第25話 裏切り者
それからというもののルークたちは各々の方法で調査をしてみた。
冒険者たちがよく集る酒場に言って情報を集めてみたり、情報掲示板を見に行ったり、今回の事件の情報を集めてみたりしたが、目新しい情報や役に立つ情報は全くと行っていいほど得られなかった。
それもそのはず。そもそもルークたちが所属していた特別冒険者連合は、数少ない精鋭で構成されたチームであり、その存在は協会の中でも権力者や実力者などしか知らないものであり、一端の雑用しか行わない冒険者たちは存在そのものを知らなかったのだ。
淡々と時間だけが過ぎ、全く情報も集まらないままルークたちは焦りと焦燥感を抱え、バルトロの酒場に集まった。
「一体どうしたってんだ!連合を知ってるやつが少ないとはいえ、A級冒険者の団長が追放されたんだぞ!少しは情報があってもいいんじゃないのか!」
ジャックは強い口調でつばを撒き散らしながら机を強くバン!と叩いた。
「落ち着きなさいよジャック。焦っても何もならないわ。気持ちはわかるけどね。それにしても情報が集まらなさすぎるってのは同感よ。いくらなんでもおかしいわ。流石に掲示板にも乗らないってことはおそらく相当な圧力がかかってるんでしょうね。それが一体誰からなのかはわからないけど」
テールも焦り口調で机の上にあるオレンジジュースが入ったジョッキをグビーっと飲んだ。ルビー領はこの季節、猛暑が襲うことで有名だが、今年は特に暑く、風通しが悪い酒場で三人は1日中走り回った影響もあって全身にびっしょり汗を書いていた。
時刻はすでに夜更けを周り、一刻も早く情報が欲しい中時間だけが過ぎていった。三人も焦りからなのか、イラつきからなのか黙りこくって淡々と机の上の飲み物を口に運び続けた。そんな中、酒場の扉がバン!と大きな音を立てて開いた。そこには息を切らしながら一枚の紙切れを手に握ったバルトロが立っていた。
「お前ら、これを見るんじゃ。こいつぁ相当役に立つぞ」
バルトロは行きもつかないまま机に紙を広げた。その紙にはルークたちが知らない文字が書いてあった。
「師匠、これは一体何ですか?何が書いてあるんですか?」
「ん?ああ、お前らの世代じゃこれは知らないか」
そう言うとバルトロは自らの部屋から一冊の本を持ってきた。
「その文字は儂らの時代の戦争のときに、仲間内での暗号として使われていたものじゃ。あまりにも久しぶりに見てわしも見逃すところじゃったぞ」
4人は本を覗き込みながらバルトロが持ってきた紙と示し合わせた。紙はとてもクシャクシャになっており、バルトロの汗と混ざってとても読みにくかった。
ルークたちは必死に目を凝らし、読もうとしたが、なれない文字で、かつ汗などで滲んでいて非常に読みにくかった。
「何だこれ、バルトロさん、こりゃ一体何書いてるんだ?」
ジャックがさじを投げ、バルトロに質問した。
「根性ないのぉ。これはな、2つの情報を示している。まず一つ。この文字を使うってことは、公に知られたくないもの、隠したいものをやり取りしているってわけじゃ。そして2つ目。この文字を知っているやつは数少ない。じゃから自然に書いたやつも絞られてくるわけじゃ」
そう言いながら机をトントン叩き、バルトロは自分の中でも情報を整理していく。
「そうなると自然にこの紙の意味もわかってくるわけじゃ」
「つまり師匠、内通者はその文字をわかる者同士ってことですか?」
「そう言うとるじゃろアホンダラ」
バルトロは一息つきながら酒瓶をグイッと煽り、口を拭いながら真剣な眼差しでルークたちを見つめてきた。
「いいか。この文字を知っとるものは誰であれ歴戦の猛者であることは間違いない。
この事件は生半可なものじゃないってことだけは確かじゃ。相手は目的も何もわかっていない謎の組織。十二分に警戒して損はない。じゃがな、同時にこの手紙はある矛盾を生み出しているんじゃ」
そういうとバルトロの目の奥に現役だった頃の燃え上がるような威圧感がチラリと見えた。
「この文字、おそらくハインツは読めん」
「どうゆうことだバルトロさん!なんでハインツが読めないと知ってるんだ!」
「単純じゃよジャック。あいつが現役の時と、この文字が使われていた時代はおおよそ15年は差がある。それにそれ以降この文字が使われることはなかった。そうなると、あいつがこの文字に触れることはないはずなんじゃ」
「単純じゃよ、ジャック。あいつが現役として頭角を現した時期と、この暗号文字が使われていた時代とじゃ、おおよそ15年は差がある。それに、それ以降この文字が使われることは一切なかった。……そうなると、あいつが歴史の闇に埋もれたこの文字に触れる機会など、ハナから存在するはずがないんじゃよ」
「……待って」
それまで黙って本と紙を見比べいていたテールが、顔を上げて言った。その瞳には、寒気を覚えたような怯えの色が浮かんでいる。
「バルトロ殿の言う通りなら……ハインツ様の執務室から見つかったというその暗号文は、ハインツ様本人が書いたものでも、読んだものでもないってことになるわ。誰かがハインツ様を陥れるために、彼の部屋にわざと仕込んだ『偽物の証拠』……!」
「そういうことじゃ。誰かがハインツに内通者の罪を全て擦り付け、円卓から排除しようとした」
バルトロの言葉に、ルークの頭の中でバラバラだったピースが急速に組み合わさっていく。
「でも、バルトロさん! ハインツさんだって、何もやってないわけじゃないはずです! 西のキャンプで僕たちが襲われた時、情報の漏洩元としてハインツさんの名前が挙がっていたし、実際にあの方はネファリウスと何らかの取引をしていたはずじゃ……」
「ああ、そこがこの罠の恐ろしいところなんじゃよ、ルーク」
バルトロは深く溜め息を吐き、酒瓶をテーブルにドンと置いた。
「ハインツの親父は綺麗事じゃ済まん男じゃ。あいつが裏でネファリウスと接触し、利益を得ようとしていたのは紛れもない事実じゃろう。……そして、真の内通者は『ハインツが実際にネファリウスと黒い繋がりを持っている』という事実を熟知していたんじゃ」
「あっ……!」
ジャックが思わず声を漏らす。
「ハインツが実際に黒いからこそ、捏造した暗号文を一枚部屋に忍ばせるだけで、誰もが『やっぱりあいつが内通者だったか』と疑いなく信じ込んでしまう。ハインツ本人も、本当にネファリウスと後ろ暗いやり取りをしていた手前、下手に『自分は絶対に潔白だ』と大声で主張できんのじゃ。己のやましさ故にな」
「なんて奴だ……」
ジャックが身の毛もよだつような顔で呟く。
「ハインツの裏の顔を利用して、本物の罪を隠しつつ、ハインツ一人に全ての泥を被せて処理したってことかよ。……じゃあ、その『15年前の暗号文字』を書くことができて、ハインツの裏の悪事を知っていて、あいつをハメることができた奴って……」
三人の視線が、自然とバルトロへと集中した。
バルトロは静かに頷き、冷ややかな声でその名を口にした。
「昔の戦線を知り、ハインツの弱みを握り、今この本部で『ハインツが内通者だ』と高らかに宣言して指揮を執っている男──ミドレアじゃな」
静まり返る酒場。
窓の外で蒸し暑い夜風が吹き抜け、ガタリと木枠を揺らした。
ミドレアは被害者のフリをしながら、実はハインツの悪事すらも利用して彼を排除し、ルードをも遠ざけ、まんまと本部の権力を手中に収めていたのだ。
「ハインツも悪党だが、ミドレアはそれ以上に底が知れねえ悪食のキツネじゃ。……ルーク、奴がお前たちに与えた『3日間の猶予』の意味が、これでハッキリしたな」
バルトロに見つめられ、ルークはゴクリと唾を飲み込んだ。
「ミドレアは、僕たちがこの嘘に気づく前に……ルード様の捜索という名目で、僕たちをネファリウスの渦中へ送り出して消すつもりなんだ」
「そういうことじゃ。……さて、ガキども。相手の仕掛けた最悪の罠のカラクリは解けた。どう動く?」
バルトロの問いかけに、ルークは固く拳を握りしめた。
恐怖はない。ただ、己を利用し、ギルドを内側から蝕む真の敵に対する静かな怒りが、胸の奥でオレンジ色の炎のように燃え上がり始めていた──。




