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追放された欠陥品の俺、実は『精霊の愛し子』でした。孤独な氷の魔王様を万色の魔力で救ったら、激しく溺愛されています  作者: 水凪しおん


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第1話「金色の檻を抜け、凍てつく灰の地へ」

登場人物紹介


◆ルシア・フォン・ヴェルナー

「魔力ゼロ」の烙印を押され、家族から見放された男爵家の次男。

しかしその正体は、古代の魔法を操る力を持つ「精霊の愛し子」だ。

生まれつき施された重い封印のせいで力を奪われ、ただ愛情と居場所に飢えていた。

不器用なほどに素直で、一度心を許した相手にはどこまでも忠義を尽くす忠犬気質を持っている。


◆ゼファリアス・グラシエル

魔界を統べる、絶対的な力を持った「氷の魔王」。

数百年もの間、感情を凍てつかせ、誰にも心を開くことなく孤独な王座に君臨し続けてきた。

他者からの魔力供給がなければ命を落とす「魔力枯渇症」という致命的な秘密を抱えている。

冷酷な支配者として恐れられているが、その奥底には不器用で高潔な優しさが隠されている。


◆ゼフィロン

世界の均衡を保つとされる精霊王。

しかしその裏では、人間界と魔界の対立を煽り、すべてを自らの支配下に置こうと目論む真の黒幕だ。


◆レオナ・フォン・ヴェルナー

ルシアの義兄であり、人間界で優秀な魔術師として名を馳せる男。

冷酷に弟を追放した張本人だが、その行動の裏には彼なりの複雑な感情と、巨大な組織の影が潜んでいる。


◆カイル

ゼファリアスに絶対の忠誠を誓う魔族の側近。

主君の身を何よりも案じており、最初は素性の知れないルシアを警戒するが、彼の純粋な献身を前に少しずつ態度を変えていく。

◆ルシア・フォン・ヴェルナー


『俺は生まれた日から、ここに居場所なんかなかった』


 分厚いベルベットのカーテンの隙間から、ひどく暴力的な朝陽が差し込んでいる。

 空気中を舞う細かな埃さえもが、黄金色に輝いて網膜を焼いた。

 ヴェルナー男爵邸の応接室は、息が詰まるほど暖かく、そしてひどく腐敗した臭いがした。

 高級な香木が焚かれているはずなのに、鼻腔の奥にこびりつくのは甘ったるい欺瞞の臭気だ。

 マホガニーの重厚なテーブルの上を、一通の白い封筒が滑ってくる。

 乾いた摩擦音が、静寂に満ちた部屋に奇妙なほど大きく響き渡った。


「今日限り、お前をこの家の者として認めない」


 氷を砕いたような冷たい声が、鼓膜を容赦なく打ち据える。

 テーブルの向こう側で腕を組んでいるのは、優秀な魔術師として名を馳せる義兄のレオナだった。

 銀糸を織り込んだような美しい髪が、黄金の光を弾いて冷ややかに輝いている。


「魔力のない者に、ここに居る資格はない」


 一切の感情を削ぎ落とした声の冷たさが、室内の空気をさらに重く沈ませた。

 宣告を下す義兄の瞳はガラス玉のように透き通っていて、そこに俺の姿は少しも映っていない。

 視線をずらすと、部屋の隅の豪華な革張りの椅子に深く腰掛けた父の姿があった。

 父は視線を床の絨毯の模様に固定したまま、微動だにしない。

 助け舟を出す気も、別れの言葉をかける気も、彼には最初から存在しなかった。

 薄い唇がただ固く結ばれている事実だけが、この家における俺の価値を明確に示している。


『泣くものか』


 喉の奥からせり上がってくる熱い塊を、奥歯を噛み締めて無理やりに飲み込んだ。

 顔の筋肉を強引に引き上げ、俺はただ真っ直ぐに義兄の冷たい瞳を見つめ返す。

 肺の奥に溜まった淀んだ空気を細く吐き出しながら、俺は不格好な笑みを作った。

 誰かに必要とされたくて、床に這いつくばってでも役に立とうと必死に足掻いてきた十七年間だった。

 けれど、魔力という絶対の価値基準が存在するこの世界で、空っぽの器に注がれる愛情などどこにもない。

 差し出された白い封筒に、ゆっくりと指先を伸ばす。

 上質な羊皮紙のざらついた感触が、指の腹からじんわりと体温を奪っていった。

 封筒の端を握りしめると、小さな皺が寄って乾いた音が鳴る。


「今まで、ありがとうございました」


 絞り出した声は自分でも驚くほど平坦で、わずかな震えすら帯びていなかった。

 義兄の片眉がわずかに動いた気がしたが、俺はもう彼らの顔を見なかった。

 椅子から立ち上がり、そのまま迷うことなく扉へと背を向ける。

 磨き上げられた大理石の床を踏みしめるたび、足音がひどく虚ろに響いた。

 背後からは誰の声も、引き止める息遣いすら聞こえてこない。

 重い木製の扉を押し開け、廊下へ出た瞬間に肌を刺したのは、春とは思えないほどの冷たい隙間風だった。




 荷物と呼べるものは、背中に負った小さな革の鞄一つだけだった。

 着の身着のままで屋敷を追い出された俺の足は、ただ人目を避けるように王都の喧騒から遠ざかっていた。

 石畳の道は徐々に舗装を失い、やがて乾燥した土とひび割れた岩ばかりが続く荒れ地へと姿を変える。

 空の色が、温かみのある青から徐々に生気を失った鈍色へと濁っていく。

 太陽は厚い雲の向こう側に隠れ、地上にはただ影のない均一な薄暗さだけが広がっていた。

 冷たい風が吹き抜けるたび、薄い上着越しに体温が容赦なく奪われていく。

 指先はかじかんで感覚を失い、呼吸をするたびに肺の内側が刃物でえぐるように痛んだ。

 視界の先には、灰色の霧が立ち込める広大な荒野が口を開けて待っている。

 人間界と魔界を隔てる境界、灰の荒野。

 普通の人間が足を踏み入れれば、吹き荒れる魔力の嵐に肉体を削られて死に至る不毛の地だ。


『どうせ行く当てもないんだ』


 ひび割れた唇を噛み締め、重くなった足を引きずるようにして前へ進む。

 死にたいわけじゃない。

 ただ、あの腐ったような金色の光が満ちる人間の街には、俺が呼吸できる場所はもう少しも残されていなかった。

 境界を示すように地面の土が黒く変色し、空気の密度が劇的に変わるのを感じる。

 目に見えない巨大な壁が、俺の行く手を阻むようにそびえ立っていた。

 人間と魔族を分かつ、強固な結界だ。

 俺がその不可視の壁に一歩近づいた瞬間、胸の奥底で何かが激しく脈打った。


『なんだ、これ』


 心臓の鼓動とは違う、ひどく熱くて重い拍動が、皮膚の下で暴れ回る。

 幼い頃から胸元に刻まれている、醜い火傷のような刻印。

 それが突如として青白い光を放ち、薄い衣服を透かして周囲の暗闇を照らし出した。

 焼けるような痛みが全身を駆け巡り、俺はたまらずひざまずき、崩れ落ちた。

 喉から掠れた悲鳴が漏れ、地面の黒い土を強く握りしめる。

 光を放つ刻印に呼応するように、眼前の強固な結界が水面に波紋が広がるように揺らぎ始めた。

 微かなガラスの割れるような音が連鎖し、空気を歪めていた不可視の壁が、俺の身体を受け入れるようにゆっくりと開いていく。


『ここが、あなたの始まり』


 鼓膜を通さず、脳の奥底に直接響くような透き通った声が聞こえた。

 風鈴の音色にも、清らかな水のせせらぎにも似た、ひどく懐かしくて優しい響きだ。

 痛みに霞む視界の端で、淡い光の粒がいくつも空中に浮かび上がり、俺の周囲を踊るように飛び交っている。

 それは古い童話でしか読んだことのない、精霊の姿そのものだった。

 彼らが微かに歌うたび、凍えるような空気に一瞬だけ春の温もりが混じる。

 結界の向こう側から吹き付けた凄まじい風が、俺の身体を容易く吹き飛ばした。

 地面を何度か転がり、硬い岩肌に肩を打ち付ける。

 鋭い痛みが脳を貫いた直後、全身の感覚が急速に遠ざかっていった。

 肺に流れ込んでくる魔界の冷気が、残されたわずかな命の灯火を吹き消そうとしている。

 重くのしかかる瞼の隙間から、灰色の空から舞い落ちる冷たい雪の結晶が見えた。

 俺の頬に触れたそれは、一瞬の冷たさを残してゆっくりと溶けていく。

 誰かの足音が、静寂に包まれた荒野の向こうから微かに響いてきた気がした。

 それが幻聴なのか現実なのかを確かめる前に、俺の視界は完全な暗闇へと沈み込んでいった。

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