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追放された欠陥品の俺、実は『精霊の愛し子』でした。孤独な氷の魔王様を万色の魔力で救ったら、激しく溺愛されています  作者: 水凪しおん


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第9話「凍てつく玉座を溶かす、愚かで愛おしい命」

◆ゼファリアス・グラシエル


『この人間の熱は、余の奥底にある呪いを静かに侵食していく』


 魔力供給の儀式は、毎月の満月の夜に行われる。

 ルシアの細い胸元に手を置き、彼の中に眠る万色の魔力を余の体内へと引き込む。

 その瞬間、血管を切り裂くような呪いの激痛が消え去り、代わりに柔らかな春の陽射しのような温もりが全身を満たしていく。

 数百年もの間、ただ凍りつかせることでしか耐えられなかった苦痛が、この小さな人間の存在によっていとも容易く取り除かれてしまう。

 それが、どれほど恐ろしいことか。

 余は彼に依存し始めている。

 彼がそばにいない空間が、ひどく寒々しく感じられるようになってしまった。

 そして今、余は彼に対して最も残酷な真実を告げなければならない。




 深夜の執務室。

 厚い雲の隙間から差し込む青白い月光が、黒曜石の机を冷たく照らしている。

 ルシアは部屋の中央に立ち、真っ直ぐに余を見つめていた。

 数日前の涙の痕跡はすでになく、その瞳には静かな決意のような光が宿っている。

 カイルと共に進めていた古文書の解読が、すべて完了した。

 世界の構造、そして余と彼を縛る運命の正体が、白日の下に晒されたのだ。


「カイルから聞いたかもしれないが、すべてを話そう」


 余は机から立ち上がり、窓際の冷たい壁に背を預けた。

 彼と正面から向き合うのが、少しだけ恐ろしかったのかもしれない。


「人間界と魔界は、本来対立するようには創られていない。二つの世界は互いの魔力を補完し合い、循環する構造を持っていた。しかし、精霊王ゼフィロンがその均衡を自らの手で管理するために、世界の境界に壁を作り、人為的な憎悪を植え付けた」


 ルシアは無言のまま、余の言葉に耳を傾けている。


「精霊の愛し子とは、その不自然な壁を壊し、世界を元の形に戻す力を持った存在だ。だからこそ、ゼフィロンは歴代の愛し子を教団に見つけさせ、封印の刻印を施して道具として消費してきた」


 ルシアの胸元にある刻印。

 あれは、彼の命を燃料にしてゼフィロンの支配を強固にするための呪いの鎖だ。


「そして、余の体にある魔力枯渇の呪いもまた、ゼフィロンが過去に施したものだ。魔界の王の力を削ぎ、反逆の芽を摘むためにな」


 余は自嘲気味に息を吐いた。

 数百年もの間、見えざる敵の掌の上で踊らされていたに過ぎない。


「ルシア。お前がここへ流れ着いたのも、決して偶然ではない。ゼフィロンの誘導だ」


 余は視線を窓の外の暗闇に向けたまま、最も重い事実を口にした。


「お前が余に魔力を与え続ければ、やがてお前の生命力は完全に尽きる。余を救うということは、お前自身を殺すということだ」


 執務室に、重く冷たい静寂が降り積もる。

 これで、彼は余を恐れるだろう。

 裏切られたと感じ、この城から逃げ出そうとするかもしれない。

 それでも構わなかった。

 彼が生き延びることができるのなら、余は再び永遠の冬の底に戻るだけだ。

 しかし、背後から聞こえてきたのは、予想外の音だった。

 微かな衣擦れの音。

 そして、ひどく穏やかな足音。

 ルシアが余の背中に近づき、すぐ後ろに立っている気配がする。


「お前に教えずにいた。道具として使うために」


 余が自らの罪を懺悔するように言葉を絞り出すと、ルシアは静かに笑った。

 その声には、微塵の恐れも迷いもなかった。


「知ってても、たぶん同じことしてたと思います」


 余は弾かれたように振り返った。

 ルシアは、いつものように人懐っこい、屈託のない笑顔を浮かべている。

 死を宣告された人間の顔ではない。


「お前は、自分の命が尽きると言っているのだぞ」


「わかってます。でも、あなたが生きていてくれる方が、俺には大事だから」


 彼の言葉は、嘘偽りのない真っ直ぐなものだった。

 自己犠牲というような高尚なものではない。

 ただ純粋に、己の存在意義を余に委ねきっている、愚かで、そして底知れなく愛おしい感情。


「俺は、生まれてからずっと空っぽでした。でも、ゼファリアス様が俺の魔力を必要としてくれた。俺の中の熱が、あなたを温めることができる。それが、どれだけ嬉しいことか」


 ルシアは一歩踏み出し、余の胸元にそっと手を触れた。

 衣服越しに伝わるその指先の熱が、余の凍りついた心を確実に溶かしていく。


「だから、俺はどこにも行きません。あなたの傍が、俺の選んだ場所です」


 完全に敗北だった。

 何百年もかけて築き上げた余の氷の城壁は、この人間の前ではいとも簡単に崩れ去ってしまう。

 余は無言のまま右手を上げ、ルシアの銀色の髪に触れた。

 乱暴に、しかし壊れ物を扱うように丁寧に、その頭を撫でる。

 彼は気持ちよさそうに目を細め、余の手に頬をすり寄せてきた。


「……愚かな人間だ」


 声が微かに震えているのを、隠すことができなかった。

 彼を失いたくない。

 彼を消費して生きながらえるのではなく、彼と共に明日を迎えたい。

 余の奥底で、かつてないほどに激しい炎が燃え上がり始めていた。


『この命を懸けて、世界の理ごと奴を叩き潰す』


 ルシアの温もりに触れながら、余は静かに決意を固めた。

 彼が余に与えてくれた春を、誰にも奪わせはしない。

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