美奈子
『廻天』
第八話 美奈子
翌日。
午前十時。
カイは。
普通に働いていた。
昨日。
敵に襲われた。
三人で戦った。
捕まえた。
尋問した。
そして。
死んだ。
自分の手で。
助けようとして。
助けられなかった。
それでも。
午前十時。
予約は入っている。
だから。
働く。
『お前は休まないのか。』
シュウ。
(予約あるし。)
『人が死んだ翌日だぞ。』
(うん。)
『少しくらい落ち込め。』
(落ち込んでるよ。)
『そうは見えん。』
カイ。
タオル。
畳む。
(働いてる方が楽。)
シュウ。
少し。
黙る。
『……そうか。』
⸻
ピンポーン。
ドア。
開く。
「こんにちはー!」
明るい声。
カイ。
顔。
上げる。
「あ。」
女性。
入ってくる。
「久しぶり!」
「美奈子さん。」
美奈子。
カイが今ほど指名客を持っていなかった頃から来ている。
常連。
遠慮。
なし。
「今日も死んでる!」
カイ。
「何が。」
「肩!」
「生きてます。」
「比喩!」
荷物。
置く。
カイ。
受付。
する。
美奈子。
じっと。
カイを見る。
「……。」
「何。」
「顔。」
「あ。」
傷。
残っている。
美奈子。
近づく。
「どうしたのこれ。」
「転んだ。」
「嘘。」
即答。
カイ。
「……。」
『何故分かった。』
シュウ。
(知らない。)
美奈子。
「カイ君、嘘つく時ちょっと右見るじゃん。」
シュウ。
『この女。』
(何。)
『只者ではない。』
(普通のお客さん。)
『油断するな。』
(何と戦ってんの。)
⸻
施術。
開始。
美奈子。
うつ伏せ。
「いつも通りお願い。」
「はい。」
カイ。
背中。
触れる。
「……。」
分かる。
以前より。
ずっと。
分かる。
肩。
首。
背中。
腰。
表面の硬さ。
だけじゃない。
その奥。
流れ。
どこから始まって。
どこへ行くのか。
「……。」
『カイ。』
(うん。)
『見えるか。』
(見えるっていうか。)
指。
動かす。
(分かる。)
右肩。
張っている。
だが。
原因。
そこじゃない。
左。
腰。
カイ。
触れる。
美奈子。
「そこ。」
「痛い?」
「違う。」
少し。
押す。
「それそれ。」
カイ。
「……。」
流れ。
詰まり。
感じる。
無理に押さない。
少し。
ずらす。
呼吸。
合わせる。
そして。
流す。
美奈子。
身体。
一気に。
力。
抜ける。
「うわ……。」
カイ。
「大丈夫?」
「何これ。」
美奈子。
顔。
上げる。
「カイ君。」
「はい。」
「なんかやった?」
カイ。
止まる。
シュウ。
『来たぞ。』
(何が。)
『気づいている。』
カイ。
美奈子を見る。
「何って?」
「前と違う。」
『……!』
シュウ。
(落ち着いて。)
美奈子。
続ける。
「めちゃくちゃ上手くなってる。」
シュウ。
『……。』
カイ。
(ほら。)
⸻
美奈子。
「前はさ。」
「はい。」
「肩痛いって言ったら肩やってたじゃん。」
「うん。」
「今日、いきなり腰触ったでしょ。」
カイ。
「原因そっちだったから。」
美奈子。
止まる。
「……。」
シュウ。
『警戒しろ。』
美奈子。
「分かるの?」
カイ。
「なんとなく。」
美奈子。
「やっぱり。」
シュウ。
『やっぱり?』
カイ。
(うるさい。)
美奈子。
笑う。
「前から普通じゃないと思ってたんだよね。」
シュウ。
『カイ。』
(何。)
『代われ。』
(何でだよ。)
『尋問する。』
(お客さんだよ。)
美奈子。
「こんな上手い人、普通いないもん。」
シュウ。
『……。』
カイ。
笑い。
堪える。
⸻
施術。
続く。
美奈子。
「でも本当に何したの?」
「何が。」
「急に上手くなった理由。」
カイ。
考える。
「……殺されかけた。」
美奈子。
「またまた。」
「ほんと。」
「じゃあ私も殺されかけたら上手くなる?」
「何が。」
「料理。」
「たぶん関係ない。」
「じゃあカイ君も関係ないじゃん。」
「そうかも。」
『関係あるぞ。』
(黙って。)
⸻
三十分。
経過。
カイ。
首。
触れる。
また。
分かる。
今度は。
さっきより。
細かい。
力。
流れ。
呼吸。
美奈子が。
無意識に。
力を入れている場所。
カイ。
「美奈子さん。」
「ん?」
「力抜いて。」
「抜いてるよ。」
「抜けてない。」
「抜いてるって。」
「右手。」
美奈子。
「……。」
右手。
握っている。
「あ。」
「ほら。」
「何で分かったの?」
カイ。
「なんとなく。」
美奈子。
「怖。」
『この女の方が失礼だな。』
(常連だから。)
⸻
カイ。
手首。
触れる。
「……。」
流れ。
指先まで。
続いている。
ほんの少し。
触る。
美奈子の手。
自然に。
開く。
「……。」
カイ。
止まる。
今。
何も。
押していない。
筋肉を。
ほぐしたわけでもない。
ただ。
流れに。
触れた。
美奈子。
「カイ君?」
「……。」
「どうしたの。」
カイ。
自分の手を見る。
「いや。」
シュウ。
『今の。』
(うん。)
『お前がやった。』
(たぶん。)
『意識してか。』
(半分。)
シュウ。
黙る。
カイ。
(何。)
『面白い。』
(怖いって。)
『同じだ。』
⸻
一時間後。
施術終了。
美奈子。
起きる。
肩。
回す。
「……。」
カイ。
「どう?」
「軽い。」
「よかった。」
「いや。」
美奈子。
首。
回す。
腰。
捻る。
「軽いっていうか。」
「うん。」
「何これ。」
立つ。
「身体が。」
少し。
跳ねる。
「自分のじゃないみたい。」
カイ。
表情。
変わる。
「それ大丈夫?」
「いい意味で!」
「びっくりした。」
「めちゃくちゃ軽い!」
美奈子。
笑う。
「カイ君。」
「何。」
「これ絶対値上げした方がいいよ。」
カイ。
「……。」
シュウ。
『ほう。』
カイ。
「やっぱり?」
『食いつくな。』
⸻
会計。
美奈子。
財布。
出す。
「次いつ空いてる?」
カイ。
予約表。
見る。
「来週火曜日。」
「同じ時間?」
「空いてる。」
「じゃあそれ。」
「はい。」
予約。
入れる。
美奈子。
靴。
履く。
そして。
ふと。
振り返る。
「カイ君。」
「何。」
「ほんと。」
少し。
真面目な顔。
「変わったね。」
カイ。
止まる。
シュウ。
『……。』
美奈子。
続ける。
「前より。」
一拍。
「仕事楽しそう。」
カイ。
「……。」
「じゃ、また来週!」
ドア。
閉まる。
静か。
カイ。
立っている。
シュウ。
『カイ。』
「何。」
『あの女。』
「うん。」
『本当に一般人か?』
カイ。
「一般人だよ。」
『怪しい。』
「どこが。」
『勘だ。』
「外れてるよ。」
⸻
店外。
少し離れた場所。
レン。
澪。
美奈子が出てくる。
レン。
「……。」
澪。
「……。」
美奈子。
二人。
見る。
「……。」
レン。
目。
逸らす。
澪。
普通に。
見る。
美奈子。
通り過ぎる。
三歩。
止まる。
振り返る。
「……。」
レン。
「何だ。」
美奈子。
二人。
交互。
見る。
そして。
「カイ君のお友達?」
レン。
「違う。」
澪。
「仕事関係です。」
美奈子。
「あー。」
意味ありげに。
頷く。
「なるほどね。」
レン。
眉。
動く。
「何がだ。」
美奈子。
ニヤ。
「カイ君も色々あるんだねぇ。」
そのまま。
歩いていく。
レン。
「……。」
澪。
「……。」
レン。
「澪。」
「はい。」
「あいつ調べろ。」
澪。
「一般人です。」
「何で分かる!」
「見れば。」
「絶対何か知ってただろ!」
「何も知らないと思います。」
「『なるほどね』って言ったぞ!」
「一般人も『なるほどね』くらい言います。」
レン。
「……。」
⸻
三日後。
レン。
報告書。
見る。
【美奈子】
異能反応――なし。
敵対組織との接触――なし。
犯罪歴――なし。
旧世関連――なし。
職業――一般企業勤務。
特記事項――なし。
レン。
「……。」
澪。
「だから言ったでしょう。」
レン。
「じゃあ何であんな意味深なんだよ。」
澪。
一拍。
「そういう人なのでは。」
レン。
「……。」
⸻
その頃。
カイ。
施術中。
シュウ。
『カイ。』
(何。)
『また分かったぞ。』
(何が。)
『今のお前。』
カイ。
客。
肩。
触れる。
流れ。
感じる。
昨日より。
さらに。
鮮明。
シュウ。
『人に触れるほど。』
一拍。
『精度が上がっている。』
カイ。
手。
止まる。
(……エステすれば?)
『ああ。』
カイ。
(強くなる?)
シュウ。
少し考える。
『おそらく。』
カイ。
「……。」
客。
「どうしました?」
カイ。
「いや。」
笑う。
「なんでもないです。」
そして。
心の中。
少しだけ。
嬉しい。
強くなれるから。
ではない。
エステが。
もっと。
上手くなる。
カイ。
(シュウ。)
『何だ。』
(これ。)
手。
動かす。
(結構いい能力かも。)
シュウ。
笑う。
『お前らしいな。』
戦うために。
作られたかもしれない身体。
誰かに。
与えられたかもしれない力。
それでも。
カイは。
今日も。
人の身体を。
ほぐしていた。
――第八話・了




