第15話 西へ
ミドレアは長い机の上にこれまた長い巻物を広げた。
「これが今の現状だ。我々は3年前から彼らと戦争を繰り返している。今最も激戦となっているのは、灰色の鋼鉄が担当してくれている南。続いて我々灼熱の騎士が担当している東、続いてA級合同チームが担当している西、そして君たちが行ってくれた北だ。」
そう言うとミドレアは地図に書いていた4つの印を指さした。
「これから君たちに行ってもらうのは西だ。北の脅威を退けられた今、最も警戒すべきは西だ。そこで君たちにA級合同チームと共同戦線を組んでもらいたい。いいかね?」
「はい、もちろんです。けど、一番危ないのは前線の南とか、東じゃないんですか?」
そうジャックが聞くと、ルードとミドレアは顔を見合わせて少しだけ笑った。
「ジャックくん、そこには我々がいるじゃないか。それが理由だよ。」
その言葉にはS級としての圧倒的な自信が含まれており、その言葉の圧は一瞬にして部屋の中の空気を張り詰めさせた。
「それじゃあすでに、西に向かう馬車が正門の前で待機しているから、それに乗って西に乗って向かってくれたまえ。今回も前回のような戦果を期待しているよ。」
そう言うと部屋の中に入ってきた受付嬢がルークたちを正門の馬車まで案内してくれた。
「ルークさん、ジャックさん、テールさん。私のこと、覚えていますか?」
そういった受付嬢は、どこかで見た顔だった。
「あ!あのとき俺達を冒険者協会に登録してくれた人だ!」
「覚えてくださっていてありがとうございます。あなたたちの快進撃はとても素晴らしいものです。今度の任務も無事に頑張って下さい」
そう言うと受付嬢は手を振りながらルークたちを見送ってくれた。西までの長い荒野を馬車に体を揺らされながら、ルークたちはリラックスするために体を休ませていた。ルークたちにとってこの数日間は任務に次ぐ任務と激戦で体はボロボロで大した休憩などで来ていなかった。
「それにしても過酷だな、冒険者って。まさかこんなスパンで任務があるとは。D級の頃とは大違いだぜ」
ジャックが椅子に持たれながらダラーとした格好で行った。
「けどせっかくのチャンスじゃないの。こんなに依頼もらえて
嬉しい限りじゃない。そんなにグダーっとして、A級として情けないわよ」
そうテールは呆れながらジャックを諭した。
「そうは言ってもテールさん、きついもんはきついっすよ。いくら能力を認められてA級になったからって、俺たちの体力まで一晩でA級になるわけじゃないんですから……」
ジャックは馬車のふかふかの座席に完全に背を預け、天井を見上げながら文字通り泥のようにへたれ込んでいた。
「もう、情けないわねぇ。ルークを見習いなさいよ。ルーク、あんたは大丈夫?」
テールに話を振られ、窓の外を流れる荒野の景色を眺めていたルークは、苦笑いを浮かべながら振り返った。
「あはは……。まあ、俺もぶっちゃけ、ベッドが恋しいかな。バルトロ師匠の特訓とはまた違う、精神的な疲れっていうかさ。でも、ミドレアさんたちに期待されてるんだ。西の戦線がどんな状況か分からないけど、早く追いついてみんなを助けないと」
「ふん、相変わらず生真面目なんだから。でも、そういうところがルークのいいところよね」
テールはふふっと微笑むと、お気に入りの布を取り出して、自分の愛槍を愛おしそうに磨き始めた。
過酷な連戦で心身ともに限界のはずなのに、この馬車の中に流れる空気はどこか温かく、心地いい。D級の最底辺から一気にA級へと駆け上がった3人の絆は、過酷な状況であればあるほど、より強固に結びついていくようだった。
「──ま、文句言いつつも、やる時はやるけどな。足手まといにはなりたくねえし。それに……」
ジャックは目を閉じたまま、小さく不敵に笑う。その手には、先ほどミドレアに認められた愛用の長弓が、しっかりと握りしめられていた。
「これでもう、あの退屈な『溝掃除』とか『迷子の猫探し』の依頼に、テール先輩の愚痴を延々と聞かされながら付き合わされずに済むと思うと、それだけで戦うモチベーションとしては十分すぎるぜ」
「ちょっとジャック!? あんた今、サラッと失礼なこと言わなかった!? 私がいつ延々と愚痴を言ったって言うのよ!」
「言いまくってましたよ。『あー、今日もドブが臭い!』とか『私の美貌が台無しよ!』とか」
「それは愚痴じゃなくて、乙女の切実な心の叫びよ! ルーク、あんたからも何か言ってやりなさい!」
ギャーギャーと騒ぎ始める二人のやり取りを、ルークはただただ笑って眺めていた。つい数時間前まで、国の命運を握る作戦室でS級冒険者の殺気に当てられていたのが嘘のようだ。
ガタゴトと揺れる馬車の規則正しい振動が、心地よい子守唄代わりに聞こえ始める。ルークたちは来るべき西の戦線での大決戦に備え、静かに、しかし深く、貪るように眠りへと落ちていった。
それから数日間の強行軍を経て。
馬車の速度が徐々に落ち、御者の「おい、お休み中のところ悪いが、着いたぞ!」という大声でルークたちは目を覚ました。
窓を覆う帳を上げると、そこに広がっていたのは、北の緑豊かな渓谷とは全く異なる、不気味な赤茶けた岩山がどこまでも連なる広大な荒野だった。そしてその中心に、無数のテントや頑強な丸太で急造された防壁で築かれた【特別冒険者連合・西線駐屯基地】が姿を現した。
馬車から降り立つと、乾燥した熱風が容赦なく肌を焦がす。空気中には微かな焦げ臭さと、ネファリウス特有のあの『黒い霧』の不快な残滓が混じり合って漂っていた。行き交う冒険者たちの顔は一様に疲れ果て、包帯を巻いた負傷者も少なくない。ここが現在進行形の「前線」であることを嫌でも思い知らされる。
「ここが、西の戦線……。北よりもずっと空気が重いな」
ルークが思わず身構えたその時、中央の最も巨大な天幕のカーテンが跳ね上がり、武器を携えた数人の冒険者たちが姿を現した。
重厚なフルプレートアーマーを纏った大男、不気味な魔導書を小脇に抱えたエルフの女、そして、先頭を歩く、身の丈ほどもある大剣を背負った赤髪の男。皆、一目で修羅場を幾度も潜り抜けてきたと分かる、威圧的なオーラを放つ者たち──ミドレアの言っていた『A級合同チーム』の面々だ。
赤髪の男は、馬車の前に立つルークたちを頭のてっぺんから爪先まで値踏みするような、鋭く冷ややかな視線で見つめながら歩み寄ってきた。
「おいおいおい、正気かよ……。本部から『北の危機をたった3人で救った、最高の大物増援クランが来る』って聞いて、首を長くして待ってりゃあ……随分と毛の生え揃ってねえガキどもが来たもんだな」
男はルークの腰にある『赫剣』をチラリと一瞥し、それから鼻で笑った。
「おい、お前らが噂の『新星A級旅団』ってのは本当なのか? ミドレアの旦那も焼きが回ったか、あるいは俺たちがここで苦戦してるってのを、本部の奴らはただの御伽話だと勘違いしてやがるんじゃねえだろうな?」
男の言葉には、ルークたちへの侮りだけでなく、連戦が続くこの西の戦線で、じわじわと追い詰められている者特有の、焦りと苛立ちが混じっていた。周囲のテントからも、他の冒険者たちが「あれが噂の……?」と不信感に満ちた視線を向けてくる。
西の戦線のピリついた緊張感が、一気にルークたちの肩へと圧しかかる。
新たな地、一筋縄ではいかない先輩A級たち、そして背後に潜むネファリウスの次なる策略。ルークたちの、A級冒険者としての本当の試練が、今ここから始まろうとしていた──。




