返上だと、、、
『廻天』
第六話 肩、凝ってますね
「肩、凝ってますね」
男が止まる。
「……は?」
カイは男の右肩を見ていた。
「右。かなり」
『そこから入るのか』
シュウの声が頭の中に響く。
(だって本当に硬い)
『敵だぞ』
(敵でも凝るでしょ)
『知らん』
男の眉が動いた。
「ふざけているのか」
「いや」
カイは男の右肩から視線を外さない。
「職業病です」
「……死ね」
「ですよね」
⸻
男が踏み込む。
速い。
昨日までのカイなら、見えなかった。
今も、身体そのものが見えているわけではない。
ただ。
来る。
なんとなく分かる。
右脚。
腰。
肩。
拳。
順番に何かが流れていく。
カイは半歩、横へ動いた。
拳が頬を掠める。
「……!」
男が振り返る。
カイ自身も驚いていた。
「避けた」
『驚くな』
「だって」
『次が来る』
「え」
蹴り。
腹。
ドッ!!
「ぐっ……!」
カイの身体が吹き飛ぶ。
地面を転がる。
「痛っ……!」
『だから言っただろう』
「一回避けられたから、いけると思った」
『お前は戦闘を何だと思っている』
「エステより難しい」
『当たり前だ』
⸻
男が歩いてくる。
「偶然か」
カイは腹を押さえながら立ち上がった。
「たぶん」
「……」
「俺もまだ、よく分かってない」
男が構える。
黒い力が腕を覆った。
「なら」
密度が上がる。
「分からないまま死ね」
カイ。
「それは嫌だな」
⸻
スマホ。
ポケット。
レンに連絡。
そう思った瞬間。
男が消えた。
『左!』
カイは左を向く。
遅い。
拳が来る。
「っ!」
腕。
上げる。
受ける。
ドン!!
「ぐぁっ!」
骨まで響く。
カイは数メートル飛ばされた。
スマホ。
ポケットから落ちる。
地面を滑る。
男。
踏む。
バキッ。
「……。」
画面。
割れる。
カイ。
「……。」
男。
「これで誰も来ない」
カイは壊れたスマホを見る。
「……それ」
『カイ』
「買ったばっかなんだけど」
『そこか?』
「高かったんだよ」
『怒るところがおかしい』
⸻
男が再び動く。
カイ。
見る。
速い。
でも。
さっきより。
少し。
分かる。
足。
腰。
肩。
腕。
拳。
全部。
別々じゃない。
繋がっている。
客の身体と。
同じ。
筋肉は繋がっている。
一ヶ所が硬くなれば。
別の場所が引っ張られる。
肩が悪いと思って。
肩だけ触っても。
治らない。
原因が。
別の場所にあることもある。
「……。」
男の拳。
来る。
カイ。
避ける。
二撃目。
避けきれない。
肩。
当たる。
「っ!」
三撃目。
カイ。
腕。
触れる。
その瞬間。
分かる。
「……ここ?」
肘。
内側。
指。
入れる。
男。
「っ!?」
拳の軌道が落ちた。
カイ。
目。
見開く。
『今だ!』
「何すればいい!?」
『殴れ!』
「殴ったことない!」
『何でもいい!』
カイ。
とりあえず。
男の腹。
押す。
「えい」
「……。」
男。
「……。」
カイ。
「……。」
『……。』
男の顔が。
ゆっくり。
怒りに変わる。
「貴様……」
カイ。
「ごめんなさい」
ドゴッ!!
「ぐあっ!!」
⸻
壁。
激突。
カイ。
崩れる。
『何故押した』
「咄嗟だったから……」
『せめて殴れ』
「人殴ったことないんだよ」
『今まさに殺されかけているだろう!』
「分かってる!」
カイ。
立とうとする。
脚。
震える。
痛い。
怖い。
普通に。
逃げたい。
シュウ。
『代われ』
カイ。
止まる。
「……。」
『俺がやる』
カイ。
息。
吐く。
「勝てる?」
沈黙。
『分からん』
「またそれ?」
『だが、お前よりは戦える』
「それはそう」
男が近づく。
シュウ。
『カイ』
声が低くなる。
『代われ』
カイ。
目を閉じる。
「……。」
昨日なら。
すぐ。
頼んだ。
でも。
今日は。
少しだけ。
違う。
「もうちょっと」
『何?』
「やらせて」
『何故だ』
カイ。
男を見る。
「なんか」
右肩。
やっぱり。
変。
「分かりそう」
⸻
男が地面を蹴る。
カイ。
逃げない。
見る。
右脚。
腰。
背中。
右肩。
肘。
拳。
流れ。
そして。
一ヶ所。
明らかに。
滞る。
右肩。
カイ。
「……そこだ」
拳。
迫る。
カイ。
身体をずらす。
完全には避けられない。
頬。
切れる。
それでも。
手。
伸ばす。
男の右肩。
触れる。
「!」
指。
入れる。
押す。
捻る。
いつもの。
施術。
男。
「な――」
肩。
力。
抜ける。
腕。
落ちる。
カイ。
「……。」
できた。
男の攻撃が。
止まった。
『カイ!』
「分かってる!」
今度こそ。
拳。
握る。
男の腹。
殴る。
ペチ。
「……。」
カイ。
「……。」
男。
「……。」
『弱っ』
「うるさい!!」
男の左拳。
カイの顔面。
ドゴッ!!
「ぶっ!」
⸻
地面。
カイ。
仰向け。
鼻。
血。
「……殴るの向いてない」
『だろうな』
「エステティシャンだし」
『それは関係ない』
「じゃあどうすんの」
『考えろ』
「シュウが考えてよ」
『俺は編み物職人だ』
「役に立たねぇな!」
『お前に言われたくない!』
⸻
男。
右肩。
触る。
動かない。
「……何をした」
カイ。
寝たまま。
「ほぐした」
「ふざけるな」
「いや本当に」
男。
右腕。
上げようとする。
だが。
力が入らない。
カイ。
それを見る。
「……。」
ほぐした。
違う。
普通の施術なら。
こんなことにはならない。
カイは男の肩に触れた時。
確かに。
何かを。
動かした。
身体の中を流れる。
何か。
それを。
一瞬だけ。
別の場所へ。
流した。
シュウ。
『カイ』
「うん」
『昨日レンにやったのと逆だ』
カイ。
気づく。
レン。
滞っていたものを。
流した。
結果。
《穿牙》の出力が上がった。
今。
男の流れを。
別の方向へ逸らした。
結果。
右腕から力が抜けた。
カイ。
「……。」
『お前』
シュウ。
続ける。
『人の力の流れに触れている』
⸻
男。
左腕。
黒い力。
集める。
「なら」
カイ。
起き上がる。
「……。」
「触れさせなければいい」
黒い力。
形。
変わる。
腕ではない。
無数の。
細い。
針。
カイ。
顔。
引きつる。
「それは無理じゃない?」
『無理だな』
「即答すんなよ」
黒い針。
放たれる。
カイ。
逃げる。
一本。
二本。
避ける。
三本目。
腕。
刺さる。
「痛っ!」
四本。
五本。
地面。
壁。
次々。
突き刺さる。
カイ。
走る。
「シュウ!」
『何だ!』
「これどうする!」
『知らん!』
「お前サバイバーだろ!」
『だから何でも知っていると思うな!』
「使えねぇ!」
『代われ!』
「嫌!」
『何故だ!』
「シュウも分かんないんでしょ!」
『それはそうだが!』
⸻
男。
手。
上げる。
黒い針。
数十。
カイ。
止まる。
逃げ場。
ない。
「……。」
さすがに。
これは。
無理。
カイ。
息。
吐く。
「シュウ」
『ああ』
「チェンジ」
その瞬間。
声。
「待ちなさい」
男。
「!」
カイ。
「……?」
黒い針が。
空中で。
止まった。
いや。
止められている。
薄い。
銀色の膜。
カイの前。
展開。
している。
そして。
後ろから。
足音。
一人。
女。
歩いてくる。
「一週間」
澪。
「異常なし」
男。
表情。
変わる。
澪。
続ける。
「だから護衛解除」
カイ。
「澪?」
澪。
カイの横へ。
立つ。
「解除から」
腕時計。
見る。
「二十三分」
沈黙。
澪。
ため息。
「早すぎます」
カイ。
「俺に言われても」
⸻
男。
後ろへ。
下がる。
「……澪」
「私まで知っているんですね」
銀色。
澪の指先。
集まる。
「ちょうどいいです」
男。
「何がだ」
澪。
目。
細める。
「私も機嫌が悪いので」
カイ。
「何かあった?」
澪。
「休みでした」
「……。」
「久しぶりの」
「……。」
「休みでした」
カイ。
「あ。」
澪。
「呼び戻されました」
男。
「俺関係なくないか?」
澪。
「あります」
「ないだろ!」
⸻
その時。
別方向。
走ってくる。
足音。
「カイ!!」
レン。
到着。
息。
切れている。
「無事か!」
カイ。
「まあまあ」
レン。
カイを見る。
血。
腕。
傷。
「どこがだ!!」
カイ。
「スマホ壊された」
「身体の心配しろ!」
澪。
レンを見る。
「遅いです」
「こっから遠かったんだよ!」
「私は来ました」
「お前近くにいただろ!」
「休みでした」
「それ関係ある!?」
澪。
「あります」
レン。
「怖ぇよ!」
⸻
男。
三人。
見る。
レン。
澪。
カイ。
舌打ち。
「……今日は引く」
レン。
刀。
抜く。
「逃がすと思うか?」
男。
黒。
身体。
覆う。
カイ。
「レン」
「何だ!」
「右から来る」
レン。
「……?」
男。
動く。
右。
レン。
反応。
刀。
振る。
ギィン!!
男。
目。
見開く。
「何故――」
レン。
一瞬。
カイを見る。
カイ自身も。
驚いている。
「……分かった」
レン。
笑う。
「そうかよ」
男。
距離。
取る。
澪。
銀。
展開。
逃げ道。
塞ぐ。
レン。
前。
澪。
後ろ。
カイ。
真ん中。
カイ。
「俺いる?」
レン。
「下がってろ!」
澪。
「邪魔です」
『酷い扱いだな』
シュウ。
「俺もそう思う」
⸻
だが。
カイ。
自分の手を見る。
まだ。
感覚。
残っている。
レンの力を。
強くした。
敵の力を。
弱くした。
そして。
動きまで。
少し。
分かった。
全部。
同じ。
なのかもしれない。
流れ。
カイ。
「……。」
シュウ。
『考えるのは後だ』
「うん」
『今は』
シュウ。
敵を見る。
『生き残れ』
カイ。
小さく笑う。
「それ得意?」
シュウ。
一拍。
『一応な』
旧世。
サバイバー。
最強ではない。
英雄でもない。
ただ。
生き残った男。
その言葉だけは。
少し。
頼もしかった。
カイ。
前を見る。
レン。
刀。
構える。
澪。
銀色の膜。
広げる。
そして。
三人。
初めて。
同じ敵へ。
向き合った。
――第六話・了




