天界と地獄界の対決
土曜日の休日、少女は、間野と天野を連れて、少年宅へ泊りに来ていた。
まさに、天と地の御子と、その守り役が一堂に揃ったわけだ。
この夜を果たして無事に過ごせるのだろうか。
昼食の後、それぞれの片付けも終わったりしたので、少女は持ってきた人生ゲームをリビングの絨毯の上に広げた。
>注:「人生ゲーム」はタカラトミーの日本に於ける登録商標|(第919585号)である<
「博くん、お仕事とかだいじょぶ? 忙しかったら、三人で静かに遊んでるから、無理しなくっていいんだよ」
少女は、少年にこう問うた。
「やるに決まっているだろう。俺だけやらないなんて、除け者みたいじゃないか」
「でわ、順番はジャンケンで決めましょう」
「よし、やってやるぞ」
負けん気の強い少年は、たかが順番を決める程度のジャンケンと言えど、負けたくないようだった。
「わたくしも負けませんことよ」
少女に関しては少年とライバル関係である天野も、強気に出ているようだ。
「あー、僕は何番目でもいいですけどね」
相変わらず間野は柳に風と、低いテンションであった。
「よし、最初はグー、ジャンケンポン!」
四人が一斉に手を出す。
「あ、僕が一番だ。ごめんねぇ、勝ち抜けで」
どうやら、間野が一番のようだ。
「クソッ、もう一回だ」
「一番は逃しましたが、阿久津さんには負けませんことよ」
相変わらずの二人である。
「よし、もっかいだ。最初はグー、ジャンケンポン」
今度は三人の手が出される。
「うぉぉぉ、何故だ。何故、俺だけ負ける」
結局、少年は最後になってしまったようだ。
「ほほほほほ、日ごろの行いの所為ですわね」
ついこの間に転向してきたばかりの天野が、少年の常日頃を知る由も無い筈なのだが……。
「じゃ、最後はわたしと朱里さんとでだね」
「でわ、いきますわよ。最初はグー、ジャンケンポン」
「あー、勝った。わたしが二番目ね」
「あらあら残念ですわ。負けてしまいました。でも、最下位よりは、よっぽどましですわねぇ」
天野は、少年にだけは勝ったことを、殊更強調していた。
「クソぅ、なんで俺がビリッケツなんだよ」
「博くん、いんじゃない。これで、博くんがズルして無いのわかったし。だってここ、電子の要塞だもんね」
「生美さんの言う通りですわね。でも、常人の中にIQ520の人がいるだけで、なにかズルをしてるような気になってしまいますわぁ」
天野の厭味ったらしい口調に、少年は両の拳を堅く握りしめていた。
そんな彼を置き去りにするように、ゲームは始まる。
「じゃぁ、僕が勝ったから『銀行家』ね。お金を配りますよ。皆、コマ持ったかな? じゃあ、僕からルーレットを回しますね」
間野はこう言うと、ゲーム盤に手を伸ばした。
「何故だ! 何故、俺がいつも最下位なのだ。クソッ、もっぺんやるぞ」
少年の『人生』は、運が悪かったようである。
「阿久津君、もう負けまくって、借金王ですよ。まだ続けるんですか?」
「わたくしは大富豪ですから、何回でも構いませんことよぉ」
「博くん、もうそろそろ夕方だよ。一度休憩して、お夕食の材料を買いに行こうよ」
少年は、少女にそう言われて、今回は引き下がることにしたようだった。
「じゃ、皆でお買い物だ。博くんも行くでしょう?」
「当たり前だ。生美に、重い荷物なんて持たせるわけにはいかないからな」
「そうですね。では、僕も荷物持ちとしてお付き合いしましょう」
ということで、男子は荷物持ちに決定。少年達は、四人揃って、近所のスーパーマーケットに向かった。
そして今、少年は買い物かごの乗っかったカートを押しているところだ。
「お夕食、何にしよかなぁ。皆で買い物するのって、楽しいよね」
少女は献立を考えながら、食材を選んでいった。
「生美さん、サンマとブリ、どちらがよろしいでしょう?」
「俺、ブリがいいな。照り焼きにしたやつ」
「僕はどっちでも構いませんよ」
「そっか、じゃあブリに決定」
「お味噌汁の具は、お豆腐でよろしくて」
「うん、それでいこう」
こうして、各人の──主に天野の意見により、夕食の食材が決まっていった。
「このくらいでいかな。じゃ、わたし、レジでピッしてくるね」
少女はそう言うと、少年と一緒にレジに行った。
「占めて9823円になります」
「じゃ、カードで」
と、少年は、何の躊躇もなく、クレジットカードを差し出した。
「博くん、いいの?」
少女は気を使って、訊いた。
「え、何が? こんなはした金、何ともないよ。それに、現金だと小銭がじゃらじゃら返ってくるのが鬱陶しいからな」
少年は、こともなげに言った。
「そう。ありがと。じゃあ、皆で手分けして、袋詰めしようね」
「分かりましたわ」
「僕は、ペットボトルとか、大きい系のを詰めますね」
「ありがと、博くんの方には、お野菜とか詰めてね。玉子もあるから、気を付けて」
「おう、任せろよ」
めいめいで袋詰めを終えると、四人は少年の部屋へ戻った。
そして夕食の後のリビング。皆は満足気にくつろいでいた。
そんな時、少年は、ポケットからICカードを二枚取り出すと、間野と天野に差し出した。
「来客用のゲストルームの鍵だ。間野は、前に来たから分かるよな」
「ありがとう阿久津君。僕、もしかしたらリビングで寝袋かなって、思ってたんです。感謝します」
「ああ、その手があったか。間野は寝袋にしとくか?」
「あ、いやいや。せっかく部屋を用意してくれたんですから、それは辞退させていただきます」
さすがの間野も、寝袋は嫌だったようだ。
「天野は、部屋の使い方、分かるか?」
彼女は初めてなので、念の為、少年は尋ねてみた。
「大丈夫ですわ。わたくし、今夜は生美さんと一緒の部屋ですから。ねー、生美さん」
「ねー、朱里さん。わたし、こうやって友達とお泊りするの、憧れてたんだ。いいでしょ、博くん」
天野朱里は、いわゆる『百合』である。そんな女と少女を一緒のベッドに寝かしたくはなかった。しかし、これまでの経験上、『ダメ』と言ったら、絶対に怒られるのは少年の方だ。
「ああ、いいぞ」
少年は内心歯噛みしながらも、同伴を許した。
そして就寝の時間が訪れた。
少年は自室で、防犯カメラやセンサーのチェックをしていた。
(今度こそ、あの二人の正体を見破ってやる)
とは思いながらも、少年は、あの二人の事はよく知っているかのように感じていた。
(何らかの心理操作か? だが、それに関しては、事前に厳重にチェックしたはずだ。それに、ここは『電子の要塞』だ。俺自身が心理操作を受けても、機械は記録を残してくれる)
少年は、もう一度カメラの映像を確認しようとした。
現在画面に映っているのは、少女の部屋である。二人して着替えをしている最中のようだった。
(うお、まずいところを見てしまった。間野の方に切り替えよう)
思いもしなかった幸運だったが、少年はドギマギしていた。飛び級をしたり、幼少期から各国の軍や大学の研究施設を転々としたとは言っても、実年齢的には高校生なのだ。
三人が眠るまでモニタで監視をしていたが、特に何も起こる気配は見られなかった。この状態がいつまで続くのか。結局、後は自動監視モードにして、少年も眠ることにした。
少年はベッドに潜り込むと、時を経ず眠りに落ちて行った。深い深い眠りに。そしてまた、以前のように、どこからか声が聞こえてきた。
<少年よ、我らが御子よ。目を覚ませ。思い出すのだ。自らの使命を>
「俺の使命。何だ。夢? 使命、俺の使命、……そうか、俺の使命は、最凶最悪の破壊兵器を生み出し、人類を破滅に導くこと……」
「そうです。よく思い出してくれました」
どこか聞き慣れた声だった。
「お前は……間野。堕天した天使──悪魔と人間の間に生まれた、忌まわしき者。今はもう、ほとんど力のない片翼の出来損ないめ」
「その通りですね。さあ、我らが『主』の為に、人類を滅ぼそうぞ」
「そんなことはさせません!」
突然、別の方角から、今度は女性の声が響いた。
「お前は……、天野。分かったぞ、お前も、間野のような天使と人間の子だな。自慢の翼も、片翼じゃぁ迫力がないなぁ」
「その通りです。ですが、この方を前にしても、同じことが言えますか?」
「博くん、人類の滅亡なんて、ひどいことは止めて。お願い」
それは、少年の愛してやまない少女であった。
「生美……。何で、お前が」
「わたしも、博くんのような、選ばれた男女から生まれた御子なの。ねぇ、博くん。博くんは、ちょっと変わっているけど、人を殺したりなんて簡単にしないよね」
「生美。そうか、生美が天界の御子だったのか……」
少年の邪気が、一瞬弱まったように思えた。
「阿久津博よ。奴等の戯言に耳を貸す必要はありません。もう一度訊きましょう。お前の使命は何だ!」
「俺の使命は、人類を滅亡に導くこと。そして、『主』の恩寵を天使達に取り戻すこと」
少年は、一言一言を区切るように、……自分に言い聞かせるように、声を絞り出した。
「ねぇ、聴いて博くん。わたしの使命は、人類の滅亡を阻止することなの。場合によっては、博くんを殺してでもしなくちゃならないの。でも、そんなの嫌だよ。わたし、こんな使命なんて知りたくなかった。今までみたいに、博くんと並んで歩いたり、お買い物したり、一緒のテーブルでご飯食べたりしたいの。普通の女の子みたいに、博くんに恋をして、大人になったら結婚して、子供を育てて。歳をとっても仲良しでいて……。そんな暮らしがしたいの」
少女の声には涙が混じっていた。
「だが、誰がそんな残酷な運命を背負わせた。『主』ではないか。我らが先祖は、堕天してまで『主』がその御姿を表せるように成した。なのに、『主』は天使達よりも、土塊から作った人間を祝福した。これで納得ができるのか。天野朱里、天界に残った天使の末裔であるお前はどうなのだ」
片翼の天使──天野は、少し哀しげな顔を示した。しかし、思い詰めたように、こう言った。
「それも、我等が『主』が望んだこと。我等は、それに逆らうことを許されていない」
「そうだとしても、その元凶は人類の存在。人間達さえ、いなくなればいいのだ。そうすれば、『主』は、再び我らを愛してくれる」
間野の言葉には、いつになく悲痛なものが混じっているように思えた。
「そんなことが、どうしてお前などに分かると言うのか」
天野が反論した。強い口調で。
「ルシフェル様が約束してくれたのだ。人類が滅んでも、阿久津博と榊生美の魂は『主』に拾われ、天使として復活し、祝福をうけ、永遠の生命を得ると。そして、『主』は再び天使達を祝福すると」
「ルシフェル、さま……。ヤハウェ様が、そう約束なされたと言うのか」
「その通りだ」
「だが、ヤハウェ様は、この世で最初に嘘を吐いた御方。その言葉、信じてよいのか?」
この言葉に、今度は間野が戸惑った。
「そ、そんな。ルシフェル様が……、ヤハウェ様が嘘を吐いていると言うのか。ならば、何故お前達は生み出された。『主』とヤハウェ様の預言を実現する為ではないのか。人類の中で、心清い者だけを聖別し、新しいエデンを作る為ではないのか」
そう訴える間野は、血の涙を流していた。
「わたくし達も、こんなことで争いたくはないのだ。人類の浄化は、時が来れば、『主』御自らが行う」
「それは何時なのだ。あと何万年を待てばいい? もう既に永劫にも等しい時を待った。そんな時まで、もう我々は待ってはいられないのだ。血は薄れ、記憶は遠のいていく。『主』の教えとともに、『主』の愛とともに。もう、耐えきれぬ」
「済まぬ。わたくしは、これ以上を話せる立場に無い」
天野は、顔を背けながらそう言うしかなかった。
「ならば、我々は当初の計画を進めるだけのこと。阿久津博よ。さぁ、目覚めるがいい。その手で、人類を滅ぼすのだ」
間野の言葉を、少年が繰り返した。
「俺が、……滅ぼす。人類を」
「そうだ、阿久津博」
「そう、俺は人類を滅ぼす為に生まれた。それが、俺の使命」
「やめてよ、博くん。博くんは、そんなことしないよね。わたしが悲しむようなことは、しないよね」
神々しい光に包まれた姿の少女は、少年に近づくと、その身を抱きしめた。
「俺が使命を全うすると、生美は悲しむのか?」
「悲しいよ。だって、大勢の人が死ぬんだよ。たくさんの生命が失われるの。それって、悲しいことだよ」
「だが、それが、俺の使命……」
「そんなの間違ってるよ。絶対、間違ってる!」
少女がこう叫ぶと、辺り一面に光が迸った。それは、果たして本当に夢の中の出来事だったのだろうか。凄まじい光は、一瞬のうちに四人の姿をかき消していた。
バサと音がして、少年は目を覚まし、ベッドの上で半身を起こしていた。
「何が起こった? ゆ、夢をみていた、というのか? だが、何の夢だ。思い出せない……」
同じころ、間野も目を覚ましていた。
「どうしたんだ、僕は。夢を通じて阿久津君に接触しようとした。それは覚えている。そこまでは……。だが、その後どうなった? 思い出せない」
少女達も同様に目を覚ましていた。
ドタっと音がして、少女はベッドから転がり落ちたのだ。
「いたたたた。何? 何か夢を見ていたみたいなんだけど……。どんな夢だったっけ。とっても大事なことのような気がするのに、思い出せない。何でかな」
天野朱里も、ベッドで上半身を起こしていた。
「何故だ? 何が起こった? どうして、夢の内容が思い出せない……。何故……」
「あれ、朱里さんも夢見てたの? 実は、わたしもなんだ。でも、全然思い出せないの。何でかなぁ」
それを聞いて、天野は少女の方を見ると、血相を変えてベッドから飛び降りた。そして、急いで床に尻餅をついている少女を抱き起した。
「だ、だだだ、大丈夫ですか、生美様。ああ、わたくしなんかがベッドを占領してしまったから、転がり落ちてしまわれたのですね。何てことでしょう、お可哀そうに」
よよと泣き崩れそうな天野に、少女は元気一杯に答えた。
「えへへ。だいじょぶ。ちょっと、お尻を打っただけだから。さぁて、朝ごはんは何にしよかな」
「そうですわねぇ。焼きしゃけと目玉焼き……では、どうでしょう?」
天野は、心の内でひどく動揺していたが、それを隠して、敢えて普段通りに受け答えをしていた。
「うん、それ良い。それに決定ね」
そう言って、少女は天使のような笑顔を浮かべた。
こうして、夢の中での対決は終わった。
人類は、辛うじて平穏な朝を迎えることが出来た。
だが、この平和がいつまで続くのだろう。それは、少年にも少女にも分からない。




