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追放された欠陥品の俺、実は『精霊の愛し子』でした。孤独な氷の魔王様を万色の魔力で救ったら、激しく溺愛されています  作者: 水凪しおん


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第7話「星の瞬きが隠した、忌まわしき鎖」

◆ルシア・フォン・ヴェルナー


『俺の体には、俺自身すら知らない古い物語が刻み込まれている』


 巨大なグラシエル城の西塔、その最下層に位置する大図書室の空気は、他のどの場所よりも重く停滞していた。

 数百年にわたり蓄積された膨大な魔導書や羊皮紙が放つ、独特の乾燥した匂いとインクの微かな酸味。

 窓一つない石造りの空間を照らすのは、壁面に等間隔で浮かぶ青白い魔力の炎だけだ。

 俺は冷たい石の床に這いつくばり、布切れで微細な埃を丁寧に拭き取っていた。

 指先から伝わる石の冷たさが、心地よいリズムとなって頭の中をクリアにしてくれる。

 静寂を破ったのは、背後の重厚な木扉が乱暴に押し開かれる音だった。


「魔王様、人間界の潜入調査から戻りました」


 早口に告げるカイルの声には、隠しきれない焦燥が混じっていた。

 いつもは隙のない灰色の外套には、不自然な土の汚れや、微かに焦げたような痕跡が残っている。

 長距離の空間跳躍を繰り返してきたのか、彼の呼吸は浅く、肩がわずかに上下していた。


「……報告しろ」


 図書室の奥、黒曜石の机に向かっていたゼファリアス様が、手元の古文書から視線を上げることなく短く命じる。

 その低く冷たい声は、部屋の空気を一段階凍らせるような威圧を持っていた。

 俺は床を拭く手を止め、目立たないように本棚の影へと身を潜めた。

 退室の指示が出ていない以上、勝手に動くことは許されない。


「星詠み教団の動向についてです」


 カイルが一歩前に進み出た。

 その靴音が、静かな図書室に不吉な反響を残した。


「彼らは近年、人間界の各地で『均衡の儀』と称する大規模な魔力操作を行っています。表向きは魔界からの瘴気を防ぐ結界の強化とされていますが、実態はまったく違いました」


 カイルは外套の内側から、古びた羊皮紙の束を取り出し、ゼファリアス様の机の上に広げた。

 紙の擦れる音が、俺の鼓膜を妙に鋭く刺激する。


「教団の最深部から持ち帰った極秘記録です。彼らの真の目的は、古代魔法の封印の維持と……特定の条件を持つ人間の『発生』を人為的に抑制することにありました」


 ゼファリアス様の視線が、ゆっくりと羊皮紙の上に落とされる。

 青い瞳の奥で、何かが冷たく燃え上がるのが見えた。


「特定の人間とは、なんだ」


「……精霊に愛され、万色の魔力を持つ者。教団の記録には『精霊の愛し子』と記されていました」


 その言葉が耳に届いた瞬間、俺の胸の奥にある火傷の痕が、警鐘のように熱く脈打った。

 呼吸が浅くなり、指先が微かに震え始める。


「そして、これが最も重要な報告です」


 カイルの声が、さらに一段低く、重くなった。


「愛し子の力を封じ込めるための特殊な術式。その構成図が、教団の記録に残されていました。……ルシアの胸にある刻印と、完全に一致しています」


 空気が、完全に凍りついた。

 俺は息をするのさえ忘れ、壁に背中を押し付けた。

 自分の胸元を、無意識のうちに強く握りしめる。

 男爵家にいた頃、俺は生まれつき魔力を持たない欠陥品だと教えられてきた。

 この胸の痣は、その無価値さの象徴だと。

 しかし、現実は違ったのだ。

 俺は元から空っぽだったわけではない。

 誰かの手によって、人為的に力を奪われ、封じ込められていただけだった。

 しかも、その仕打ちを行ったのは家族ではなく、人間界の巨大な宗教組織だという。


「……ヴェルナー男爵家は、教団の末端として機能していたに過ぎないということか」


 ゼファリアス様が、静かに事実を整理する。

 その声には怒りも驚きもなく、ただ冷徹な氷の刃のような鋭さだけがあった。


「はい。彼らはルシアを監視し、魔力を持たない無能な人間として飼い殺しにする役割を担っていたと思われます。しかし、彼らがなぜルシアを殺さず、封印に留めたのか。その理由が、教団のさらに奥に潜む存在に繋がっていました」


 カイルは言葉を区切り、重苦しい空気を肺に吸い込んだ。


「記録の端々に、教団に神託を下す謎の存在の名前が記されていました。彼らはそれを『均衡の管理者』と呼んでいますが、その正体は間違いなく……精霊王ゼフィロンです」


 精霊王。

 その名前が発せられた瞬間、俺の周囲の空間が微かに歪んだ気がした。

 視界の端で、いつも俺に寄り添ってくれる光の粒たちが、怯えるように激しく明滅し、すぐに消え去っていく。

 魔界と人間界の双方に関与せず、ただ世界の均衡を見守るだけの存在として語り継がれてきた神話の存在。

 それが、俺の運命を背後で操っていたというのか。


「ゼフィロン、か」


 ゼファリアス様が、氷を噛み砕くような声でその名を口にした。


「奴が直接動いているとすれば、事態は厄介だ。数百年前から続くこの世界の歪み、そのすべてが奴の盤上にある」


 彼は机の上の羊皮紙を無造作に払いのけ、ゆっくりと立ち上がった。

 漆黒の外套が波打ち、圧倒的な魔力が室内を満たしていく。

 その冷気はカイルを通り越し、本棚の影に隠れている俺の肌にまで到達した。

 俺の存在に気づいていたのか、ゼファリアス様は視線だけをこちらに向けた。

 青く澄んだ瞳と視線が絡み合う。

 俺の胸の刻印が、さらに激しく熱を発し、布越しに薄い光を漏らしていた。

 隠れていても無駄だと思い知らされ、俺はゆっくりと本棚の影から歩み出た。

 冷たい石の床を踏む足が、ひどく重く感じられる。


「聞いていたな」


 ゼファリアス様の声は、責めるような響きを持っていなかった。


「はい」


 俺は短く答え、彼を真っ直ぐに見上げた。

 自分が精霊の愛し子であること。

 教団に力を封印されていたこと。

 そして、精霊王が俺の存在に関与していること。

 頭の中に情報が溢れ返り、感情の置き場がわからなくなっていた。

 恐怖、怒り、それとも哀しみか。

 いや、そのどれでもない。

 ただ、自分の存在が巨大な歯車の一部に過ぎないという事実が、ひどく冷たく、虚しかった。


「お前のその刻印は、ただ力を封じるだけのものではない。いずれお前の命そのものを食い破る罠だ」


 ゼファリアス様が、容赦のない真実を突きつける。

 俺は胸の奥にある熱の塊を抑え込むように、さらに強く服を握りしめた。


「俺は……どうすればいいのでしょうか」


 絞り出した声は、自分でも驚くほど弱々しかった。

 誰かに必要とされたくて、ようやく見つけた居場所。

 しかし、俺の存在そのものが、この城に巨大な災厄をもたらす鍵になっているのかもしれない。

 ゼファリアス様は無言のまま距離を詰め、俺の目の前に立った。

 冷え切った空気が、彼の体温と混ざり合って微かに和らぐ。

 黒い革手袋に包まれた大きな手が持ち上がり、俺の頭にそっと触れた。

 髪を梳くような、不器用で、しかし確かな重みを持った感触。


「何も考えるな」


 彼の声は、これまでに聞いたどんな音よりも低く、そして優しかった。


「お前は余の従者だ。余の許可なく、何者にもお前を奪わせはしない」


 それは、世界で最も強固な結界のような言葉だった。

 俺の体の中で暴れ回っていた不安と熱が、その冷たい手の感触によってゆっくりと鎮められていく。


『俺は道具なんかじゃない。この人が、俺を繋ぎ止めてくれる』


 胸の刻印の痛みが嘘のように引いていくのを感じながら、俺は彼の真っ直ぐな青い瞳を見つめ返した。

 外の世界で何が起ころうと、誰が俺を操ろうとしていようと関係ない。

 俺の居場所は、すでにここにあるのだから。

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