第26話 追及
ルークはすぐさま剣を手に取り、酒場から出ようとした。
「待て、ルーク。どこに行くつもりじゃ」
「決まってるでしょ、ミドレアを問い詰めに行くんです。これじゃあ俺達が利用されただけで、あいつの裏切りで被害を受けた西の戦線の人たちが可哀想だ!」
ルークが勢いよくバルトロの目を見つめると、そこには今までルークが知っていた厳しいが心優しい老人などは居なかった。そこに佇んでいたのは、数々の死線を通り抜け、幾度の戦場を壊滅に追い込んだ最強格の戦士だった。
バルトロはゆっくりと机にある酒瓶を再びグイッと飲むと、酒瓶をプラプラさせながら首をかしげた。
「今のお前がミドレアのところに行って何ができる。少し頭を冷やせ」
バルトロは少しばかり怒っていた。それは今すぐ酒場を出ようと背を向けたルークが背中で感じられるほどに鮮明なものだった。その緊張感は酒場中を覆い、ルークの首筋が、一瞬にしてピリピリしていた。その感覚はまさに、たった今命を狙われているときに等しかった。
「ミドレアはああ見えても歴戦の冒険者じゃ。わしから見たら若造じゃが、今のこの国の冒険者の中でも3本の指には入るじゃろう。更に単なる強さにとどまらず、口も達者じゃ。あの気難しい冒険者評議会を言いくるめたくらいじゃからな。そんなやつに単身で乗り込んで何をするんじゃ。よーく頭を冷やせ。感情に任せたら、あの村の二の舞じゃぞ」
ルークは拳を固く握りしめた。心の底ではわかっているのだ。今はまだ、ミドレアが真の内通者である確証が得られておらず、問い詰めても逃げられるだけだと。しかし、刻々と迫ってくる3日間という制限時間、北の戦線で優しくしてくれたハインツさんを利用した恨み、そして何より、あの黒い魔獣の元凶、ネファリエンスとの繋がりが、ルークが冷静になることを拒否していた。
たまらずルークは酒場を飛び出し、背中に聞こえるジャックたちの呼び止める声を振り切って協会へと向かった。ルークたちが酒場で話し合っている間に、外は今年最大の雷雨が吹き荒れていた。街の窓はギシギシと揺れ、鋭い雨粒が壁に叩きつけられていた。
ルークはそんな中、ひたすらに走った。時々空がピカッと光り、街のどこからでも見える高くそびえ立った塔の先端にある冒険者協会の旗が照らされる。今足を止めたら、この高まった感情が急に冷めてしまうのではないかと、ルークは思っていた。
足を止めたら、この胸の中で燃え盛る衝動が冷めて、二度と立ち上がれなくなる気がした。だからルークは、雨を切り裂いて走り続けた。
気づくとルークは、そびえ立つ冒険者協会の門の前に立っていた。今まで何度も三人で叩いてきた門だったが、隣にあの二人が居ないことに気づくと、今すぐにでも酒場に帰りたい気分にルークは襲われた。だが、一瞬にしてその冷静を取り戻す唯一の機会は、ルークの心に宿った衝動によってかき消された。
協会の中には、驚くほど人が居なかった。違和感を覚えたルークだったが、すぐに冒険者に与えられた宿にでも帰ったのだろうと深く考えなかった。ピチャピチャと足音が誰も居ない玄関ホールに響く中、濡れた体を引きずりながら、ルークはミドレアが待つ部屋へと向かった。
長く、松明の炎だけで照らされた冷え切った廊下を歩き、ついにミドレアが待つ連合の会議室の扉の前に歩みを進めた。腰にある剣の柄に手を当てながら深く深呼吸すると、ルークは勢いよく扉を開けた。
思いの外、部屋の中は暖かく、唯一の暖炉には明るい炎が燃え盛っており、天井の照明がガラスに強く雨が打ち付けられている部屋を明るく照らしていた。ルークは部屋に入った瞬間廊下との差に面食らっていまい、目を細めた。しばらくすると、次にルークの五感に訴えかけてきたのは嗅覚だった。ツンとする香水の匂いと、優雅な自然を思わせる紅茶の匂い。香水や紅茶を嗜んだことなどないルークにとっても、それらは一級品であるとひと目でわかった。そしてそれらを優雅に背もたれに持たれながら楽しんでいる人物こそ、ミドレアだった。
いつも通り整えられた髪にビシッとした灼熱の騎士の制服。その胸にはS級冒険者である証のバッジのほか、今までの功績で与えられた勲章が輝いていた。紅茶を飲みながら窓の外の城下町を見下ろしていたミドレアは、部屋に入ってきたルークを横目で見ると、静かにティーカップをおろし、ルークに向き合った。今までと同じ、と思いたかったが、もうその笑顔に、前までのカリスマ性を感じることはなかった。ルークにとって、今目の前に座っているのはS級冒険者でも、連合のリーダーでもない、ただの薄汚い裏切り者だった。そんなやつが優雅に紅茶を嗜んでいる姿は、一層ルークの感情を高ぶらせた。
「どうしたんだルーク。期限の3日は明日だし、仲間の二人はどうした?それにその姿は何だ。雨でビチョビチョでまるで捨てられた老犬のようだぞ。一流の冒険者たるものきれいにしたまえ。それで、ここに来たと言うことは、僕の質問に対する答えが聞けると考えていいんだね?」
ミドレアは余裕たっぷりに笑いかけた。その笑いは、余裕の表れとも、ルークに対する嘲笑とも取れた。
「ミドレアさん。あんたは間違っている。俺はあんたの質問に答えに来たんじゃない。俺はあんたの裏切りを暴きに来たんだ!」
そう言うとルークは今まで得た情報を矢継ぎ早に喋った。今までの流れが明らかに自分たちを誘導していること、掲示板にハインツの追放が載らなかったこと。それが上からの圧力がかかっていること、そして何よりあの手紙のことを話した。バルトロが現役のときに使われていた暗号で書かれた、ミドレアとハインツがつながっていたという何よりの証拠。
これらを証拠として並べたルークは息継ぎもままならない中、ミドレアに怒鳴った。
「ここまで証拠が揃ってるんだ!さっさと白状しろ、この裏切り者!」
勝った。俺の勝ちだ。ルークはそう思った。何だ、十分じゃないか。俺だけでもこいつに勝てるんだ。何が頭を冷やせだよ、こいつよりも、俺のほうがずっと上なんだ。
俺のほうがすごいんだ―――。
「きれいにしろと言ったはずだ。その汚らしい姿格好で、この僕に口を利けると思うのか? ——身の程をわきまえろ、青二才が」
瞬間、ルークの顔面に猛烈な熱風が叩きつけられた。
室内で起きるはずのない暴風、常軌を逸した高温。まるで熱せられた巨大な怪鳥が、殺意を孕んで飛びかかってきたかのような圧力——。
ガラス窓が悲鳴を上げ、暖炉の炎が一瞬で吹き消される。
ミドレアから放たれた狂暴なオーラが部屋中を狂い吹き、明確な「殺意」となってルークの全身を押し潰した。
「まずは褒めてやろう。その愚かさを称えてな。お前は誰を相手にしているのかわかっていってるんだな?」
そう言うとミドレアは静かに席を立ち、紅茶を片手に窓の外に映る町並みを見下げながら窓に寄りかかった。その表情はルークへの怒りというより、むしろなにか悲しんでいるようだった。
「それじゃあ、お前が上げた『証拠』とやらを整理しよう。まずはお前らを誘導しているだったか?それの何がおかしい。目的のために部下を使うのは当然だろう?」
「それじゃあその目的ってなんだよ!」
「なぜそれをお前ごときに言わねばならんのだ。まあ、強いて言うなら、世界平和だな。次にハインツが追放された件が掲示板に載らなかった理由だが、冒険者の中でも権力を持っているA級が裏切り者だったら、統制が取れなくなるのは想像できないことじゃないだろう。それに、俺が圧力を掛けた証拠は一切ないし、なんなら俺より上の上層部のほうがそれらは十八番だろう」
静かに、淡々と、だが確かにルークのツギハギで、穴だらけの感情任せに作られた論理はミドレアによって解体されていった。
「それじゃあそのお前が一番自信を持って突き出してきた手紙だが、まず、お前が言っていた文字だが、なぜハインツがそれを読めないと決めつけているんだ?やつほどの財力と権力、人脈があればそのくらい簡単に知ることができたろう。それにお前はその手紙の内容すらわかっていないんだろう?それに、肝心の手紙をお前は持っていないじゃないか」
その言葉にハッとし、ルークは急いでポケットの中を探り始めた。ない。手紙がない。しかし、それもそのはずだ。急いで酒場を出できたので、手紙などとっていなかった。今頃は酒場でジャックやテールが三人で手紙を解読しているところだろう。しかし三人はこの状況を知る由もない。援軍などは期待できないだろう。それに、静止を振り切って飛び出してきた自分に助けなど来るはずがないと考えていた。
先程まで自信に満ち溢れて居たルークは、今や打ちのめされ、自身をなくしていた。見誤った。俺は間違ったんだ。俺が思った以上に遥か遠くだった。これじゃあいつの悪事なんて暴けなかったんだ。
「もう終わりだ、ルーク・アルベルト。お前の命運はここで尽きよう。よくあがいたようだが、お前の剣は、俺には届かなかったようだな。その剣が育つまで待ってみたいものだが、あいにく俺も余裕がないのでな。さらばだ、若き炎よ」
ミドレアが手をルークに向け、力を発しようとしたその時、見覚えのある圧が廊下から二人を刺激した。
それと同時にルークの鼻に、見覚えのある匂いがツンと漂ってきた。酒場に居たときに何度も嗅いだあの酒臭いあの匂い。それと、今まで何度も嗅いだ事がある、優しく、力強い、太陽のもとに広がる花畑のような匂い。
「証拠なら、ここにあるわ。ミドレアさん」
バンと扉を開け、ルークとミドレアの間にまるでルークを守るかのように立っていたのは、今まで何度も見たことのある背中だった。つややかな黒の中に、目を引かれる青が混じっている艶のあるきれいな、首の付け根まで伸びた長髪。
その背には、幾度となく自分たちの危機を救ってきた一振りの槍が背負われている。
雨に濡れ、肩で息を吐きながら——テールはしっかりと手紙を握り締め、ルークを助けに駆けつけたのだ。




