押しかけ女房
その日、少年は昼近くまで眠っていた。今日は土曜日。学校は休みである。それに昨夜は遅くまで、数日前に手に入れた『蟹のような生物』を調べていたことも関係していた。その生物は、特殊な生体原子炉だったのだ。
もう日も高くなりかけたころ、誰かが少年の頬を突いた。
「う~ん」
少年は、まだ目を覚まさずに、寝返りをした。すると、件の主は、反対側に行くと、また少年の頬を、つんつんと突くのだった。
さすがに、それで少年は眠りから覚めつつあった。
「ん~、誰だ、俺の眠りを妨げる奴はぁ~」
半分寝ぼけながらも、少年はそう言って、もう一度寝返りをうった。
「おっはよう! 博くん。もうお昼だよ」
その声には聞き覚えがある。少年は驚いて目を覚ますと、ベッドの上に半身を起こした。
「い、生美っ! こんなところで何してんだよ!」
そう言われて少女は、
「お昼ご飯を作りに来たんだよ。ついでに、お掃除とかもしよっと思って」
白いエプロンを着た少女は、何でもない事のように、そう応えた。
「それにしても、お前どうやってここまで来たんだよ」
「だって、博くん、この前わたしをメンバー登録してくれたじゃない。入り口の管理人さんも優しかったし、博くんの部屋だって、コンピューターさんに開けてもらったんだよ」
「あ、そういやそうだった……orz」
あっけにとられている少年をよそに、少女は押し掛け女房のように、
「ほら、博くん、早く着替えて顔洗って来なよ。皆も待ってるんだから」
「ああ、わかっ……何だって! 皆って誰だよ! 誰を連れて来たんだ」
「間野くんと天野さん」
「どうして!」
「一緒に来たいって言ったから」
「それだけ?」
「うん、それだけ」
それを聞いて、少年は天を仰いだ。
(何て危機意識の無いやつなんだ。あんな得体の知れない連中を引っ張り込むなんて、どうかしてる)
少年は、仕方なく寝床を抜けた。そして、急いで服を着替えると、自室を頑丈にロックしてから、リビングに向かった。
「やぁ、阿久津君、お邪魔してますよぉ」
「あら、今まで寝ていたんですの? お寝坊さんだこと」
やはりいた。間野と天野である。
(そんなこと、お前らに言われとうないわ!)
と、少年は心中では思ったものの、事実は覆せない。
「いいだろう、いつまで寝てたって。どうせ、今日は休みなんだから」
言い訳がましい少年に対して、天野は、
「あら、『一時が万時』って言いますでしょう。普段から規則正しい生活をするべきですわ。ねぇ、生美さん」
かく言う少女も、
「天野さんの言う通りだよ。博くん、寝坊すぎ」
と、少年を責めた。こうまで言われては、さすがに返す言葉が無い。
「ああ、俺が悪かったよ。それで、お前らは、どうして俺ん家にいるんだ?」
少年にすれば当然とも思われる質問に、天野と間野はこう答えた。
「わたくしは、生美さんから『お料理を作る』ってお聞きしましたので、お手伝いに来ましたのよ」
「僕? ああ、僕は単に暇だったからです。だから、僕のことは特に気にしなくていいですよ」
「あぁ、そうかいそうかい。なんてご立派な理由だ」
さしもの少年も、もううんざりして、諦めの境地だった。
そこへ少女は、
「お昼まではまだしばらくあるから、お茶にしよっか。あのねぇ、博くんの家の紅茶って、とっても良い茶葉なんだ。だから、お茶もすんごく美味しいんだよ。お茶請けに、スコーンを作ってきたから、皆でつまんでねぇ」
「まぁ、そうですの。きっと、お茶の淹れ方も特別なんでしょうね。さすがは生美さんですわ」
「いやぁ、天野さん、それほどでも無いよ。見てみて、天野さん。茶器だって、こんなに立派で綺麗なんだよぉ」
「まぁ、本当ですわ。さすがは生美さん、目利きでいらっしゃるのね。でも、あのう……、生美さん。わたくしのことも、もうそろそろ名字じゃなくて下の名前で呼んで下さらないかしら。もう、こんなに仲良しになったんですから」
「そっか。そだよね。じゃぁ、朱里さん……でいかな?」
「勿論、よろしくてよ、生美さん」
天野朱里は、いわゆる百合と呼ばれる属性を持っている。それ故、少年は、少女が彼女に簡単に心を許してしまうのを快く思っていなかった。そんな少年の心配をよそに、リビングでは談笑が続いていた。
「それでね、皆で、ここで勉強合宿をしたんだよ」
「あの時は楽しかったですねぇ。またやる時も、僕を誘って下さいね」
「あら、勿論わたくしも誘っていただけるのですよね」
「もちろんだよ、朱里さん。あっ、博くん、お茶のおかわりは?」
そう訊かれて少年は、ムスッとしながらも、
「ああ、頼む」
と、空になったティーカップを差し出した。カップを受け取った少女は、一旦台所に向かうと、淹れ直した紅茶を持って戻ってきた。
「はい、どうぞ」
「すまんな」
そんな風に阿吽の呼吸で動く二人を見ていて、残りの二人はあてられてしまっていた。
「本当に、阿久津君と生美ちゃんは仲がいいですねぇ。僕達もいることを、忘れないで下さいね」
「あっ、えっと、そんな風に見えちゃった? なんか、博くんの部屋に来ちゃうと、ほっとするって言うか、なんか自分家に帰って来たみたいになるんだ」
「はは、まるで新婚さんみたいですね。うらやましいです」
「し、新婚さんは、ちょっと恥ずかしいな。ね、博くん」
少女は少し赤くなって、隣に座っている少年にも声をかけた。
「うーん、まぁ確かに、ちょっと照れるな。で、そんな新婚さんの家にわざわざ押しかけてんのは誰なんだ」
少年も少し赤くなってはいたが、二人への敵意は消えていなかった。
「ははは、阿久津君、それは言いっこなしですよ」
「そうですわ。わたくしは、生美さんのお手伝いに来たんですのよ。そんな小姑みたいな言われ方は、心外ですわ」
相変わらずの二人の言葉から何を読み取ったのか、少女は何かに気づいたかのように立ち上がった。
「あっ、そうだった。もうすぐお昼だ。わたし、お昼ご飯を作りに来たんだった。朱里さんも手伝ってねぇ」
「勿論ですわ」
(ああ、このお可愛らしい生美様とご一緒にお料理が出来るなんて。わたくしは、何て幸せ者なのでしょう)
天野朱里は、内心ドキドキしているのを知られないように、そそくさと少女に続いてキッチンへと向かった。
少女は、天野と二人でお昼の支度を始めていた。お湯を沸かしたり、野菜を洗って切ったりと、少女はてきぱきとこなしていった。それを手伝う天野の手さばきも見事だった。初めてなのに、いいコンビネーションである。
(う~ん、生美のやつ、なんか楽しそうだな。新婚さんて言われたけど、こうやって、飯のできるのを待つってのも、案外悪くないな)
少年は、天野の事を気にしつつも、少女の料理をする姿に見惚れていた。
「いいねぇ。奥さんの手料理を待つ旦那さんのようですね」
「お前がそれを言うな。ただの暇つぶしで来たくせに」
「あははは、そりゃあ悪かったですね」
間野にはそう言ったものの、照れ隠しである。
しばらくすると、昼食ができたようである。
「できたよぉ。博くんもお皿並べるのとか手伝ってね」
少女にそう言われて、少年も立ち上がった。
「何を持ってけばいい?」
と尋ねると、間髪入れずに少女は応えた。
「これとこれとこれね。あと、この大鉢も」
「よっしゃ、分かった。おいこら、間野。お前も手伝うんだよ!」
「はいはい、分かってるって」
「『はい』は一回で充分ですのよ」
「ああ、ごめんね、朱里ちゃん」
「な、何でわたくしが、あなた如きに名前で呼ばれないとならないんですの? 最低な気分ですわ」
不倶戴天のような間野と天野のやり取りに辟易していた少年は、
「ああ、もう分かったから、この場の空気を悪くするのは止めてくれ」
と、いつの間にか二人を制止する側に回っているのだった。
そんなやり取りの後、少女は並べられた献立を披露した。
「今日のお昼はねえ、お魚の煮付けと、和風サラダだよ。お味噌汁は、オジャガと玉葱なんだ。食べられないものとかがあったら、教えてね」
「わたくしは、食べ物に好き嫌いはなくてよ」
「僕も大丈夫だよ」
それに対して少年は、
「俺、そこのフキは、ちょっと苦手なんだけど……」
そこにすかさず、天野が横槍を入れる。
「あら、フキは、生美さんが筋を丁寧に取って、美味しく煮含めてくれましてよ。それが食べられないと?」
こっちこそが小姑てあるかのような言い方に、少年も向きになっていた。
「苦手なだけだ。喰えないなんて言ってないだろ。いいよ、見てろ。全部喰ってやる」
「ほほほほ、痩せ我慢は身体によくありませんことよ」
「痩せ我慢じゃねぇ。ちゃんと喰ってやるよ」
「博くん、ほんとにダメだったら、量減らすから。無理しなくてもいいから」
「そんな心配は無用! 生美、山盛りに入れてもいいぞ」
少女の前だと、ついつい勢いがついてしまう少年であった。ましてや、間野と天野が目の前にいるのだ。苦手なところは、何としても見せたくはなかった。
「うん、わかった……。いっぱい入れるけど、だいじょぶ? サラダのドレッシングは、ポン酢醤油味とゴマだれ味とがあるから、好きな方を選んでね」
「あ、僕、ゴマだれ」
「わたくしは、ポン酢でいただこうかしら」
「博くんはどっちが良い?」
「じゃあゴマ」
こうして、それぞれの前に食事が盛り付けられた。
「それでは、いただきます」
『いただきます』
少年は、堆く盛られたフキに苦戦しながらも、結局は平らげてしまった。
「どうだ、これが俺の実力だ」
「本当に食べちゃったよ。阿久津くん、大丈夫なんですか?」
間野が心配そうに尋ねる。
「大丈夫に決まってるだろう。植物性繊維の豊富なフキは、胃腸にはいいんだ。……ゲフッ。それに、含まれるミネラル分は健康を保つのにいい。アルカロイド系の化合物は、アク抜きで失われている。更に、出汁に含まれるグルタミン酸が適度に唾液腺を刺激して、酵素の分泌を……。うぐっ、ちょっと多かったかな?」
「博くん、フキだけばっかり食べるからだよ。色んなおかずをちょこっとずつ、ご飯と一緒に食べるから美味しいんだよ」
「そ、そうだな。でも、フキも結構美味かったぞ。生美のおかげで、苦手なものが一つ減ったな」
「そ、そう。ありがと」
「では、今度は『納豆』に挑戦しては、いかがでして」
天野の攻撃は続く。
「い、いや、それは勘弁」
とうとう、少年は白旗を上げた。
『ご馳走様でした』
何とか無事に昼食を乗り切った少年は、ほっとしていたものの、満足に食べた気にはならなかった。
「さてと、わたしと朱里さんでお皿洗いをするから、博くんはお洗濯とかをしててねぇ」
「おお、分かった」
少女に言われて、少年はリビングの出入り口へと向きを変えた。
そんな時だった。
「じゃぁ、僕は、お風呂の掃除でもするかな」
間野はそう言うと、少年に続いて立ち上がった。
「ちょっと待て。なんで、お前が風呂掃除なんかするんだ?」
「え? だって、皆お風呂入るでしょう?」
「そだよ、博くん」
「勿論、わたくしもですわ。生美さん、背中の流しっこしましょうね」
「うん。ここのお風呂って、温泉旅館の内風呂みたいで、おっきくってきれいなんだ」
「そうですのね。今から、楽しみですわ」
賑やかな三人に比して、少年の顔は曇る一方だった。
「え? 風呂に入ってくって、お前達、いつまで俺ん家にいる気だよ」
愕然とした少年は、そう訊かずにはいられなかった。
「わたし、今日は泊っていくつもりで用意して来たよ」
「わたくしもですわ。ちゃんと着替えも用意していましてよ」
「実は僕もなんです。ははは」
「何で? 皆、家にちゃんと言って来たのか?」
少年は驚いて、再度三人に訊いた。
「わたくしは独り暮しですから、何の問題もありませんことよ」
「僕ん家のじっちゃんはボケてるから、一日くらいいなくても気が付かないから平気です」
天野と間野は、平然と言ってのけた。少女も、
「わたしも、今日は友達と一緒にお泊りするって言って来たもん」
「生美……、お前、以前もその手で親だまして泊りに来たろう。本当に大丈夫なのか?」
「博くん家で勉強合宿して成績が上がったから、お父さんも許してくれたんだ」
それらを聞いて、少年は天を仰いだ。
(この面子で、今日の夜を過ごすのかよ。信じられん)
「わたし、人生ゲーム持ってきたんだよ。後で一緒に遊ぼうねぇ」
「いいですね。僕、その手のゲームは得意なんです。それに、結構、隠れた人格とかが見えてきたりしますよね」
「うん、そだね。わたしも、そこが面白いと思うんだ。朱里さんもやるでしょう」
「勿論ですとも。阿久津さんは、お仕事は忙しくなくって」
「い、忙しくないよ。俺も絶対やるからな」
天野に攻撃的な言われ方をして、少年も売り言葉に買い言葉だ。
しかし、天界と地獄の面々が揃った今夜、何事もなく過ごせるだろうか?
少年の心配をよそに、三人は彼の自宅で思う存分に楽しむ気が満々であった。
今日の夜を人類は無事過ごせるのだろうか?
まさに『神のみぞ知る』である。




