第76話 本戦での差異
『東、チェリ王女殿下“代理”、158番』
ボウガが呼ばれた。
ここからが『本戦』出場者たちの試合である。
「……気をつけてね」
「はい……」
ケンティとリザードマン兄弟が、心配そうにボウガを見送る。
一回戦で力を入れたせいか、左腕はまだズキズキと痛んだ。だが、それに気を取られている訳にはいかない。
「………………」
舞台にあがると、反対側から相手も上がってきた。
『対する西、モルヴァー侯爵“代理”、5番!!』
全身鎧を着ているのではっきりはしないが、背丈などから見て『オーガ』あたりだろうか。確か【魔神族】での呼び方では『鬼人』と呼ばれていたはずだ。
手にはロングソードと大型の盾を持っている。
典型的な剣術によるパワータイプといったところか。
――――こっちの手持ちはショートソードとナイフ。ちょっと心許ない……でも、やるしかない!
ショートソードもナイフも、予選から持ち越してきたものだ。そしてナイフは先ほどの試合で使ったら、少しだけ刃こぼれを起こしている。
この試合で打ち合いになれば、どちらも壊れるのは目に見えていた。
「両者、前へ!」
剣を構えて相手と対峙すると、やはりボウガよりも大きく、全身鎧と大盾は少し厄介だと思える。
「始めっ!!」
掛け声と共に、両者は一気に間を詰めに走り出した。
………………
予想通り、剣での打ち合いになった。相手は鎧や盾で防御に重きを置いてはいたが、決して動きが遅い訳ではなかった。
剣さばきが的確で、ボウガの動きから目を離すことなく先を読んでいる。背後を取ろうとしても、この攻撃から外れて移動するのは難しい。
――――この人、ここの騎士団にいてもおかしくないくらいの実力だ。
予選に出ていた一般人の戦士などが見に付けられる剣術ではない。ちゃんとした指導者に教えられた腕前だ。
「っ……!」
相手の剣を受け流し隙を見つけようとするが、なかなか懐に入るタイミングが掴めない。しかも、先ほどから剣を受ける度に、何か違和感のようなものに襲われていた。
キィンッ! ガキィンッ!!
――――音が……?
打ち合いの中で、その違和感の正体が段々と判明していった。
――――まさか……!?
ボウガの予感が正しければ、これ以上の打ち合いは危険である。
すぐに左手にナイフを持って、一気に相手との間合いを詰めた。左腕がズキリと痛むが、ここを突破できなければ勝てない。
「このっ!」
相手が大盾を前に、剣を後ろへ引いて防御の構えを取るが、ボウガは構わず突っ込んで力の限り盾に蹴りを入れた。
この時ばかりは自分の馬鹿力に感謝である。
大盾は頑丈であっても、持ち手が蹴りの衝撃で横に逸れて胴体が見えた。しかし、今度はすかさず横から剣の攻撃が迫る。
ガキィイイインッ!!
相手が水平に切り込んできたところを、ナイフとショートソードで挟むように押さえた。ナイフの柄にロングソードの刃がくい込み、ビキビキと音を立てている。
ボウガは相手の剣の平の部分に真上からショートソードを振り下ろした。
バキンッ!!
ロングソードがボウガのナイフを道連れに打ち込んだ箇所で折れる。
「なっ!?」
ボウガに特攻され、ものの数秒で剣を折られた相手はかなり動揺したようだ。大盾での防御を忘れ、折れた剣に目を奪われている。
――――今だっ!!
身体を反転させ、全身鎧の胸下の僅かな隙間へとショートソードを叩き込んだ。
ズドッ!! バキンッ!!
相手の鳩尾近くへと刺さったショートソードも、柄の部分からキレイに折れる。
ボウガはすぐに後ろへと距離を取り、相手の様子を伺った。
「ぐっ……」
相手が呻いてよろめいた。
少し間があって、相手の身体からスルリと剣の刃が落ちていった。同時に、相手は尻もちをついてその場に座り込む。
ボウガはナイフとショートソードの刃の失くなった柄を投げ捨て、拳を握って相手をじっと見詰める。まだ審判が合図を送ってこないからだ。
『生命の護符』が無事で、相手が戦う意志があれば大怪我だろうと試合は続く。
武器は壊れてしまったので、これ以上やると言うなら素手での応戦になる。
しばらくして、
「止めっ!!」
審判が中断を告げる。
座り込んだ相手へと駆け寄り、鎧の上からぺたぺたと触ったあと本人へ話し掛けた。
鎧の首元から出された紐の先、丸いはずの金色のコインは半分になっていた。
ショートソードの一撃は、きちんと致命傷になってくれたようだ。
「勝負あり!! 勝者、158番!!」
わぁああああああっ!!
宣言をされると、観客席が一気に沸いた。
「あの158番、強ぇぞっ!!」
「いやっほぉー!! 貴族の戦士をやっつけた!!」
「いいぞー!! 兄ちゃん!!」
歓声が『【魔神族】の貴族に勝った!』というような内容だ。観客席のほとんどが【精霊族】側の平民なので、ある種のストレス解消になっているのだろう。
それとは対照的に、王侯貴族の席は静かである。
あの席で騒ぐ者はいないのは当たり前だと思ったが、【精霊族】の席を見た時、ボウガは一瞬目を見開いて固まった。
チェリが席から立って、手すりから身を乗り出していたのだ。
ちょっと焦ったが、アロとダリアが両脇から押さえているのが見えて胸を撫で下ろした。
――――心配させてたかな……?
いつもの戦い方ができていないのは、チェリも気付いてしまったはずだ。
ボウガは「大丈夫」と呟きながら控えめに手を振る。すると、チェリは小さく頷いて手すりから離れていった。
「158番さん、これポイントね」
「はい」
審判からポイントの札を渡される。
それを握って、ボウガ足早に舞台から降りていった。
………………
「やったぜ、二回戦突破!」
「おぅ、やったな!」
「うん……ありがとう」
リザードマン兄弟に出迎えられた安心感で少し笑顔になる。
「おかえり。やったわね♪」
「はい。あの、ケンティさん。すぐにポイント引き換えに行きたいのですが……」
「あぁ。本戦はすぐそこに引き換え所があるわよ」
指差しされた方は、ここから舞台を挟んで反対側に近い場所だった。
「武器、全部なくなったのよね?」
「はい。でも、それよりも気になることがあって……」
足早に引き換え所へと向かった。
「……ショートソードを」
もらったばかりの2ポイントの札を差し出し、受付けから剣を受け取る。すぐにその場から離れて、壁際に座って剣を持って眺めた。
「…………やっぱり」
ボウガは顔を顰めながら刀身を見る。
「どうかしたのか?」
「武器の質が……予選と違います。予選では鉄でしたが、こっちのショートソードの方は頑丈な鋼で出来てる……」
「「「えっ!?」」」
先ほどの戦士の剣を受けた時、明らかに予選とは違う手応えとぶつかる音で判った。
武器の試供品は騎士団で散々触って確かめたし、予選でもロングソードを使ってきた者と戦った。全員同じ条件だから、予選から持ち越したショートソードでも、本戦では充分使えると判断して臨んでいたのだ。
「予選から上がってきたほとんどは、一回戦か二回戦までは持ち越しで武器を使っていたはずです」
初めから持っているポイントは20だ。そのポイントは予選で武器防具を揃えるのにほとんど使う。本戦に出て使うとすれば、今のボウガのように完全に武器が壊れてからだろう。
「え……待てよ。そしたら、もしも予選の武器使って、本戦の奴と戦ったら……すぐに壊れる?」
「本戦から出たヤツの方がすげー有利じゃん!!」
本戦で武器を引き換えていれば条件は同じになるが、予選と本戦で武器の強度が違うことはどこからも言われていない。
出されていた試供品は、レプリカなどでみやげ物として売っているものと大差なかった。
――――そういえば、スパイク団長が“自分が出場した時よりも武器が貧弱だ”とか言ってたな……
当時、スパイクは本戦からの出場だった。もしかしたら、これは毎回のことなのかもしれない。
本戦から出るのは王侯貴族の“代理”ばかりだ。なるべく、彼らが勝てるようにした仕組みである。やはり予選からの出場は圧倒的に不利なのだ。
「でも、二回戦も勝てたし、ここからは武器も一緒だから大丈夫……」
この質なら、ショートソード一本でも充分戦えるだろう。
「ボウガくん、腕は大丈夫?」
「……痛みますけど、なんとか戦えます」
二回戦も左手にナイフを持って剣を受けた。その衝撃で痛みはさっきよりも強くなっている。
――――『エリクサー』は5ポイント。もう一つ勝てば引き換えられるけど……
引き換え所のすぐ近くに、大きな看板で対戦表が置かれていた。
舞台では次の組が呼ばれていて、この二人うちの勝者がボウガの対戦相手になるはずだ。
「あれ……?」
一瞬、舞台にいた一人が黒フードの人物に見えた。
防具は胸あてなどの軽量の装備。ショートソードや数本のナイフを腰に差している。しかし、よく見るとフードの色が黒ではなく紺色だ。
「あ、なんかあの黒フードに似てるヤツがいるな?」
「あら本当。格好が似てるわね」
試合が始まり、気になって見ていると紺色の人物はなかなか強い。
素早さで相手を翻弄し、隙をついて攻撃している。ショートソードとナイフを駆使する様子に既視感を覚える。
紺色フードは一気に相手の急所に剣を突き刺し、あっという間に勝利を収めた。
「「「…………」」」
ケンティとリザードマン兄弟が横目でボウガの方を見ている。
彼らが言いたいことが解る。
あの紺色フードの戦い方が、どことなくボウガと似ていると思ったのだ。
「『暗殺術』……かしら?」
ケンティがぽつりと呟く。
ボウガも暗殺術を身に付けているので、戦い方が似てくるのは当たり前だ。
「同じ戦い方なら、より強い方が勝ちますよね」
「そうね。純粋な実力勝負だわ」
「お? もしかして自信ありか?」
「そういう訳じゃないけど……」
ボウガだって、遠くから見て相手の実力を測れるほど慧眼の持ち主ではない。
――――でも、優勝するなら勝たなきゃいけないし…………あれ?
無意識で次の対戦相手を目で追っていると、舞台から降りた彼は仲間らしき集団へと入っていく。
そこには黒フードの人物と、彼を囲むように紺色のフードを被った人間がいた。
「おい、今の奴あいつの仲間かよ!?」
「そうみたいだ。格好も似てるし……」
そういえば、黒フードの『人種』が強いと知って、サーセンデスや他の貴族たちがこぞって“代理”に雇ったという話を聞いていた。つまり、この試合の中に黒フードの仲間の紺色フードが何人かいるのである。
「あの中で、サーセンデス家の“代理”って誰だろーな?」
「みんな同じような感じでわかんねぇなぁ。胸につけてる番号で見分けるしかないか」
「そうだね……」
話しながら舞台を見ていると、次の試合のアナウンスが流れた。
「あっ!? 今度は二人とも紺色フードだっ!!」
アンクスが指を差して声をあげた。
舞台には同じ紺色のフード二人が向かい合っている。
「マジか……何人、貴族様に雇われたんだよ?」
「………………」
その後、次の試合も紺色フード同士での戦いになっていた。
ボウガが決勝までいくのにあと二試合ある。
その二試合、どちらも紺色フードの“代理”と戦うことが決定した。




