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第19話 冷静さと技術

バルカスが勝利を確信し、身の丈を超える大斧を天高く大きく振りかぶった──その刹那。

ジャックの指先から、一本の矢が解き放たれた。


シュンッッッ!!!


それは荒野の熱風を鋭く切り裂き、一筋の綺麗な光の線を描きながら、バルカスの「軸足の膝の裏」へと一直線に吸い込まれていった。


カキィィィィンッッッ!!!!!


戦場に甲高い金属音が鳴り響き、弾かれた矢が地面へと転がる。


「あぁ!? 何なんだ今のは! 俺の皮膚には傷一つ付かねえ、攻撃は一切効かねえって言ってるだろ!」


バルカスはせせら笑うと、ジャックを真っ二つにするべく、再び手にした大斧を容赦なく振りかざした。そして、踏み込んだ軸足に強大な体重をかけた──その時だった。


「が、は……っ!?」


バルカスのその巨体が、信じられないことにグラリと大きく揺らぎ、大斧の重さに振り回されるようにして地面へと無様に突っ伏したのだ。


「何だ……!? 何が起こった、俺の足が……!?」


バルカスは信じられないものを見るかのように自分の足を見つめ、再び力を入れて立ち上がろうとした。しかし、結果は全く同じだった。地面を猛然と蹴り上げ、何度も立ち上がろうとするが、軸足に体重をかけた瞬間、膝からガクンと力が抜け、体が大きくぐらついてしまう。うまく斧を振ることすらできない。


「なぜだ、なぜだぁ! この俺の肉体がダメージを受けることなど、ありえないのだ!! 主から授かった最強の剛鉄だぞ!?」


バルカスは顔を真っ赤にして絶叫し、這いつくばったまま無理やり大斧を振り下ろした。しかし、下半身の踏ん張りが利いていない、腰が入っていない適当な攻撃など、ジャックにとって避けるのは赤子の手をひねるよりも簡単だった。


ジャックは紙一重のステップで大斧をかわしながら、冷ややかな視線で大男を見下ろした。


「本当に、何にも分かってないんだな。……お前の魔力の『つなぎ目』を射抜いたんだよ」


「つなぎ、目……だと……!?」


「当たり前だろ。確かにお前のその硬化能力は脅威だけど、全身の隅から隅までが完全に同じ硬さなわけじゃない。もし本当に全身が完全にガチガチの鉄になってるなら、お前はあんなに素早く動けないし、関節を曲げることすらできないはずだからな。だから俺はお前が動く瞬間、魔力の循環が一番薄くなる『つなぎ目』を狙って、お前の神経と筋肉の連動を矢の衝撃でブチ切ったんだ。……そんな基本の仕組みも理解できずに力任せに暴れてるようじゃ、俺には一生勝てねえよ」


ジャックは冷静に大斧の攻撃を避け続けながら、手元を緩めることなく次々と矢を放っていった。

今度の矢は、もう弾かれなかった。足元の魔力循環が狂ったことで、バルカスの「剛鉄の肉体」は内側から瓦解を始めていたのだ。ジャックの放つ精密極まる追撃は、少しずつ、しかし確実にバルカスの肉体を削り、その皮膚を血に染めていく。


「ガ、ハ……っ! 嘘だ、俺が、この俺がぁ……!」


そしてとうとう、バルカスの体に纏っていた鈍い灰色の魔力が完全に途切れ、大男はその場に力なく両膝をついた。

それを見下ろすかのように、ジャックは静かに目の前に立ち塞がると、弓を背負い、腰のサヤから一本の鋭利なダガーを引き抜いた。


「貴様ごときに、この俺が、貴様ごときにぃぃぃッッ!!!」


バルカスが最後の力を振り絞って手を伸ばそうとした、次の瞬間。


ザシュッ──。


鮮烈な一閃が走り、バルカスの首はゴロリと赤茶けた野原に転がっていた。異能の力を失った肉体は、ただの物言わぬ骸へと変わる。


「……ふう。やっぱり、嫌な気分だぜ。敵とはいえ、生きた人間の首をはねるのはな」


ジャックはダガーに付着した血を軽く拭き取り、すぐにサヤへと収めた。一刻も早く、一人で戦っているルークの援護に向かわなければならない。

だが、ジャックが駆け出そうとしたその瞬間、周囲の岩陰から「グルルル……」と不気味な唸り声を上げて、十数体もの大型魔獣たちが一斉に姿を現し、ルークへと続く行く手を完全に阻んだ。


「チッ、邪魔だ、どけよ雑魚ども! 俺は急いでんだよ!」


ジャックは再び長弓を引き抜き、苛立ちを隠せないまま、迫り来る魔獣たちとの乱戦へと交戦し始めるのだった──。



──一方その頃、ルークはかつてないほどの激しい苦戦を強いられていた。


ガキィィンッ! ギィンッ! カンッ!!


「く、あぁッ……!?」


青い紋様の双剣使い、ガロンの猛攻は苛烈を極めていた。

右から迫る長剣を受け流したと思えば、視界の死角である左下から短剣がルークの脇腹を狙ってくる。次々と繰り出される、今まで見たこともない変幻自在の双剣技の前に、ルークの『瞬転』すらも先読みされ、完全に防戦一方に追い込まれていた。


距離を取ろうと後ろへ跳躍しても、ガロンはまるで影のようにピタリと距離を詰めてくる。一瞬の呼吸の暇すら与えられない。


「どうした、どうしたぁ! 防御だけで手一杯か!?」


ガロンの嘲笑と共に、二本の刃が交差して襲いかかる。

連戦による疲労と、双剣の圧倒的な手数を捌き続けたことで、ルークの腕の筋肉はすでに悲鳴を上げていた。次第に、ルークの命綱である剣の精度が鈍り、わずかにその構えが下がった──その瞬間。


「終わりだ、ガキィ!」


ガロンの左の短剣が、ルークの『赫剣』の鍔元を強引に跳ね上げ、生じた完璧な隙へ、右の長剣が凄まじい力で叩き込まれた。


──ガキィィィィンッッッ!!!!!


「あっ──!?」


凄まじい衝撃がルークの掌を襲う。

手の感覚が完全に麻痺し、ルークの手から、相棒である紅蓮の『赫剣』が虚しくも宙へと弾き飛ばされてしまった。剣は放物線を描き、数メートル先の地面へと突き刺さる。


「しまっ──」


丸腰。ルークの前に立ち塞がるのは、ギラリと光る二本の刃を構えた、ネファリウスの刺客。

ジャックは魔獣に阻まれ、テール先輩はいまだ動けない。完全なる孤立無援の中、ルークは人生最大の絶体絶命の窮地へと叩き落とされるのだった──。

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