02:待ち合わせ
麻生って、小田急線で一本で行けたんだっけ?いやだめだめんどくさい……タクシー乗っちゃおうかなぁ。経費で落ちるかな?『なんで電車使わなかったんだ』だなんて言われて部長に怒られるかな。先方の希望でタクシーで……って言い訳すればいけるか?いやバレたら後が怖いな……。
飲み会の翌日の私は、途中で抜けたお陰か、アルコールの影響も問題なく、事前の予定通りに進みそうで、張り切っている。
だが一つだけ、私の気合いに水を差すように問題が起きた。
っていうか上野くんどこ?改札側のルミネ前に12時って言ったのに!普通こういうのは10分前には着いとくもんなんじゃないの?1人のせいで私たち新卒の子達のイメージが悪くなるんじゃん!最近の若い子は礼儀知らずとか、また部長にグチグチネチネチ言われるでしょうよ。
LINEの検索窓に「うえの」と、入力……出てこない。あー、こいつLINE本名でやってないタイプだった!どれが上野くんなのよ!探すのが煩わしい!
【通知:みっきーから着信です】
えっ、誰!?ってこのタイミングで私に電話掛けてくるなんて上野くんしかいないでしょ!ってか集合場所に遅れておいてそもそも電話しないとか有り得ないし、登録名なんちゅー名前にしてんのよ!!めっちゃ分かりづらいし!他の人も困るでしょ、いや、上野くんのLINE登録する時に本名に直さなかった私が悪いのか?うん、次から誰かとLINE交換する時は絶対本名で登録するようにしよう一生そうしよう、決めた。
「あー、もしもし?上野くん!?今どこにいるの?」
「んー……えー、あー?」
開口一番に謝罪が飛んでくると思ったのに、腑抜けた声がスマホから流れてきて、電話越しに聞こえるように「はぁ〜?」と大きく怒り混じりのため息をついた。
「おー……すごいなぁ、まあ、ええわ、大峡さんこそどこ居るの」
「どこって……、小田急改札側のルミネの前って昨日言わなかったっけ?」
「そかそか、りょーかい」
でろりん♪……切られたし。同期だからって、口調超馴れ馴れしいし、まず最初の一言はすみませんとかも無いわけ?!とりあえずお説教は会ってからにしておこう。打ち合わせ前なのにむかむかさせないでよ、電車遅延したらどうするのよ。
「居たぁ。昨日とおんなじ、桃色のPコート、わかりやすい」
「よっ」て右手を向けたカーキのモッズコートの背の高い男が私の方へと駆け込んで近付いてきた。昨日居酒屋で別れた時の再放送かと思ったぐらいそのまんまの身なりだった。
「え、なんで茉麻先輩が?」
「あれ?LINE、みっきーで気づかん?”みき まあさ”、やから、俺。俺からしたらなんで会社のみんなは”まあさ”って呼ぶんねやろって感じやけど。学生時代はずっとみっきーやってんで」
「はい?え?なんの話ですか?ってか上野くんは?」
「えんらいご機嫌斜めやんね、せや、差し入れ様にワッフル買うといたから1個だけ食べてえーよ」
「あぁ、余計なお世話です……」
確かになんで"みっきー"で気付けなかったんだ、などと一瞬悔しく思った。女子社員一行が何故か茉麻先輩と呼ぶから、いつのまにかそれが浸透してしまって茉麻先輩だけ下の名前でみんな呼んでるんだよね。
「てかいいんですよそういう話は、で、なんで今日は茉麻先輩なんですか、上野くんはバックレですか?」
「いけずやなぁ。貴根さんがね男手欲しい言うて上野くん持っていきよったんよ、せやから今から大峡さんと打ち合わせ行くんは、上野くんやなくて、俺」
眠そうな半目で小さい握り拳を口の前にしきりに運んであくびを繰り返していた。彼の眠そうで重たそうな瞼を見て、もっちりとした二重のラインに羨ましさと毎朝二重テープと格闘している私は嫉妬を覚えた。働いたお金も有り余ってるし、プチ整形真面目に検討してみようかな……。なんて、なんで茉麻先輩の二重まぶた見て決断しなきゃいけないんだろうって癪だからその考えはすぐに辞めた。
「というか、先輩は二日酔いで使い物にならないって貴根さんに見透かされただけですよね」
「んぇー……」さっきまで重そうにしていた瞼を私に向けてパッチリと開いてはすぐに、視線を斜め下に落とした。
「図星、なんでわかったん」
先輩は随分とバツが悪そうだった。
「顔が明らかにグロッキーそうですから……」
新卒二人組で行ってご挨拶するはずだったお得意さんの打ち合わせに、二日酔いの男の方を寄越される……。
上野くんを先程まで遅刻魔として認定していた彼は、今では私よりも一歩先に抜け駆けした同期へと手のひらを翻した。はぁ、私も貴根さんと一緒に仕事したかったよ。
「正味ごめんやけど社用車今あかんとこ止めてるんよ、見つからんうちにはよ乗って」
えぇ?!会社としてどうなんだそれ……なんて引き気味でありつつ、正直ラッキー!!最高!電車に乗るのが億劫だったけど、乗らずに済んだ!
軽く小走りの先輩に着いていくように改札前の歩道橋からビルに抜けて階段を下る。
「いやここタクシー乗り場じゃないですか!?」
「せやから怒られる前にはよ出よ」
こんなとこに停めて私を迎えに来たなんて、なんて適当な男なんだ……。
淡いピンク色の小さめの軽自動車に似つかわしくない大男の先輩が、車のキーのリモコンのボタンを押し、ピピッと施錠を解除してそそくさ乗り込もうとする。
「ってか、めちゃくちゃ可愛い社用車、貴根さんのですよね?」
「これぶつけたら半殺しよ」
偏見だけど小柄めの女性が乗ってそうな車に背の高い先輩からしたら特に小さく見えるし、乗るときに頭ぶつけそうになってる。余計にちょっと可愛い。
「この車窮屈よなぁ、いや、大峡さんからしたらちょーどええのか」
「んふふっ」
推定身長180cm超えほどは確実にありそうな先輩だから、運転席に収まった彼の姿は、肩のとおしりの収めどころがだいぶ居心地悪そうで、その様子がおかしくて思わず助手席に乗り込みながら吹き出して笑ってしまった。「何がおもろいねん」って小さくつっこんで照れてたのも結構面白かった。
ーーー茉麻先輩の運転で動き出したこの車は、町田駅のタクシーロータリーから次第に離れて、先輩はカーナビと道路を交互に見ながら眉を顰めていた。つけっぱなしで流れるカーステレオはfm yokohamaで「続いては渋滞情報をお伝えします」と、横浜のバイパスの交通情報を案内していたが、現在のカーナビは川崎市を示していた。「ほんとに大丈夫なんですか?」と不安げに聞くと、「なんでや?なんで不安げに聞くん、前にも行ったことあるウチやし」と謎にムキになっていた。
「茉麻先輩、絶対ペーパーですよね」
「んなことないよぉ、ちょくちょく運転しとるし……貴根さんの送り迎えで」
私がそう煽れば、先輩は更にムキになった。とはいえ、彼が本気で怒ったりするような性格の持ち主とはとても思えなさそうな、温厚そうな印象の人だから、イジられてちょっとムッとしているような返しだが。
「完全にそれってアッシーじゃないですか」
「んー?アッシーってなに?」
「んー……、湖にいる巨大生物です」
「えぇ?なして今俺がそれなん……?」
信号待ちの気まずさから話しかけてみたものの、青にが切り替わると、また運転集中モードになって顰めっ面になっていた。この人、きっと不器用なんだな……、マルチタスクとか苦手そうだし、多分漫画読んでる時に話しかけたら全然聞こえてないタイプっぽそう。なんという事を勝手に心の中で想像して思わず口元が緩みニヤける。慌ててバレないように口を抑え顔を逸らすように窓の外を見た。
カーステレオのfm yokohamaは横浜の高島屋のグルメをアナウンサーがレポートしてる音声だった。今こんなの聴いたって、行くことないし。だったらまだ洋楽かなんか流してて欲しいなぁ……。まぁ、多分この人、ラジオがついてるのも耳に入ってないぐらい運転に必死に集中してるから、ラジオのチャンネル変えていいか聞くことすらも、とても言えないけども。




