第74話 会場と観覧席
時刻は昼の少し前。
その一時間ほど前に、一般の観客席よりも一段高くコロッセオ全体を見渡せる場所に『王侯貴族用』の席は用意されていた。
部屋は三つに区切られており、真正面は女王陛下とそのお付の者たちがいる。
その両隣りの部屋は【精霊族】か【魔神族】で、王族や貴族を分けて席を用意していた。
そう。アロとチェリがいるのは【精霊族】の王侯貴族用の席だったのだが……
「いやー、楽しみですねぇ。ボウガさんが出てくるのはいつでしょうか」
「……何で、あなたがこちらにいらっしゃるのでしょう?」
【精霊族】の王族がズラリと並ぶ観覧席。
何故かその一番端にクロスがニコニコと笑って座っていたのだ。そして、隣りにはアロが座らされている。
「クロス様は向こうの【魔神族】のお席が良いのではありませんか?」
「あっちに私が行ったら葬式みたいになりますよ。だから、女王陛下に『友人の隣りにしてください』とお願いしたのです」
「友人って……いつの間に、そんなことになっていたのか。まったく身に覚えがありませんが……」
「嫌だなぁ、一緒に踊った仲じゃないですか♪」
「………………」
一度踊ったくらいで友人面するな! と言いたいが、クロスが『セントラル』の名を持つ王族だと知ってしまった為に、アロはこれ以上彼を突っぱねることができなかった。
――――だけど……この位置は悪い。
ここは女王の部屋に近い位置ほど、王族の中での発言権が高いと言われている。
女王がいる部屋はクロスの背後の壁の向こう。
現在、壁から順にクロス、アロ、ダリア、チェリ……と並んでいる。
最初の予定では壁からダリア、チェリ、アロ……と並ぶはずだった。
女王の孫であるダリア。
一番の女王候補だと言われるチェリ。
その二人を差し置いて、アロが『魔人』と端の席にいることで何かを勘繰る輩も出てきてしまう。
例えば、“国を無視して『魔人』と友好を図る王子”とか、“王宮はチェリ王女を候補から外し、優勝者に嫁がせる準備をしている”とか、“妹の陰に隠れながら、実は王位継承権を狙っていた兄”……など、ゴシップが大好きな人々にまことしやかに噂されそうだ。
――――こうなったら、クロスの奴はとことん無視して、別の王族と仲良くしているところを見せつけ…………
そう思ってクロスに背を向けようとしたが、他の王子王女がアロとクロスから、何となく距離を取っていた。
チェリに『クロスには近付くな』と言ったせいか、チェリはダリアにしっかりとガードされている。
ほかの王女たちはチラチラとアロを見ながらも、なるべく視線を合わせないようにしてお互いに何かを話していた。
――――王女たちはいいとして、俺もあっちに行きたいんだが…………
王子三人はさらに奥でアロに向けて『頑張れ』と拳を握ってジェスチャーしている。完全に関わらないスタンスを貫き通す意志を感じた。
だが、その三人の王子の隣りに空席が一つあることに気付いた。
――――ウラジ様……やっぱり来ていないか。
今日も五人目の王子であるウラジは姿を見せていない。
「おや? どなたかお探しで?」
「いえ、別に……というか、近いです。離れてください」
親しげに近寄るクロスに向こうの王女たちがざわめいている。陰謀めいた噂が流れるのではないかと、アロは気が気じゃない。
「そういえば先日、『魔人』の公爵家の人間がチェリ王女にご迷惑をお掛けした件なのですが…………」
「ああ。『サーセンデス公爵家』の方ですか。不問にするから、安易に近付かないようにこちらから抗議させていただきました」
「はい……ですが念の為、私個人からも厳重注意を……」
「そうですか」
本当なら国際問題にして家ごと没落させてやりたいが、今のアロやチェリにはまだ難しい。
さすがに同じ『魔人』であるし、クロスが彼らに注意以上のことはしないだろう。と、思ったのだが……
「厳重注意の上、これ以上【精霊族】の王族に迷惑掛けるなら、家ごと取り潰しにするけど良いか? って言っておきました」
「えっ!?」
めちゃくちゃ良い笑顔で、不穏な言葉がスラスラと出てきた。
「いやぁ、お二人に見せてあげたかったですよ。現公爵の素晴らしいスライディング土下座。さすが田舎でも公爵の地位を維持した方です」
「どげっ……!?」
「王女様たちからの訴えと、親御さんのお気持ちを尊重して、ご子息たちに『謁見出禁』と『晩餐会参加禁止』だけを申し渡しておきました」
「あなたが言ったのか!?」
アロが思ったよりもクロスの行動が早いし怖い。
確かに、クロスが【魔神族】側の観覧席に行ったら、その場の王侯貴族が凍り付くのも頷ける。
「やはりこれだけでは、物足りませんか……?」
「充分です。結構なお手前でした……」
恐る恐るクロス越しに【魔神族】の方の席を見ると、項垂れているハゼロとレーシブを見付けてしまった。その隣りに同じように覇気のない中年の男女がいるが、たぶんあれが二人の両親で公爵夫妻だろう。
「でも、彼らの『御前試合』の出場権までは取り上げられなかったので、ボウガさんと試合で当たることになるかもしれません……」
「結局、チェリの邪魔はしてくる……と」
「ええ。ですが【魔神族】の『本戦』出場者たちは“主人”と“代理”共々、昨日と一昨日は外出禁止になっています。望みがあるのなら、試合で堂々と勝ち取ってもらいます」
不正行為が行われたり、不意の事故に巻き込まれないようにするため、毎回の『御前試合』の決め事だという。
もしも、これを破った場合は出場権剥奪の上、痴れ者として家名を晒すという脅しまでついている。
「そんな厳格に……」
「当たり前のことです。【魔神族】だってただの人間。何故、他の土地へ来て自分だけ優遇されると考えてしまうのか。そこは弁えてもらいます」
「へぇ……」
――――そりゃ、こんな『セントラル』がずっといたら、試合の観覧なんてしてらんないよな。
クロスは身内を厳しく律する考えがあるようだ。
下手なことを言うと、容赦なく身内を手打ちにするかもしれない。
………………
「さあ、もうすぐ『本戦』の開会式が始まりますよ。ボウガさんは…………あ、一番最初のカードですか」
後ろに控えていたお付の兵士からトーナメント表をもらったクロスだったが、それを見て表情を曇らせる。
「そういえば、ボウガさんの体調は大丈夫なのですか? 一昨日は大変だったようですね」
クロスは声量を落としてアロに尋ねる。その様子は本当に心配しているように見えた。
「……一応、ここに来るくらいまでは回復しました。たぶん今頃はポーションで傷を治していると思います」
アロは最低限の情報だけ伝えた。まだ事件の全体がわからないうちは、クロスにベラベラと話すことでもないからだ。
「魔法による事件か事故だと聞きました。アロ様は詳細はお分かりになってますか?」
「…………いえ。俺もあまり……」
“広範囲の『閃光魔法』かしら”
アロはボウガが運ばれた病院で、ケンティと黒フードの人物の会話を聞いていた。
――――そういえば、こいつが街道で使ってた魔法も光が関係してた感じだったな……?
あの時、街道は暗闇でほんの少しの灯りがあった場所に、クロスが使った魔法の光が強烈に印象に残った。
魔法の種類はわからないが、同じ光の属性を持つのは想像できる。
「不躾なことをお聞きしますが……クロス様は一昨日は何を……?」
「え? あー……」
アロの質問にクロスは一瞬だけきょとんとしたが、すぐに意味を理解して苦笑する。
「私を疑っておいでですか?」
「……念の為、お聞きしたまでです」
「一昨日は部下と一緒に街を見て回っていました。暗くなる前には王宮で仕事をしていましたよ。王宮のメイド数名に、お茶と夕食を自室に持ってきてもらっています。疑わしいのなら、調べてもらって構いません」
クロスの言葉に嘘は感じ取れない。きっと全て本当のことなのだろう。
「申し訳ありません。俺もまだ、この事に関しては口を出せないでいました。『御前試合』が終わるまでは、こちらに集中しろと言われています」
「そうですか。それは悔しいですね…………犯人は確実に『予選』から『本戦』へ上がった者を狙っていたのに……」
クロスはトーナメント表を広げて、出場者たちの欄を指でなぞる。
「実を言うと……私が一昨日のことを知ったのは昨日の昼でした。それと、まさかボウガさんが『予選』からだったとは思いもしませんで……チェリ王女の“代理”ですし、この『本戦』からの出場だとばかり……」
「知らなかったのですか? てっきり『魔人』側にも伝わっていたのかと……」
むしろ、ボウガを『予選』での出場に決めたのは【魔神族】からの要請があったからだと思っていた。
「まさか。『御前試合』は【精霊族】が決めたルールで行うのが当たり前ではありませんか。例え【魔神族】の貴族だとしても、一方的に相手に不利益を生じさせて、好き勝手をすることがないように『セントラル』が来ているのです」
先ほどの話もそうだが、クロスは【精霊族】を下に見る傾向のある【魔神族】貴族の監視もあるのだ。
「それに、ボウガさんの『御前試合』の出場自体、騎士団でギリギリまで隠していたのでは? 私は彼が『アミュレット』だと思って接してましたけど、晩餐会で知った者も多かったはずです」
「……確かに」
ボウガが王宮についた後、しばらくは“騎士見習い”として騎士団に入ってもらっていた。チェリの『アミュレット』だということも、ダリアたち王女にしか話はしていない。
――――あれ? そうなると……ちょっとおかしいぞ?
アロの中でこれまでのことが反芻され、いくつか気になる言動をした人物が浮かんできた。
「まさかな……」
「どなたか思い当たる方でも出てきましたか?」
クロスが怖いくらい素早く反応してくる。
“誰か”を思い浮かべていることだと言ってきたということは、クロス自身も“誰か”が調べるリストに上がっているのだ。
「そちらも……どなたか目を付けられているのですか?」
「さぁ? おいそれと“誰か”を疑って掛かるのは良くありません。ですが……ちょっとした推測くらいなら……」
これは確実に“誰か”が“何か”の候補に上がっている顔だ。
「晩餐会のダンス中に、街道で『人工の魔物』を使ってちょっかいを出してきた輩を縛り上げると言っていましたが、それを決行するおつもりは?」
「私だけではできませんでしたが、アロ様がやる気であれば…………」
「やります。『御前試合』が終わってからでお願いします」
「わかりました。お手伝いしましょう」
アロの提案にクロスがにっこりと笑う。
――――不本意だけど、事が終わるまではこいつと友人になっておくしかない……
ずっとクロスとしゃべっていたせいか、向こうの王女たちがさらにこちらを見て遠巻きにしている気がする。変な噂が流れたら収拾するのは大変だろうか?
「解決するならもういい。なんとかなれ……」
「開会式、始まりますよ♪」
げんなりするアロの横で、クロスは楽しそうに会場に目を向けていた。
…………………………
………………
開会式で女王の言葉が伝えられると、会場は一気に盛り上がっていった。
『優勝者には望みのものを与える』
解っていたはずだが、改めて聞くとこれほど残酷な賞品はないと思ってしまう。
「……では158番の方、そこの階段から舞台へ」
「はい」
「頑張ってね!」
「気を付けろよ」
「がんばーっ!!」
係に促されて舞台へと上がる。
反対側の階段からは、対戦相手が上がって来るのが見えた。
「チェリは……」
ボウガが顔を上げると、女王の隣りの観覧席にチェリの姿があって、離れていてもこちらを見ているのがわかる。
――――絶対に、チェリを賞品なんかにさせない。
舞台の中央へと進むと、コロッセオの歓声は一際大きくなった。
【おまけ】※第66.5話の影響
「ご覧になって……アロ様とクロス様が仲良くお話を……!?」
「わざわざ、お隣に席をご用意したらしいですわ」
「まぁ!? それは……ふぅううっ!!」
ザワつく王女たち。皆、口元を押さえてプルプルと震えていた。
何事かと思い、チェリは首を傾げてダリアを見る。
「ーーー?」
「チェリ様。大丈夫ですわ、ご心配なさらずに。アロ様とクロス様が仲が良ろしいのはいいことじゃありませんか?」
「ーー」
「ええ。いっときの楽しみだと思えば、これほどの目の保養も…………ぐふっ!」
「ーー……」
何故かダリアもプルプルしだして、チェリはほんの少し不安が拭えなかった。
※後にアロが噂の収拾を行ったが、この王女たちの間ではずっと言われ続けることになった。




