第12話 最初の仕事・北の異変
悩むルークたちを、ミドレアはその赤い眼差しでずっと見つめていた。
「なあ、どうするんだ?俺等じゃ絶対に力不足だろ。実際、この場にいるのはどれもA級上位で、何かしらで名を上げている奴らばっかだ。俺は降りるべきだと思う。」
「何弱気になってるのよジャック。腕前を試す絶好の機会じゃない!こんなの受けるほかないわよ。」
二人が話し合っている中、ルークはずっとあの森で起こったことについて考えていた。
(俺の力は、あの魔獣どもに有利に働いた。村の時だってそうだ。あんなに大きい魔獣をたった二振りで倒せたんだから。きっと俺の力は、あいつらにとって脅威なはずだ。なら――)
「俺、受けてみたい。いいかな?」
途端に二人はびっくりした顔をした。
「本気かルーク!?俺等が受けた依頼とはレベルが違うんだぞ!A級冒険者の人たちでも苦戦するんだ。俺等が敵うはずがないだろ!」
「けど、自分の故郷を滅ぼしたやつらの手がかりだ。それに……俺の火があれば、戦える」
ルークの言葉には、確かな熱が宿っていた。
ルードに鼻で笑われた悔しさ。故郷を奪った『黒の渦』への怒り。そして何より、あの森で自分の放った焔が確かに黒い霧を焼き尽くしたという、紛れもない事実。
それらがルークの背中を強く押していた。
「ルーク……」
ジャックは反論しようと口を開けかけたが、ルークの瞳の奥にある、決して引かないギラギラとした闘志を見て、言葉を飲み込んだ。テール先輩も、普段の軽い調子を消し、真剣な顔でルークを見つめている。
「ふむ。若き冒険者よ、良い目をするな」
腕を組み、二人の様子を見ていたミドレアが、満足そうに目を細めて微笑んだ。
「もちろん、君たちにいきなり最前線の南へ行けとは言わない。まずは我々のサポート、そしてその『火』の能力の検証から始めてもらう。どうかな?」
「おい、ミドレア。本気でそんな実力も実績もないガキどもを組織に組み込むつもりか?」
不機嫌そうに声を荒らげたのは、やはりルードだった。彼は椅子の背もたれに深く体重を預け、ルークたちを値踏みするように睨みつける。
「南の戦線は地獄だぞ。お前の言うその『火』がどれほど通用するかは知らんが、戦場では一瞬の判断ミスが命取りになる。ただの足手まといを抱える余裕など、我々にはないはずだ」
ルードの放つ重圧が、再び部屋中に伝播する。周囲のA級冒険者たちも、ルードの言葉に同調するように、懐疑的な視線をルークたちに送った。
だが、ルークはもう怯まなかった。一歩前に出ると、ルードの鋭い眼光を真っ向から見据え、言い放つ。
「足手まといになるかどうかは、俺が決める。あんたに、俺の限界を勝手に決められたくない!」
「……ほう?」
ルードの目が細められ、部屋の空気がピキリと凍りつく。新米冒険者がS級のクラン長に牙を剥くなど、普通であれば万死に値する無礼だ。ジャックが青ざめ、テールが慌ててルークの服の裾を引っ張る。
しかし、その一触即発の空気を切り裂いたのは、ミドレアの朗らかな笑い声だった。
「ははは! いいね、威勢があって素晴らしい! ルード、君だって昔はそんな風に噛み付く若者だったじゃないか」
「チッ……。勝手にしろ」
ルードは忌々しそうに顔を背け、それ以上は何も言わなかった。ミドレアは再びルークたちに向き直ると、パチンと手を叩いた。
「よし、決まりだ! 君たち3人を、アドレナ冒険者連合の『特別調査班』として臨時に組み込む。──まずは、君たちのその実力と『火』の力を見せてもらう。まずはその力を見せてもらおうかな。君たちには戦場に行ってもらう。結局は実践が一番手っ取り早いからね」
腕を組んだミドレア団長が、納得したようにポンと手を叩いた。
ルードは「ふん、死ににいくようなものだ」と吐き捨てて興味を失ったようにそっぽを向いたが、ミドレアはルークたちを優しく見つめ、円卓の一角へと視線を巡らせた。
「そこでだ。北の戦線を担当している、A級クラン『歯車の騎士』。彼らの防衛任務に、ルークくんたちを臨時のサポートとして同行させてくれないかい?」
「ええっ!? わ、我々のところですかっ!?」
指名された『歯車の騎士』の団長が、長い報告書を落としそうになりながら椅子から飛び上がった。
三十代半ばほどの、金属製の歯車を模した精巧なブローチを胸につけた男だ。先ほども戦況報告の際、アセアセと額の汗を拭いながら喋っていた、どこか頼りなさげな人物である。
「は、はい、ミドレア様がそう仰るなら拒否はしませんが……。しかし、北は今のところ前線から離れており、確認されたのも数体の魔獣と魔道士一名のみです。新人さんの腕慣らしにはちょうど良いかもしれませんが、本当に彼らの力を試すような戦いになるかどうかは……」
「構わないさ。何事も安全なところから始めるのが一番だからね。ルークくん、ジャックくん、テールくん。彼らと一緒に行ってくれるかい?」
「はい。よろしくお願いします!」
ルークは力強く頷いた。
激戦区である南の地獄にいきなり放り込まれるより、まずは自分たちの実力がどこまで通用するのかを、比較的落ち着いている北の戦線で確かめる。それはルークたちにとっても望むところだった。
「チッ、まあいい。足を引っ張るようなら容赦なく置いて帰るからな」
『歯車の騎士』の団長──ハインツは、困ったように頭を掻きながらも、ルークたちを受け入れてくれた。
翌日。ルーク、ジャック、テールの3人は、ハインツ率いる『歯車の騎士』の遠征部隊と共に、都市アドレナの北方に位置する渓谷地帯へと向かっていた。
北の戦線は、切り立った岩肌と深い霧に包まれた、視界の悪い場所だった。
「いやあ、すまないね。ルード殿にあんな風に言われて、怖気づいていないかい?」
馬車を並べて進む道中、ハインツが気遣わしげにルークたちに話しかけてきた。会議室での頼りない印象とは裏腹に、部下たちへの指示は的確で、非常に温和で話しやすい人物のようだ。
「いえ、悔しかったですけど、言われていることは事実ですから。俺たちはまだ、実績のない新米です」
ルークが苦笑いしながら答える。
「ははは、謙虚だねえ。でもね、あのバルトロ殿の特訓を生き延びたんだろう? それだけで君たちは、普通のD級なんかより遥かに強いはずさ。我々『歯車の騎士』は、魔法や剣技そのものよりも、マジックアイテムや特殊な罠の運用を得意とするクランでね。真っ向勝負の戦力は少し心許ないから、君たちのような前衛が来てくれて、実は助かっているんだよ」
ハインツは胸の歯車のブローチをパチンと叩いた。それは彼のクランが開発した、周囲の魔力を感知する特殊な探知アイテムらしかった。
「お、おい、団長さん。そのブローチ、さっきから異様に激しく回転してないか?」
前方を見警戒していたジャックが、低く鋭い声でハインツを遮った。
「え……? 嘘だろう、北は安全なはず──」
ハインツが自分の胸元に目を落とした瞬間。
カチカチカチカチカチカチッッッ!!!
歯車のブローチが、火花を散らすほどの異常な速度で回転を始め、直後、パキィン! と音を立てて真っ二つに割れた。
「探知限界を超えた!? 嘘だろ、何が来るんだ!?」
ハインツの顔から一瞬で血の気が引く。
──ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ!!!
渓谷の奥から、大地を揺らす不気味な地鳴りが響いてきた。
それと同時に、岩肌の向こうから這い出してきたのは──周囲の視界を完全にかき消すほどの、圧倒的なボリュームの『黒い霧』だった。
「報告と違う……! なんだ、この量は!?」
「防衛線を構築しろ! 罠を展開──っ」
『歯車の騎士』の団員たちが慌ててマジックアイテムを構えるが、霧の奥から現れた影を見て、全員が言葉を失った。
そこにいたのは、数体の魔獣などではなかった。
岩の巨体を持つ『アースゴーレム』、空を埋め尽くす何体もの『ガーゴイル』、そしてそれらを平然と従える、黒いローブを纏った十数名もの『ネファリウスの魔道士』。
さらには、その中心で、異様な禍々しいオーラを放つ一人の男が立っていた。
「く、クソッ……! 西や東どころじゃない! あんたたちが言っていた、魔獣数体と魔道士一名って報告は嘘だったのかよ!」
ジャックが顔を引きつらせ、即座に弓を構える。
安全だと思われていた北の戦線。だがそれは、敵組織『黒の渦』が仕掛けた、連合の裏をかく「大本命の強襲」の舞台だったのだ。
「ひ、引き返すぞ! 本部に増援を──」
ハインツが叫びかけたが、すでに背後の退路も、不気味な黒い霧によって完全に遮断されていた。
「逃げられないわよ、団長! やるしかないわ!」
テール先輩が槍を構え、鋭い踏み込みで突っ込んできたガーゴイルを突き刺す。
しかし、斬り倒しても、叩き潰しても、大厄災の力を与えられたゴーレムや魔獣たちは、その傷口から溢れ出る『黒い霧』によって、一瞬にして肉体を再生させていく。A級クランである『歯車の騎士』たちの強力なマジックアイテムの攻撃すら、その不死身の再生能力の前には、スタミナを削るだけの無駄打ちに終わってしまっていた。
「ハァ、ハァ……ダメだ、物理攻撃も魔法も、あの霧のせいで完全に無効化される……っ!」
ハインツが膝をつき、絶望の声を漏らす。
ネファリウスの魔道士たちが、勝ち誇ったように不気味な笑い声を上げ、一斉にトドメの広範囲破壊魔法を唱え始めた。
全滅の二文字が、ハインツたちの脳裏をよぎる。
だが──。
「ハインツさん、下がっててください。──ここからは、俺たちの番です」
ルークが静かに前に出た。
その目は、絶望的な大軍勢を前にしても、一ミリも揺らいでいない。それどころか、腰の剣の柄に手をかけた瞬間、ルークの瞳の奥で、ギラギラとした闘志の炎が爆発的に燃え上がった。
「ル、ルークくん!? 無茶だ、君たちのような新米が突っ込んでも──」
「大丈夫です。あのS級のルードって人に、言われっぱなしじゃ悔しいですからね」
ルークは不敵に微笑むと、一気に剣を引き抜いた。
瞬間、渓谷の冷たい霧をすべて一瞬で蒸発させるほどの、圧倒的な紅蓮の熱量が爆発した。
──『赫剣』。
「みんな、いくよ!! 俺が道を切り拓く!」
ルークの放つ光と熱に、ネファリウスの魔道士たちの顔が、初めて驚愕へと歪んだ。
誰も予想していなかった北の最前線。ルークたちの真の力を世界に見せつけるための、最高の戦いの火蓋が切って落とされた──。
最近、カクヨムでも連載を始めてみたので、そちらも読んでみて下さい。




