第11話 世界の敵
──キィンッ! ガキィンッッ!!
深い森の中に、白銀の片手剣と、紅蓮に燃え盛る片手剣の凄まじい風切り音が響き渡る。
ルークとロミアは、言葉を交わすことなく、次々と押し寄せる魔獣の群れへと突っ込んでいった。
ルークが『赫剣』を一振りするたび、魔獣の肉体ごと、その傷口から溢れ出る不気味な黒い霧がジチジチと音を立てて焼き尽くされていく。ロミア率いる聖騎士団、そして周囲の冒険者連合たちもまた、歴戦の動きで魔獣を確実に叩き斬っていった。
やがて、狂気に満ちていた咆哮が途絶え、周囲の森に静寂が戻る。とうとう、周りの森からは一匹の魔獣の気配も消え失せていた。
「ふぅ……。これでやっと一安心だな。──んで、なんでお前らがこんなところにいるんだよ」
ロミアは剣をサッと振って血を払うと、眉をひそめてルークを睨みつけた。
「それはこっちのセリフだ。俺たちは単純に、ギルドで受けた依頼をこなしてただけだよ」
ルークも負けじと剣を鞘に収め、視線を睨み返す。二人の間にパチパチと険悪な火花が散り始めた。だが、本格的な口喧嘩に発展する前に、ジャックと連合冒険者の一人が苦笑いしながら間に入った。
「やめとけって、ルーク。そんなことより、今は大事なことがあるだろ」
ジャックは溜め息をつくと、ロミアの背後に控える面々へと向き直った。
「……なぁ、なんであんたたちみたいな錚々《そうそう》たるメンツが、こんな低いレベルの依頼書と同じ場所にいるんですか?」
ジャックの問いに、連合冒険者の中から、ひときわ身体の大きい重戦士が前に出て、低い声で答えた。
「我々は、たった今接敵した魔獣たちの追跡を行っていたのだ。あれらは『黒の渦』が使う、大厄災の力を与えられた汚染魔獣。あやつらは、奴らを追跡する上で重要な手がかりだった。特に、あの死体から出る『黒い霧』はな」
「黒の渦……」
ルークはその不気味な組織の名を、反芻するように呟いた。
「まあ、ここで立ち話をするのも何だ。一旦本部に帰るぞ。今から我らの合同集会がある。……お前たちも来たらどうだ?」
ロミアがルークたち3人を振り返り、問いかける。
「今の戦闘を見る限り、お前の火は黒い霧に対して明確に有効と見た。お前のその力、これからの戦いに間違いなく役に立つ。それにルーク、お前自身も聞く必要があるはずだ。──お前の故郷の村を襲った魔獣も、あれと全く同じものだからな」
「っ……!!」
その瞬間、ルークの拳に強烈な力が入った。
あの日、すべてを奪っていったあの絶望。あの魔獣たちも、すべてその『黒の渦』の力が原因だったのか。
「……ああ。俺もついていく。その件には、色々と思うところがあるからな」
しばらくして、ルークたちは都市アドレナにある冒険者連合の本部へとやってきた。
案内された巨大な作戦室の重厚な扉が開いた瞬間──ルークは、あまりの威圧感に思わずその場にたじろいでしまった。
(なんだ、このプレッシャーは……っ!?)
部屋の中に敷かれた円卓の周囲には、かつて噂程度にしか聞いたことがない高ランク冒険者から、数々の死線を潜り抜けてきたであろう歴戦の猛者たちが勢揃いしていた。
空間そのものが歪んでいるかのように錯覚するほどの、圧倒的なオーラ。それは、初めて元S級のバルトロと対峙した時に感じたものと酷似していた。いや、人数が集まっている分、それ以上に重苦しく巨大なものだ。
その猛者たちの中に、ルークは見知った顔を見つけた。
最高峰のS級冒険者クラン──『灰色の鋼鉄』の団長、ルードだ。
「ああ、あの時の、村を燃やした少年じゃないか。ふん、いつの間にか冒険者になっていたのか。……それで、何の用だ?」
ルードは傲慢な態度で椅子に深く腰掛けたまま、冷ややかな視線をルークへと向けた。
「団長。こいつが使う火が、どうやら魔獣たちの黒い霧に有効なようでして。今後の戦いで役に立つかと思い、連れて参りました」
ロミアがそう進言するが、ルードはそれを聞いて、鼻で笑った。
「ふん。自分の生まれ持った村一つ燃やす力すらまともに制御できんようなガキが、この高次元の戦いについてこれるとは思えんがね」
「っ、お前……!」
ルークの胸の奥に一瞬で怒りの炎が燃え上がる。何か言い返そうと一歩前に出かけた。だが、周囲を取り囲む無数の実力者たちの冷徹な視線、解き放たれる圧倒的な強者の威圧感を前に、言葉が喉の奥でつっかえて出なかった。
今の自分では、この男の放つ壁に、声すら届かない。ルークは悔しさに唇を噛み締め、引き下がるしかなかった。
「──それでは、これより定例の合同会議を始めようと思う。みんな、席についてくれ」
重苦しい空気を破るように声を上げたのは、ルードと同じくS級冒険者であり、アドレナ最強の一角と謳われる『灼熱の騎士』の団長──ミドレアだった。その凛とした声に、部屋中の猛者たちが一斉に席へと着く。
「まず、大陸各地における『黒の渦』の現状について確認しよう。まずは北の戦線から。A級クラン『歯車の騎士』たち、報告をお願いする」
「は、はい。我々が北の防衛線にて確認したのは、突然変異──いわゆる汚染された魔獣が複数体、そして、それらを使役していたネファリウスの魔道士一名のみです。北は本拠地や前線からは距離があるため、しばらくの間は安全かと思われます」
『歯車の騎士』の団長が、長い報告書をめくりながらアセアセと額の汗を拭いながら喋った。
「よくわかった。警戒は怠らないように。……じゃあ次に、西の戦線。A級合同チーム、よろしく頼む」
ミドレアが視線を移すと、西の担当者が重々しく頷いた。
「はい。我々が西の森林地帯で観測したのは、汚染魔獣が10体ほど。それから、それを使役する魔道士が3名。──それから、特殊な固有異能を持つ『能力持ち』が1名です。魔獣と魔道士はなんとか撃退することができましたが、その能力持ちの男だけは仕留めきれず、逃してしまいました」
「……よくわかった。とうとう西の戦線にまで『能力持ち』が現れたか。悠長に構えている場合じゃないな」
ミドレアの顔がさらに険しくなる。ただの魔法とは一線を画す、世界の理を歪める特殊な力を持つ『能力持ち』の存在。それは、連合側にとっても最も恐るべき脅威だった。
「それじゃあ次は、東を守る我々『灼熱の騎士』が説明しよう」
ミドレアは両手を頑丈な机の上に置き、一同を見渡しながら話し始めた。
「我々が東出観測したのは、魔獣数十体と、ネファリウスの魔道士が10数名。それから──『能力持ち』が5名ほどだ。……いずれも、我がクランの総力を以て撃破済みだ。ただ、残念ながら今回も、能力持ちの身柄を捕獲することはできなかった。おそらくは敵側に、負傷した奴らを一瞬で回収するための特殊な能力者がいるのだろう。全く、手強い相手だ」
険しい顔をしながら、ミドレアは淡々と、しかし確実に世界の均衡が崩れ始めている事実を述べていく。
「それじゃあ最後に。最前線である南の担当、『灰色の鋼鉄』。ルード、頼んだ」
振られたルードは、椅子の背もたれからゆっくりと身体を起こした。その眼光は、部屋の温度を数度下げるほどに鋭い。
「ああ。まず、事前に行っておくが、敵の具体的な数はわからない。が、おそらく魔獣も魔道士も、優に百を超える軍勢だった」
その言葉に、会議室が一気にざわめいた。百を超える汚染された軍勢など、もはや小規模な戦争だ。
「それに加え、能力者も20を優に超える数だ。それも、そのうちの半数が──ただの能力者ではない、”異能”だった。こちらも甚大な被害を被っている。一刻も早く、南地区から市民を避難させるべきだ」
ルードがそう言い終えたとき、部屋の中には、かつてないほどに重苦しい沈黙が漂った。S級クランがそこまでの被害を出し、撤退と避難を提言するほどの絶望。
そんな静まり返った空気の中、ひょっこりとジャックが口を開いた。
「あの〜、すいません。今言ってた『能力者』と『異能』って、一体何が違うんですか?」
緊迫した会議を遮るような新米の質問に、周囲の荒くれ冒険者たちが「おい、ガキがふざけるな」と言わんばかりに視線を尖らせる。しかし、円卓の頂点に立つミドレアは、優しく微笑んでジャックを見つめた。
「君は?」
「ジャックです。ジャック・テンペスト」
「よろしい。ジャックくん。まず、君は『能力』というものについて、どこまで知っているかね?」
「いや、詳しいことは何も。身近にそういう特別な力を持ってるのは、そこのルークだけなので」
「なるほどね」
ミドレアは小さく頷き、会議室の全員に聞こえるように朗らかな声で説明を始めた。
「では解説しよう。まず私たちが『能力』と呼ぶものには、基本的に明確な分類があってね。主に【超人系】、【属性系】、【変質系】の3種に分かれているんだ。
超人系は、主に自らの肉体を劇的に強化したりするもの。属性系は、火や水、雷といった自然の元素を操るものだ。まさに君の隣にいるルークくんの力がこれに当たるね。そして最後に変質系。これは少し特殊でね、周りの環境や他者に影響を与えるものだ。例えば、自分以外の人に強力な強化や弱体化をかけたり、物質の性質そのものを変えたりね。その分、滅多に変質系の能力が発現することはない」
そこでミドレアは一呼吸置いて、その温和な顔付きを、一転して重苦しいものへと変えた。
「しかし、何事にも例外というものがあってね。それが、さっきルードが言った──”異能”だよ。これは、先述の3種のどれにも当てはまらない。いや……『どれにでも当てはめることができる』、と言うべきかな。とにかく、規格外なんだ。できることの幅や規模が、一般の能力とは文字通り次元が違う」
ミドレアの言葉に、ルークは息を呑んで耳を傾ける。
「この力は、とにかく全てが謎に包まれている。中には、世界のルールそのものを書き換えてしまうほどの異能もあるという噂だ。残念ながら、あまりにも情報が少なすぎて、我々も全貌を把握できていないんだよ」
そう言うとミドレアはゆっくりと席を立ち、背後の大きな窓へと歩み寄った。そこからは、夕日に照らされ、人々が平和に行き交うアドレナの美しい城下町が一望できた。
「私たちはね、この景色を守りたいんだよ。そのためには、世界の理を歪める『黒の渦』は極めて危険な存在だ。何としても奴らの謎を解明し、その進撃を止めなければならない」
ミドレアは振り返り、そのまっすぐな瞳を、ルーク、ジャック、テールの3人へと向けた。
「そこでだ、新米冒険者の君たち。──僕たちに、力を貸してくれる気はないかい?」
S級団長からの、直々のスカウト。
ルードからの冷徹な洗礼を受け、一度は折れかけたルークの胸の内で、再び、熱い焔がパチパチと音を立てて燃え上がり始めていた──。




