第77話 自覚と無自覚
ボウガの第二試合が終わった直後。
【精霊族】の観覧席では、チェリがふらふらと席に着いた。
「…………ーー……」
「チェリ様、大丈夫ですか?」
チェリは深く息をついて手で顔を覆う。先ほど、ボウガが鎧の戦士に苦戦しているように思えて、心配のあまり席を立って手すりから身を乗り出して見守っていた。
アロとダリアがチェリを押さえてくれて、今はやっと我に返って座ることができた。
試合中は呼吸もまともにできていなかったように、深呼吸を繰り返し行っている。
「お手が冷えております。次の試合まで間がありますし、少し落ち着きましょう。誰か、暖かい飲み物をお願い」
「かしこまりました」
チェリの背中をゆっくり撫でながら、ダリアが近くのメイドに言う。
「アロ様も、今のうち休憩を……」
「すみません。ダリア様……」
その様子を見ながら、アロもため息をついて席に座った。
そんな兄妹の心配とは別に、周りの王子王女は一般の観客席同様に盛り上がっている。
「ボウガ様お強かったですわね!」
「さすがチェリ様のご婚約者様です!」
「このまま優勝など楽勝ではないですか!?」
「《……………………」》
この中でボウガが大怪我をしていたのを知っているのは少数だ。一昨日の事件は調査中ということで、一部だけの秘密になっている。
近くの王女たちが歓喜している中、アロもチェリも生きた心地がしなかった。
兄妹はボウガとは半年以内の付き合いとはいえ、その間に二ヶ月以上一緒に旅をしてきた。
魔物を倒したり、暴漢を取り押さえてくれたこともある。毎日、彼のことを気にかけて見ていた。
だから、二つの試合を見て気付いてしまったのだ。
ボウガの調子がかなり良くないということに。
「……いつもだったら、こんなに時間掛けない」
腕の怪我が重いのは知っているが、だからこそ早めに勝負をつけようとするだろうと思っていた。それができないくらい、身体が思うようになっていないのだ。
アロが眉間にシワを寄せて会場を見ていると、クロスが横から飲み物を差し出してきた。
「どうぞ。少し一息ついては?」
「どうも……」
「心配ですよね。誰かに様子を見てきてもらってはいかがですか?」
「……一応、ボウガには補佐を付けています。あとで長い休憩になったら報告には来るはずです」
「そうですか。では、我々にできることはありませんね」
「わかっています……」
兄妹は見守るしかない。それは理解しているが、改めてクロスに言われると少し腹立たしい。
………………
舞台では次の組が呼ばれていて、今まさに始まろうとしていた。
「紺色のフードばっかり……」
「えぇ。皆さん、グラム王国の戦士の方々ですね」
「……あの黒フードの奴の国ですか?」
「小さな国ですが、彼らの『人種』は類い稀なる武力を持っていると聞きます」
「………………」
黒フードとその周りにいる紺色フードの者たち。
見ているとどの戦士も戦い方に癖があって、素早さと剣術に長けている印象だ。
――――なんか、ボウガの戦い方と似てる……
アロには剣術の種類などは見分けがつかないが、前にスパイクからボウガが暗殺術を身に付けていることを聞いて、少しは注意して見るようにはしていた。
同じ手を使う人間とは純粋な実力の勝負になる。
「大丈夫かな……」
「……信じてあげないのですか?」
「え?」
クロスが飲み物を飲みながら席を立った。
下を覗き込んで舞台の外を指さしているので、アロもそちらの方を見る。
「ボウガさんなら、同質の人間でも戦えると思いますよ」
「同質……」
見た方向にいるのは、黒フードと紺色フードが集まっている場所だった。
「…………」
“おそらく、相手の様子を探れる『能力』をお持ちなのかと”
ソニアがクロスについてそう言っていた。
クロスはボウガとは二回しか会ったことがない。
しかし、初めて会った時にボウガはクロスに『握手』を求められていた。
その時に、クロスはボウガから何を読み取ったのだろうか?
「クロス様は、ボウガのこと……どこまでわかっているのですか?」
「どこまでとは……何ででしょう?」
「『握手』されましたよね? 当然、あいつのことも最初に探りましたよね?」
「んー……」
クロスは眉尻を下げて、困ったように唸った。
周りを見てから小さな声で答える。
「ボウガさん、記憶がありませんよね?」
「…………はい」
「私が読み取れたのは“レベル1”の情報です」
「レベル……?」
「“レベル1”は彼が自覚していること。それと旅の間に感じたことや、倒した魔物の記憶くらいです」
「………………」
クロスが自分の手をすっとアロの前に差し出した。
「人間の“情報”にはレベルがあります。開示されているかいないか、本人が知っているか知らないか……それによってレベルは変わってきます。だから握手くらいでは、ボウガさんが失っている記憶を私が読むのは難しいです」
アロとは数分間、ダンスで手を繋いだので【神器】の名前までを言い当てた。それは、アロが絶対の極秘にしていた訳ではなかったからだ。
「ボウガさん、皆さんとの旅がよほど楽しかったみたいですよ。魔物が出ることも、少しも脅威に感じてはいなかった」
確かに、倒した魔物の存在を忘れるくらいには、気にも留めてなかったと思われる。
「私が握手した中で、ボウガさんととてもよく似た性質をお持ちの方を知っています。それこそ、お身内だと思うくらいの人です」
「身内……」
再び、クロスの視線が会場の一点に向いている。ここまでされて、アロが気付かない訳がない。
「その“似てる”って方は、今あなたが見ている方々ですか?」
「さあ、どうでしょう? あちらが何も言わないなら、私からは言えないのです」
「………………」
やはり、このクロスという少年は油断できない。
こちらの情報は読まれるが、クロスの情報はこちらには来ない。
友人という体で気安くすれば、いつの間にかこちらの情報を献上してしまうだろう。
「…………試合が終わるまで、静かにさせてもらっていいですか」
「そうですね。何かわかるにしても、試合が終わった後になるでしょう」
特に気を悪くした風でもなく、クロスは薄く笑いながら席について飲み物を近くに置いて試合を見始めた。
――――ボウガに何かあったら、ケンティたちが報らせてくるはずだ。それまで、俺たちは黙ってあいつを見守る。
会場では試合がどんどん進み、再びボウガの番が回ってくるのだった。
…………………………
………………
ボウガは休憩を兼ねて、舞台下で全ての試合を観ていた。
結局、黒フードの人物の仲間、紺色フードの者は全部で5人。今は3人が残っているが、その3人は全員ボウガのブロックにいた。
黒フードのブロックには紺色フードは誰もいなかった。
「これ、対戦相手の調整されてませんかねぇ?」
「そうね。絶対に調整されてると思うわ。終わったらその証拠探して、徹底的に問い詰めてやりましょう……」
バグナとケンティが険しい表情で不穏な会話をしている。
「偶然だと思うけどなぁ……」
「でもよー。黒フードの奴のとこ、全部弱ぇ奴ばっかりだったぞ?」
「いや、あれは……」
ボウガはずっと観ていたが、黒フードのブロックの選手たちも決して弱くはない。
やはり、権力者から“代理”に選ばれた戦士だけあって、試合も見応えはあったし無駄な動きも少なかった。
しかし、黒フードの人物は一分も掛からずに勝負をつけていたのだ。
――――やっぱり、あの人只者じゃないんだよなぁ。
黒フードが規格外に強かったせいで、アンクスにはその他の試合が色あせて見えてしまったのかもしれない。
“決勝で待っている”
おそらく、いや絶対に黒フードの人物は決勝に上がってくる。正直、それを相手にすることが今から怖い。
――――その前に、あと二つ勝たないと。
その黒フードの前に紺色フードが待っている。
………………
本戦の一回戦が全て終わり、小休憩が挟まれた。
「さて、オレもそろそろ準備するか……」
身体を動かそうと立ち上がった。
コロッセオの観客席にはますます客が集まっている。立ち見が出ているくらい、試合が進むにつれ盛り上がってきていた。
【盟友の祭典】で一番の花形が『御前試合』であるのも納得してしまう。
――――次の相手は紺色フードの人か。どれだ……?
ここから見える紺色フードたちは3人いるが、体格に違いがあるがあまり見分けが難しい。何となく、がっちりした大きいの、ボウガと同じくらい、そして少し小さいように見える程度だ。
先ほど見た感じでは次の相手は、小柄でスピードを重視する戦い方の者だった。
「ボウガ、大丈夫か?」
「うん。痛み止めの薬草も効いてきたし、少しはマシになってるかな」
――――素早さについていければいいけど。
若干、不安が込み上げてくるが、少し剣で素振りをして一緒に振り払う。
やがて休憩が終わり、係がボウガの出番を告げた。
近くの階段から舞台上に上がると、紺色フードの人影も勢い良く飛び上がってきた。
スタンッ!! と大袈裟に回転して中央へと降り立った。
「おぉぉぉっ! かっこいいー!!」
「いいぞー! もっとやれー!!」
派手な登場に会場が沸き立つ。
『西、ベネット伯爵“代理”、14番!!』
「どうもー! ありがとねー♪」
紺色フードは周りにヒラヒラと手を振っている。
声の感じからすると若い女性のようだ。
「………………」
ボウガがなんとも言えない気持ちで眺めていると、紺色フードはボウガを指差して見えている口元を強気にニィッと釣り上げた。
「残念だけど、あんたの王女様はうちの“主人”のものだから! 覚悟しときなさい!」
どうやら、この紺色フードの“主人”貴族は、例に漏れずチェリを狙っていた。それにしても、この“代理”はかなりの自信家である。
促されて前へ進むと、紺色フード14番は両手にショートソードとナイフを持って構えた。
「始めっ!!」
トンッ!!
合図と同時に14番は一気に詰め寄ってくる。
あっという間にボウガの近くまで来て武器を振り回した。ボウガはそれを半歩下がってかわす。
「とりゃ、おりゃ、とりゃーーーっ!!」
気合いと共に相手の両手から繰り出される剣とナイフの攻撃を、ボウガは少しづつ後ろに引きながら剣で捌いていく。
素早い攻撃は一向に止むことなく打ち込まれた。
「ほらほらほらー!! 防御ばっかりじゃつまんないじゃないのー!?」
やり返してこないボウガの様子に、彼女はかなりご機嫌になって打ち続ける。
傍目から見れば、あまりの攻撃の連続にボウガが手も足も出ないように思えただろう。
しかし、ボウガは自分でも驚くほど冷静だった。
――――この子、今まであたった選手の中では一番素早い…………素早いけど……
キンキン、キンキンキキンキンッ!!
素早いけど………………それだけだ。
ボウガの中ですとんっと、何かが落ちた気がした。
――――ギィンッ!
防御のため少しづつ下がっていた足が踏み込まれ、打つのと同じタイミングで逆に弾き返す。ほんのわずかだが、14番はやや仰け反る姿勢になった。
だが、ここで彼女は怯んだりせず、さらに前へと踏み出し再び攻勢へと入る。相手に隙を与えないつもりなのだ。
「はっ! 食らえ―――」
ナイフからのショートソードの二段打ちで切りつけた。
……はず、だった。
シュッと風切り音を残して、左手のナイフが何もない場所に振られる。
「へ……?」
目で見て目標を失ったのが解ったはずだが、攻撃の勢いが止まらず、今度は右手のショートソードが前に出たところで、背中に鈍痛が走った。
彼女の右手側。まるですれ違うように、攻撃対象が背後へと回るのが視界の端に見えたが、振り向く前に彼女は床へと倒れ込んだ。
「え……何……?」
ズルッ…………
胸から背中にかけて、圧迫感と不快感に襲われた。
………………
「止めっ!! 勝負あり!!」
ボウガはショートソードを倒れている14番の背中から引き抜いた。
連続攻撃の流れの勢いを利用し、相手が前かがりになったところを身体を翻して背後を取った。
そして、そのまま心臓に一撃を与えたのだ。
「………………」
――――やっぱり、流れに隙ができても勢い任せだったな………………あれ?
何故かこの紺色フードの14番と戦っていたら、キャンプ場で『デスハウンド』を倒した時を思い出した。
「…………何でだろう」
ボウガは思わずぽつりと呟く。
――――オレ……この子の倒し方を知ってた……?




