第79話 準決勝の異変
アナウンスが流れ、とうとう準決勝が始まる。
ケンティは黙って舞台上を見詰めていたが、視界の端に黒フードと一つ前の試合で敗北したはずの紺色フード二人が見えて少し落ち着かない。
「ふぅ……ダメよ、見守る側も平常心……」
深呼吸をしていると、会場の声が一段と大きくなった。
出場者が登場したからである。
最初に舞台に上がってきたのは紺色フードだった。
腰のベルトの左右には二本のショートソードを差し、小型のナイフも三本ほど見えた。
腕を組み、勝気そうな笑みがフードから見える口元で窺えた。
とっ、とっ、とっ…………
少しして舞台にゆっくりと上がってきたのはボウガだった。
腰の左側にはロングソードを差しているが、後ろにもショートソードを携えている。
ボウガは顔をやや下に向けて表情もわからず、目の前の相手も見ていない。
『東、チェリ王女殿下“代理”、158番!!』
ボウガが呼ばれ、
『西、サーセンデス公爵子息“代理”、6番!!』
紺色フードの6番が呼ばれた。
こちらの世話で精一杯で今までちゃんと聞かなかったので、この紺色フードがサーセンデス公爵子息……つまり、ハゼロの“代理”であることを初めて知った。
しかし、ケンティやリザードマン兄弟には今はそんなことどうでもよい。
「ボウガ……なんか、怒ってたのかなぁ?」
「どうだろう。ずっと黙り込んでたなぁ」
「勝つことだけ祈りましょう」
心配なのは、ボウガの様子がおかしくなったことだけだ。
「………………」
紺色フードと向き合ったボウガは、腰からロングソードだけを抜いて構えた。
いつもなら剣は一本だけで、予備としてナイフをいくつか所持するのがボウガの基本装備だった。
もしくはショートソード一本にして、もらったポイントで『エリクサー』と交換して体力を万全にして臨むものかと思っていた。
――――腕はまだ、かなり痛むはずなのに……迷わずロングソードと取り換えてくるなんて。
誰にも相談せずに、痛みよりも攻撃を取ったのだ。
――――いつものボウガくんなら、何か一言あってもよかったのに……
「両者、前へ!!」
審判が声を掛ける。
同時に、紺色フードの6番が二本のショートソードを両手に持つ。彼は双剣の使い手だった。
二人が向き合ったのを確認すると、審判が高々と片手を挙げながら叫ぶ。
「始めっ!!」
タンッ
掛け声と同時に動いたのはボウガの方だった。
真正面から相手目掛けて、鋭く剣を突き刺しにいく。
雑魚ならこれで倒せるくらいの一撃であったが、6番はその攻撃を片方で弾き、もう片方で反撃を繰り出した。
ボウガもその反撃を後ろへ引いてかわし、そこからは下がることなく剣を振ってさらに前へと踏み込んだ。
「なっ、このっ……!!」
「…………」
そこから剣での打ち合いが続くが、双剣の6番よりも、ロングソード一本で攻撃を捌くボウガがやや優勢に見えた。
「「……珍しい」」
ケンティとバグナが同時に呟く。
何故ならいつものボウガは、初見でかなりの雑魚でない限りは、相手の出方を見極めてから反撃するのが攻撃のパターンだった。
相手から間合いを詰めさせて、その間に自分の体勢を整えて相手の隙を突くように反撃する。
一見、消極的に見えるが、実は気を溜めてからの動きであり、相手が焦って攻撃してくるのを迎え打っていたのだ。
この作戦は腕に多少の自信がある相手に使う。例えば一つ前の紺色フードの14番のような、臆せずに先手を狙ってくる相手には有効だ。
だから、この紺色フードの6番がある程度の実力があることは判っていたし、いきなり分かりやすく攻めていくのはボウガらしくないと思った。必ず、初手は当たらないのを判っていたはずだからだ。
「ボウガくんが積極的に打ち合っているのって、そんなに見たことないわ」
「あいつって、無自覚に飄々と相手を倒してる印象なんだよな…………なんか、今日のは……」
バグナが言いかけた時、アンクスが首を傾げて口を開いた。
「なんか、騎士団に来た最初の時のボウガみたいだな?」
「「え?」」
「ボウガ、わざと派手にやってんじゃねぇかな?」
まだ子供で見習いのアンクスだが、彼はいつもボウガの訓練の様子を見ていた。
「今日ほどじゃねぇけど、あの時のボウガもちょっと怖かったなぁ」
「あの時……」
ケンティはボウガが初めて騎士団に来て、人工の魔物を倒していった時のことを思い出した。
まるで、そこにいた人間に自分の実力を見せ付けるように、次々と魔物をあっという間に倒していった。わざと時間を掛けずに、タイムアタックをしていたのだ。
“オレは、周りを黙らせられましたか?”
あの時のボウガは、チェリのために周りの騎士たちに認められようとしていた。
――――じゃあ、今は誰に対して見せているの?
会場にいる一般客は黙るどころか、二人の剣技に盛大に盛り上がっている。強ければ、単に喜んで観戦しているだけだ。
チェリたち以外の王侯貴族たちはただの娯楽として見ている。戦士が強かろうが弱かろうが、自分の“代理”でなければ興味を持って観てはいない。
ボウガが強ければ“黙る”相手。
それは、今戦っている紺色フードだ。
彼は始まる前、ボウガに難癖をつけてきた。
さっきも舞台に上がってきた時には、口元に笑みさえ浮かべて余裕の表情だった。
何故か6番はボウガを下に見ていたのだ。
それが今は、剣一本で打ち返してくるボウガに対して、フードから見えるその口元は焦りのために引き攣っている。
ガキィイインッ!!
ボウガが双剣の片方を大きく弾き、6番が少しだけよろめいた。
しかし、
「………………」
絶好のチャンスであったはずなのに、ボウガは黙って一歩後ろへと下がった。
「なっ……!?」
すぐに体勢を立て直した6番が見たのは、距離を取って悠然と剣を構えるボウガだった。
6番が戦えるように待っていたのだ。
「は……?」
「………………」
「お前っ!!」
6番はギリッと歯を食いしばり、再びボウガへと向かっていった。
……………………
「な、あいつなんなのっ!? 完全に舐め腐ってるじゃん!!」
舞台下にいた紺色フード14番が怒りの声をあげた。それは少し離れていたケンティたちにも聞こえてくる。
「あー……確かに、あれは完全に挑発だよなぁ」
「本当に、ボウガくんらしくない動きだわ……」
紺色フード仲間が怒るのも無理はない。
ボウガの動きは完全に6番を試しているような、転がしているような戦い方になっていた。
「なんで倒さねぇんだろーな? ボウガも、さっさとやっちまえばいいのに……」
「……勝てる相手なんだよなぁ」
先ほどから何度か、6番に致命傷を与えられる場面があった。バグナたちでさえそう思うのだから、黒フードや紺色フードたちにはすぐに判っただろう。
明らかに6番よりもボウガの方が強いのだ。
おちょくられてると感じても仕方ない。
自分が馬鹿にされていると気付いたのだろう。
「ーーっ!! ー……ーー!!」
6番がボウガに向かって何かを叫んでいたが、舞台下にいるケンティたちには聞こえない。
そして、6番が双剣を構えて再びボウガへと向かっていく。怒りのせいか、今まで一番力が入っていて、動きも素早くなっているように見えた。
今度はボウガが少しずつ後退しながら剣を受け始めた。本気を出した6番が押していく。
「が……頑張れー!!」
「よっしゃ!! 押せっ!!」
紺色フードの仲間二人が声援を送っている。
一方、黒フードは離れた場所で壁にもたれて無言で戦いを見ていた。
押されて下がっていくボウガに、6番の口元は嬉々として何かを言っている。
しかしボウガは口を結んだまま、激しく打ってくる6番の剣をひたすら受け流していく。
「「「……………………」」」
盛り上がっている会場と紺色フードの陣営とは反対に、ケンティとリザードマン兄弟は打ち合いを黙って見詰めた。
ボウガが相手の様子を見るのはいつもの事なのに冷や汗が止まらない。
やっぱり……ボウガがなんか怒っている……!?
いつもは感じない雰囲気がビリビリと伝わって、三人は何も言えずに立ち尽くした。
理由はさっぱりわからない。
紺色フードたちも気付いていないようだが、打ち合う度にボウガの方から殺気のようなものが流れてくる。
「た……たぶん、次で勝負が……決まると思う」
「そ、そうね……」
「ひぇ……」
やっと声を絞り出し、三人は決定的な場面を見逃さないように舞台から目を離さない。
やがて、受け流す一方だったボウガが一瞬だけ片足で踏みとどまった。
パァンッ!!
派手な音がして、折れた剣の刃が空中に飛ぶ。
「っ……!?」
折れたのは6番の片方のショートソードだった。
しかし、ここで6番も攻撃をやめる訳にはいかない。すぐにもう片方で切り付けるが……
ガキッ……!!
剣が押さえられ、
「…………」
突然6番の身体から力が抜けたように、その場に崩れ落ちた。
………………
「何……?」
一秒もない間に、6番は状況を知ろうと逡巡する。
自分のショートソードの一本が折れるのを見た。
相手は攻撃後で隙ができるし、例え一本でもすぐに反撃に出れば致命傷でなくともダメージは与えられると思った。
しかし剣は直後に押さえられたと同時に、胴体に冷たい感触が走った。
…………ドサッ。
自分がその場に崩れ落ちたのを理解するのに数秒掛かる。
「は……? なんで……」
腹の辺りが冷たいので手を伸ばして触ると、服が避けて肌が露出していた。さらにそこがキラキラと光が漏れている。
「これは『生命の護符』の……!?」
理解してサァッと血の気が引く。
石畳からやっと顔を上げて見ると、さっきまで自分が追い詰めていた相手が立っていた。
両手にロングソードとショートソードを握って。
「…………双剣……?」
だから、防御と攻撃が同時に?
自分と同じ剣技を使われたことに、羞恥と怒りで顔が熱くなっていった。
………………
「勝負あり!! 勝者、158番!!」
倒れている6番の様子を窺ってから、審判が高々と勝利を告げた。
「…………ふぅ……」
審判の声に、ボウガはため息をついて二本の剣をそれぞれの鞘に収めた。
試合が終わったということに安堵して、身体の力が抜けていく。自分は必要以上に緊張していたのだと実感した。
「…………おーい……!」
舞台下からアンクスが手を振っているのが見えた。
何となく、顔に困惑の色が浮かんでいるのに気付いて、ボウガは少し苦笑いをする。
――――たぶん、心配させたかな……
今の試合には思うことが沢山あるだろう。
今はちゃんと説明はできないが、みんなと話はしないといけない。
ボウガが仲間の所へと向かおうと歩き出した時、
「……お前!! 許さないからなっ!!」
近くで怒鳴られ、目の前に何かが迫ってきたのが見えた。
ザクッ!! バシィッ!!
「ぐっ……!?」
咄嗟に身を守った時、見えたのは三本のナイフだった。
一本目は当たらず、二本目は顔を庇ったボウガの右腕に突き刺さっていた。
そして、三本目は――――
カシャン! パサッ。
ボウガの被っていた帽子型の兜と、三本目のナイフが足元へと落ちる。
頭を隠していたものが無くなり、丸い耳と茶色の髪の毛が顕になった。
「あ…………」
腕から血が滴るが、そんなことよりも下に落ちている兜に視線が向いて、全身が冷えて固まっていく感覚に襲われる。
「…………【無色透明の民】だ」
大勢の観客の中、その一言がやたら大きく聞こえた。




