第75話 予選組の試合
『只今より、本戦一回戦を行います!』
舞台に上がると、開始のアナウンスがされた。
『第一試合、東……』
ボウガの相手の選手が読み上げられる。やはり相手は同じく予選を上がり、一昨日の事件で運良く助かった者だった。
『対する西、チェリ王女殿下“代理”……158番!!』
名前ではなく番号で呼ばれるのは、個人としてではなく“代理”の戦士という意味らしい。そこには『婚約者』という関係は決して出されない。
しかし、会場はこの読み上げに一部が騒いでいる。
「おい、王女様が対抗して出してきたぞ!」
「『外部王族』なら『アミュレット』だろ?」
「え? 婚約者が直々に戦うの!?」
「いや、そうじゃない場合もある」
一般人の間で『アミュレット』の認知度は半々だ。そして、必ずしも『婚約者』でなければならないというわけではないようである。
――――アロやエペさんは『婚約者』にこだわってたけど、本当に王宮での『魔除け』対策だったんだなぁ。
それでも、今は『婚約者』で良かったと言える。
ただの護衛よりも、チェリを守ろうと強く思えるからだ。
「両者、前へ!!」
舞台上では『ドワーフ』が審判員を務めるようだ。
目の前にいる対戦相手は『獅子の獣人』で、さすがに勝ち上がってきただけあって体格が大きい。ボウガよりも頭二つ分は大きい。
――――あっちの武器はロングソードか。ナイフだけで凌ぐのは無理だろうか……できれば、ショートソードは次に使いたいな……
中央5メートルほど離れた位置まで来て、ナイフを一本だけ出した。
「おいおい、そんなので大丈夫か!?」
「片方は獣人だけど、あっちはなにかしら?」
「へぇ。ナイフだけなんて……接近狙いか?」
「予選はあれで勝ったんだろう。本戦もあのスタイルでいく気かな……」
予選にはほとんどなかった観客からの冷やかしや、勝手な分析の声がやたら聞こえてくる。やはり予選とは取り囲む空気が違う。
ナイフを構えて相手と対峙すると、相手の獣人も剣を抜くところだった。
「……よろしくお願いします」
「おう……」
予選を勝ち上がってきた者同士、ここで相手をバカにするような輩なら小物だ。
「始めっ!!」
審判員の合図と共に踏み込んだ瞬間に、左腕がズキリと痛む。そのせいか、間合いに入るのが遅くなり最初の攻撃が打ち込めなかった。
――――長引かせるのは不利……!
頭では解っていたが、ボウガの想像以上に身体はついていくのがやっとであった。
………………
「うわわっ……ボウガ、大丈夫かな!?」
「大丈夫だと思うけど……」
案の定、ボウガにはいつもの動きが出ていないように見えた。
バグナとアンクスは大丈夫だとは思っても、ハラハラした気分で舞台上の仲間を見守る。
「予選なら、あれくらいの奴には簡単に勝っていたのに……」
予選の最初ほどではなくとも、もっと早く仕留めに掛かっているはずだった。
ナイフを手に持ったボウガには接近戦しかできない。しかし相手はロングソードを振り回すため、間合いが遠く近寄れない。今は防戦一方になっている。
「………………」
いつもなら話をしながらのケンティも、険しい顔で試合を黙って見ていた。
「ボウガも剣使えばいいのになぁ」
「本当なら、ここでロングソードくらいと取り替えてたんだけどな」
『ポーション』と取り替える予定などなかったし、それでも治りきらない怪我も考えてなかった。
これに勝てば2ポイントプラスだ。ここでショートソードを次までとっておけば、もうひと試合勝って『エリクサー』と取り換えて体調を万全にすることもできる。
「ただし、武器が無くなるのも痛いな……」
「ボウガだったら素手でもイケそうじゃねぇの」
「万全になれば、イケるかもな」
それを考えるのは本人だ。
バグナは係から貰った対戦表を見る。予選から上がった者は一試合多い。そして不運なことに、ボウガはトーナメント表では向かって一番左端に位置していた。これは二回戦三回戦と上がっても、必ず“第一試合”になってしまう場所だ。
ボウガがこれに勝っても、次の予選上がりの試合が終わってからすぐに出番が来る。身体を休ませる暇があるのは2回戦の勝利後だ。
「あの身体で決勝までか……やっぱり、間にエリクサーは欲しいかな」
不安が拭いきれない中、舞台上ではボウガがまだ戦っている。しかし、先ほどよりも相手との距離が縮まって見えた。
さすがに背後を取ることは難しいが、打ち合いの中で一歩また一歩と近付いていき、相手が剣を振るう範囲が狭まっていく。
相手の剣さばきに焦りが浮かんでいくのがわかった。先程までは切りつけようと振るっていたのが、今ではボウガのナイフの攻撃を受けるための構えだ。
「あの小さい方、攻撃に移ってきたぞ!」
「いいぞ! 頑張れ!」
「獣人も負けるなよー!」
双方の打ち合いは、呆気なく終わる試合よりも観客にはウケが良い。いつの間にかボウガが『小さい方』と呼ばれているが、単に比較の獣人が大きいだけだ。
だが、この打ち合いが長引けば……
パキィンッ!!
「「「あっ!?」」」
小気味よい音がして、ボウガのナイフが根元から折れた。
………………
「っ……!!」
武器が折れたことで、ボウガが数歩後ろへ退いたのを相手も見逃すはずがない。
獣人は思い切り踏み出し、間合いを取ろうと離れたボウガへと剣を突きつ出した。
「もらった!」
剣先が喉元へと伸びた時、その姿がフッと消える。
そして次の瞬間、
ドンッ……!!
獣人のアゴの下に重い衝撃が走った。
「……な、に?」
顔を下に向けようとしたが、何かが喉につっかえている。獣人は目だけ下に向けると、そこには自分にピッタリとくっ付くように立つボウガが見えた。
右手には折れたナイフの柄が握られ、喉に突き立てられてのは左手に持ったナイフだった。
「…………」
無言でずるりと首元からナイフが抜かれるが、流血も無ければ痛みも無い。
その代わり、ナイフが刺さったはずの喉はキラキラと光っていた。
これは致命傷になる攻撃を受けて『生命の護符』が破壊された証拠だ。
「止めっ!! 勝負あり!!」
審判員の声が響くと、獣人はその場に尻もちをついた。
「ははっ。最後、懐に入られたの見えなかったなぁ。いくら、あんたが一昨日怪我してても、油断するつもりはなかったんだが……」
獣人は苦笑いをしながらボウガを見上げた。この獣人はボウガの怪我を知っていたが、これを好機と思うことなく戦っていたようだ。
「怪我はしてましたけど、ポーションで治しました。あなたは大丈夫だったんですか?」
「俺は大丈夫だ、ちょっと髭が焦げたくらいさ。病院で、ひとりがリタイアしたのは見たけどな」
おそらくあれは魔法による攻撃だった。普通の怪我よりも深い傷に我慢できず、その人はその場で回復魔法を掛けられて失格になったそうだ。
審判員のドワーフが近付いてきて、念の為に獣人の『タリスマン』が壊れているか確認した。
「勝者、158番!!」
勝利が告げられると、会場全体から歓声と拍手がおきる。
「じゃ、俺の分までがんばれよ!」
「はい……ありがとうございました」
獅子の獣人は笑いながら片手を振って舞台を降りていった。
「はい。ではこれ2ポイントね」
「どうも……」
審判からポイントの札をもらって、ボウガも舞台下で待つケンティたちの所へと戻る。
「おっしゃー! まずは一勝!!」
「……大丈夫か?」
「お疲れ様。はい、お水」
「ありがとうございます……」
「ねぇ、ボウガくん……その……」
右手で水を受け取ったボウガの顔色が悪いことをケンティが指摘する。
「左腕、使ったは良いけどキツかったんじゃないの?」
「えぇ、まぁ、少しだけ……」
まだナイフを握ったままの左手は小刻みに震えている。相手に致命傷を負わせるには、それだけ強い力でナイフを突き立てたはずだ。
「……気休めだけど、痛み止めの薬草を用意するわ」
「すみません……」
ここでまた『ポーション』を使っても内部の痛みは取れない。だから、次の試合はこのままで戦うことになる。
「次からある意味での本番ね。あなたの次の相手は『魔人』貴族の“代理”だから」
「その前に……予選のもう一組が始まります」
「もう一組……?」
ボウガがケンティと話しながらも、舞台を見上げていたので三人もそちらに視線を向ける。
会場から再び歓声があがった。
『第二試合……』
アナウンスが入り、舞台には二人の人物が立っている。
ひとりは鎧を着けた屈強な『オーク』で、もうひとりはあの黒フードの人物だった。
『東、グラム王国ソディア王子殿下“代理”、111番!!』
黒フードの人物は『111番』だ。
「グラム王国……」
「ボウガくん、知ってる?」
「いえ、全く……」
「あ……そう……」
国は知らないが、あの黒フードの人物がその国の王子の“代理”だということはこれで確定した。
――――やっぱり、あの人が王子だったのかな。
晩餐会で踊っているチェリとボウガをじっと見ていた男性。
チラッと上の観覧席を見ると、チェリたちがいる所から、女王を挟んで反対側の【魔神族】の王侯貴族たちがいる席に彼を見付けた。
真っ黒な軍服のような服に、頭と口元を隠している『人種』の判らない格好。
女王からかなり離れた位置に、召使い一人と一緒に舞台の方を観ている。
「……グラム王国は小さな国だからね。『御前試合』に参加してるけど、あの『人種』を知っている人間は【魔神族】でも少ないわ」
ケンティがその国について説明を入れる。
――――確かに、他の貴族と比べるとこじんまりしてる……?
小規模、謎の人種、あの黒フードの人物……
ボウガの中で彼らの説明が、いつか聞いた話と合致した。
「あの……ケンティさん。前に言っていた王宮に来ていた『強い人種』って、あの黒フードの人のことですよね?」
「え、えぇ……まぁ、そうね。あ! 始まるわよ!」
見ると、舞台上で二人が向き合っている。
片方が武器を取って構えるが、黒フードの人物は何もせずに立っているだけだった。
「……始め!!」
「うぉおおおおっ!!」
「…………」
開始の合図と共にオークが片手斧を振りかぶり、思い切り突っ込んでいった。それでも黒フードは構えもせずにそのまま黙って立っている。
――――斬られる……
そう思った時、オークの頭上に何かが飛んでいったのが見えた。
「へっ?」
観客やオークがその飛来物へ視線を逸らした瞬間、
ダンッ!!
目の前に来ていたオークの足元に、黒フードの人物がロングソードを向けていた。
「なんだっ!?」
「……ふん」
ガララランッ!!
オークの背後に飛来物が落ちた。
それはオークが持っていた片手斧の先の部分で、柄の所から綺麗に切り落とされたものだった。
「な、ななな……」
ただの棒になったものを掴んで、オークはわなわなと震えていた。それに構わず、黒フードの人物はロングソードを鞘に収めて審判の方を向いた。
「……おい、審判。終わったぞ」
「へ?」
「なっ、なんだとお前――――」
抗議しようとオークが一歩踏み出した途端、ガラン! と彼の着けていた胸あてが左右に分かれて転がった。次いでオークの服の前後が、真ん中からひらりと脱げていく。
最後に、真っ二つに割れた『生命の護符』が床に落ちた。
「あ、あ、あ……」
「『タリスマン』があって良かったな?」
「あ、あう……」
「危うく、半分の人間が二つできあがるところだった」
見えている黒フードの口元がニヤリとつり上がった。
「うっきゃああああーーーっ!?」
意外と可愛らしい悲鳴をあげ、赤面しながら左右に分かれた服を必死で中央へと引っ張る。素肌が出たことで、彼の頭から股下まで光の線が浮き出ていたのが見えた。
オークは縦に真っ二つに斬られていたのだ。
「はっ! や、止めっ!! 勝者、111番!!」
審判が慌てて勝利宣言をする。
少し遅れて、我に返った観客たちから大きな歓声が上がった。
「今……何が起きたか見えたか?」
「剣を取って、頭から下まで振り抜いたのは見たけど……」
最初に斧を切ったところは見えていなかった。
舞台下で呆然と見上げていると、コツコツと靴音が近付いてきた。
「あ……」
舞台上、ボウガの目の前に黒フードの人物がいる。彼はその場にしゃがむと、ボウガを見詰めてニイッと歯を見せて笑った。
「悪いな。私の相手が弱すぎて、お前の休憩にならなかったようだ」
「え……?」
「決勝戦で待っている」
それだけ言うと、黒フードの人物はボウガたちとは離れた舞台の階段を降りていった。
「なんだ、あいつ……」
「うわ……すっげぇ余裕……」
リザードマン兄弟が顔を青くしながら黒フードを見送る。
「決勝戦で待つ……って……」
まるで、その間の試合は気にも留めていないようだ。
――――あの人、愉しそうに見えるけど……?
自分が娯楽の対象にされたようで、少し居心地が悪い。
予選上がりの試合は二組だけだ。
次から本戦からの者たちと戦う。
「158番さん、準備をお願いします!」
「……はい」
係に呼ばれ、ボウガはすぐに舞台の階段へと向かった。




