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追放された欠陥品の俺、実は『精霊の愛し子』でした。孤独な氷の魔王様を万色の魔力で救ったら、激しく溺愛されています  作者: 水凪しおん


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第11話「金色の刃が切り裂く、呪われた盤上」

◆ルシア・フォン・ヴェルナー


『あの日の俺は、もうどこにもいない』


 黒馬が虚空を蹴り、空間の壁を突き破る。

 圧倒的な加速に視界が歪み、胃の腑がねじれるような感覚に襲われた。

 ゼファリアス様の外套に顔を押し付け、必死に吐き気を堪える。

 数分とも数時間ともつかない跳躍の果てに、唐突に足元に硬い地面の感触が戻ってきた。

 目を開けると、そこは分厚い雲に覆われた荒野だった。

 人間界と魔界を隔てる境界線、俺がかつて倒れていた灰の荒野だ。

 しかし、以前の静寂は見る影もない。

 大地は激しくひび割れ、黒い瘴気と金色の光が狂ったように交差して荒れ狂っている。

 教団が放つ均衡の儀の余波が、境界そのものを引き裂こうとしているのだ。


「ここから先は、結界が強固で馬では進めない」


 ゼファリアス様が黒馬を空間に還し、地面に降り立つ。

 俺もそれに続き、荒れた大地を踏みしめた。

 空気がひどく重く、呼吸をするたびに肺が焼け焦げるような痛みを感じる。

 前方にそびえ立つのは、巨大な光の柱だ。

 あれが、星詠み教団が作り出した強制的な封印の術式なのだろう。


「行くぞ」


 ゼファリアス様が短く告げ、歩き出そうとした瞬間だった。

 俺たちの前方の空間が歪み、黄金色の魔力陣が展開された。

 眩い光の中から姿を現したのは、銀糸の髪をなびかせた白装束の魔術師たちの集団。

 その先頭に立つ男の顔を見て、俺の足が反射的に止まった。


「ここを通すわけにはいかない」


 氷のように冷たい声。

 義兄、レオナ・フォン・ヴェルナーだった。

 手には白銀の装飾が施された長い杖を握り、瞳には一切の感情が浮かんでいない。

 彼の背後に控える魔術師たちが、一斉に攻撃魔法の詠唱を開始する。


「どけ。貴様らに構っている暇はない」


 ゼファリアス様が右手を軽く振るうと、地面から巨大な氷の棘が数え切れないほど突き出した。

 魔術師たちの詠唱が悲鳴に変わり、陣形が崩れる。

 しかし、レオナだけは氷の棘を黄金の盾で弾き返し、一歩も退かずに立ち塞がっていた。


「愚弟よ。大人しく私の元へ戻れ。お前は教団の礎となるために生まれたのだ」


 レオナの言葉が、かつてのトラウマを呼び起こすように胸をえぐる。

 だが、俺はゼファリアス様の背中に隠れることをしなかった。

 一歩前に出て、レオナを真っ直ぐに見据える。


「俺は戻らない。誰の礎にもならない」


 俺の声は、自分でも驚くほど低く、落ち着いていた。

 レオナの眉間がわずかに動いた。


「強がっても無駄だ。お前の力は教団の術式に縛られている。抵抗すればするほど、命を削るだけだ」


 レオナが杖を振り上げ、俺に向けて巨大な火炎の球を放ってきた。

 灼熱の熱波が周囲の空気を歪め、一瞬で距離を詰めてくる。

 ゼファリアス様が氷の壁を出そうとした時、俺は無意識に手を前に突き出していた。


『やめろ』


 俺の心の中の強い拒絶が、万色の魔力となって具現化する。

 火炎の球は俺の手前でピタリと静止し、そのまま音もなく霧散してしまった。


「なっ」


 レオナが驚愕に目を見開く。

 俺自身も、自分の手のひらを見て驚いていた。

 教団の魔法の構造を、俺の魔力が本能的に理解し、分解してしまったのだ。


「俺は教団に、お前の才能を殺すよう命じられていた」


 レオナが杖を下ろし、ひどく掠れた声でつぶやいた。

 その顔からは、いつもの冷徹な仮面が剥がれ落ちている。


「お前が生まれた日から、お前は教団の監視下にあった。優秀すぎる力を持つ愛し子は、教団の脅威になるからだ」


 彼の言葉は、告白のようでもあり、懺悔のようでもあった。


「私はお前を虐げ、無能だと洗脳し、家から追い出すことで、お前を教団の目から隠そうとした。だが、無駄だった。お前が魔界へ落ちたことが教団幹部に知られ、連れ戻すよう命じられたのだ」


 レオナは自嘲するように笑った。


「別の刺客が送られれば、お前は殺されるかもしれなかった。だから、私が志願して迎えに行くしかなかった。お前を騙し、悪役を演じきってでもな」


 レオナの瞳には、長い間隠し続けてきた苦悩が滲んでいた。


「でも俺は、ずっとお前のことが怖かったんだ。どんなに虐げられても、私を兄と呼んで慕ってくる、その純粋さが。正直に言えなかっただけだ」


 その言葉を聞いて、俺の胸の中にあった硬いしこりが、音を立てて崩れていくのを感じた。

 彼もまた、教団という巨大な歯車に組み込まれた被害者の一人だったのだ。

 俺を憎んでいたわけではない。

 ただ、どう接していいかわからず、恐れていただけ。


「兄さん」


 俺が呼びかけると、レオナは顔を背けた。


「私はお前の兄ではない。教団の犬だ」


 彼は背後の魔術師たちに向き直り、杖を高く掲げた。


「全員、撤退しろ。これ以上、この者たちを阻むことは許さん」


 魔術師たちが動揺の声を上げる。


「レオナ様、それは反逆です」


「構わん。私の責任だ」


 レオナは杖の石突きで地面を強く叩き、黄金の壁を展開して魔術師たちの退路を作った。

 彼は最後に一度だけ俺を振り返り、悲しげな瞳を向けた。


「行け、ルシア。お前の運命を、お前の手で切り開け」


 俺の復讐の標的は、兄さんではなかった。

 兄さんを操り、俺を道具にしようとしたこの世界の構造そのものだ。

 俺は深く頷き、ゼファリアス様と共に光の柱へ向かって駆け出した。

 背後でレオナの姿が黄金の光に包まれ、見えなくなっていく。

 和解とも決別ともつかない、不器用な別れ。

 しかし、俺の中で何かが完全に終わった音がした。

 もう、過去に囚われることはない。

 俺の足取りは、羽が生えたように軽くなっていた。

 荒れ狂う暴風の中を、俺たちは黙々と進む。

 巨大な光の柱が近づくにつれ、空気の密度が異常に高まっていく。

 ゼファリアス様が先頭に立ち、襲い来る瘴気と光の波を氷の刃で次々と切り裂いて道を作る。

 彼の背中は頼もしく、一切の迷いがない。


「ルシア、離れるな」


 彼が腕を伸ばし、俺の手を強く握った。

 その手の冷たさが、今の俺にはひどく温かく、心地よかった。

 光の柱の根元には、複雑な幾何学模様の魔法陣が刻まれている。

 そこから立ち昇る光の粒子が、空の雲を突き抜けて宇宙まで届いているように見えた。


「これが、ゼフィロンの支配の要だ」


 ゼファリアス様が氷の剣を生成し、魔法陣の中心に向かって突き立てようとした。

 しかし、剣先が魔法陣に触れる直前、目に見えない反発力によって弾き飛ばされる。


「物理的な破壊は不可能か」


 彼は舌打ちをし、剣を消し去った。

 俺の胸の刻印が、魔法陣の光に呼応するように激しく熱を発し始めている。


「俺が、やります」


 俺はゼファリアス様の手を握り返し、魔法陣の前に進み出た。

 この術式は、俺の魔力と同質の構造を持っている。

 俺にしか、これを解くことはできない。


「危険だ。術式に飲み込まれるぞ」


 彼が俺を引き止めようとする。

 俺は振り返り、彼に向けて最高に強気な笑顔を作ってみせた。


「信じてください。俺は、あなたの傍に帰りますから」


 俺の言葉に、彼は息を飲むような仕草を見せ、そしてゆっくりと手を離した。

 俺は深く深呼吸をし、燃え盛る魔法陣の中央へと足を踏み入れた。

 足元から這い上がってくる強烈な光が、俺の体を飲み込んでいく。

 世界が真っ白に染まり、俺の意識は光の渦の中へと溶け込んでいった。

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