第18話 異能解放
ジャックの放った一線の光──神速の矢が、ルークの喉元に迫っていた双剣の軌道を強引に弾き飛ばした。
そのわずかな隙をルークは見逃さない。瞬時に踏み込み、紅蓮に燃え盛る『赫剣』を斜め下から振り抜く。炎の炸裂と共に、フードの男の胸元から鮮血が飛び散り、漆黒のローブが激しく燃え上がった。
「くそっ……!」
男は苦悶の声を漏ながら、燃えるローブを自ら引きちぎって脱ぎ捨て、後方へと大きく跳躍して距離を取った。煙の向こうから露わになったのは、全身に不気味な青い紋様が浮き出た、引き締まった体躯を持つ若い男だった。
「ルーク、大丈夫か!」
背後から、息を切らせたジャックが猛スピードで駆け寄ってくる。ジャックはすぐさまルークの隣に並び立ち、次なる矢を番えて再び長弓を引き絞った。
「ありがとう、ジャック。助かった……! ──あいつら、今までの奴らとは次元が違う。相当強いぞ」
「ああ、分かってる。だけど、俺たち二人なら──」
ジャックがそう言いかけた、まさにその瞬間だった。
闇の渦から出てきた三人は、それぞれ黒いフードを深く被っており、それぞれ独特の雰囲気を放っていたが、そのうちの一人──後ろに控えていた男が、重苦しい足音を響かせながら不気味に動き出した。
「……それで? これは全部お前がやったのか?」
中央の男が、転がった魔道士の首を一瞥し、退屈そうにルークへと問いかけてきた。
「質問に答えろ! お前らは一体何なんだ!」
ルークが叫び返す。しかし、フードを被った男はただ呆れたように首を振ると、突然、何の前触れもなく片手を無造作に突き上げた。
その途端、猛烈な風が戦場に吹き荒れ、あまりの砂嵐にルークは思わず顔を覆った。
「──俺が聞いているんだ。答えろよ、火を使う者よ。これはお前がやったのか?」
男から発せられる圧倒的な質量を持った『圧』。それは、あのギルド本部の円卓の部屋で、S級冒険者のルードやミドレアから感じ取ったあの絶対的な強者のプレッシャーに、恐ろしいほど酷似していた。
ルークの背中に冷たい汗が伝わる。ルークはすぐに地を踏み締め、剣を真正面に構え直した。
「だったら何だっていうんだ!」
ルークが闘志を剥き出しにして言い放つと、男は一瞬の沈黙の後、狂ったような高笑いを荒野に響かせた。
「そうか! そうか! それは良かった! 我々の期待以上だ! 素晴らしいぞルーク!」
「まて、なんでお前が俺の名前を知っている!」
「そりゃあお前、今回の俺たちの目的は、ここのキャンプの襲撃と──お前の抹殺だからな」
ルークの背筋に、これまでにないドス黒い寒気が走った。
俺の抹殺? なぜ、どうして敵が俺の名前を? いや、それだけじゃない。アドレナの本部からこの西の戦線へ向かうことは、ほんの数日前にミドレア団長たちとの極秘の作戦会議で決まったばかりのはずだ。
「──なんで俺がここに来ることを知っている」
「おいおいそんなことどうでもいいじゃねえか。さっさと戦おうぜ。能力持ちとやんのは久しぶりだ」
男はルークの驚愕をあざ笑うように言うと、剣についた血をブンと一振りで振り落とし、そのギラリと光る剣先をまっすぐにこちらに向けてきた。
「ほら、かかってこい。こっちはお前より強いんだからな」
言った瞬間、男は剣を引き抜き、凄まじい速度で向かってきた。
すぐにルークが応戦し、剣と剣が正面からぶつかり合う。その瞬間、戦場すべてに強烈な衝撃が走った。重い。その剣は、今まで受けたどの剣よりも、圧倒的に重かった。
「くそっ!」
ルークは剣に力を込め、体内の魔力を一気に沸騰させて火を呼び起こした。
「緋剣──っ!」
すぐに剣が激しく燃え上がり、戦場をその赤き炎で照らし出す。ガキィンと鋭い音が鳴り響き、ルークの火の熱量が男の剣を強引に弾き飛ばした。
「ははっ! それが噂に聞く火か! いいぞ、もっとだ! もっと俺のことを楽しませろ!」
男は体勢を崩しながらも、そう言うと腰からもう一本の剣を抜いた。
「双剣使いか……!」
フードの男──ガロンは慣れた手つきで二本の剣を弄ぶと、すぐにルークに向かって突進してきた。
すぐにルークは迎え撃つが、先ほどとは違い、攻撃の手段が単純に『倍』になっている。さらにルークはこれまで双剣使いと戦ったことは一度もなかったが、相手はルークのような片手剣の相手には完全に慣れきっていた。ルークはどんどん追い詰められていき、次第に劣勢になっていく。
「どうしたどうした! お前の力はその程度か!」
ガロンが勝ち誇った声を上げ、ルークのガードが完全に遅れた、その時──。
一線の光が疾走し、ガロンの剣を強引に弾いた。ジャックの放った見事な援護射撃だ。
ルークはその一瞬の好機を見逃さず、すかさずガロンへと斬りかかる。激しい炎の炸裂と共に、ガロンから血が飛び散り、漆黒のローブが燃え上がった。
「くそっ」
すぐにガロンは燃えるローブを脱ぎ捨て、後ろに飛び下がる。
「ルーク、大丈夫か!」
ジャックが駆け寄ってきて、ルークの隣で再び弓を構えた。
「ありがとうジャック。あいつら相当強いぞ」
「ああ、分かってる。だけど、俺たち二人なら──」
ジャックがそう言いかけた、まさにその瞬間。
後ろに控えていた、もう一人の巨大なフードの男が、地面を爆破するような凄まじい脚力で突進してきた。
「──使えねえなァ、ガロン。たかが人間のガキどもに手こずってんじゃねえよ。そこの弓使い、お前の相手は俺だ!」
「しまっ──!?」
大男は丸太のような腕を強引に突き出し、ジャックの身体を力任せに横へと弾き飛ばした。ジャックの細い身体が岩肌を何回転も転がり、ルークから数十メートル引き離された場所へと激しく叩きつけられる。
「ジャック!」
ルークが叫び、すぐに助けに向かおうとしたが、それを遮るようにガロンが二本の刃を不気味に交差させて立ち塞がった。
「どこを見てやがる、火のガキ。邪魔者はあいつが引き離した。ここからは、どちらの首が先に飛ぶかの真剣勝負だ」
ガロンの目が、再びルークを確実にハメ殺そうという冷徹な輝きを取り戻す。
ルークは奥歯を噛み締め、再び剣を構え直した。初めて対峙する双剣使い。普通に打ち合えば圧倒的に不利だ。だが、脳裏に過るのは、あのバルトロ師匠の地獄の特訓。一瞬の油断が死に直結するあの環境に比べれば、この敵の動きだって、必ず見切れるはず──。
こうして、ルークの孤独な一対一の死闘が再び幕を開けた。
一方、激しく地面を転がったジャックは、苦悶の表情を浮かべながらも、叩きつけられた岩の影で何とか立ち上がっていた。
「……てぇな。なんて馬鹿力だ……」
口元の血を手の甲で拭い、すぐさま愛用の長弓を構える。
視線の先では、先ほど自分を弾き飛ばしたフードの男が、ゆっくりと被り物を脱ぎ捨てていた。現れたのは、岩石のようにゴツゴツとした筋肉を持つ、熊のような大男だった。その背中には、大人の胴体ほどもある禍々しい「巨大な大斧」が背負われている。
「俺はバルカス。大いなる主から、最強の『肉体』を授かった超人だ。おい、ガキ。さっさとその貧相な爪楊枝みたいな矢を撃ってこいよ」
「……ハッ。随分と自信満々だな、大男」
ジャックは冷や汗を流しながらも、不敵な笑みを崩さなかった。
中・遠距離戦が得意な自分にとって、一対一で接近戦を挑まれるのは本来であれば最悪の大ピンチだ。だが、ジャックの心は不思議なほどに冷え切っていた。これまでの数日間、ルークやテール先輩の背中を見ながら、「自分も対等なA級なんだ」と証明するために死に物狂いで戦ってきた。ここで怯むわけにはいかない。
ジャックは瞬時に精神を集中させると、弓の弦を限界まで引き絞り、男の眉間や心臓へ向けて必殺の矢を同時に放った。
シュシュシュンッッッ!!!
空気を切り裂く必殺の連射。しかし、バルカスは避ける素振りすら見せなかった。それどころか、ただニヤリと下卑た笑みを浮かべて両手を広げたのだ。
その瞬間、バルカスの全身の皮膚が、鈍い金属のような暗灰色へと変色した。
カン! カン! カァンッ!!
「……なっ!?」
岩石すら容易く貫通するはずのジャックの渾身の矢が、バルカスの皮膚に当たった瞬間、まるで鉄板にでも当たったかのように、火花を散らして虚しく弾き飛ばされた。男の肉体には、かすり傷一つ付いていない。
「がはははは! 無駄だ無駄だぁ! 俺の異能は『剛鉄の肉体』! 髪の毛一本に至るまで、鋼鉄を超える硬度に変わるんだよ! 人間の小細工なんざ、この圧倒的な力の前には紙切れ同然なんだよ!」
バルカスは大斧を両手で握り直すと、地面の岩盤を粉砕しながら猛然と突進してきた。
「死ねやァァァッ!!」
ブンッ!!! と、空気が悲鳴を上げるほどの猛烈な横薙ぎの一撃。
ジャックは本能的に後ろへ跳躍し、紙一重でその刃をかわした。直後、バルカスの大斧が通り過ぎた背後の巨大な岩が、まるで豆腐のように真っ二つに砕け散り、激しい爆風がジャックの髪を揺らす。
「おっとっと……! 本当に危ねえな!」
ジャックは着地すると同時に、さらに後方へとステップを踏みながら、次々と矢を放ち続けた。
しかし、バルカスはその矢を一切無視して突っ込んでくる。当たった矢はすべて弾け飛び、バルカスの突進の勢いは全く衰えない。
「がははは! 効かねえと言っているのが分からねえのか! ほらほら、逃げ回るしかできねえのかよォ!」
バルカスは大斧を大振りに振り回し、力任せに周囲の地形ごとジャックを叩き潰そうと暴れ回る。
その戦術は、あまりにも単純。己の圧倒的な防御力とパワーに完全に依存し、技術も糞もなく、ただ力に頼ってばっかの戦術だった。
(──なるほどな。こいつ、強い力を手に入れて、すっかり頭まで筋肉になっちまってるな)
激しく動き回り、大斧の軌道を見切りながら、ジャックの瞳の奥が冷徹に光った。
もし、昔の自分であれば、この圧倒的な「異能の力」に絶望していただろう。だが、今のジャックには、あの地獄の師匠──バルトロに徹底的に叩き込まれた戦いの本質が染み付いている。
『いいか、ジャック。力に頼る馬鹿は、その力が通じない相手に出会った瞬間、ただの肉塊に変わる。本当の強さってのはな、自分の持てる技術を、冷静な頭脳で、極限まで研ぎ澄ますことだ』
バルカスの大斧の振りは、確かに凄まじい破壊力だ。だが、力任せに振り回しているせいで、攻撃のあとの「隙」があまりにも大きすぎる。おまけに、絶対に傷つかないという慢心から、ガードという概念が完全に欠落していた。
「異能の力に溺れて、技術を磨くのを忘れた奴が……俺たちに勝てるわけねえだろ」
ジャックは静かに呟くと、走りながら長弓を構え直した。
硬化しているとはいえ、人間の構造をしている以上、完全に均一な硬度を保ち続けることは不可能なはずだ。特に関節の裏側、目の周り、あるいは呼吸をするための喉の微小な隙間──。そして何より、男が大斧を大きく振り下ろす瞬間、その体重を支える「軸足の膝の裏」は、異能の魔力の循環がほんの一瞬だけ滞る。
普通なら、激しく動き回る標的の、そんな針の穴を通すような極小のポイントを狙うことなど不可能だ。
だが、ジャックがバルトロの元で血を吐きながら磨き続けたのは、まさにその「極限状態での精密射撃」に他ならない。
「よぉ、筋肉ダルマ。お前のその自慢の鎧……俺が今から、木っ端微塵に叩き割ってやるよ」
ジャックは不敵に笑うと、大斧を振りかぶったバルカスの「一点」に向けて、冷徹に狙いを定めた──。




