第80話 隠れた正体
“【無色透明の民】のお前が、表舞台にでてくるんじゃねぇよ!! お前など日陰で消えてしまえ!!”
記憶の無い中で時折り浮かぶ台詞がこれだった。
図書館から戻ってから、ボウガはたまに疑問に思っていた。
自分の記憶喪失の理由が“都合の悪いこと”を忘れるためならば、何故この台詞だけ思い出したのか?
しかし考えてもすぐに気にならなくなる。
そう、疑問に思ったのはたまにだったから。
記憶のない今の状態でも、ボウガは居心地良く過ごしているし、色々な制限はあったとしても苦にはならず、衣食住は確保されていて話し相手も多くいる。
そして何より、自分の記憶が戻ることで何か不利益があるなら、今のままで生きていってもよいと思える人がいる。
だから、このまま平穏な日が続けば……
そう願っても、やはり心のどこかにはあの台詞が顔を覗かせている。
――――記憶が問題ではない。自分が【無色透明の民】だという事実は消せない。
きっとあの台詞は、どこへ行っても変えられない自分の境遇を教えるためのものだ。
記憶が有ろうが無かろうが、自分が【無色透明の民】だということから目を背けてはならないという戒めだったのかもしれない。
………………
「…………【無色透明の民】だ」
群衆を前に、その言葉が胸に突き刺さる。
記憶を失くして、自分が【無色透明の民】であることも、その意味さえも忘れてしまった。
しかし、誰かが一目見ればそれはすぐに判るし、何をしようとも変えられない現実である。
「ふぅ……」
諦めと共に顔の下半分を隠していた布も外す。息苦しかったものから全部解放された気分だ。
だが完全に顔を晒した瞬間、会場から一気に歓声があがった。
「すげぇな!!【クリア】なのに、ここまで戦ったのかよ!?」
「兄ちゃん、頑張ったな!!」
「決勝がんばれよーっ!!」
――――へ……?
多少の戸惑いの声もあった気もするが、わあわあと掛けられる大声の大半が励ましや感嘆だった。
――――オレが【クリア】でも良いんだ……
それは初めてギルドでオークをぶん投げたあとの好意的な声と同じで、弱いと思われた【クリア】の認識が変わった驚き混じりの感情である。
――――チェリのために出てきたけど、守りたいと思ったのも、試合で戦うと決めたのも自分の意思だ。
「……ははっ……」
思わず笑いが込み上げた。
心配も不安も、勝手に自分が作ったものだ。
世の中というのは、良くも悪くも自分の想像通りにはならないものだと思う。
「君、大丈夫かい!?」
「え?」
「腕から血が……!」
「あ……」
審判が声を掛けてくるまで、右腕にナイフが刺さっていたのを忘れていた。
ナイフは腕に2センチ近くの深さの傷になったが、思ったよりも血は出ていない。
――――後で『エリクサー』と取り換えるし、この傷もついでに治るよな?
「痛みますが、大丈夫みたいです」
「そうか……」
審判は状態を確認した後、ナイフを投げた6番に向かう。
「“代理”の6番! 試合終了後の相手への攻撃は、傷害として罪に問われる! 君の身柄は騎士団の預かりに……」
「…………なんでだよ……」
「何を…………うわっ!?」
6番は立ち上がると審判を突き飛ばし、ボウガへと詰め寄ってきた。
「なんで……お前がいるんだっ!!」
フードから見えている口元が怒りで震えているのが見えた。
「何で、お前がここに立っているんだっ!! どうやって、お前なんかがおれに勝ったんだよっ!?」
「………………」
「答えろ、ボウガっ!! お前みたいな【無色透明の民】が、おれに勝つなんて有り得ないだろっ!!」
「っ……」
頭の中で何かが、ガチンと繋がった気がする。
「何とか言えっっ!!」
黙って立ち尽くすボウガに6番が掴みかかろうとした。
しかし、その手をひらりとかわして、ボウガは6番の腕を掴んで足を踏ん張る。
「オレもあんたに聞きたいことがある。でも……」
「なっ……!?」
「決勝が終わるまで待っててくれ」
身体を反転させて、思いっきり6番を場外へとぶん投げた。だいたい5メートルくらいの距離だ。
ドガッ!!
「ぐぁっっ!!」
6番は舞台外の会場の壁に叩きつけられ、ズルズルと地面へと崩れ落ちて動かなくなった。
ワァアアアアアッ!!
会場の観客は喜んで盛り上がっていた。
歓声を聞きながら、ボウガはハッとして審判の方を見る。突き飛ばされた審判は、立ち上がって服の埃を払っていた。
「あ、すみません。今のは…………」
「ゴホン! あー……正当防衛ってことにしましょう」
「……ありがとうございます」
ホッとして、自分が投げた男のことなど気にしないようにして舞台から降りていった。
………………
「うわぁっ!?」
「ぎゃあああっ!?」
紺色フードと黒フードの横を、ぶん投げられた6番が通り過ぎていく。
壁に叩きつけられた仲間を見て、紺色フードの二人は悲鳴をあげた。
「か、『カトラ』っ!!」
「大丈夫かっ!?」
すぐに地面に倒れた6番に駆け寄り、震えながらも生存確認をした。
「あ、あれ、ボウガだよねぇ? あのボウガだよねぇ!?」
「た、確かにボウガなんだけど…………」
「あいつって、あんなに強かったっけ!?」
「いや、それは………………ひぃっっ!?」
「ぎゃあっ!?」
「ちょっと、お嬢ちゃんたち? そのお話、聞かせてもらえないかしら?」
「お前ら、あいつと知り合いか?」
ぬぅんと、紺色フードの頭上からケンティとバグナが覗き込んだ。
ケンティは笑顔だが、こめかみ付近に浮き出た血管から迫られた二人は恐怖でさらに震えが止まらない。
だがその時、黒フードの人物がケンティと紺色フードの間に入ってきた。
「騎士殿、申し訳ない。その話は決勝戦が終わった後にしてもらえないだろうか?」
「でも、こちらにも被害が……」
「頼む。それにここで私たちが追求されれば、試合自体が中止にされるかもしれない。あなたもそれは困るだろう?」
「………………」
黒フードの人物とその周りは、確実にボウガのことを知っている。
ケンティもそう確信したのに、黒フードの頼みを断ることは『御前試合』を止めることになる。
騎士として、女王陛下の見守る【祭典】の行事を滞らせることはできない。
「……その気絶している人の身柄を、私たち騎士団へ引き渡してくださるなら」
「承知した。『テレク』、『ピルム』。私の試合が終わる前に控え室へ『カトラ』を運んでおけ。騎士団の方がいらっしゃるまで、見張りをたてておくように」
「は、はい!」
「わかりましたぁ!」
黒フードが紺色フードの二人に命じると、二人は仲間を抱えて早足で会場から出ていく。
直後、係が黒フードを呼びにきたので、彼はケンティに一礼をして舞台へと上がっていった。
「……あとは、ボウガくんの心配だけよね」
「ええ。思い出したことがあれば、聞いておきたいですね」
ケンティとバグナは、試合を見ているボウガとアンクスの所へと向かった。
………………
黒フードの試合は準決勝とは思えないほど、あっさり終わってしまった。
昼前から始まった『御前試合』だが、すでに夕方になっていた。
そこから決勝戦は二時間後、日没後に行われることになる。
「ボウガが『グラム王国』の関係者……?」
「えぇ。確実かと……」
「あいつが、黒フードの奴の……」
アロは大きく息をついて天井を見上げた。
チェリは黙ってケンティが持ってきた報告書を見ている。
ここはコロッセオ内に有る、要人が使う部屋の一つだった。
ケンティが重要な報告があると言うので、アロとチェリはこちらに移動して話を聞いている。
アロとチェリの他には、ケンティとリザードマン兄弟が来ていた。
「ボウガくん、準決勝の前に何かを思い出したみたい。対戦相手の6番と関係があるかもしれない……」
「本人から聞かなかったのか?」
「何も教えてくれなかったわ。決勝戦に集中したいって……今はひとりで控え室にいます」
ケンティは試合後すぐに、ボウガの行動について問い質した。しかし、ボウガは顔を逸らして答えることはしない。
『ごめんなさい。その話は決勝戦が終わった後にしてください』
そう言った姿が黒フードの人物と重なる。
――――背格好も似ているのよね。よくよく考えれば、予選の時に会ったのも偶然じゃなかったのかも……
黒フードがボウガを見ていたからこそ、チンピラに絡まれた時に助けに入ってきたのだ。
「グラム王国……まさか、そうきたか……」
アロが呟いて片手で顔を覆う。
「グラム王国の詳細は、チェリ様がお読みになっている資料で全てです。国の規模や主な『人種』がそれです……」
バグナがいつになく神妙に言う。続けてケンティが資料を基に口を開く。
「ボウガくんは【クリア】だから、ちゃんと身元を調べないと確実ではないけど…………十中八九、グラム王国の主要『人種』の出身だと思うわ」
きっと黒フードはその『人種』だ。
「アロ様たちはきちんと学ばれているのでお分かりかもしれませんけど、この『人種』は【精霊族】の歴史では『裏切りの一族』と呼ばれています」
「《………………」》
100年前に終結した【種族間戦争】で【精霊族】側の前線にいたのにも関わらず、途中で【魔神族】側についたのがこの『人種』だった。
魔法が主力だった【精霊族】の中で、魔法無しで強力な武力で対抗できる者たち。
一時は少数ながらも、この『人種』がいたから【魔神族】を押すことも可能だった。
しかし彼らは突然、不戦を掲げて相手の陣営へと下ってしまったのだ。
そのため【精霊族】の軍は一気に崩れ、戦況は大きく傾いていったという。
これが【精霊族】が負けた大きな要因の一つだと云われている。
「はぁ…………あいつの馬鹿力と馬鹿戦闘力が、ここからきてるなんて。言われると納得するんだけど……」
アロはチラリと隣りにいるチェリを見た。チェリは資料から目を離さずに、何度も読み返しているようだった。
もしも、本当にボウガがこの『人種』だと判明すれば、頭の硬い年配の貴族や高官たちから婚約を反対されるかもしれない。
「あの……もうひとつ、いいだろうか?」
会話が途切れたのを見計らって、バグナがそろりと手を挙げる。
「これは……仲良くなった【獣人族】から聞き出したことなんだけど…………」
バグナは町の情報だけでなく、たまに城に出入りする際にそこの使用人とも仲良くなって話を聞いたりもしていた。
「城に三十年仕えている『犬の獣人』のじいさんの話なんだ。その人、厨房から料理を客に運ぶ仕事でさ……」
『犬の獣人』は鼻が良いことが見込まれて、仕上げから配膳までにおかしな点がないか確認していく役目だ。
それを三十年。
彼は城に来た何千という要人のほとんどを“匂い”で覚えている。
「もちろんグラム王国の人間も覚えていて、何年か前に子供だった王太子が母親とプライベートで、女王陛下の会食に招かれたことがあったらしいんだ」
「王太子っていうとあの人か……」
観覧席に居た、黒い軍服のような姿の男性。
ボウガが晩餐会で見かけた王子だ。
「それがさ、今回来ている王子は“別人”だって言っていて……」
「別人? 身代わりとか?」
「おそらくな。そんで、そのじいさんが絶対に違うって言い張るから…………ちょっと、試してみたんだ」
バグナはポケットから包帯のようなものを取り出す。
「これは騎士団の訓練で、模擬刀の柄に巻く滑り止めの布だ…………それで、その……」
そこまで言ってバグナが言葉に詰まった時、アンクスが布を見てパッと顔を上げた。
「あ! それって兄貴に言われて、おれっちが持ってったやつだ!」
「アンクス……それ、誰のを持ってきたのかしら?」
「おう! ボウガが使ってたやつ!」
「「「………………」」」
アンクスの返答に全員がバグナを見る。
「えっと、そのぉ……」
「……“あたり”……?」
「…………はい」
しばしの沈黙が部屋を支配した。




