第10話 黒き霧を焼く焔(ほむら)
「グルァァァァッッ!!」
「ガルゥゥッッ!!」
狂気に目を血走らせた魔獣の群れが、全方位から一斉に飛びかかってくる。
先陣を切ったのは、刃のような牙を持つ『凶暴狼』の集団だ。
「ジャック、テール先輩! 陣形を崩さないで!」
「わかってるっ……! でも、多すぎるぜ!」
ジャックが神速の連射でウルフの眉間を次々と射抜いていく。力みが消えた彼の矢は確実に魔獣の息の根を止めていくが、倒しても倒しても、背後の暗闇から新たな影が次々と湧き出してくる。
「ハァァァッッ!!」
テール先輩の槍が鋭く風を裂き、飛びかかってきた大蜘蛛の眉間を打ち抜いた。
だが、その直後──テール先輩が驚愕の声を上げた。
「……っ!? 嘘、手応えがあったのに、死なない!?」
槍で心臓を正確に貫かれたはずの大蜘蛛が、緑色の体液を撒き散らしながら、何事もなかったかのように再び立ち上がったのだ。その傷口からは、あのワイルドベアの死体から出ていたものと同じ、不気味な『黒い霧』がウジ虫のように這い回り、肉体を強制的に再生させていた。
「こいつら、普通の魔獣じゃない……! あの黒い霧が、無理やり体を動かしてるんだ!」
ルークは直感的に叫んだ。
物理的な攻撃が効かない。これでは、どんなに手練れの冒険者であっても、スタミナを削られていずれ圧殺される。
絶望的な数の暴力。そして不死身の軍勢。
ジャックの矢が底を突きかけ、テール先輩の息が激しく乱れ始めた。
「ウオオオオオオオッッ!!」
その時、ルークたちの背後から、ひときわ巨大な『狂暴オーク』が、骨を砕くための巨大な棍棒を振り下ろしてきた。
ターゲットは、完全に背中を晒してしまっているテール先輩だ。
「テール先輩、危ないっ!!」
「つっ―――!!」
振り返ったテールの瞳に、死の質量が迫る。
間に合わない。そう思った瞬間、ルークの脳裏に、かつて故郷の村が滅ぼされたあの日の記憶が、そしてバルトロ師匠の最後の言葉が爆音と共にフラッシュバックした。
『今度は誰かを傷つけるためではなく──仲間を、そしてお主自身の未来を守るために、正しく燃やすんじゃぞ』
「──動け、俺の、身体ァァァァッッ!!!」
ルークの心臓が、ドクンと激しく脈打った。
体内の奥底、今まで触れたことのない魔力の源流が、一気に沸騰する。
腰の剣を引き抜くと同時、これまでの比ではない、周囲の視界が真っ白に染まるほどの圧倒的な紅蓮の熱量が爆発した。
──新技、『赫剣』──フルパワー。
ルークの持つ剣は、もはや炎を纏った剣などではなかった。それ自体が一本の巨大な『炎の質量』と化し、武道場でロミアに見せたものすら遥かに凌駕する熱波を放つ。
「おおおおおおおッッ!!」
ルークは一歩で肉薄すると、テール先輩を庇うようにして、オークの放った棍棒ごと、その巨体を真横に一刀両断した。
ズドォォォォォンッッ!!!
凄まじい大爆発。
だが、驚くべきはその後だった。
槍や矢ではいくら傷つけても『黒い霧』によって即座に再生していた魔獣の肉体が、ルークの炎に触れた瞬間、悲鳴のような音を立てて細胞ごと消滅していったのだ。
肉体だけではない。周囲に漂っていた不気味な黒い霧そのものが、ルークの放つ赤き焔に恐れをなすように、ジチジチと音を立てて完全に「焼き尽くされて」消えていく。
「……あ。消えた……?」
テール先輩が床にへたり込んだまま、呆然と呟いた。
「ルーク……お前のその火、まさか……!」
ジャックもまた、ルークの剣から放たれる圧倒的な光に目を細めながら、戦慄していた。
ルークの持つ『火』の能力。それはただの属性魔法などではなかった。この世の理を歪める『黒い霧』という呪いに対して、唯一、それを根絶やしにできる絶対的な特効薬──神聖なる破壊の炎だったのだ。
「これなら……いける!!」
自分の力の「正体」を掴みかけたルークは、ギラギラとした闘志を瞳に宿し、再び剣を構えた。
「みんな、俺の背中に下がってて! この霧ごと、全部俺が焼き払う!!」
ルークが大きく一歩を踏み出し、群がる魔獣たちへ向かって剣を振りかざそうとした──その瞬間。
──ドガァァァァァンッッ!!!
遥か上空から、森の木々を何十本もなぎ倒しながら、一筋の『白銀の流星』が凄まじい衝撃と共に戦場の中心へと落雷のように激突した。
巻き起こる爆風と土煙。
ルークたちを取り囲んでいた数十匹の魔獣が、その衝撃波だけで一瞬にして消し飛ばされる。
「な、何だ……っ!?」
ジャックが腕で顔を覆いながら叫ぶ。
徐々に晴れていく土煙の向こう側。そこには、クレーターの中心で、美しくも冷徹な白銀の甲冑を纏った一人の少年が、大剣を地面に突き立てて立っていた。
「……ふぅ。間一髪、間に合ったか」
凛とした、聞き覚えのある涼やかな声。
「ロミ……ア……?」
ルークが愕然としてその名を呼ぶ。
そこにいたのは、数日前にギルドの武道場でルークを圧倒し、どこかへ去っていったはずの天才騎士──ロミアだった。
だが、今の彼の表情には、いつもの余裕に満ちた笑みは一切ない。その背後には、同じく白銀の鎧を着た高位の冒険者の面々が、緊迫した面持ちで次々と着地してくる。
「ロミア、なんでお前がここに……っ!」
「お前たちこそ、なんでこんな場所にいるんだ。ここはすでに、一般の冒険者が立ち入っていい区域じゃない」
ロミアは周囲に転がる魔獣の死体、そしてそこから立ち上る『黒い霧』を一瞥し、忌々しそうに吐き捨てた。
「……チッ。やはりな。アドレナの近郊にまで、奴らの『汚染』が広がり始めてやがる」
「汚染……? 奴らって、一体何のことだよ!」
ルークの問いに、ロミアは静かに大剣を構え直し、鋭い隻眼でルークを真っ直ぐに見据えた。
「ルーク。お前が故郷の村を滅ぼされた本当の理由……そして、おれら特別冒険者同盟が国を挙げて極秘裏に追っている『世界の敵』の正体だ。……まさか、お前たちがその端緒を引き当てるとはな」
ロミアの言葉と共に、周囲の森の奥から、さらに禍々しい、これまでの魔獣とは次元の違う『巨大な異形の影』がゆっくりと姿を現し始める。
「詳しい話は、この化け物を片付けてからだ。……おい、ルーク! 足を引っ張るなよ!」
「言われなくても……分かってるさ!」
宿敵ロミアとの、予期せぬ共闘。
一見、ただのD級依頼に見えた魔獣討伐は、ルークの過去、そして世界の運命を揺るがす大事件の本筋へと、完全に合流を果たしたのだった──。




