↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/82

第73話 本戦の朝

 長い一日が過ぎて早朝。

 この日は昼近くから『御前試合』の『本戦』が始まる。



 ………………



 昨日は丸一日寝込んでいた。今朝のボウガは微熱程度まで下がったが、左腕の痛みと全体的のダルさはまだまだ酷い。

 それでもコロッセオまでは本人が行かなければならないので、何とかベッドで半身を起こして食事をするところだった。


 昨日からチェリはずっと傍についていた。

 今朝も食事と薬を持ってきて世話をしようとしている。


「ーーー、ーーー?」

「大丈夫。食事くらいなら自分で……」

「ーー、ーー!」

「あ……じゃあ……」

「ーーー♡」


 一口分が盛られたスプーンをチェリがニッコニコで差し出す。それを見ながら、遠慮しつつも口を開けて食べさせてもらう。


「ーー?」

「うん。美味し……」

「そうか、美味いか」

「ングッ!? ゲホッ! ゴホゴホッ!!」


 不意に横から入ったアロの声に、ボウガは完全に喉に詰まらせた。


「いや悪い。ノックしたけど、全然聞こえてねぇみたいだったから。まだ寝てんのかなぁって思ったら…………まぁ、元気になった、か?」

「ゴホ……はぁ、はぁ……ご、ごめん」

「ーーっ……」


 ボウガとチェリは顔を赤くして、お互いにチラチラと見ている。アロはそれを見て見ぬふりして、部屋の入り口の方へと声を掛けた。


「あら、おはよう。少しは顔色良くなったわね♪」

「おはよー! だいじょぶかー?」

「よう。行けそうか?」


 ケンティに続いて、アンクスとバグナが部屋に入ってきた。


「チェリ、こいつの世話してるところ申し訳ないんだけど、王族(おれたち)はそろそろ自分の用意して会場に行かなきゃならない」

「ーーー?」

「そうだ。観覧も一般人とは別になるから、簡単にボウガに会うのは難しくなる」

「ー……」


 チェリとアロは王族らしい格好で試合を観ていることになる。チェリがボウガの“主人”でも、試合中に傍にいることはできないのだ。


「ーーー……」

「大丈夫だ。今回は試合中はケンティが付いててくれる。バグナとアンクスにも頼んでるから安心しろ」

「予選でもやったんだから任せとけ」

「おう、おれっち応援頑張るし!」


 さらに行き帰りには、騎士団のから数人が護衛に来るという。


「今度何かしてくるようなら、そいつはその場でパンッパンに絞めてやるつもりよ…………騎士団の威信に懸けて、ね」


 ケンティは背後から何か見えてきそうなほど、顔を険しくして遠くを見ている。


「それに、今日は魔術師師団も護衛に駆り出される。ついでに昨日は図書館の館長から何か言われて、夜遅くなのに全員が集められてたらしい」

「何か弱みでも握られたんじゃないかしら? 今朝も早くから団員たちが大忙しで走り回ってたし」

「“激おこ”だったみたいだもんなー」


 護衛の他にも、師団の工房は昨夜からずっと稼働しているのが見えたそうだ。静かに怒り心頭のアテュスの指示で、何をやらされていたのかと考えて震える。




 一昨日の事件を受けて、騎士団や魔術師師団も全力で今日の『御前試合』に向けて警戒しているようだ。


「だから、ボウガの周りはみんなが固めてくれるから、俺たちは俺たちの役目を果たさないと」

「ーーー……」


 チェリはこっくりと頷くと、ボウガの方を向いて両手を広げた。


「チェリ?」

 《……ちょっとだけ……良いでしょうか?》

「え? うわっ……!?」

 《…………》


 一言呟いて、ボウガの腰にギュッと抱きつく。

 チェリの触角のような赤い髪の束が、顔にペシペシと当たってくすぐったい。右手にも長いふわふわの『薄い緑金(ライムブロンド)』の髪がかかる。


 《……ごめんなさい》

「……?」

 《本当はボウガに“無理をしなくてもいい”って、言いたいです》

「…………」

 《こんな怪我もしている人を、自分のために戦わせるのも嫌です》

「………………」


 腰から背中に回された手は微かに震えていた。

 完全に顔をボウガの胸に押し付けていて、チェリの表情は見ることができない。


 《でも……私は、言わないといけない》

「……」

 《……負けないでください》

「うん……」

 《勝ってください》

「うん」


 数秒だけチェリの手に力が入って、それからスルリと身体を離す。


 《全部、見ていますから》

「わかった。行ってくる」

 《いってらっしゃい》


 ボウガが頷くと、チェリはにっこりと笑って部屋を出ていった。


「……絶対に勝たないと」


 出ていくチェリの後ろ姿を見送り、息をつきながら呟いたところで、目の前に食べかけだった朝食の器が置かれる。


「……勝つなら、これ食っていこうか?」

「……………………」


 アロが無表情で隣りに立っていた。


「それじゃあ、俺も(・)行ってくるから……」

「い、いってらっしゃい…………」


 出ていくアロの後ろ姿を見送ると、その先には呆れ顔のバグナ、ニヤけるアンクス、うっとりと微笑むケンティがボウガを見ている。


「お前らって、時々周りが見えてねぇよな」

「いいなぁ……おれっちも彼女欲しい」

「若いって可愛いわぁ〜♡♡♡」


「……………………」


 三人に生温かい視線を向けられながら、黙って残りの朝食を自分で口に運んだ。




 …………………………

 ………………




「3ポイントで『ポーション』をお願いします……」


 コロッセオに着いて早々、ポイントの引き換え所で『ポーション』を手に入れた。

 それを与えられた個別の控え室で一気に流し込む。


 控え室にはケンティが付き添ってくれて、心配そうにボウガの顔を見ていた。


「はぁ……」


 左腕がカァッと熱くなって、しばらく痺れるような感覚に襲われた。それが落ち着くと、巻いていた包帯がスルリと緩くなってズレてくる。


「わ……表面だけなら一瞬で治った……」


 火傷で爛れた皮膚は見た目だけなら、すり傷も傷痕も何も無い状態になった。


「表面だけはね。動かしてみないと……」

「……っ! やっぱり、中はまだ痛みがあります」

「結構、深い傷だったもの。どの程度まで動くか試して、痛みがまだ酷いなら薬草を飲んでおきましょう」


 受付けに預けていた荷物からショートソードを取り出して左腕で振り回す。


「強くは握れません。打ち合ったら弾かれるでしょう。利き手じゃなかったのが幸いです……」


 幸い……とは言っても、火傷を負った部分の皮膚下はまだズキズキと痛み、動かす角度によっては激痛になる。身体が繋がっている以上、一箇所の痛みは体に伝わり、利き手の動きにも影響を及ぼす。

 しかも、昨晩まで高熱で寝込んでいた分の体力消耗や、精神的疲労も動きに精細さを欠くことになるだろう。


 ――――それでも戦えるくらいには動く。細心の注意を払えば、一回戦二回戦くらいは繰り越しの武器と素手でいけるかも…………


 残っているのは、『軽量の防具一式』と『ショートソード1本』、それと『ナイフ2本』である。


「ケンティさん、『本戦』で勝ったら2ポイント貰えますよね」

「ええ。一試合で2ポイントね」

「今は残りが1ポイント……」


 こうなれば二回勝って、ポイントを武器ではなく『エリクサー』と取り替えて、完全回復して望んだ方がいいのかもしれない。


 ――――でもこれは、対戦相手にもよるか…………あの黒フードの人と当たったら、たぶん素手やナイフなんかじゃ勝てない。


 正直、一昨日同じ『予選』を勝ち上がった者たちを見て、勝てるかどうかわからないのはあの黒フードの人物だけだった。ついでに言うと、10人中5人は一昨日の事件で失格になっている。


「対戦相手とか、まだ発表になってないんでしょうか?」

「たぶん、開会式の前後に発表されるはずよ」

「……なんか、貴族たちはもう知っている気がしますが」

「あぁ、それは……否定できないわね」


 もしかしたら、対戦相手に多少の手を加えている可能性もある。


 加えて先日、黒フードの人物が言っていたことも気になっていた。


「『予選』から来た人間は、決勝まで4回勝うと言われました。ですが『本戦』から出る貴族の“代理”は3回だけだと……」

「……トーナメント表が想像できるわ」


 戦う回数が違うということは、ボウガの初戦の相手は同じく『予選』から上がってきた人間になる。

 つまり、貴族たちの“代理”は『予選』からの人間の戦い方をじっくり観戦した後、ボウガたちの二回戦からの登場になるのだ。


 たった一回だけ多いとはいえ、相手に手の内を晒してからの戦い方は簡単にはいかないはず。

 現にごちゃごちゃと人の多かった『予選』でも、ボウガが初戦で“相手を即死レベルで仕留める”というやり方を披露したところ、二回戦からはそれを警戒した者が多少なりともいたからだ。


「たぶんだけど、ボウガくんの戦い方は研究されている可能性もあるわ。その辺の使用人や一般人を密偵にするなんて簡単だもの……」


「それでも、オレは勝たなきゃダメなんだ」


 話している間にボウガは装備を整えていた。最後に頭を隠すための帽子型の兜を身に付ける。

『予選』からの持ち越しの『ショートソード』と『ナイフ』も全て持っていく。


「一つ前の試合で相手の様子を見ておくのも戦略です。見抜けるかどうかは、見た本人の技量の内ですから……」

「………………」


 ケンティは思わず黙り込む。

 時々、ボウガが戦闘の話をする時、記憶喪失とは思えないほどの見方をしていることがある。


 この青年は本当に記憶が無いのか?

 忘れることと、忘れずに残っているものの落差が激しすぎると感じた。だから気になることがある。


「ねぇ、ボウガくん。ちょっと聞きたいことがあるのだけど…………ボウガくんは、戦っている時って“楽しい”って思ってる?」


 言われて、ボウガは驚いた顔をした。


「楽しそうに、見えますか……?」


「記憶が無い……でも、戦うことに躊躇もないから。もしかしたらあなたの記憶って、辛いことを忘れて、楽しいことは覚えている……そんな仕組みじゃないかなって」


「……そうかも、しれません」


 以前、薬師のコーラルに指摘されたことがある。


 “記憶喪失はあなたの望んだ結果”

 “辛い記憶は忘れる防衛本能”


 忘れたのは【種族】や『人種』などの自分の出自。

 覚えていたのは全部、自分が生きていくために都合の良かったこと。


 なんて、よく出来た『記憶喪失』だろう。


「でも、これのおかげでチェリたちを助けられるなら構いません」

「……わかった。頑張りなさい」

「はい」


 今は記憶喪失などどうでもいい。

 先のことを考えるのに必死なのだ。




 ………………



 コンコンコン!


 身支度が終わって少しすると、控え室のドアがノックされた。ドワーフの男性が部屋を覗く。


「158番さん、そろそろ会場までお越しください」

「わかりました」


 どうやら出番が近いようだ。




 部屋を出ると廊下にはバグナとアンクスが待っていた。


「今から開会式だってさ!」

「トーナメント表も、そっちに貼ってたぜ」


 廊下の先、外に出る少し手前に看板のようにそれは立っていた。


「……呆れた。本当にあからさまじゃない」

「分かりやすくていいですよ……」


 想像通り、ボウガたち予選組は一試合多く設定されていた。たった四人、二組の試合がまるで前座のように組まれている。10人中6人は一昨日の事件でリタイアした。


「良かった。初戦のオレの相手はあの人じゃない……」


 あの黒フードの人物は『111番』だった。彼はトーナメント表ではボウガとは違う組で、当たるとしたら決勝戦である。


 ――――どこで誰と当たるにせよ、全員倒さないと……


 ボウガは大きく息を吸って、廊下から外へ……コロッセオの会場へと出た。





 とてもよく晴れた青空の下、満員の観客席が見えた。まだ始まっていないのに、人々の声が波のように聞こえる。


 試合の受付けの時に一度だけ見た会場は、その時よりも何倍も大きく見えた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
決勝の相手は黒フードかな?( ˘ω˘ )
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。