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第16話 西の戦線

西のキャンプは、非常に広大な敷地を持っていた。

中央の広場を囲むようにして、幾つもの巨大な天幕(テント)が整然と並んでいる。だが、そのどこを見渡しても、北の戦線のような「突発的な奇襲に対する混乱」は見られなかった。あるのは、いつ命を落としてもおかしくないという極限の緊張感。誰もが息を潜め、今か今かと敵の襲撃を待ち構えている。


ルークたちはその中でも、ひときわ大きく頑強に造られた中央天幕へと案内された。

中に入ると、壁には西の一帯を網羅した詳細な地図が貼り付けられており、そこかしこに魔獣の目撃情報や、敵の進軍ルートを示すピンがびっしりと突き刺さっていた。


「ああ、来たか。君たちが協会からの応援だね。……その、なんて言ったらいいか。君たち、本当にちゃんと戦えるのか? みんな随分と小さく見えるがね」


天幕の奥から声をかけてきたのは、その場を仕切っている大柄な男だった。

悪気があるというよりは、あまりの若さと体格の差に困惑しているといった風だったが──これには流石に、3人のこめかみに青筋が浮かんだ。特に、普段から自身の身長が小さいことを気にしているテール先輩は、一瞬にして鬼の形相へと変わる。


「ちょっと! なによその言い草! そもそも強さに身長なんて関係ないわよ! そんなことで舐めないでもらえる!?」


テールは顔を真っ赤にして憤慨すると、フンッ! と凄まじい勢いでそっぽを向いてしまった。


「悪いな姉ちゃん、怒らせるつもりはなかったんだ。ここには大の大男しか居ないもんでな。済まなかった」

男は頭を掻きながら、豪快に苦笑いを浮かべた。

「俺はルーデウス。この西の前線を仕切らせてもらっている『黄色の斬撃』の団長だ。この西線には、主に4つの有力な冒険者パーティーが駐屯している。その中の一つが、さっきお前たちが入り口で会ったパミール率いる『緑の魔獣』。その他にも、南の激戦区から出向してきた『真紅の剣』、西の銃士部隊『青の双銃』、そして俺たちだ。……よし、ちょうど時間だな。これから全員が集まる会議を始める。君たちも出席してくれ」


しばらくすると、天幕のカーテンが跳ね上がり、続々と冒険者たちが入ってきた。

それぞれが身の丈を超える大剣や、魔力を帯びた重厚な鎧、見たこともない精巧な罠の道具を装備しており、各々から発せられる闘気は凄まじいものだった。ギルド本部の作戦室で感じたS級たちの絶対的な圧には及ばないものの、並大抵の魔獣であればその威圧感だけで逃げ出すには十分すぎるほどの、本物の猛者たちの集まりだ。


「それじゃあ会議を始めるぞ。まず、最近の戦況はみんな把握しているな?」


ルーデウスの問いかけに、天幕の中の戦士たちのほとんどが重々しく首を縦に振った。だが、ルークたち3人だけは、事情が分からず首を横に振る。


「なんだよ。本部からわざわざ派遣されてきた新任のA級冒険者さんたちは、そんな基本の戦況すら知らされてねえのか? 全く、勘弁してくれよなぁ!」


意地悪く大きな声で笑ったのは、やはりキャンプの入り口でルークたちを馬鹿にしていた『緑の魔獣』の団長、パミールだった。周りの数人の冒険者もそれに同調して冷ややかな笑いを浮かべる。


「そんなことを言うな、パミール。新調されたばかりの旅団なのだから、情報が届いていないのも無理はない」

パミールの言葉を窘めるように、一人の端正な顔立ちの男が前に出た。腰に二丁の美しい魔導銃を下げたその男──『青の双銃』の団長であるデリッシュが、ルークたちに向き直る。

「それじゃあ、私から説明しますね。結論から言うと、今我々の戦局は、決して良いものとは言えません。……つい先日、この西の戦線において、ネファリウスの『能力持ち(異能者)』が新たに3人、同時に観測されました」


「な……3人!?」

ジャックが即座に目を見張った。


「ええ。それぞれの能力の詳細は未だ判明していませんが、魔力波形の分析から、肉体を異常強化する『超人型』が二人、周囲の環境や事象を歪める『変質型』が一人と思われます。さらにそれに引きずられるようにして、大厄災の力で突然変異した大型魔獣が20匹ほど、そしてそれらを使役する魔道士が数人。……正直、我々のこれまでの戦力だけでは、前線を維持することすら極めて困難な状況でした。ですが、本部から『北の危機を救った』というあなた達が来てくれたからには、この絶望的な戦況も変わることでしょう」


デリッシュは期待を込めて言ったが、ジャックは納得がいかないようにすぐさま追及の声を上げた。


「ちょっと待ってください! 本部での報告では、西の能力持ちは『1体だけ』だと聞いていました! それに魔獣の数だって、当初の予定ではせいぜい10匹ほどのはずじゃ──」


「ええ、その通り。……ただし、それは『5日前まで』の話でね」

デリッシュが沈痛な面持ちで首を振る。

「ここ数日で、突如として奴らの背後に渦巻く『黒の渦』の力が爆発的に強まったんです。それと同時に、魔獣の数も強さも、我々の想定を遥かに超える規模へと膨れ上がった。それからというもの、我々は防戦一方……。とてもじゃありませんが、このままでは耐えきれるものではありません」


天幕の中に、凍りつくような重苦しい沈黙が流れ出す。

A級合同チームですら、全滅の危機をリアルに感じている。それほどの異常事態が、この西の地では起きているのだ。


「それじゃあ、俺たちは一体何をしたら──」


ルークが言葉を紡ぎかけ、これからの作戦を問いかけようとした──まさにその瞬間だった。


──ズドオオオオオオオオオオオオォンッッッ!!!!!


鼓膜を破らんばかりの、凄まじい破壊音がキャンプ全体を激しく揺るがした。天幕の天井からパラパラと土埃が落ちてくる。


「何事だ!?」


ルーデウスが叫ぶのと同時に、全員が雪崩を打つようにして天幕を飛び出した。

外に出ると、キャンプの西側──ちょうど防衛線の最前線が位置する岩山の向こうから、真っ黒な爆煙が天高く立ち上っているのが見えた。


「ほ、報告! 西の前線防壁より緊急伝令! ネファリウスの魔獣数十体の軍団が、防壁を破壊して内部へと侵行してきました! す、すでに第一防衛線が突破されました、すぐに援軍を、援軍をお願いします!!」


血まみれの伝令兵が、叫びながら地面へと倒れ込む。


「了解した! 全員、すぐに行くぞ! 奴らをこれ以上キャンプに入れるな!」


ルーデウスの号令の元、各クランの団長たちが一斉に武器を抜き、前線へと向かって爆走を始めた。ルークたち3人も、互いに視線を交わすと、すぐさまその背を追って地を蹴った。


岩肌を飛び越え、前線へと辿り着いたルークたちの目に飛び込んできたのは──北の渓谷で見たものよりも、遥かに凄惨で、泥沼と化した地獄の光景だった。

防壁は無残に粉砕され、そこから溢れ出してきた異形の魔獣たちと、防衛にあたっていた戦士たちが入り乱れて白兵戦を繰り広げている。そこかしこで炎が上がり、無数の悲鳴と絶叫が荒野に木霊していた。続々と味方の冒険者たちが血を流して倒れていく。


「何なんだ、これは……っ!」


ルークはその光景に歯を食いしばると、迷うことなく腰の剣を引き抜いた。

瞬間、周囲の熱気を一瞬で塗り替えるほどの紅蓮の魔力が爆発する。


「いくぞ、二人とも!」


ルークは『瞬転』の歩法を発動し、爆発的な加速で戦場へと飛び込んだ。

眼前に迫る大型の魔獣に向かって、流れるような一撃を見舞う。紅蓮に燃え盛る『赫剣』が空間を切り裂くと、魔獣の肉体は悲鳴を上げる間もなく一刀両断され、その傷口から湧き出ようとした『黒い霧』ごと、ジチジチと音を立てて細胞レベルで焼き尽くされていった。


「な、なんだあいつは……!?」

近くで戦っていた『緑の魔獣』の団員が、驚愕に目を丸くする。


「負けてられないわねぇッ!」


ルークに続いて戦場に躍り出たテール先輩の身体が、凄まじい速度で回転した。

手にした愛槍が、まるで生き物のようにしなって風を裂く。突進してきた魔獣の眉間を容赦なく突き刺し、そのまま別の魔獣の首を薙ぎ払い、驚異的な突破力で敵の群れを次々と突き飛ばしていく。先ほどルーデウスに「小さい」と舐められた鬱憤を晴らすかのような、苛烈極まる槍捌きだ。


さらに、その後方からは、数条の光の線が戦場を疾走した。


シュバババババッッ!!!


「ギャァッ!?」

「グァッ!?」


ジャックの放つ、神速にして精密無比な長弓の連射だ。

混戦の中、味方の冒険者には一髪の手も触れることなく、ジャックの矢は魔獣たちの目や関節といった「急所」だけをピンポイントで次々と撃ち抜いていく。矢が刺さるたびに魔獣たちの動きが止まり、そこへすかさずテールの槍とルークの炎が叩き込まれる。


たった3人が参入しただけで、決壊しかけていた前線の戦況が、目に見えて押し戻されていく。ルークの火が魔獣を屠るたびに、ネファリウスの絶対的な不死身の源である黒い霧が、根本から消滅していくのだ。


「馬鹿な……! あのガキども、なんてデタラメな強さだ……!?」

前線にいたパミールが、信じられないものを見るかのように叫んだ。


しかし、いくら魔獣の数を減らしても、戦場の奥に陣取る黒いローブの魔道士たちが怪しげな呪文を唱えるたび、荒野のあちこちから次々と新しい魔獣が呼び寄せられてくる。キリがない。


「どうやら、まずあいつらを叩かないと意味がないみたいだな。──よし、テール先輩、行くぞ!」


「望むところよ!!」


ルークとテールは混乱を極める前線から一気に飛び出し、魔獣たちの防衛網を強引に突破して、奥にいる魔道士たちの元へと肉薄した。

魔道士たちは慌てて防御魔法の障壁を展開し、反撃の呪文を唱えようとしたが──すでに遅すぎる。


「ハァァァッッ!!」


ルークの紅蓮の剣と、テールの鋭い突きが、防御障壁ごと魔道士たちの肉体を次々と薙ぎ払っていった。炎が弾け、槍が肉を裂く。実戦経験の浅い魔道士たちは、バルトロのシゴキを生き抜いた二人の超高速の連撃の前に、手も足も出ずに次々と血飛沫を上げて倒れ伏していく。


──そして、とうとう最後の一人になった。


「これで終わりなの? 随分とあっけないわね。……それじゃあ、終わらせるわよ!」


テールが勝ち誇ったように槍を天高く掲げ、その魔道士の脳天へと振り下ろそうとした、その瞬間だった。


──ドッッッ!!!!!


何の前触れもなく、空間そのものが爆発したかのような、不可視の「凄まじい衝撃」がテールを襲った。


「きゃあぁぁぁっ!?」


テールは悲鳴を上げ、木の葉のように激しく宙を舞うと、そのまま数メートル先の後方の岩盤へと激しく吹き飛ばされた。地面を何転も転がり、槍を手放して苦悶の表情を浮かべる。


「テール先輩!?」

ルークが驚愕し、即座に剣を構え直して敵を睨みつけた。


そこには、先ほどまで倒れていた魔道士の背後の空間が──まるで生き物のように、どす黒く、禍々しく蠢いていた。

それは比喩表現などではない。本当に、その場所の『空間そのもの』が、ドロドロとした闇の渦となって回転を始めていたのだ。


冷気が戦場を包み込み、周囲の魔獣たちの動きがピタリと止まる。

その巨大な黒い渦の中心から、ゆっくりと足を踏み出すようにして、3人の男たちが姿を現した。全員が、これまでに出会ったどの魔道士とも違う、異様なまでの魔力と圧倒的な強者のオーラを放っている。


「──フン。なんて無様な面だ、これァ。大いなる主にこれほどの力を与えてもらいながら、たかが冒険者のガキども相手にこのザマか、貴様は」


中央に立つ、異様に長い大剣を肩に担いだ男が、冷酷な声で生き残りの魔道士を見下ろした。


「お、お待ちください! まだ、私はまだ戦え──」


魔道士が必死に弁明しようと両手を上げたが、言い終わるよりも早く。

ザシュッ、と、あまりにも無造作に男の剣が振るわれた。


ゴロリ、と、魔道士の首が地面へと転がり、断面から黒い霧が噴き出す。味方であるはずの者を、何のためらいもなく処刑したのだ。その冷酷さに、遠くから見ていた西の冒険者たちからもヒッと息を呑む音が聞こえた。


「無能に生きる価値はねえ。……さて、お前が噂の『火』を使うガキか」


大剣の男が、血の滴る刃をルークへと向け、不気味に目を細めた。その左右に佇む二人の男たちからも、肌がピリピリと焼けるような、強烈な殺意が放たれる。

超人型が二人、変質型が一人──デリッシュが言っていた、ネファリウスの真の主力、3人の『能力持ち(異能者)』が、ついにルークたちの目の前に揃い踏みしたのだ。


ルークは剣を強く握り直し、迫り来る圧倒的なプレッシャーを真っ向から睨み据えた。


「何なんだ、お前ら……! 一体どこから湧いて出てきたんだ!」


世界の命運を懸けた西の戦線。

真の強敵たちを前に、ルークの『赫剣』が、かつてないほどの激しい闘志の炎を熾し始めるのだった──。

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