第2話♪ニホンゴ?わかりませんが絶品出汁巻き卵と♪
「……はぁ、今日も二時間しか眠れなかったわ……」
翌朝、アジトの食堂に降りてきたのは、ボサボサ頭でメガネをかけたなぜかドヤ顔の魔法使いのエリリカさんだった。
目の下に深いクマを作り、頭を抱えながら力なく椅子へ倒れ込む。
続いて起きてきた桜子さんたちも、長年の過酷な冒険と連日の激務が祟っているのか、どこか表情が重い。
「おはようございます、みなさん! 朝ごはん、もうすぐできますよ!」
「……サン。おはよう……。うぅ、頭が割れそうに重いわ……」
エリリカさんが弱々しくつぶやく。
僕はニコニコしながら、熱した四角いフライパンに薄く油を引き、ボウルで溶いた黄色い卵液を一気に流し込んだ。
――ジューッ……♪
厨房いっぱいに広がる、香ばしくて優しいお出汁の香り。
鰹と昆布で丁寧にとった黄金色のお出汁に、ほんの少しの醤油とみりん。菜箸で手早くくるくると巻き上げていく。
「な、何この匂い……? 朝から食欲えぐる……やばいな……」
エリリカさんの鼻がピクッと動いた。
焼き上がった熱々の黄色い塊を包丁でサクッと切り分け、お皿に盛り付けてテーブルへ運ぶ。
「はいどうぞ! サン特製『出汁巻き卵』です!」
お皿の上で、出来立ての出汁巻き卵がプルプルと揺れている。
断面からは、透明な黄金スープがじわっと溢れ出していた。
「な、何よこれ……!? 卵がこんなにプルプルなんてやるわね!サンッたらサンッ!!」
「卵料理といえば目玉焼きに塩のはず……!」
四人が呆然とする中、大食いのアーシェスさんが箸を伸び、一口でパクリと食べた。
「あむっ……――ッ!? ッッハァーーー!?」
「どうしたのアーシェス!?」
「う、美味ぇぇぇぇえええええっ!? 噛んだ瞬間に中からじゅわ〜って! 柔らかい! たまごなのかこれ!?」
アーシェスさんが目を丸くして叫ぶ。
それにつられるように、桜子さんもおそるおそる一口。
「ん……っおふぃ……ふあぁぁ……っおふふぉぉい……!」
途端に、桜子さんの顔がトロトロに溶けた。
目頭をうっすら熱くさせながら、愛おしそうに頬を押さえている。
「あたたかい……お母さんが作ってくれたあの味レベルでお出汁が効いてて、……優しい……」
「……絶品。サンの手料理、毎日食べたい……」
無口なディードさんも目を輝かせて平らげていく。
そして、慢性不眠と脳疲労でボロボロだったエリリカさんは――一口食べた瞬間、すぅーと涙を溢ぼこしていた。
「あぁ……頭の奥のキンキンした痛みが消えていく……。何これ、ただの料理じゃないわ……ポーションより効くわよ……」
「ふふ、喜んでもらえて良かったです!」
「……ねえサン。普通料理は大雑把な塩焼きばかりなのに、どうしてこんな味付けや調理法を知っているの?」
桜子さんの疑問に、僕は「あ!」と思い出してポケットから古びた革製の手帳を取り出した。
「これです! 昔、うちの宿屋に泊まった変わったおじさんがくれたんです。『料理の知恵袋だ』って言って置いていってくれて」
桜子さんが手帳を受け取り、ページを開いた瞬間――ハッと目を見開いた。
「これ……『日本語』……!? 漢字とひらがな……!? 転生者の先人が残したレシピ手帳……!?読めるの?もしかしてサンも!?」
「え? にほんご? 挿絵と調味料の絵の組み合わせが詳しく書いてあって、僕ずっとこれを勘で試行錯誤したんです」
まさか異世界の先人の手帳だったなんて。
桜子さんは感慨深そうに手帳を優しく撫で、僕を愛おしそうに見つめた。
「そっか……先人の知恵を、あなたが。ありがとう、サン」
と、その時だった。
「……ふわぁ。お腹いっぱいになったら、急に猛烈な眠気が……」
エリリカさんがトロンとした目で僕を見つめ、吸い寄せられるように隣に座ると、僕の肩にこてんと頭を乗せてきた。
「えっ!? エリリカさん!?」
「……なにこれ。サンの隣、すごく温かくて……頭の中の雑音が消えるの……。あんなに眠れなかったのに……すぅ……すぅ……」
「一瞬で寝た!?」
僕の肩に預けられたエリリカさんは、さっきまでの酷いクマが嘘みたいに幸せそうな寝顔になっていた。
「サンのレベル87の魔力オーラと『状態異常無効』のスキルね。無自覚に周りの疲労やストレスを浄化してるんだわ……」
「……ずるい。私もサンの隣がいい……」
ディードさんまで反対側の肩にぎゅっと抱きついてくる。
「ひゃああああっ!? お、お姉さんたち距離が近いですっ! 僕、ただのまかない係ですよ!?」
「ふふ、もう遅いわよ。レベル87の最高に美味しいまかないヒーラーさん♪」
桜子さんがくすくすと笑う。
僕の居候生活二日目は、両肩にお姉さんたちをぶら下げたまま、あたたかくスタートしたのだった。




