただいた民兵向け石鹸の使用指示書は、兵の規律維持に極めて有用でした。


 しかしながら、新たな関税により、紙をはじめとする必需品の価格高騰が危惧されます。農園経営における証書、契約、土地の権利書類に至るまで、甚大な影響が出ることでしょう。


 本国の方針は理解しようと努めております。しかし、現地の実務と生活に対する負担はあまりにも重すぎる。西部土地問題に続き、今回もまた、我々植民地の事情が致命的に軽視されていると言わざるを得ません。


 本国の議会は、我々が紙によって土地を測り、契約を結び、負債を記し、命令を伝え、商売を動かしていることを、本当に理解しているのでしょうか。


 もし、それを完全に理解した上で、意図的にこの税をかけたのだとすれば……なおさら厄介な事態です』


 俺は手紙をテーブルに放り投げた。


「……ワシントン、静かにブチギレてるじゃん」


「お前が分かるほどか」


「分かるよ。この人、文章が丁寧になればなるほど、内面で怒りの炎が燃え盛ってるタイプだ」


 まだ彼は反乱軍の司令官でも独立の旗手でもないが、本国への不信感は着実に、地層のように降り積もっている。


「俺の石鹸の指示書が、また政治に近づいてる……」


 *


 さらに絶望的なことに、フランクリンが持ってきた対象品目のリストには、紙以外のものも記載されていた。


「フランクリンのおっさん、これ……」


「ああ、タウンゼンドが主導した関税の対象は、紙だけではない。ガラス、鉛、塗料、そして茶だ」


 俺は、あまりの理不尽さに声も出なかった。


 フランクリンが、感情を殺した声で一つ一つ読み上げる。


「……ガラス」


「俺が高級宿屋向けに企画してた『香料入り石鹸のガラス瓶詰め』、リリース前に完全に死亡!」


「そんなものを企んでいたのか」とギデオン。


「白箱の上位プレミアムラインとしてね! 富裕層はキラキラした見た目に弱いから!」


「……鉛」


「工房の一部設備、重り、商品の封印、印刷関係の部品、全部値上がり候補!」


 同席していたアダムズが補足する。


「白鉛は、顔料として塗料にも使われます」


「はい次の地獄来た!」


「……塗料」


「木箱の焼印の識別塗装、看板、店頭表示、白箱の装飾が地味に死ぬ! 紙の税金を避けて木箱と焼印の運用に切り替えたら、今度は木箱の塗料を殴られる! 本国、こっちの回避策の回避策まで的確に潰しに来るのやめろ!」


「本国は、お前の石鹸商会をピンポイントで狙っているわけではありませんよ」


 アダムズが冷静に突っ込むが、俺の怒りは収まらない。


「俺の商会のインフラ運用範囲に被弾してる時点で、狙撃と同じだよ!」


「……最後に、茶だ」


 フランクリンの言葉に、俺はビクッと肩を震わせた。


「とうとう来たか、茶ァァァァ!!!!!」


「お前、茶でそこまで叫ぶな」


 ギデオンが呆れた顔をするが、俺は真剣だ。


「分かってないな! 茶はただの飲み物じゃない! 未来のアメリカを吹き飛ばす、巨大な時限爆弾なんだよ!」


 フランクリンがピクッと反応した。


「……未来の、時限爆弾?」


「いや、なんでもない。今はまだ海に沈めない」


「何を?」とアダムズ。


「未来をだよ」


「またお前は、隠し方が絶望的に下手だな」


 ギデオンが深いため息をついた。


 *


 アダムズは、俺の怒りを受け止めつつ、法的な論点を整理し始めた。


「本国側は、おそらくこう主張するでしょう。これは印紙法のような植民地内部での直接課税ではない。あくまで大英帝国の通商政策の一環であり、港で徴収する輸入品にかかる関税である、と」


「だから何? 内税だろうが外税だろうが、現場の俺たちからすれば、財布から金が持っていかれるっていう結果は同じなんだけど」


「彼らにとっては、その法的な建前が重要な違いなのです。しかし、最も危険なのは税の取り方ではありません。その税収の『使い道』です」


 アダムズの目が、氷のように冷たく光った。


「本国は、この新しい関税で得た収入を、植民地の総督や裁判官の給与に充てようとしています」


「……えっと、それがどうしたの?」


「金を出す者が、制度を動かすのです。これまで、総督や裁判官の給与は植民地議会が支払っていました。議会が財源という首根っこを握っていたからこそ、総督たちも完全には本国の手先になりきれず、我々の顔色を窺う必要があった。しかし、本国が彼らの給与を直接支払うようになれば、植民地議会の影響力は完全に骨抜きにされます」


 俺の思考が、一気にクリアになった。


「……なるほど。つまり、税収という名目で植民地の富を吸い上げつつ、その金で植民地の司法と行政のトップを本国の完全な操り人形にするってことか」


「その通りです」


「これ、ただの課税じゃなくて、植民地の統治構造の『サイレントな権限移譲』じゃん。仕様変更ってレベルじゃない。国家システムの乗っ取りだ」


 アダムズは、わずかに頷いた。


「本国の議員たちは、そこまで露骨な言葉では考えていないかもしれません。彼らの側から見れば、反抗的な植民地議会に左右されず、王冠に忠実な役人の給与を安定させるだけだ、と言うでしょう」


「でも現地から見れば、議会の財政的な牽制を外して、総督や裁判官を本国直属の存在にするってことになる」


「ええ。歴史の後ろ側から全体像を見ているあなたには、余計にはっきり見えるのでしょう」


「うわ、嫌な刺し方をする」


「必要な刺し方です」


 さらに、ニューヨークからの不穏な知らせも届いていた。


「ニューヨーク植民地議会が、本国の軍隊の駐屯費用を負担させる『宿営法』に十分に従わなかったとして、本国はニューヨーク議会の立法機能を停止させるという圧力をかけてきました」


「え、何それ。現場が『予算がないから無理です』って言ったら、本社のカス上司が『じゃあお前の部署の決裁権限を停止な』って言ってるようなものじゃん!」


「まさに、宣言法で主張した『あらゆる場合において拘束できる』という絶対権限が、実務のレベルで牙を剥き始めているのです」


「root権限の発動、早すぎない!?」


 宣言法で感じた恐怖が、こんなにも早く現実のものになるとは思わなかった。


 *


 フランクリンは、まだ本国との決定的な決裂を望んでいない。


 だからこそ、彼の表情は誰よりも苦かった。


「……本国も学んでいるのだ。印紙法のように正面から『紙』という急所に一撃で税をかければ、植民地全体が燃え上がる。だから今度は、通商規制、外税、税関、役人の給与の独立、ニューヨークへの制裁と、複数の細かい仕組みに分割して、じわじわと締め付けに来た」


「マイクロサービス化した嫌がらせみたいだな」


「また未来語か。だが、構造は近いのだろうな」とギデオン。


「一つの巨大な悪法だと大炎上するから、機能を分割して、全体で真綿で首を絞めるように自治権を削りに来てるってことだよ」


「言い方はひどいが、本質を突いている」


 アダムズが同意した。


「一つ一つの法律は『通商政策だ』『役人の給与を安定させるためだ』『宿営義務を履行させるためだ』と説明可能でも、全体として見れば、確実に植民地の自治を解体している」


「最悪じゃん……」


「しかし、本国の側では、こう考えている者もいるのでしょう」


 フランクリンは静かに言った。


「戦争の費用を負担しようとしない植民地。密輸を続ける商人。印紙販売人を脅迫した群衆。宿営義務に従わないニューヨーク議会。彼らの目には、我々こそが秩序を壊す側に見えているのかもしれない」


「……だからって、こっちの首を締めていい理由にはならない」


「もちろんだ。だが、相手が何を見て、何を恐れているのかを知らなければ、なぜ同じ失敗を繰り返すのかも分からない」


 俺は黙り込んだ。


 現代の俺は、結果を知っている。


 この先に何が起こるかも、どう燃え広がるかも、歴史の教科書や研究書で知っている。


 だから「なぜそんなことをする」と言える。


 だが、十八世紀のこの場にいる人間たちは、分厚い霧の中で、遅れて届く手紙と偏った報告と自分たちの恐怖だけを頼りに、帝国や植民地の運命を決めようとしている。


 それは滑稽で、愚かで、時に腹立たしくて、そして少しだけ恐ろしい。


「……未来を知ってる側って、ズルいな」


 俺が呟くと、アダムズが即座に言った。


「その自覚があるなら、まだ救いがあります」


「ほんと面倒くさいなこの法律家」


「あなたに言われたくはありません」


 *


 俺たちは、ヴァレンタイン商会としての当面の防衛策を話し合った。


 対策その一、紙の使用量の再削減。


 印紙法騒ぎの後に残した焼印・木札・口頭説明のルートをさらに強化する。


「やっぱり紙は信用できない。手洗い説明紙は一部残すけど、必須の運用にはしない」


 対策その二、現地材料化の推進。


 ガラス瓶、塗料、紙を英国からの輸入に依存せず、植民地内の代替ルートを探す。


「でも、植民地側の工業力がまだ弱すぎて、品質が安定しないんだよなぁ……」


「お前の異次元倉庫から未来の品を出せばよいのでは?」


 ギデオンの問いに、俺は首を横に振った。


「出せるよ。でも、出所不明で関税を通っていない商品が大量に市場に出回ったら、今度は税関の役人に死ぬほど怪しまれて、密輸業者として摘発される!」


 対策その三、茶会営業の停止。


 高級宿屋や商人相手の商談で、イギリス産の紅茶を出すのを控える。


 代替として、コーヒーやハーブティーを検討する。


「でもさ、茶を避けること自体が、本国への政治的な反抗に見えるかもしれないぞ」


 フランクリンが指摘する。


「じゃあどうすんの! 茶を出しても政治的、出さなくても政治的じゃん!」


「その通りです。それが今のこの植民地の空気です」とアダムズ。


「茶、厄介すぎる……」


 対策その四、価格転嫁しないラインの維持。


 産婆、診療所、港湾向けの普及ラインは、どんなに関税でコストが上がっても値上げしない。


「採算がさらに悪化するぞ」


 ギデオンが呆れたように言うが、俺は譲らない。


「分かってる。でもここを値上げして手洗いの習慣が廃れたら、俺の『合法で清潔な血液供給インフラ』が根本から崩壊する。あと、普通に病人が増えて人が死ぬのを見るのは嫌だ」


「……最後に少しだけ本音が漏れましたね」


 アーサーの言葉に、俺はそっぽを向いた。


「どっちも俺の切実な本音だよ」


 *


 街では、再び不穏な空気が渦巻き始めていた。


 商人たちの会合では、再び「非輸入運動」の声が上がり始めている。


 宿屋で商人たちが輸入停止を相談し、理髪師の店で「英国品を買うな」と客が語り合う。


 産婆たちは「茶を出す家と出さない家で、政治的な空気がまるで違う」と報告してくる。


 港湾では密輸商人が税関の目を掻いくぐろうと殺気立ち、印刷所では新しい本国批判のパンフレットの準備が進められている。


 俺が作った石鹸の販路ネットワークが、またしても反英世論の巨大な情報網として機能してしまっているのだ。


「おそらく、これは新聞とパンフレットによる言論の戦いになる」


 フランクリンが、インクの染みた手で顔を擦りながら言った。


「また紙じゃん」


「そうだ。だからこそ、紙にかけられた関税は、単なる経済問題ではなく、我々の言論の自由を縛る鎖となる」


「紙に税金をかけるなって、何回言えば分かるんだブリカスゥ!」


 会合の終わり際、アダムズが苛立たしげに言った。


「本国は、印紙法の教訓を完全に誤って学習しました。彼らは『直接税が反発を招いたから、今度は外税にすればいい』と考えた。だが、問題の本質はそこではない。我々が代表を送っていない議会による『代表なき課税』であることこそが問題の核心なのです」


「なるほどね。ユーザーからのクレームの根本原因を間違えて、『見た目を変えればOK』って判断したわけか」


「……あなたの言葉を借りるなら、そういうことです」


「本国の連中、ちゃんと障害報告書を読め!」


「そもそも、彼らはこれを『障害』だとは微塵も思っていないのでしょう。ただの植民地人のわがままな反抗だと見ている」


「最悪の認識齟齬だ」


 アダムズは俺の目をじっと見つめた。


「彼らは印紙法の失敗を『やり方を間違えた』と見ている。我々は『権限そのものが間違っている』と見ている。この根本的な認識のズレが埋まらない限り、我々は必ず、何度でも衝突します」


「知ってるよ。……いや、今のはただの予測。法理に基づいた予測ね」


「あなたの予測は、いつも確信に近い」


「顔に出てる?」


「出ています」


 夜の宿に戻り、俺は荒々しくノートに書き殴った。


【ヴァレンタイン衛生用品商会・タウンゼンド関税対応メモ】


 ・本国からの嫌がらせ第2弾。ガラス、鉛、塗料、紙、そして『茶』に関税。


 ・直接課金である印紙法が炎上したから、輸入関税という別ルートで課金してきた。


 ・税の取り方を変えただけで、中身の『植民地から金を吸い上げる』という仕様は何も変わっていない。


 ・商会への影響:紙への課税で説明紙と契約書が死亡。ガラスと塗料への課税で高級ラインと木箱の焼印運用が被弾。


 ・ニューヨークの宿営問題:現場の議会を無視して、従わないなら権限停止という強権発動。


 ・アダムズの見立て:これは単なる税ではなく、植民地議会から本国への『統治権限のサイレント移行』。


 ・フランクリンの見立て:本国側も不完全な情報と恐怖の中で判断している。だが、その判断は現地の首を絞めている。


 ・フランクリンの予想:新聞とパンフレットによる言論戦の激化。


 ・俺:密輸してないのに、出所不明の未来石鹸を扱っているせいで、密輸業者より説明が難しくて税関監査に怯えている。


 最後に、最大フォントで結論を叩き込む。


【結論:本国、root権限を使って再課金してきた】


 印紙法という分かりやすいバグは撤廃された。


 だが、宣言法で確保した『あらゆる場合において拘束できる』という絶対権限は生き残っていた。


 そして本国は、その残した権限を使って、またしても植民地の生活必需品に手を伸ばしてきたのだ。


 紙。


 茶。


 ガラス。


 鉛。


 塗料。


 それらは俺の石鹸そのものではない。


 だが、石鹸を包み、説明し、保管し、売り、社交の場で信用を作るための、絶対に欠かせない周辺インフラだった。


 国家の税制というものは、いつも商品本体だけではなく、その周囲の空気ごと真綿で首を絞めるように締め上げてくる。


 そして何より悪いことに、税を取るためには、必ず『取り締まり』が必要になる。


 税関の監査が強まれば、港が調べられる。


 倉庫が調べられる。


 商会の帳簿が調べられる。


 俺は密輸商人ではない。


 だが、未来の石鹸を異次元倉庫から取り出してパッケージを偽装して売っている時点で、普通の密輸商人よりもはるかに税関への説明が難しい、完全な『ブラックボックス企業』なのだ。


「……合法寄生ビジネス、税関の現場監査に弱すぎる……」


 俺はノートを閉じ、両手で頭を抱え込んだ。


 本国の議員たちは、遠いロンドンで、植民地を守るため、帝国を維持するため、秩序を保つため、彼らなりに筋の通った法律を作っているつもりなのだろう。


 植民地の人々は、この地で、紙を買い、茶を飲み、契約を結び、土地を測り、兵士の宿営に怯えながら、彼らなりに当然の権利を守ろうとしている。


 その双方を、俺は未来の資料と結果を知った上で眺めている。


 ずるい立場だ。


 だからこそ、余計に腹が立つ。


 なぜなら、どちらにも理屈があり、どちらにも恐怖があり、そしてそのズレがこの先、何度も人を殺すことを知っているからだ。


 俺はこの時、まだ知らなかった。


 次にこの街で燃え上がるのは、税金そのものへの不満ではなく、それを取り立てる『税関』という名の物理的な現場監査との、血みどろの衝突であることを。


最後までお付き合いいただき感謝します。


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いよいよ歴史が転がり出した感じですね。
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