第17話 3人の異能持ち
空間を破って現れた、ネファリウスの『能力持ち(異能者)』の3人。
彼らは全員が漆黒のフードを深く被っており、その素顔を窺い知ることはできない。しかし、中央で大剣を無造作に引き抜いた男、その左右に控える二人の影は、それぞれが歪で、肌を刺すような独特の凶悪な雰囲気を放っていた。
「……それで? これは全部、お前がやったのか?」
中央の男が、転がった魔道士の首を一瞥し、退屈そうにルークへと問いかけてきた。
「質問に答えろ! お前らは一体何なんだ! どこから来た!」
ルークが叫び返す。しかし、フードの男はただ呆れたように小さく首を振ると、突然、何の前触れもなく片手を無造作に突き上げた。
その途端──。
──ゴオオオオオオオオオオッッッ!!!
鼓膜を圧するほどの強烈な爆風が荒野に吹き荒れ、岩肌を削るほどの砂嵐がルークたちを襲った。ルークは思わず腕で顔を覆い、足元を狂わせそうになる。
「──俺が聞いているんだ。答えろよ、火を使う者よ。これは、お前がやったのか?」
爆風の中心で、男のフードの隙間から、爛々と輝く邪悪な瞳がルークを射抜いた。
その男から発せられる圧倒的な質量を持った『圧』。それは、あのギルド本部の円卓の部屋で、S級冒険者のルードやミドレアから感じ取ったあの絶対的な強者のプレッシャーに、恐ろしいほど酷似していた。
ルークの背中に冷たい汗が伝わる。だが、ここで退くわけにはいかない。ルークは即座に地を踏み締め、剣を真正面に構え直した。
「だったら何だっていうんだ……!」
ルークが闘志を剥き出しにして睨みつけると、男は一瞬の沈黙の後、狂ったような高笑いを荒野に響かせた。
「ははっ! はははははは! そうか! そうか! それは良かった!! 我々の期待以上だ、素晴らしいぞ、ルーク!!」
──ドクン、とルークの心臓が大きく跳ね上がった。
「まて……なんでお前が、俺の名前を知っている……!?」
「そりゃあお前、今回の俺たちの目的は、ここのキャンプの襲撃と──お前、ルークの抹殺だからな」
ルークの背筋に、これまでにないドス黒い寒気が走った。
俺の抹殺? なぜ、どうして敵が俺の存在を、名前を知っている? いや、それだけじゃない。アドレナの本部からこの西の戦線へ向かうことは、ほんの数日前にミドレア団長たちとの極秘の作戦会議で決まったばかりのはずだ。
「……なんで、俺がここに来ることまで知っているんだ……!?」
「おいおい、そんなことどうでもいいじゃねえか。さっさと戦おうぜ。能力持ちとやんのは久しぶりなんだ、俺を退屈させるなよ?」
男はルークの驚愕をあざ笑うように言うと、大剣に付着していた魔道士の血をブンと一振りで振り落とし、そのギラリと光る剣先をまっすぐにこちらへと向けてきた。
「ほら、かかってこい。──言っておくが、こっちはお前より遥かに強いんだからな」
言った瞬間、男の姿が掻き消えた。
「──っ!?」
バルトロの超高速の木刀を見切ってきたルークの動体視力ですら、辛うじて残像を捉えられるかどうかの神速。
ルークは本能的に『赫剣』を右側へと突き出した。
ガキィィィィィィンッッッ!!!!!
激しい金属音が轟き、火花が散る。剣と剣が正面からぶつかり合った瞬間、周囲の空気そのものが弾け飛び、戦場全体の地面に目に見える衝撃波が走った。
重い。今まで受けたどの魔獣の打撃よりも、あの元S級であるバルトロの木刀に匹敵するほどの、圧倒的な「芯のある重さ」がルークの腕を押し潰そうとしてくる。
「くそっ……!」
ルークは歯を食いしばり、体内の魔力を一気に沸騰させて剣に力を込めた。
「『緋剣』──っ!!」
爆発的な紅蓮の炎が剣を包み込み、周囲の赤茶けた岩肌を真っ赤に照らし出す。ルークの火の熱量が男の力を押し返し、ガキィン!と鋭い音を立てて、男の大剣を強引に弾き飛ばした。
「ははっ! それが噂に聞く、大厄災を滅ぼす火か! いいぞ、もっとだ! もっと俺を楽しませろ!」
男は体勢を崩しながらも、弾かれた大剣の勢いを利用して身を翻すと、その動作の最中、腰の鞘から「もう一本の剣」を極めて滑らかな動作で引き抜いた。
「双剣使いか……!」
フードの男は長短二本の剣を、まるで自分の手足の延長であるかのように慣れた手つきで弄び、不気味に笑う。
そして次の瞬間、男の猛攻が始まった。
シュバババババッッ!!!
「く……あ、が……っ!?」
先ほどとは打って変わり、手数が単純に『倍』になっている。それも、ただ闇雲に振り回しているのではない。一本の剣がルークの防御を崩し、生じたわずかな隙を、もう一本の剣が正確に肉を裂きにくる。
ルークはこれまでの冒険者生活の中で、これほど完成された『双剣使い』の達人と戦った経験は一度もなかった。対して相手は、ルークのような片手剣の相手を文字通り何百人も屠ってきたかのように、その立ち回りは完璧に洗練されていた。
ルークは『瞬転』を駆使して必死に猛攻を凌ぐが、右、左、上、下と、あらゆる死角から同時に襲いかかる二本の刃の前に、どんどん防戦一方へと追い詰められていく。受け流すたびに、ルークの衣服が切り裂かれ、じわじわと体力を削られて劣勢に立たされていった。
「どうしたどうした! お前の自慢の力はその程度か! その火で、俺を焼き尽くしてみせろよ!」
男が勝ち誇った声を上げ、ルークの喉元を貫くために、必殺の双剣をクロスさせて突き出してきた。
完全に、ルークのガードが遅れる──。
──その瞬間だった。
シュンッッッ!!!!!
空を切り裂く、一筋の閃光。
それは、超至近距離の混戦であるにもかかわらず、男の突き出した右手の剣の『平(腹)』の部分へと、寸分の狂いもなく突き刺さった。
ギィィンッ!!
「……チッ!?」
凄まじい衝撃を宿した矢によって、男の双剣の片方が、強引に軌道を逸らされて大きく弾かれた。
ルークはその一瞬の好機を、絶対に見逃さなかった。
「おおおおおおおッッ!!!」
体勢を崩した男の懐へ、ルークは決死の覚悟で踏み込み、紅蓮の『赫剣』を全力で斜め下から振り抜いた。
ズバァァァンッッッ!!!
激しい炎の炸裂音と共に、男の胸元から鮮血が飛び散り、彼が纏っていた漆黒のローブが一気に燃え上がる。
「くそっ……!」
男は苦悶の声を漏らしながら、即座に燃え盛るローブを自ら引きちぎって脱ぎ捨てると、そのまま遥か後方へと大きく跳躍して距離を取った。
「ルーク、大丈夫か!」
背後から、息を切らせたジャックが猛スピードで駆け寄ってきた。
ジャックはすぐさまルークの隣に並び立ち、次なる矢を番えて再び長弓を引き絞る。その目は、親友を絶対に死なせないという強い意志で満ちていた。
「ありがとう、ジャック。助かった……! ──あいつら、今までの奴らとは次元が違う。相当強いぞ」
ルークは剣を構えたまま、荒い息を吐きながら言った。
ローブを失った男の姿が、煙の向こうから露わになる。現れたのは、全身に不気味な青い紋様が浮き出た、引き締まった体躯を持つ若い男だった。男は胸に刻まれたルークの浅い斬撃の傷跡──そこから僅かに立ち上る火の粉を忌々しそうに手で払いながら、今度は笑みを消し、底知れない殺意の目をこちらへと向けていた。
狙われたルークの命。
ジャックが合流したものの、未だ背後には動いていない二人の能力持ちが控えている。西の荒野を舞台にした、本当の死闘がここから始まろうとしていた──。




