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03:秋桜

景色が住宅街に変わっていくと、茉麻先輩はハンドルを握り締めながらちょっと子供っぽくはしゃぎ出した。


「せや!そうそう!この道見たことある!前もあっこ曲がったんよ!かなり道狭いから大峡さん気いつけてな」


先輩のテンションが上がる。カーナビからは『目的地左方向、間もなく到着です』とのアナウンスの声が車内に響く。


いやいや、私は何も気をつけるものないし、運転気をつけてよ、ちょっと二日酔いなんでしょ?って声には出さず心の中で小言を呟いてると、車はジャリジャリと小石を踏みつける音を立てながら住宅地の脇道に入っていく。


益見さんは今回の依頼者でありお得意様だ。目的地である益見さんの邸宅からは、ちょっと離れたコインパーキングに駐車ならば、ガサガサとまた窮屈そうにシートベルトを外して「ほな降りよか」とひと言、不慣れな手つきでキーを外してドアを開けて出た。なんとなく、先輩のそんな一連の動きを眺めてしまったので、私は少々出遅れる。


「先輩、益見さんに会ったことあるんですか?」

本来は上野くんとふたりで行く予定だったため、そう尋ねる。


「気の良ぇおばちゃんよ、めちゃんこ金持ちの」


「ブーゲンビリアのスペースの管理人さんなんですよね?前回の時はどんなご依頼だったんですか?」


「ん〜なんやったかなぁ、あぁあん時や、ハンドメイドのバザー会場を、洋風レトロチックに、っていう御所望で、そん時はアンティーク品集めんのが大変やったん思い出した」


「へぇ…、それは、どこから調達して来たんですか?」


「自由が丘にヨーロッパから買い付けしてるヴィンテージショップがあって、知ってる?そこにお願いしててん」


「次私のとこにレトロ系の案件きたらその店紹介してくださいよ」


「全然ええけど、俺もえんらい苦労したよ、益見さんとにかく装飾もこだわり強い人やったわ。ソファの劣化具合とか金具の錆具合とかちっさいアリぐらいしか気づかれへんやろっていう細かいとこまでむっちゃ気にしててん」


どういう例え方?などとツッこもうにも、その例え方はボケなのか真面目なのか分からなかったためスルーをする。


「そんなナーバスな人なんですか。えぇー…、ちなみに今日はどうだろう…」


「ちらっと聞いたけど、占い師さんのお店やろ?」


「そう聞いてますが、まぁ今から打ち合わせしますから」


「こういう仕事久々やな、ずっとパソコンかタブレットとにらめっこやったからな」


「……先輩でもそんなもんなんですね、私もはやくバリバリ現場に出たいです」


「貴根さんに言うてみれば?」


「……先輩って結構、意地悪いですよね」


「っふふ、はは」


ーーー


川崎麻生区の住宅街のとある大きな一軒家ーーー。広い庭、高級そうな外車、が何台も入りそうなガレージ……そんな家が立ち並んでる。年収ウン千万ぐらいの男捕まえて結婚できたらこういうところに住めるのだろうか。いや、もっと必要か……?なんて、将来的に自分が年収で伴侶を選ぼうとするような人間になるのだろうとかとちょっぴり身震いをして、そんな事を考えるのは止した。


街中でも一際目立ちそうな豪邸、どうぶつの森で言うところの全部のローン払い終わった、みたいな……。こんな例え方しかできない私は、産まれてからアパート育ちの私なので、玄関前まで足を踏み入れて、呆気に取られていた、こういう家は初めて入るから。


白いレンガ調の大きな玄関を、慣れたようにズカズカと進む茉麻先輩と、恐縮に思いつつ先輩の影に隠れるように着いていく。


そんな私とは対称に、先輩は特に緊張した様子も全くなく、自分の家に帰るようなノリとさえ思うほど、チャイムを押す。


ピーンポーーン……と「すんませーん、アイディアルメイキングの三基ですー」と


「ちょっ、そ、そんなフランクな感じでいいんですか……?!」


なんて慌てるのも束の間、家の中からドタドタと足音が聞こえ、ガチャリとドアノブが解錠される音と共に玄関の扉が開く。徐々に拡がる隙間から貴婦人が顔を覗かせながら、私たちを見るや、表情を笑顔に変えた。


「あらあら〜?アイディアルの新人さんが二人話聞きに来られるって伺ってたけど、茉麻くんじゃないのよ〜どうしてぇ?嬉しい〜わぁ〜」


恐る恐る頭を下げる。もう入社してから半年経つけれど、新人扱いされなくなるまで、どれほどかかるのだろうか。


「ご無沙汰してます益見さん、ほんまはこの子ともう一人上野くんって新人の子が来るはずやったんすけど、別に何かオイタしたんとちゃうくて、貴根さんが連れてってもうたんすよ、俺じゃ役不足かもしれへんすけど、勘弁してください」


先輩は軽いお辞儀をすると「そんなこと思うわけないじゃないのよぉ〜!」彼女はうふふふ、なんて笑いながら先輩の肩を軽く叩く。


「ちょっと見ない間にまぁた男前の色男になったんじゃない?ど〜う?」


なんだか空港で韓流スターに騒ぐマダムみたいなテンションだな……と心の中で思って笑ってしまった。いや失礼だけど。でも、こんな邸宅に住んでいて厳格な人であったらどうしようと思っていたので、少し緊張がほぐれた気がする。


「あ、あの、初めまして、お世話になっております。アイディアルメイキング株式会社より本日は装飾作りの打ち合わせでお伺い致しました。イベントデザイン企画課クリエイティブ部に所属しております、私、大峡響季と申します」


負けじと、しかしとにかく失礼はないように深々と頭を下げる。


「いいのいいの〜!アタクシ堅苦しいの苦手なのよ〜!大峡ちゃんね!よろしくね!どうぞ入って!」


ドラマの中でしか見たことのない広い玄関、というかこれはほぼホールではないかという所に通され、どこの作家が描いたのかはわからない数百万はくだらなそうなバカデカイ絵画が飾られ、バカ高そうな花瓶に生き生きとした紫の花、コスモスだろう。2階に続く階段は螺旋階段でとにかく豪華絢爛。立ち並ぶドア一体どこのドア入ればリビングへ行けるのだろうなんて思いながら、益見さんに着いていく。


「そちらどうぞ、ごゆっくりしてね、あっ、イオリさーん、お客様いらしましたよ」


イオリさんって旦那様の事かな……?「こちらへ」と益見さんに連れられ通された広間のさらに奥へと呼びかけた。


「アタクシお気に入りの紅茶がありましてね」


恐らく"イオリさん"であろうエプロン姿のご婦人がお盆に乗せられた紅茶とチーズケーキをテーブルへと並べてくれた。お手伝いさんの名前だったのか。


「きょ、恐縮です」


こんな対応されることが初めてで、マナー違反などないだろうかと冷や汗をかきそうだが、先輩を横目にみると「いやいや、お構いなく〜」と相変わらずのラフなテンションでソファに腰を落としていた。その左隣に恐る恐るちょこんと腰をかけた。


淹れて頂いた紅茶から、ティーカップに指をかけずとも、すでに芳香な香りが漂っていて、きっと茶葉も、ティーカップ自体も相当高級なものなのだろうと思うと、口をつけるのもやすやすと単純にはなれない。でもこれ牛乳で煮出ししたらすごく美味しいロイヤルミルクティーが作れそうだなぁ。


「そそっ!それでね早速お話させて頂くんですけどもいいかしら!」益見さんは私たちの向かい側のソファに座りながら、パチッと両手を叩いて本題に進めた。


「アタクシがね、ずっとお世話になってた先生がいてね、こんな風に生きてこれたのは先生のおかげでね」


「センセェ、っすか」先輩は相槌を打ちつつ、シュガーポットから砂糖を数杯自分のカップに入れ、ティースプーンをくるくるとする。


「その先生になんとか恩返しができないか、ずっと思ってたのよぉ〜」


「そうですか」


先生って、先輩も知ってる人なのだろうか。検討の付かない私は蚊帳の外にいるかの気分になる。


「そしたらねぉ、その先生の娘さんがお店を出したいって聞いてね、もうっ、是非ともアタクシにお手伝いさせて欲しい〜ってこちらからお願いしたのよ」


「だったら是非、お店の内装はアイディアルさんにお願いしようってね!」



「いやぁありがとうございます、占いのお店、出されるんって伺ってますけど」


「そうなのそうなのぉ〜!」

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