第8話 冒険者協会
元S級冒険者・バルトロのもとでの地獄のような特訓が、ついに終わりを迎えた。
数日前まで、自分の持つ『火』の力に怯え、制御できずに燻っていたルークの姿は、もうそこにはない。その腰には、主の意志に従って美しく揺らめく新技──『赫剣』を秘めた片手剣がしっかりと収まっていた。
同じく泥臭い実戦の槍を身につけたテール、そして無駄な力みを完全に削ぎ落とした弓使いのジャック。
メキメキと実力を底上げした3人は今、バルトロの背中を追って歩いている。
「ほっほっほ、お主ら、ずいぶんと顔つきが変わったのう。これならどこに出しても恥ずかしくないわい」
相変わらず片手に安酒の瓶を持ち、だらしない足取りで先頭を歩くバルトロ。だが、その案内する先にあるのは、ルークたちが焦がれ続けた場所だった。
──冒険者協会。
晴れて正式な冒険者となり、世界へと羽ばたくための登竜門。
「よし、行くぞ……っ!」
ルークは拳をぎゅっと握り締め、目の前にそびえ立つ協会の重厚な扉を見据えた。
まさかこの場所で、あの天才騎士と再び顔をを合わせることになるとは、今のルークはまだ知る由もなかった──。
冒険者協会は、数多くの巨大な建物が立ち並ぶアドレナの中でも一段と大きく、レンガづくりの高い天井がそびえ立ち、鮮やかな光をシャンデリアが照らし出していた。
数々の冒険者がごった返す中、ルークたちは協会の受付へと向かった。カウンターに近づくと受付嬢が話しかけてきた。
「こんにちは!新規の冒険者さんですか?それではこちらと、こちらにサインをお願いします。それか、今までの戦績や、B級上位の方からの推薦状などはありますでしょうか?」
となれた手つきで次々と書類を積み上げていく。
「すまんがね、引退した身なんじゃが、わしの推薦はまだ有効かの?」
「ええ、現役の頃の最終クラスがB級上位以上であれば、可能ですよ―――って、バルトロさん!?」
受付嬢の驚いた声に反応して、たくさんの冒険者がこちらを向いた。
「おい、いまバルトロっていってたか?」
「数十年前の戦争で一級勲章をもらったて言うあのバルトロか?」
「一体何の用事で来たんだ…」
バルトロは周りの目を気にせず、懐から古びた紙をカウンターに置いた。
「どうやら有効のようじゃの。わしが推薦するのはジャック・テンペスト、テール・マーキュリー、ルーク・アルベルトの三人じゃ。三人ともわしが認めた優秀な若者なんでな」
「ええ、ええ、承知しました。それでは上に報告しますので、少々お待ちください」
受付嬢はカウンターにある紙を大事そうに抱えながら奥に駆け出していった。
「さて、少し休憩しようかの。お主らも疲れたろう。こんなに人も目にさらされてはな」
そう言いながら近くのベンチに腰を掛けた。
「師匠、さっきの紙は?」
「なに、ただの推薦状じゃよ。通常なら数々のテストを超えて冒険者になれるが、あれがあれば幾分楽になるのでな」
その時、知った顔がこちらに近づいてきた。
「お久しぶりです、師匠。それにお前ら。きちんと師匠のもとに行けたんだな」
ロミアがいつものように自信満々に胸を張って話しかけてきた。
「おう、久しぶりじゃの、ロミ坊よ。元気にしとったか?」
「師匠、やめて下さいよ、その呼び方。もうそんな歳じゃない。今は師匠と同じ、S級冒険者の一員なんですから。子ども扱いしないで下さい」
ロミアは話しながらふと横目でルークのことを見た。その瞬間、少し驚いたような顔をし、乾いた笑い声を上げた。
「しばらく見ないうちに、ずいぶん見れる顔になったじゃないか。相当しごかれたみたいだな」
「ああ、お前の紹介のお陰でな。感謝してるよ」
「せっかくだし、その力、見せてみろよ。いま暇なんだろ。協会内に誰でも使える競技場がある。そこでやろう。」
そう言うと腰にぶら下げている剣をちらつかせた。ルークはふとバルトロの方をむいた。
「なんじゃ、行きたいなら行けばよかろう。じゃがな、ロミアは今のお前のような生半可な力で勝てる相手ではないぞ。十分に気をつけい。」
「はい、ありがとうございます。」
そう言うとルークはロミアについていき、人混みを抜けた。案内されたところは石畳でできた武道場だった。すでにロミアは準備万全で剣を抜いていた。
「早く構えろよ。準備はできてんだろ?」
「ああ、そのつもりだよ。」
そう言うとルークは剣を引き抜いた。力をいれ、あの力を呼び起こす。途端に剣は赤く染まり赫剣になった。
「っは、すごいなこいつは。まさかこれまでとは。やりがいがあるぜ」
ロミアはすぐに勢いをつけ、瞬転・迅でルークに突っ込んだ。それを防ぎルークの剣とロミアの剣がぶつかり合う。途端に衝撃が走り、亀裂が走る。
ガキン!ガキン!と何度もお互いの剣をぶつけ合う。そのたびに熱い火花がまい、ルークたちの顔を熱くしていった。
このままでは埒が明かないと思ったルークは瞬転で距離を取り、新技、「焔刃」を使う。
「はぁぁぁぁ!!」
力を込めて放たれた斬撃は確かにロミアを捉えた…はずだった。その斬撃はロミアに傷をつけることなく消えてしまった。
「なっ、なんで――なんで届かないんだ!」
「簡単だ。お前の今の力の限界がここまでだってだけだろ?それまでだ」
そう言うと剣を鞘に収め、踵を返してどこかに行こうとした。
「おい、待てよ!まだ終わってないだろ!」
ルークがロミアに対して叫ぶ。だが、ロミアの返事は冷ややかだった。
「お前、まだわかんないのか。今ので力の差は歴然だろ?今の攻撃はお前の現時点での全力だった。それが俺に全く通用しなかった。何回やっても結果は同じだ。今のお前は、俺に勝てない」
そう言うと、ロミアは階段を降り、どこかに消えていった。
「もっと強くなったら、またやろうぜ。俺はお前のこと買ってるんだ。期待してるぜ」
これまでにない圧倒的な敗北に、ルークは思わず剣を手放した。やっと自分の力を手に入れたと思ったら、全く通用せず、挙句の果てに情もかけられた。そんな事があるだろうか。
「くそっ」
感情が抑えきれず、地面を蹴り上げる。俺はまた、高い壁に阻まれる。その瞬間、笑みがこぼれ落ちる。
「はは……っ」
だが、ルークの口元から、自然と笑みがこぼれ落ちた。
──あるじゃないか。もっと強い奴らが。
あいつに勝ちたい。
もっと、圧倒的に勝ちたい。
そして、あいつのいる──いや、あいつすら通過点にするほどの、もっと上の景色を見てみたい。
そのために、俺はもっと、もっと強くならなきゃいけないんだ。
ルークが拳を握り締め、胸の奥で誓ったその時。
「ルーク! 登録完了したぞ! これで俺たちも無事、本物の冒険者だ!」
バタバタと足音を立てて、ジャックとテール先輩が武道場に駆け込んできた。
その手には、ピカピカと光る新米の証──冒険者プレートが握られている。
しかし──床に落ちた剣と、ルークのただならぬ雰囲気を見て、二人の顔が瞬時に曇った。
「……ルーク? どうした、何があったんだ?」
ジャックが心配そうに視線を彷徨わせる。
「いや、なんでもないよ」
ルークは落ちていた剣を拾い上げ、カチリと鞘に収めると、何事もなかったかのように二人に笑いかけた。
「また、どうしても超えなきゃいけない壁が見つかった。……ただ、それだけだよ」
「そう? ならいいけど……。本当に大丈夫なの? ちょっと顔が曇ってるわよ」
テール先輩がルークの顔を覗き込み、ぶっきらぼうながらも心底心配そうな声を出す。
「本当に大丈夫ですから。気にしないでください、先輩」
ルークがもう一度、今度はしっかりと笑ってみせると、テール先輩は「……なら、いいけど」と小さく頬を膨らませて視線を逸らした。
「そんなことよりさ、ルーク! 聞いてくれよ!」
ジャックが興奮を抑えきれない様子で、手にあるプレートをルークに突き出した。
そこには、新人であるはずの彼らのランクとして、信じられない文字が刻まれていた。
「これを見てくれ! 俺たちのランク、いきなり『D級』スタートなんだ!」
「え……? D級?」
ルークは目を丸くした。
通常、新規登録した冒険者は最底辺の『F級』からスタートし、泥臭いドブさらいや薬草採取のクエストを何ヶ月もこなして、ようやく上がっていくものだ。それが、いきなりの飛び級。
「そうよ。さっき受付に戻ったら、ギルド長まで出てきて大騒ぎだったんだから」
テール先輩が呆れたようにため息をつく。
「バルトロ師匠の『元S級の推薦状』だけでも前代未聞なのに、さっきすれ違ったあのロミア……あいつ、事前にギルドへ『ルーク・アルベルトを筆頭とする3人を、私の名において推薦する』って特級推薦状を回してたらしいのよ。現役S級騎士の推薦まで重なったもんだから、ギルド側が泡吹いてひっくり返りそうになってたわ」
「ロミアが……?」
ルークは驚き、先ほど彼女が去っていった薄暗い通路を振り返った。
『俺はお前のこと、結構買ってるんだ。期待してるぜ』
あの不敵な別れ際の見送り文句が、脳裏に蘇る。
突き放すような圧倒的な実力差を見せつけておきながら、裏では自分たちの実力を認め、特例のレールを敷いてくれていたのだ。
「あいつ……本当に、最後まで格好つけやがって」
ルークの口元に、また小さな苦笑が浮かぶ。
だが、その胸の奥の炎は、さらにパチパチと熱く燃え上がっていた。
待っていろ、ロミア。その情け、次に出会う時には実力で叩き返してやる。
3人が賑やかにギルドのロビーへと戻ると、そこにはベンチで相変わらず酒瓶を傾けているバルトロの姿があった。
周囲の冒険者たちは、伝説のS級の放つただならぬオーラに怯え、遠巻きに見つめることしかできていない。
「ほっほっほ、戻ったか。無事にプレートは貰えたようじゃの」
バルトロはルークたちの胸元で光るD級のプレートを見て、満足そうに目を細めた。
「師匠、色々とありがとうございました。バルトロ師匠のおかげで、俺たちは前を向いて進めます」
ルークが3人を代表して、深く、真っ直ぐに頭を下げた。ジャックとテール先輩もそれに続く。
「固い固い。ワシはただ、面白い若者に少しだけお節介を焼いたに過ぎんよ。……さて、これでワシの役目は終わりじゃ」
バルトロはよっこらしょ、と腰を上げて酒瓶を懐にしまうと、悪戯っぽく微笑んだ。
「これからは、本物の戦場じゃ。お主らの力、世界にたっぷりと見せつけてやるが良い。……じゃがな、ルーク」
バルトロの隻眼が、一瞬だけ、かつて戦場を支配した英雄の鋭さを取り戻す。
「これからは、もう誰も守ってはくれん。お主のその『火』──今度は誰かを傷つけるためではなく、仲間を、そしてお主自身の未来を守るために、正しく燃やすんじゃぞ」
「──はい!」
ルークは力強く頷いた。
元S級の地獄の特訓を乗り越え、最強のライバルの背中を見据え。
落ちこぼれだった少年たちの、本当の冒険が──今、ここから幕を開ける。




