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追放された欠陥品の俺、実は『精霊の愛し子』でした。孤独な氷の魔王様を万色の魔力で救ったら、激しく溺愛されています  作者: 水凪しおん


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第2話「死の静寂に降り立った、漆黒の王」

◆ゼファリアス・グラシエル


 灰の荒野は、あらゆる生命の気配を拒絶する死の領域だ。

 空を覆う厚い雲は永遠に晴れることがなく、地上には光を飲み込む黒曜石の欠片と、すべてを凍らせる白い霜だけが無限に続いている。

 吹き荒れる風は魔力の刃となって空間を切り裂き、不用意に踏み込んだ者の肉体を一瞬にして引き裂いてしまう。

 そんな過酷な環境の中を、一頭の巨大な黒馬が音もなく進んでいた。

 蹄が凍りついた大地を踏み砕くたび、青白い火花が散ってはすぐに虚空へと消えていく。


「魔王様、この先は人間界との境界です。巡回はここまででよろしいかと」


 黒馬の後方を飛ぶようにして付き従う魔族の側近、カイルが声をかけた。

 灰色の外套を深く被り、鋭い視線を周囲に巡らせている。

 黒馬の手綱を握る男は、カイルの言葉にすぐには答えなかった。

 夜の闇をそのまま切り取ったような漆黒の髪が、魔力を含んだ風に揺れている。

 ゼファリアス・グラシエル。

 魔界を統べる王であり、その名を聞くだけで下位の魔族は震え上がると言われる絶対的な存在だ。

 氷のように透き通った青い瞳が、荒野の先にある微かな異変を捉えていた。


「……待て」


 ゼファリアスの低く冷たい声が、風の音を切り裂いて響く。

 短い一言に込められた重圧に、カイルは即座に口を閉ざして姿勢を正した。

 黒馬の足が止まり、ゼファリアスは視線を前方の一点に固定する。

 分厚い灰色の霧の向こう側で、本来ここにあるはずのない微弱な光が明滅していた。

 魔界の瘴気とは明らかに異なる、純粋で清らかな魔力の残滓。

 ゼファリアスは身軽な動作で黒馬から飛び降り、凍てつく大地に足を下ろした。

 彼が歩みを進めるたび、周囲の空間を満たしていた魔力の嵐が、王を恐れるように道を譲って静まっていく。


「あれは……」


 カイルが息を飲む音が聞こえた。

 黒く変色した土の上に、小さな人影が倒れていた。

 薄汚れた衣服を身にまとい、細い体を丸めるようにして意識を失っている人間の少年だ。

 信じられないことに、少年の周囲には数え切れないほどの精霊たちが群がり、彼の体を守るように淡い光の結界を張っていた。

 精霊は魔界の瘴気を嫌う。

 これほどの数が一箇所に集まることなど、数百年の時を生きるゼファリアスにとっても初めて見る光景だった。

 ゼファリアスは少年の傍らに片ひざまずき、その顔を覗き込んだ。

 雪のように白い肌は冷え切り、唇は紫に色を変えている。

 呼吸は浅く、今にも消え入りそうなほどに弱々しい。


「人間界の子供が、なぜ結界を越えてここに……。魔王様、危険です。触れてはなりません」


 カイルの制止の声を無視し、ゼファリアスは黒い革手袋に包まれた手を少年の胸元へと伸ばした。

 引き裂かれた衣服の隙間から、赤黒く焼け焦げたような複雑な文様の刻印が覗いている。

 ゼファリアスの青い瞳が、わずかに細まる。

 精霊に寵愛されるほどの異常な素質を持ちながら、その命の根源を縛り付けるような重篤な封印の刻印。

 矛盾する二つの要素を抱えたこの人間は、一体何者なのだろうか。


「……連れて行く」


 静寂を破ったゼファリアスの声は、ひどく低く、しかし有無を言わせない確かな力を持っていた。


「お待ちください! 人間などを城へ招き入れるなど、前例がありません。ましてや、これほど奇妙な術式を体に刻んだ者を……」


「余の言葉が聞こえなかったのか」


 ゼファリアスが視線だけを動かしてカイルを射抜く。

 氷の刃を突きつけられたような圧倒的な冷気に、カイルはたまらず言葉を飲み込み、深く頭を下げた。

 ゼファリアスは再び視線を少年に戻し、その細い体を両腕で軽々と抱き上げる。

 腕の中に収まった肉体は、枯れ枝のように軽く、そしてひどく脆かった。

 しかし、革手袋越しに伝わってくるその微かな体温は、永遠の冬を生きるゼファリアスにとって、火傷しそうなほどに熱く感じられた。

 少年の頭がゼファリアスの胸元にこてりと寄りかかり、銀色の細い髪が黒い外套に散る。

 精霊たちが歓喜の声を上げるように淡く発光し、二人の周囲を螺旋を描いて舞い上がった。


『不思議なものだ』


 凍りついていたはずの胸の奥底で、何かが微かに音を立ててひび割れる感覚があった。

 数百年もの間、ただ魔界を統べる歯車として己の感情を殺し続けてきたゼファリアスの内側に、名付けようのない微かなさざ波が生まれている。

 ゼファリアスは少年を抱きかかえたまま黒馬にまたがり、手綱を引いた。

 彼が背を向けると同時に、残されていた精霊の光も霧散し、荒野は再び元の死の静寂へと沈んでいった。

 ただ一つ、ゼファリアスの腕の中に残された微かな温もりだけが、これから始まる未知の変化を予感させていた。

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