第71話 善行の代償
それが起きたのは、コロッセオで『本戦』出場者たちが帰ろうとした時である。
皆が一斉に帰路についたので、自然と地下から出入り口まで集団で移動することになった。
一番後ろをついてくる形になった黒フードの人物は、目の前の集団を眺めながら出口を目指す。
「屋台で何あるかなー?」
「本戦勝てば賞金が……」
「早く帰って……」
前方ではホッとしたであろう出場者たちが他愛ない会話をしていた。
やっと外が見えると、前を歩いている者が身体を伸ばしているのが目に入った。
しかし、その伸ばした腕の先……向こう側の景色の中、おかしな場所に人影が見えて思わずそれを見詰める。
突然、その人影の中心から不自然な光が発生する。
それを見た途端に、全身の肌が粟立っていくのを感じた。
「―――……前っ!!」
周りに説明する暇などなく、それだけを叫んで光がぶつかる前に後ろへと回避した。
「っ……!?」
回避して瞬きする間に、目の前は真っ白な光の柱が立っている。
服の端が光に触れた途端に、ジリッと焼ける音が聞こえた。
「ぎゃああああっ!!」
「うわあああーーーっ!!」
前方から悲鳴と焼ける音が聞こえ、それは光が消える直前まで続いた。
不意に視界が戻って、光の代わりに今度は煙が辺りに充満している。
おそらく、光の柱が出現して消えるまで数秒も掛かっていないと思われるが、次に目の前に現れた光景に時間の感覚が狂わされた。
一瞬にして、白く整っていた石畳は真っ黒に煤けた。
先ほどまで前を歩いていた集団があちこちに転がっている。
正面、光の真ん中にいた者は無傷で座り込み、左右で光を少し浴びた者は大怪我をしてのたうち回っていた。
…………………………
………………
「…………と、これがコロッセオのところで見た光景だ。私は魔法に関しては詳しくはないが……おそらく、何かの攻撃魔法で間違いないだろう」
「炎……爆発……いえ、広範囲の『閃光魔法』かしら。どちらにしても、人に向けていいものじゃない……!」
その話にケンティは険しい顔をする。
「あの場で、魔法に気付いたのは私だけ。そして、私の声に反応して動いたのは……あの子だけだ……」
顔を向けた先には、さっき普通の薬草で眠らされたボウガがいる。
傍にいるアロとチェリも二人の会話を聞いていた。聞きながら、チェリはボウガの右手をしっかりと握っている。
「本当に、大した子だ……あなたの婚約者は」
チェリに向けて、黒フードの人物の口の端が少し上がった。
聞けば、ボウガは黒フードの人物の声に反応し、最初にバグナとアンクスを突き飛ばした。
その次にすぐ近くにいた『獣人』の子供を庇って、後方へ避けたのだという。
「獣人の子供を……?」
「ほら、あっちにいる」
アゴで指された方向には無キズで力無く座っている『熊の獣人』の男性と、彼にしがみついてしゃっくりをあげて泣いている子供がいた。
「子供はすり傷ていどで済んだ。彼が助けなければ、光の直撃を受けて死んでいてもおかしくなかったな」
「ボウガくんは、それで怪我を……?」
「あぁ。正直、子供を助けなければ無キズだった」
「………………」
たぶん、ボウガは反射的に動いたのだろう。子供を助けないという選択はなかったように思う。
「バカだな。お前らしいけど……」
「ーーー……」
アロが泣きそうな顔で寝ているボウガを見下ろす。
チェリはすでにボロボロと泣きながら、ボウガの頭をそっと撫でていた。
………………
「そういえば……ボウガくん、試合のポイントはどれくらい残っていたの?」
ケンティがバグナに尋ねる。
『御前試合』の出場者が怪我を治すためには、引き換えられる『ポーション』か『エリクサー』しか使えない。
「確か、4ポイントだ。『予選』で残った武器防具は持ち越しで使えるから、『本戦』の一回戦は引き換え無しでいこうと思ってたみたいだ……」
「4ポイント……3ポイントの『ポーション』なら交換できるわね。でも……」
『ポーション』は外傷だけなら完全に治すことができる。
しかしボウガの腕の傷は相当酷く、外皮に近い部分までが治ったとしても、内部の神経や筋肉の損傷まで治るかはわからない。
「すでに引き換えてある『ポーション』とか『エリクサー』は?」
バグナは首を横に振った。
「あいつ、試合以外で怪我するなんて考えてなかったから、ポイントの振り分けも武器で計算してたんだよ。薬なんてどこにも…………」
答えた後、大きくため息をつく。
「……早くても、薬との引き換えは『本戦』が始まる明後日の朝。明日は丸一日、寝込むことになるわね」
ここから、傷による高熱などで体力や気力を消耗するのが予想できた。それが一日続けば、『本戦』で戦える力は残るだろうか?
「『エリクサー』なら内傷や体力も回復できるけど……引き換えが5ポイント……足りない」
「あ、あのっ……!」
悩むケンティに声を掛けてきたのは、子供を抱えた『熊の獣人』の男性だった。
「お、俺のポイントをその人に使えませんか? その人、うちの息子を助けて大怪我したんでしょう!?」
「う、うぅっ……!」
彼らは今の話を聞いていたようだ。
「気持ちは嬉しいけど、試合のポイントやアイテムを他人に譲渡はできない。それに、あなたも『タリスマン』が壊れたのなら、出場資格は失くなっているわ」
「そんな……でも何か……」
「うぅ、ひっ……その、お兄ちゃん……ぼく、たすけてくれて……ひっくっ……」
父親に抱えられた子供が、泣いてぐしゃぐしゃの顔をケンティに向けて必死にしゃべる。
「けが、してるのに……だいじょぶかって……うっ……わらってて……」
「「「………………」」」
ボウガは笑いながら子供の無事を確認していたようだ。全員、子供の話に言葉が出ない。
しかし、そこにチェリが近付いてきて子供の前にしゃがみ込む。
魔力封じの腕輪を取ると子供の頬に手をあてる。
「ーー……?」
「うぇ……?」
「……『怪我は?』だと」
アロが訳して子供に伝えた。
「すこし、だけ……でも、ぼくはいたくない!」
無駄に強がっていたが、子供の顔や手足には所々小さなすり傷があった。他の重傷の者を先に治療されていたので、子供は簡単な消毒だけで後回しになっている。
「ー……」
チェリの手から発生した緑色の光が子供の全身を包む。あっという間に全てのすり傷が消え去った。
「えっ!? なんだ!?」
「父ちゃん……もう、いたくない!」
驚く親子にチェリはにっこりと微笑む。
《あの人は優勝するって言いました。どうか、応援しにきてください》
訳された言葉を聞き、親子は目を潤ませながら大きく頷いた。
………………
しばらくして、騎士団から数名が病院へとやってきた。ケンティは彼らにいくつか指示を出し、黒フードの人物の方を向く。
「……申し訳ないけれど、さっきの話をもう一度騎士団でお聞きすることになります。よろしいでしょうか?」
「もちろん構わない。いくらでもしよう」
「ありがとうございます」
黒フードの人物に頭を下げ、ケンティは改めて今回巻き込まれた者たちとボウガを見る。
「はぁ……なんで、ボウガくんばかり酷い目に……」
「……後に『勇者』と呼ばれる者は、最初は損をするようになっているものだ」
「へ?」
「では、また明後日……試合で」
黒フードの人物と数人は騎士団と共に出ていった。
「………………」
ケンティは黒フードの人物の背中を見えなくなるまでジッと見詰めていた。
そこにバグナがそっと声を掛ける。
「あの、ケンティ様?」
「ん? 何かしら」
「あの……さっきからいた黒い奴ですけど……」
「そうね。あなたに調べてもらってたわね」
「やっぱり。なら……報告があります」
「わかったわ。騎士団の事務所で話を聞くわ」
「はい」
バグナはアンクスをチェリたちに付け、ケンティと一緒に先に騎士団へ行くという。
「ボウガくんは後で王宮の部屋へ運んでもらいましょう。それまで、一緒にいてあげてください……チェリ様、アロ様」
「ーーー」
「あぁ……」
その後、日付が変わる頃にボウガは王宮の部屋に運ばれた。
………………
「アロ……様、もう少し休んだ方がいいんじゃ……いいのではないで、でしょうか?」
たどたどしい敬語を使いながら、アンクスが新しい飲料水と薬を運んできた。
「アンクス、無理に言葉難しくしなくていいぞ。この部屋の周りには俺たちしかいないし」
ここはボウガの部屋の前の廊下。
廊下にはソファーと小さなテーブルが置かれ、そこにアロが座っている。部屋にはボウガの様子を看ながら、ずっと張り付いているチェリがいた。
「アロ〜……チェリも全然休んでないよなぁ?」
「まぁ……チェリに休めって言っても、休めねぇと思うぞ。交代するって言っても、世話を譲る気は無さそうだしな」
「う〜……おれっち、ボウガもだけど二人も心配だよぉ」
やはり怪我の程度は酷く、それが原因の高熱に一日中うなされることとなった。
『生命の護符』が壊れていないので、直接は生命に関わる傷ではないが重傷であることには違いない。
「こんなで、明日の『本戦』に出るっての……無理じゃねぇの? 会場までボウガが行って『ポーション』貰わなきゃいけないんだろ?」
「たぶん、ボウガのやつは這ってでも行くぞ。俺たちが止めても絶対に行くって言う……」
今までの付き合いでボウガの性格はよく分かっている。ボウガはチェリのために、死ぬ気で出場するだろう。
「俺たちができるのは、明日までに少しでもあいつの体調をマシにすることだ。薬、持ってきたんだろ?」
「おう! ケンティ様から魔力が無い、解熱の薬もらってきた!」
「ありがとうな。早速、飲ませ…………ん?」
アロが部屋の扉を叩こうとした時、廊下の向こうからカツカツと軽い足音が聞こえてきた。
今、この廊下は関係者以外は出入りを禁止している。近付けるのは、アンクスとケンティだけにしていたのだが……
「お〜い! アロ王子〜!」
同時に聞こえてきたのは呑気な呼び声。
アロよりも目と耳が良いアンクスが、いち早くその声の主の姿を捉えて身構えた。
「なんだっ!? あのオッサンはっ!?」
「……おっさん?」
カツカツ……
確認できる範囲まで来たのは『エルフ』の中年男性だった。
長い耳、短い金髪、褐色の肌、細身で背が高い。
だが一番特徴的なのは、ボディにピッタリとフィットした派手な衣装であること。
「ヘーイ! 久しぶりだね、アロ王子! 会いたかったぜー!!」
「おっちゃん!!」
場違いなほどに砕けた人物の登場に、さすがのアンクスもその場に固まった。
しかしアロは、パアッと笑顔になってその人物へと駆け寄っていく。
「いやー、陛下に会って、そのあとにケンティに聞いたらここにいるって…………大変だったみたいだなぁ!」
「うわー、おっちゃんが来るとは思わなかったー!!」
「はっはっはっ!! 大きくなったなーアロ王子!」
「ア、ア、アロ……? 知り合い、なのか?」
珍しくアンクスがガチガチに警戒して尋ねる。
「あ、紹介するよ。この人は……」
「よっす! オレは『マシュー・バングル』だ。『イシュタル国立図書館』の前館長だった者だ!」
「図書館って……この間、アロたちが行ってきた?」
「そうだ。おっちゃ…………マシュー様は、今のアテュス館長の父親なんだ」
「へぇ〜……」
マシューをまじまじと見ながらアンクスは首を傾げる。
「図書館の館長さんって、すげー真面目のメガネ……って聞いてたんだけど? マシュー様は違うね?」
「あー、息子は息子、オレはオレ。一緒にしないでくれよ!」
「……『風のエルフ』って極端なんだよ」
この人といい、ケンティといい、アロの周りってキャラが濃いなぁとアンクスは思う。
「館長から王都に来るって聞いていたけど、今日着いたのですか?」
「いや、実は先に図書館に寄っててな。本当は『御前試合』が始まる前に王都に来たかったんだが、図書館でアテュスの奴に捕まって。王宮までいくつか転移魔法陣を張るのを手伝わされたんだ」
「転移……『移動陣』? なんで……」
その時、コツコツ……と別の足音が響く。
「『移動陣』を多くすれば、人や物資の行き来が早いですから」
「「えっ!?」」
アロとアンクスが振り返った先には、マシューとは真逆の人物が立っている。
「この時期は、毎回嫌なことが起きるので……」
「アテュス館長……!?」
真面目のメガネ。
図書館の現館長アテュスであった。




