第22話 出発
2日後、テールは驚異的な回復速度で立ち上がれるようになり、体に巻かれた包帯も取れた。が、未だに体に刻まれた黒い呪いの紋章は未だに治らなかった。
「すいません、テール先輩。あんなこと言っておいて俺の力じゃ先輩の呪いを剥がすことができなくって……」
「いいわよ、気にしてないわ。そもそもあんたの能力は火を操る力であって人を癒す力じゃないでしょ?そういう能力はちゃんと居た専門の人がいるんだから」
テールがベットにもたれかかりながらルークを励ました。キャンプは先刻の襲撃以降魔物の姿ま全く見られず、戦いの痕も段々と消えていった。しかしながら被害は甚大で、死傷者は約30名。負傷者約60名。合わせて約90名。これはキャンプの約半数にも及ぶ人数だった。
「皆さん、ご準備はできましたでしょうか。そろそろ会議が始まりますので、本部テントにお集まり下さい」
ルークたちはテールに肩を貸しながら案内されるままに本部テントへと足を運んだ。そこにはすでにA級合同チームの面々が揃っていた。
「やっと今回の立役者が来たようだね。それじゃあ始めようか」
ルーデウスが重い腰を支えながらゆっくりと立ち上がる。その姿は本当の年齢よりも二周りほど年寄りに見えた。
「ルーデウスさん、怪我の調子は大丈夫ですか?」
「ああ、ある程度は良くなった、ありがとう。それで、今回の襲撃についてやっと全員が集まったわけだが、今回の襲撃は過去一番の規模だった。死傷者は約30名、負傷者は約60名。……合計で約90名もの被害が出ている。これは、この西のキャンプにいる全戦力の約半数に及ぶ数字だ。これほど苛烈な奇襲は、前例がない」
ルーデウスの沈痛な言葉に、本部テント内の空気が一瞬で凍りついた。
集まったA級合同チームの面々も、一様に険しい表情で黙り込んでいる。防衛線としては辛うじて機能しているものの、実質的な組織の被害は、壊滅と言っても差し支えないレベルだった。
「ルーデウスさん……これほど大規模な襲撃を、ネファリウスはなぜ、このタイミングで行ってきたのでしょうか」
ルークが隣のテールを気遣いながらも、真っ直ぐにルーデウスへと問いかけた。
ルーデウスは深く、ため息のような息を吐き出すと、テントのテーブルに広げられた西の戦線の地図へと視線を落とした。
「問題は、規模だけではないのだ。ルーク。奴らは、我々がこのキャンプの戦力を再編し、警戒を強めていたまさにその瞬間を、ピンポイントで狙ってきた。……まるで、我々の動向がすべて筒抜けだったかのようにな」
その言葉に、ジャックが思わず息を呑み、ルークと視線を交わした。
テールが二人の前で懸念していた「本部の情報漏洩」──その疑惑が、前線で指揮を執っていたルーデウスの口からも、より具体的な危機感として語られたのだ。
「……内通者がいる、ということですか?」
ジャックの少し尖った問いかけに、ルーデウスは否定も肯定もしなかった。ただ、皺の刻まれた顔をさらに歪め、声を潜める。
「確証はない。だが、この防衛作戦の全容を知り得るのは、ギルド本部の上層部……それも円卓の会議に出席できる、限られた人間だけだ。これ以上の防衛は、我々だけで判断するには荷が重すぎる。そこで、だ」
ルーデウスは一度言葉を区切り、集まったA級冒険者たち、そしてルークとジャックを順番に見つめた。
「私はこのキャンプの残存戦力をまとめ、防衛の立て直しに専念する。だが、本部の闇を調査し、この状況を正しく伝えられる人間が今、どうしても必要なのだ。……ルーク、ジャック。そしてテール。お前たちに、ギルド本部へ直接向かってもらいたい」
テールの提案と、完全に一致する指示だった。
テールは、体に刻まれた黒い呪いの紋章を隠すように服の襟元を少し締め直すと、ルークたちを振り返り、小さく頷いてみせた。まだ全快ではない彼女の瞳には、それでも仲間と共に真実を突き止めようとする強い光が宿っている。
「分かりました」
ルークは腰の『赫剣』をそっと確かめ、ルーデウスに向かって力強く頭を下げた。
「僕たちが本部へ行き、S級のルード様、そして円卓にこの事実を直接伝えてきます」
「そうか。本当にありがたい。それでは本部への連絡をしておく。君たちも準備をしておいてくれ」
そう言うとルーデウスは椅子から腰を上げ、テントから出ていった。続いて他の冒険者たちも出ていったが、唯一緑の魔獣のリーダーであるパミールだけが残っていた。気まずい空気がテントの中に流れる中、急にパミールが頭をテーブルに打ち付けた。
「なっ…!どうしたんですか急に!頭上げて下さい!」
ジャックが急いで声をかけたがパミールはその言葉を無視して話し始めた。
「すまない、君たち!あんな口をきいてしまって。俺の仲間が魔獣に襲われているときに、君たちが助けてくれたってきいた。それに急に現れた能力者を撃退してくれたのも君たちなんだろ?本当にありがとう。感謝してもしきれない」
そう言うとパミールは頭を下げたまま、悔しさと感謝が入り混じった声を震わせた。
「俺たちが自分たちの力に溺れて、君たちを『ガキ』だと見下していた。……情けない。実力も、覚悟も、君たちの方が遥かに上だった。今回の戦いで仲間を失わずに済んだのは、間違いなく君たちのおかげだ。本当に……すまなかった」
これまでの傲慢な態度からは想像もつかない、心からの謝罪。
ルークとジャックは一瞬呆気にとられ、それから顔を見合わせた。初対面の時の険悪な空気を思えば、パミールがプライドを捨ててここまで頭を下げるのは、相当な葛藤があったはずだ。
「パミールさん、頭を上げてください」
ルークが静かに、しかしはっきりとした口調で語りかけた。
パミールが恐る恐る顔を上げると、ルークは嫌悪の色など微塵も見せず、真っ直ぐに彼を見つめていた。
「僕たちはただ、仲間として目の前の脅威と戦っただけです。あの状況なら、誰だって同じことをしたはずですから。だから、もう気にしないでください」
「ルーク……」
「まあ、最初に突っかかってこられた時は、ちょっとムカつきましたけどね」
ジャックが少し悪戯っぽく笑いながら、肩をすくめた。
「でも、俺たちの実力を認めてくれたなら、それで十分ですよ。俺たちも緑の魔獣の戦いぶりは見てました。流石はA級チームだって、マジで思いましたから」
ジャックの言葉に、パミールはハッとしたように目を見張り、それから自嘲気味に、しかしどこか晴れやかな笑みを浮かべた。
「……はは、手厳しいな。だが、そう言ってもらえると救われるよ」
パミールはゆっくりと立ち上がると、ルークとジャック、そして静かに戦況を見守っていたテールへ向けて、今度は一人の冒険者として深く一礼した。
「本部へ行くんだろう。道中は気を付けてくれ。……俺たちも、この西のキャンプは死守する。二度とネファリウスの好きにはさせない」
「はい。ここをお願いします、パミールさん」
ルークが力強く頷き、パミールもまた決意を秘めた顔で本部テントを後にした。
残されたテントの中に、再び静寂が戻る。
「ふふ、ルークもジャックも、すっかり一人前の冒険者の顔になっちゃって。ちょっと眩しいくらいだわ」
テールが少しからかうように微笑みながら、二人の顔を交互に見つめた。体に刻まれた黒い呪いの紋章のせいでまだ顔色は優れないが、彼女の纏う空気はいつもの凛とした先輩のものだった。
「テール先輩、茶化さないでください。……それより、本当に一緒に本部へ行って大丈夫なんですか? 体の呪い、まだ治ってないのに……」
ルークが心配そうにテールの襟元に視線をやる。服で隠されてはいるが、あの悍ましい黒い紋章は今も彼女の肌を蝕んでいるはずだ。
「大丈夫よ。確かにあんたの火で剥がせなかったのは誤算だったけど、さっきも言った通り、本部に行けば高位の治癒魔道士がいるわ。それに──」
テールはそこで一度言葉を区切ると、自身の愛槍を強く握りしめ、冷徹な光をその瞳に宿した。
「自分の体をこんな風にした奴らを、野放しにしておくなんて私のプライドが許さないの。本部に潜む内通者……絶対に引きずり出して、一発殴ってやらないと気が済まないわ」
「……さすがテール先輩。頼もしいです」
ルークは苦笑しつつも、彼女のその強さに深く救われる思いだった。
「よし、それじゃあ出発の準備を始めようか! 本部までは馬車を飛ばしても数日はかかる。ネファリウスの追撃があるかもしれないし、気を引き締めていこう」
ジャックがパンと両手を叩き、沈んでいた空気を吹き飛ばすように明るく言った。
西の戦線での死闘を経て、一回りも二回りも成長したルークたち。しかし、彼らが向かう先は、戦場よりもさらに陰湿で底の知れない、ギルド本部という「闇」の渦中だった。
数時間後。朝の冷たい空気の中、ルーク、ジャック、テールの3人を乗せた馬車は、静かに西のキャンプを出発した──。




