第78話 心の底にあるもの
「……はぁ!? 何、今のっ!!」
舞台上、床に倒れていた14番がガバッと勢い良く起き上がった。
「こいつっ! 絶対倒してや……」
「あ、ダメですよ。あなた、もう負けね」
「へ……?」
「今の一撃で『生命の護符』は壊れているはずだよ」
近くに来ていた審判の男性に言われ、14番は首に掛けていた紐を引っ張る。金色のコインは真ん中に穴が空いて、ぐんにゃりと折れ曲がっていた。
そして胸と背中、破れた服の隙間からキラキラと光が漏れている。背中から胸に剣が貫通していたからだ。
「嘘…………あたし、負けたの……?」
「勝者、158番!!」
審判が正式に勝利を告げる。
宣言を聞いて、ボウガはホッと胸を撫で下ろした。これを言われないと舞台から降りられないからだ。
ポイントの札をもらい、ボウガが後ろを向いて階段から降りようとした時だった。
「おい!! 待てこら、てめぇっ!!」
背後から乱暴に声を掛けられた。
ドスドスとわざとらしい足音に思わず振り向くと、紺色フードの14番が大股でこちらに近付いてきていた。
「あたしが負けるなんて……てめぇ何の『人種』だ、顔と頭見せろコラァ!!」
「あ、君! やめなさい!」
審判が止めるのも聞かずに14番はボウガの頭を隠している帽子型の兜へと手を伸ばす。
その時、
「―――やめないか」
「っっっ!?」
舞台の端から低い声が響く。そんなに声量があった訳ではないのに声は14番とボウガに的確に届いた。
声の主は黒フードの人物だ。
「敗者は下がれ。相手の勝利に水を差すな」
「…………は、はい」
抑揚のない命令口調に、14番は声を震わせてすごすごと舞台から降りていった。
それを見ながら、ボウガもすぐにケンティたちのところへ向かう。
「ボウガ、やったな! 紺色フードなんて敵じゃねぇーな! 一つ前のよろいの奴の方がよっぽど強かったよなー!」
「いや……あれは……」
「大丈夫か? けっこう攻撃を捌いていたけど、腕にひびいてないか?」
「う……うん、大丈夫」
明るく出迎えるアンクスと心配してくれるバグナに、少しホッとして緊張した身体が解れていく感じがした。
――――でも、さっきの感覚は何だろう? オレはあの子と戦ったことがある……のか?
舞台から離れた会場の端、壁に寄りかかって休憩を取るために座った。
「………………」
「どうしたの? 腕、まだ痛む?」
ケンティが飲み物を持って声を掛けてきた。
「腕はまだ痛みますけど……その、さっき変な感じがあって…………」
「変な感じ?」
「オレ、あの人たちと……」
うぉおおおおおっ!!
“戦ったことがあるかもしれない”と言いかけた時、会場全体が異様に盛り上がった。
「うわっ、あれ紺色フード同士の戦いだぞ!」
次の試合が始まって、アンクスが興奮した様子で指を差す。
紺色フード同士の対戦なら他にもあったのだが、何故にこんなに盛り上がるのか?
「すげ……やるじゃねぇか……」
「まぁね。そこそこよ……」
バグナやケンティも顔を険しくして観ているので、ボウガも立ち上がって舞台に視線を向ける。
舞台では二人の紺色フードの戦いが繰り広げられていた。
先ほど見掛けた、ボウガと同じような背丈の者と、少し身体の大きい者だ。
確かに二人とも素早さも繰り出す攻撃も鋭く、その辺の騎士たちにも負けない動きをしている。いや、もしかしたら、この『御前試合』の選手たちの中では黒フードを除けば一、二を争うくらいにはなりそうだ。
――――この二人のどちらかが、オレの対戦相手か……
勝った方と次の試合で当たり、それに勝利できれば決勝戦へと進む。
「強いけど、ボウガくんが落ち着いてやれば勝てるわよ。自信を持ちなさい」
「はい……」
自信も何も、ボウガは勝たなければいけない。
――――《勝ってください》
今朝、チェリがそう言った。
怪我をしていたボウガに言うのは心苦しいとは思っていても、きっとこれが本心だったに違いない。
もしも負けて、自分を倒した相手がチェリを望んだりしたら?
兄妹が許したとしても、ボウガは一生悔いて過ごすことになるだろう。
――――例え相手が黒フードでも、勝たないと何の意味もないんだ。
………………
紺色フード同士の試合は緊張感のある打ち合いが続く。きっと実力差があまりないせいだろう。
しかし、会場の見世物としてはそれはかなり喜ばれ、観客たちは大いに盛り上がっていた。
一応、ボウガも次の対戦相手になる方でも確認しようと試合を眺めた。
「どっちと当たっても、さっきよりは苦戦するかも…………」
「苦戦っつても、お前だったら大丈夫だろ」
「そーそー、ケンティ様が戻ってくる前に終わっちまうって!」
先ほど、ケンティは急用だと呼ばれ「すぐ戻るから」と言って少しだけ離れた。
ボウガたち三人は次の対戦相手の動きを目で追う。
確かに二人とも動きはかなり良い。見ていると、体格の大きい方が少し押されている気がする。
それは段々と時間が経つ毎に顕著になっていき、ついには大きい方は武器が破壊されてしまった。
「止め! 棄権により、勝者6番!!」
どうやら、大きい方は武器が壊されたので降参したようだ。
「素手でいけなかったのかなぁ。ボウガは武器壊れてもいくよな?」
「そうだね、負けたくないし。素手でやるなら、首へし折るつもりでいけるかな?」
「うへぇ……お前、本当にやりそうで怖い」
三人で物騒な話をしていると、舞台から紺色フード二人が降りてくる。
「ん? なんか、こっち来るぞ?」
だが、そのうちの一人、勝った方の紺色フードがこちらへと歩いて来るのが見えた。
ザッ…………
紺色フードがボウガたちの近くで止まって、腕組みをして立っている。顔はよく見えないが、こちらを睨んでいる気配は伝わった。
しばし黙っていたので、何かあるのかと言おうとした時、紺色フードはボウガをビシッと指差して口を開いた。
「おい、お前!」
「……?」
「お前が勝った奴は、俺たちの中じゃ一番弱い奴だったからな!? いい気になってんじゃねぇぞ!!」
「…………」
急に怒鳴られ、ボウガもリザードマン兄弟も唖然とする。
何も言い返さない三人に、紺色フードは余計に腹が立ったようだ。彼の全体からじわりと殺気が滲む。
「決勝で“先生”と戦うのは俺なんだ。お前みたいなよく分かんねぇ奴が、俺は一番ムカつくんだよっ!!」
一方的に吐き捨てるようにそう言って、紺色フードは立ち去っていった。
何事が起きたのか理解するまで数秒、三人は紺色フードが見えなくなるまで黙って立ち尽くした。
そのうち、リザードマン兄弟がハッとした顔で我に返る。
「……な、なんだよ、今のやろーはっ!? なんか、すげー文句だけ言って帰っていったぞ!?」
「本当に……変ないちゃもんつけやがって。ボウガ、あんな頭のおかしい奴、気にすることなんかな…………い」
バグナが今の言動に対して、ムッとした表情でボウガの方へと向いた。だが、ボウガを見た途端、バグナは凍りついたようにその場で固まる。
「………………」
明らかにボウガの様子がおかしい。
その紺色フードが去っていった方向をボウガが見詰めている。眉間にシワを寄せて一点を睨み付けていた。さらに両手は指が白くなるまで握りしめ、結んだ口元が微かに震えている。
バグナは付き合いは浅いが、ボウガの性格や予想できる言動はよく解っていたつもりだった。
だから、いつもは温和なボウガが怒りを顕にする様子に困惑が隠せない。
まるで“不倶戴天の敵”に遭遇したかのような……
「おい…………ボウガ、どうした?」
「…………え?」
堪らずバグナが肩を叩いて声を掛けると、ボウガはビクッと肩を揺らした。
振り返ったボウガの目はいつもの見慣れた雰囲気に戻っていたが、顔には汗が滲んで呼吸が浅くなっていた。
「今の奴、なんかあったか?」
「…………いや、その……」
ボウガはぎゅうっと自分の胸の辺りを握りしめる。
何かを言いかけて、それからほとんど話さなくなった。
…………………………
………………
ボウガが黙っている間にも『御前試合』は終わりに向けて進んでいく。
黒フードの人物も難なく勝利して出場者は残り四人。
次の試合が準決勝となる。
準決勝が始まる前に少し長めの休憩が設けられた。
その間に、ボウガの控え室にケンティが早足で戻ってきた。
「遅くなってごめんねぇ! 次の試合…………あら?」
「「…………………………」」
控え室のドアの前にリザードマン兄弟が立っている。
二人とも、ケンティの顔を見るとやや困惑した表情で駆け寄ってきた。
「……何かあったの? ボウガくん、中にいるの?」
「中にボウガはいるんだけど…………」
「ケンティ様、ちょっとあっちに……アンクス、お前はドアの所で待ってろ」
「は、はい! 兄貴!」
バグナはケンティを連れて、控え室のドアから離れた所まで来た。ここなら、部屋の中に声が聞こえないと思ったからだ。
「ケンティ様、実は…………」
バグナはケンティが席を外している間の事、紺色フードが変に突っかかってきたことや、そこからボウガの様子が変わったことを話した。
「……そう。解ったわ」
これらの話を終えた時、ケンティの反応は意外と冷静だった。
「もしかしてボウガの奴、記憶が戻ったとか……?」
「戻ったにしても、次の試合には出ないといけない……あ、そうだわ」
ケンティはあることを思い出す。
「グラム王国よ。以前、あなたに調べてもらっていたじゃない? そこの『人種』について……」
「そうですね。ケンティ様が、ボウガの特性と似てるからって、おれがあちこち調べて回ってました……」
ケンティは個人的にバグナに、黒フードたちの国である『グラム王国』のことについて調べさせていた。
ついこの間、それをケンティに報告したばかりだ。
「【精霊族】が知っている以外で、あなたが調べたこと……アロ様とチェリ様に言ってほしいの。全部じゃなくていいから、さっきの話も一緒に」
「わかりました。準決勝が終わったら、おれが調べたこともアロ様たちにお話しします」
「えぇ、ありがとう。お願いね」
ケンティとバグナも色々と準備をしていたのだ。
…………………………
………………
【精霊族】の観覧席。
思いの外、試合が早く終わったことにチェリはホッと胸を撫で下ろす。
「ボウガ様、無事に勝たれて良かったですわ。次に勝てば決勝…………それが終われば、会いに行っても構わないと思いますわ」
「ーー、ーー……」
ダリアに言われて、チェリはこくんと頷いた。
実は言われなくとも、決勝戦が終わった瞬間に会場へと走って行くつもりではある。
一刻も早く、自分のために戦ってくれたボウガを労いに行きたい。それがどんな結果だったとしても。
「ー…………」
ため息をついて、婚約指輪をしている左手を握る。今はドレスとお揃いの手袋を着けているために、指輪は完全に隠れてしまっていた。
「ー……!」
チェリはパッと顔を上げて、ドレスについているポケットを探った。今日は密かに持ってきた物がある。
「あら? それは何でしょう?」
「ーーー♪」
取り出したのは小さな革袋だ。その中から、細い金のブレスレットを出して、チェリが大事そうに左腕の手袋の上から身に付けた。
金のブレスレットには、全体に細かい緑色の石が施され、アクセントに小さな赤い石が付いている。
「まぁ…………とても、可愛らしいブレスレットですわね」
ダリアのような王侯貴族の生まれの人間から見れば、それは庶民が買う安物の石の装飾品であることはすぐに判っただろう。
だから、それをチェリが身に付けたことに意味があるものだと考えた。
「もしかして、ボウガ様からの贈り物でしょうか?」
「ーー」
「そうですか。お誕生日の……それは、大事に致しませんとね」
「ーー♪」
普段は壊さないようにしまっていたが、今日はどうしても持っていたかった。
「……ーーー」
今の自分には、心の底から祈ることしかできない。
チェリは左手の指輪とブレスレットに触れて会場を見詰める。
『ただいまより、準決勝を開始致します』
事務的なアナウンスが会場に響いた。




