少年は目利き
「博くん、今度の修学旅行、楽しみだね」
今朝は、少女のこの言葉から始まった。来週には、三泊四日の修学旅行がある。
「生美ぃー、そんなに楽しみなのかぁ」
少年は、気のない返事をした。
幼少期から世界中を飛び回っていた少年にとって、修学旅行など眼中になかった。
(日本で行って無いのは、竹島と尖閣諸島ぐらいかな)
一方、少女の方は、これを楽しみにしていた。『普通の高校生なら、きっと楽しみでしようが無いのだろうな』と、少年は思った。
「で、何処行くんだっけ、修学旅行」
「博くん、ちゃんと聞いてないとダメだよ。班毎の話し合いでも、そっぽ向いてるしさ。わたしと一緒に修学旅行に行くのって、そんなにツマンナイ?」
「旅行なら、飽きるくらいしたからな。新婚旅行だと、ちっとは楽しそうなんだがな」
「ひ、博くん。新婚旅行は、ちょっと早いよ。だって、わたし、博くんのお父さんとお母さんにも、未だ会ったことないのに」
「そっか? なら、今度会いに行くか。何年振りかなぁ。あいつら、会って俺のこと分かるのかなぁ? 俺の稼いだ金にしか興味無くなってたからなぁ」
「え? 何々。生美ちゃん、阿久津の両親とこに顔見せに行くの?」
「由香里ちゃん、そんなんじゃ無いよ。未だ全然早いよ。そうじゃ無くって、修学旅行の話」
「ああ、そういや来週だったっけ。そんで、何処行くんだったっけ?」
「由香里ちゃんも、テンション低いよ。京都。太秦とか、金閣寺とかを見学するの」
「そういやぁ、そうだっけ? 今さら京都なんて、爺臭いよね」
今どきの女子高生はこんなものなのか。由香里も気乗りしない返答を繰り返していた。
「そんなこと無いよ。わたし、京都は行ったこと無いから、楽しみなんだ」
「京都かぁ。三年振りくらいか。K大でも見学しに行くか? 顔馴染みの教授がいるから、連れてってやるよ」
「すげぇ、さすが神童。K大に顔見知りの教授がいるとは」
「って言うより、そいつ、俺の教え子。あいつ、何べん言っても微積分の計算が上手く出来なかったよなぁ」
「おお、さすが天才児。ところで、京都って新選組縁の地ってのもあるよねぇ。やっぱ、沖田総司くんて、格好いいよね」
京都の何に心惹かれたのか、由香里は、急に饒舌になった。
「由香里ちゃん、漫画やゲームのし過ぎ。本物はね、言うほど美形じゃないんだから」
そんな女子同士の会話を聞いているのかどうか、少年はポツリとこんな事を呟いた。
「京都って遺跡の塊なんだよな。だから、工事とかで、無暗に穴掘れないんだ。必ず何かしらの遺物が出てくるから。出てきたら、自分の金で調査したり保存したりしなきゃぁならないんだぜ」
「ねっねっ、やっぱりいいでしょ、京都。博くんも修学旅行で楽しもうよ!」
「そうだなぁ、生美と遠出するなんて、滅多に無いしなぁ。でも、どこが楽しいんだ?」
彼の知能からしたら、千年の都も地図の上の記号でしかないのかも知れない。だが、そんな少年に、少女は修学旅行の意義を語って聞かせたかったようだ。
「楽しい事なら、いーっぱいあるよ。大部屋で『まくら投げ』したり、巫女さんの装束に萌えたり。芸子さんの体験したり。大仏を見上げたり」
「大仏は奈良だぞ」
「あれ、そだったっけ? でも、きっと楽しいよ。高校生活の思い出作りしよ」
そうまで言われて、少年もやっと少女の方に顔を向けた。
「生美がそこまで言うんだったらな。ところで、俺達の班は何処を巡るんだ?」
「ああ、博くんたら。もうっ、何にも聞いてないんだから。最後の日の自由行動は、新選組縁の地を巡るんだよ。二条城→壬生界隈→光録寺→(新選組博物館)→島原界隈→西本願寺→本光寺→京都駅 って、順番で見学して回るんだ」
「金閣寺やその他定番の神社仏閣は、クラス単位で最初から回る予定に入ってるんだったな。なら、自由行動は、新選組でいいんじゃないか」
「何だ、博くん。ちゃんと聞いてるじゃない」
「俺に分からんことはない」
少年は、事もなげに答えた。阿倍野清明の陰陽道の謎を確かめたかった気もするのだが。最近、アニメや漫画,ゲームで、新選組が流行っているそうな。それで、女子のごり押しの結果、『新選組縁の地巡り』になったわけだ。
(兎にも角にも、天野と間野の二大お邪魔虫と違う班になれたのは、大正解だった。担任や教頭に、たっぷり賄賂を送っといてよかった)
少年は、旅行先でまで『あの二人』と一緒にはなりたくなかったのだ。これで、気がかりなことが一個減る。
(さて、修学旅行に行くからには、それなりに準備をしとかなけりゃならないな。何を持って行きゃあ良かったんだっけ?)
少年はそう思って、『修学旅行のしおり』を取り出すと、パラパラと読み返していた。
そこへ、小声で話しかける者がいた。生美の友人、裕子である。
「やぁ、そこの天才少年。あんた、古美術に興味は無いかい?」
「古美術? 考古学的な事物だったら、一通りは分かるが。ただ飾っとく為の物だったら、わざわざ自分で金出してまで買おうとは思わないけどな」
「古美術の真贋判定とか、確率はどうなんだい?」
「そうさなぁ……、だいたい、八割方くらいかなぁ。ニセモノをつかまされるなんてヘマを、俺がするわけないだろう。それがどうしたんだ」
一体、何の事を言い出そうというのか、裕子は自分の主張を説明し始めた。
「フフフフ。あたしはね、京都の骨董品で一山当てようと思ってるんだよ。それで、あんたには、その手助けを頼みたい」
「なぁるほどね。断る」
少女の友人のささやかな欲望も、少年はにべもなく断った。
「何で! 何でなのさ。生美ちゃんにも、いいとこ見せられるんだぜ。やろうよ、『お宝探して古道具屋巡り』。きっと、何か見つかるよ」
「自由時間は『新選組縁の地巡り』で決定だ。だいたい、俺達だけいなくなったら、それこそ不振がられるだろうが」
「だぁいじょうぶだってぇ。あたしが、あんたに横恋慕してるなんて、誰ひとり思いつきゃぁしないよ」
裕子は、妙に入れ込んでいた。何とか少年を引き込んで、一儲けしたいらしい。
そんな彼女に、少年はウンザリしたものの、裕子が手にしている携帯のストラップを見て、一言付け加えた。
「おい、そのストラップは大事にした方がいいぞ。そこの光っている石、小さいけどモノホンのサファイアだから」
「え? ウソ。これ伯父さんの外国土産なんだ。マジで」
「マジ」
「貴重なものとは聞いてたけど……。やっべえ、あんた、本気で古道具屋巡りやろうよ。マジで一山当てられるよ」
「だから、嫌だって言ってるだろう」
そんなやり取りをしているところへ、少女が戻ってきた。
「あ、裕子ちゃんだ。博くんとお話してるなんて、珍しいね」
「それよりさあ、生美ちゃんからも言ってやってよ。こいつ、古美術の真贋鑑定が出来るんだぜ。京都の古道具屋巡りをして、お宝を手に入れようよ」
「何で? 自由行動の行き先は、『新選組縁の地巡り』で決まったじゃない」
「生美ちゃん、お宝には興味無いの?」
「無い。わたし、博くんと楽しい思い出作りが出来れば、それでいいよ」
「あんたら、淡白過ぎ。人生はお金儲けてなんぼじゃないか。うまくすると何百万、いや、一千万くらい手に入るかもなんだよ」
「別にぃ。俺、金ならいっぱい持ってるし」
「わたしも、お金よりも思い出の方が大事だな」
少年にも少女にも、裕子の思いは伝わらないようだ。
「うぐぐ、じゃ、じゃぁ、帰りにさ、あたしの馴染みの古道具屋があるんだけど、せめてそこまで付き合ってよ」
裕子があまりにも粘るので、少年達は仕方なく、古道具屋へ着いて行くことになった。
そして放課後、少年達は、裕子に連れられて、件の古道具屋に行った。こじんまりとはしているものの、それなりの数の商品が陳列してあった。この中に、お値打ち物が有るというのだろうか。
「おっちゃん、久し振り。今日は、友達連れて来たよ」
「ああ、裕子ちゃんかい。例の壷なら、売らないからね。アレは、客引き用なんだから」
「おっちゃん、分かってるって」
少年は、窓際に大層に陳列してある壷とやらを見ると、こう言った。
「あれ、ニセモノっすよ。本物は釉薬の焼きにムラが無い」
「え! マジ。これニセモノだったの⁉」
「ああ。素人はよく引っ掛かるけどね」
ニセモノと指摘された古道具屋の主人は、汗を拭き拭き、
「よ、よく分かったねぇ。若いのに、結構な目利きじゃないか」
と、その場を取り繕っていた。
「じゃ、じゃあさ、阿久津、何か鑑定してよ。ええーっと……、これ。この掛け軸は?」
「それかぁ。時価千円。見て分からんかぁ。見るからに印刷だろう」
少年の様子を見た古道具屋の主人は、少なからず警戒をし始めた。
(この薄暗い店の中で、さわりもせず、遠くからチラと見ただけで見破りやがった。こりゃ、早々に帰さないと、店の中、引っ掻き回されるぞ)
少年は、そんな主人を意に介さず、適当に店内を見て回っていた。
「あ、これカワイイ。博くん、面白い置物だね」
少女は、店の隅に置いてあった陶製の置物を手に取っていた。
「ああ、それはお買い得かな。百五十年くらい前のフランスのブランド品だ。それで、千五百円は安いな。競売に出せば、五万円くらいの値打ちが付くだろうよ」
「え? ほんと。じゃぁ、わたし、これ買っちゃおかな。おじさん、千五百円でいいよね」
それを聞いた店主は、驚きの表情で少年と少女の顔を見比べていた。
「ほ、本当に、そんな値打ちがあるのか?」
「ああ、最近になって価値が見直されたブランドの品だよ。しっかし、よくこんなところにあったよなぁ。俺も驚いたよ。さて、値札通り、千五百円で買っていいよな」
「くぅぅぅ、仕方がない。いいですよ、千五百円で」
(うぬぅ、このわしが鑑定をミスるとは)
そこへ今度は裕子が木製の仏像を持ってきた。
「阿久津ぅ、これは? これは?」
(フフフ、それは何の価値もない、ただのバッタモンだ。今度こそ、化けの皮を剥いでやる)
店主は心の底で笑みを浮かべていた。
少年はというと、仏像を手に取ると、あちこちひっくり返したり、<コンコン>と軽く叩いたりしていた。
「見かけからすると、ほとんど価値のない量産ものだな。でも、こいつは買っても大丈夫。ちょっと叩いてみ。音が反響いてるだろ。中が空洞になってるんだ。きっと、何かを隠したんだな。ちょっと待て。こいつで、内部をスキャンしてみよう」
少年は、手に取った仏像をテーブルに置くと、鞄からスマホを改造したマルチPDAを取り出した。何かしらの操作をすると、彼は問題の仏像をスキャンし始めた。
「ふむん、やっぱりだ。中が空洞になっている。何を隠したかまでは断言できないが、形状から判断すると、何かの古文書か書き付けだな。年代的には江戸時代中期ごろかな。最低でも資料的な価値はあるだろうよ」
「そ、そんな馬鹿な。ただのバッタモンのはずなのに」
「外見はそうだよ。でも時たまこういうことがあるんだ。過去の資産家や地位の高かった人が、大事なモノを外戚の者に横取りされないようにね。つまり、大事な物を、こうやって価値の無いように見える仏像なんかに隠しておくんだ。おっさん、良かったら、ここで中の物を取り出して構わないっすか?」
店主は、冷汗をかきながらも、
「いいだろう。その代り、価値の無いものだったら、仏像の分は弁償してもらうぞ」
「いいよ。仏像そのものの価値は、せいぜいが一万五千円くらいだろ」
「たかが一万五千円でも、うちにとっちゃあ大事な売りものだからな」
店主はそう言ったものの、心の中では焦っていた。本当に江戸時代中期の書き物が出てきたら……。何が出てきても、歴史的な価値も含めて、相当な値打ちものになってしまう。それをみすみす失うのか。そう思うと、居ても立ってもいられなかった。
そんな店主をよそに、少年は、鞄の中から小型の電動のこぎりのようなものを取り出すと、注意深く仏像に穴をあけていった。
そして、仏像の内部から出てきたものは、やはり丁寧に折られた紙切れであった。
(やっぱり入っていたのか。クソう、今の今まで気が付かなかったなんて。何たる失態)
店主は、地団太を踏んでいた。
「あ、やっぱ入ってたんだ。さっすがは阿久津。やっぱ天才だわ、あんた」
「ほんとだね、裕子ちゃん。ねぇ、博くん。何て書いてあるの? 読める?」
「面倒臭いなぁ。何々……どうも、松平某から、どこだかの奉行に宛てた親書のようだな。ちゃんと分析しないと分からんが、紙質や書体からして、江戸時代中期以前ってのは間違いなさそうだな。どっかの博物館にでも寄付したらどうだ。おっさん、仏像を壊した分の金は置いとくよ。ほら、一万五千円」
折角出てきた書付にも、少年は何の興味も示さなかった。ぶっきらぼうに代金を払うと、親書を裕子に渡した。
「阿久津ぅ、ホンっと凄いわ、あんた。そうだ、今度はこれ見てくんない。なんか、高そうな値段が着いているから」
「あああ、もう勘弁してくれ。わしの負けじゃ。だから、これ以上、うちの店をかき回さないでくれ!」
少年の実力に心底震え上がった店主は、頭を抱えていた。
「博くん、おじさんがちょっとかわいそうだよ。その辺にしてあげようよ」
「ええ、何で、生美ちゃん。折角、面白くなりそうなのに。阿久津ぅ、もうちょっと見てこうよぉ」
裕子の方は、思いもかけないお宝ゲットで、ハイになりかけていた。
「ねぇねぇ良いでしょう、生美ちゃん。もうちょっとだけ、阿久津を貸してよぉ」
「だぁーめ。裕子ちゃんも、すっごくいいお宝を手に入れたんだから、これくらいで勘弁してあげなよ」
少女は店主の事を思ってか、友人を諌めた。
「ちぇ、分かったわよ。でも、やっぱり阿久津は凄いよなぁ。修学旅行の時でなくてもいいから、今度あたしとデートしよう。もちろん、古道具屋巡りで」
少年のことを見直したのか、裕子はそんなことまで言い出す始末だった。
「ダメだよ。博くんは、わたしの彼氏なんだから」
「ええ⁉ 生美ちゃん、ちょっとくらい貸してくれてもいいじゃない」
「ダメ。行くんだったら、わたしも一緒」
「生美ちゃんって、意外とヤキモチやきなんだなぁ。ケチ」
「ケチで結構。さ、博くん、もう帰ろ」
そう言って、少女は少年の手を引っ張った。店の扉をくぐる時、彼は、一言だけ店主に言い残した。
「おっさん、その奥の屏風、それだけは大事にした方がいいぜ。よーく調べてみ。結構なお宝だから」
「ほ、本当か! 分かった、感謝する」
裕子の方は、
「え~、そんないいモノがあったんだ。阿久津ったら、早く教えてくれたら良かったのにぃ」
「裕子ちゃんも、いい加減にする。今日は、おじさんのお商売の邪魔をしちゃったんだから」
「ああん、もう。分かったよ、生美ちゃん。じゃぁ、おっちゃん、また来るね」
「もう来なくていいわい」
裕子は、思いもかけず手に入った『お宝』を大事に鞄にしまうと、少年と少女に着いて店を出ていった。
こうして、この日も無事に暮れ──若干不幸になった人がいたものの──人類は、その滅亡へのタイムリミットを一日だけ延ばすことが出来たのだ。




