第70話 予選を終えて待つもの
『御前試合』の『予選』を勝ち上がったのは10人だった。
ボウガと不明の黒フードの人物以外は全て『獣人』で、一般人やフリーの傭兵がいるようだ。
「……それでは、ここにいる10名の方は明後日の『本戦』に進むことになります」
『本戦』は一日おいた明後日。
明日はコロッセオで『本戦』の準備で試合の受付け等も休みになり、武器防具や薬の交換は明後日の朝からになる。今身に付けている装備や、ポイントの札などはここに預けていくことになった。
別の部屋で装備品等を箱にまとめ、係の人間に預けて帰路についた。
………………
早朝からコロッセオの地下にいたのだが、階段を上がって外が見える玄関ホールまで来ると、すでに上空は星空になっている。
コロッセオの出入り口の門付近はほとんど人がいない。『予選』で負けた出場者はさっさと帰ってしまい、ここに今いるのは『本戦』の出場者とその関係者だけだった。
玄関から集団に紛れてぞろぞろと出てくると、コロッセオの入り口近くで『獣人』の子供がひとり待っているのが見えた。
「父ちゃん! どうだった!?」
「おう! 勝ったぞ!」
ボウガのすぐ近く、集団の中から父親らしき人物を見付けて飛び付いている。
「勝てば賞金もあるからな。それで家族養ってる奴もいるわな」
バグナが目を細めてその親子を見ていた。
殺伐とした一日の終わりに少し和む光景だ。
「う〜、やっと帰れるな!」
「やっぱり、ちょっと疲れたかな」
「町の灯りが眩しい……」
コロッセオ周辺はぽつりぽつりと灯りがあるくらいだが、市街の方角は全体が明るい。
もう少し行けば、祭りの屋台などが多く並ぶ市場がある。
「兄貴、せっかくだし市場の方に行って、なんか食べてこうよぉ! おれっち腹減った!」
「そうだな、ちょっと寄ってくか……ボウガはどうする?」
「え? オレは……」
――――勝ってホッとしたけど……
王宮には自分が勝ったことは伝わっているのだろうか?
もしかしたら、まだ報せは行っておらず、チェリとアロがやきもきして待っているのではないだろうか?
「オレはすぐに王宮に帰るよ。無事に予選を終えたことを報告しないといけないし……」
「お、そうか。だよなぁ、待ってるもんなぁ?」
「チェリ、喜ぶぞー!」
「あはは……そうだね」
二人の顔が完全にボウガを冷やかしている。それでも嫌な気がしないのは、ボウガもちょっと浮かれているからだ。
コロッセオの正面玄関を出た所で、二人とは別れて帰ることにした。十数人が一気に出てきたので、出入り口は混み合っていた。
「あー、終わった!」
「明後日までどうするかなぁ」
「父ちゃん、帰ろー!」
「よし、帰ろう!」
ボウガは全体の後ろの方を歩いていた。そのさらに後ろ、視界の隅には黒フードの人物も歩いている。
目の前でさっきの親子がニコニコと話しているのを見ながら、外の空気を吸って伸びをした。
――――さて、帰ったら最初にチェリたちに会わないと。遅い時間になると、会わせてもらえないんだよなぁ。
チェリの笑顔を想像しながら、バグナたちに声をかけようとした時だった。
「―――……前っ!!」
「え……」
後ろからの叫び声と同時に、前方から物凄い光に覆われた。
…………………………
………………
「……そろそろ終わったよなぁ?」
「ーーー…………」
王宮の中でも市街地が見える場所の窓。
アロとチェリは外を見ながら、ボウガが戻って来るのを一緒に待っていた。
実を言うと、『予選』の結果に関してはすぐに報せが来て知っていた。しかし、当の本人が来るまではまだ実感が湧かないし、直接祝うこともできない。
そして何より、チェリがまともに食事も喉を通らずに心配しているのだ。
――――まぁ、こっそり見てきたケンティから、あいつが余裕で勝ち抜いているのも聞いてたし……大丈夫だろ。
ケンティは同伴者としては入れなかったが、出場者の振りをして紛れて見ていたようだ。
決勝に近付くにつれ人が少なくなって、目立つ前に帰ってきたようだが、ボウガが最後に勝ち上がったのは確認していてくれた。
――――ケンティもアンクスを送ったんだから、伝令とか任せればよかったのに。みんな、あいつのこと心配してんだよなぁ。
ケンティもリザードマン兄弟も、そして騎士団の全員も今回の『御前試合』でボウガが優勝するところを見たいと言っている。
「ったく……あいつは随分と愛されてるもんだよなぁ」
「…………………………」
アロの呟きに、チェリが真っ赤になって俯いた。
――――あ、ここに“一番”がいたか。
兄としては複雑だが、まぁ仕方ないだろう。
「さすがに暗くなってきたなぁ。チェリ、待つなら騎士団の…………」
アロが言いかけた時だった。
二人が見ていた方角で強い光が発生した。
まるで爆発のように、広範囲に広がり高く柱を作る。
「なっ……なんだ、今のっ……!?」
「ーーーっ!?」
完全にコロッセオの方角である。光はすぐに収まったが、異様なことが起きたのは明白だ。
「魔法の光? しかも……攻撃魔法の……」
「ーー、ーーー!!」
「そ、そうだ……確認っ!!」
「ーーー、ーー!!」
嫌な予感がして、アロは杖を出してチェリを乗せる。チェリはすぐに窓から行こうと指をさす。
「ダメだ! あいつが居る所とは限らない!」
「ー、ーーーっ!!」
「まずケンティのところに! そこからボウガを迎えに行こう!!」
「ーーー!」
王宮の長い廊下を、兄妹は猛スピードで移動していった。
…………………………
………………
これは一体、何が起きたのか?
コロッセオの近くで警備をしていたドワーフの男性は、その光景を見て立ち尽くした。
今は人通りは少なくなったとはいえ、コロッセオの前の通りはかなり大きい。ちょっとした広場になっている。
そこが、広範囲に焼け焦げていたのだ。
ちょうど直径で10メートルくらいに、広場に大きな円を描くように石畳が煤けて煙をあげている。
「お、おい! 大丈夫か!?」
「怪我人はっ!?」
仲間と共に声を掛けると、あちこちから声が聞こえた。煙の中で何人かが身動きしているのが見えた。
煤けた円の中央で5人ほどが無傷で呆然としていた。
そして円の外側に近い部分では、
「ぐぁああっ!! 痛ぇっ!!」
「うぅ……た、助けてくれ……」
腕や足の一部分を怪我した者たちが蹲っている。
どうやら、魔法らしきものが直撃したようなのだが、それにしては怪我人が奇妙だった。
「何で、円の真ん中の人は無事なんだ?」
思わず疑問が口から出たが、それは助かった人間によってすぐに解った。
「あ、あーっ!! 俺の『タリスマン』がっ!?」
円の真ん中にいた無傷の者たちは『御前試合』の出場者たちだったようだ。
粉々に砕けたコインを握って項垂れている。
「えっと、怪我人!! 怪我をしている人はっ!?」
どうやら『タリスマン』を持っていても、それが壊れなかった人間が多少なりとも怪我を負っているとわかった。
「出場者以外で怪我人は―――」
「む、息子はっ!? 俺の子供がいないっ!!」
円の中央で無傷の『獣人』が叫んだ。
「子供は『タリスマン』なんて無いんだっ!!」
父親は子供が近くにいないと半狂乱になって叫ぶ。
『タリスマン』が壊れたということは、本来ならばこの父親は即死だったのだ。
父親と一緒にいたのなら、子供はこの煤の中で…………
「だ、誰か、他に人は……!」
段々と煙が収まっていく中、円のさらに後方に何人かの人影があることに気付いた。
…………………………
………………
コロッセオ前の広場で起きたことは、すぐに王宮の騎士団に伝えられた。
「何が起きたのか、事実確認を早急に伝えよ!」
スパイクはすぐに手の空いている者を現場へと送る。
「団長! ケンティ様はすでに現場と、怪我人が運ばれた病院へと向かっているそうです!」
「む? 早いな?」
「それが…………」
若い騎士は震える声でスパイクに説明した。
………………
兄妹がケンティを連れて病院に着いたのは、光が見えてから一時間ほど経ってからだった。
二人とも、念の為に頭から隠せるマントを羽織ってきている。
「何が、あったんだ……?」
王宮から近い病院だが、そこにはコロッセオの前にいた者たちが全員集められていた。
「いででででっ!! た、助けてぇ!!」
「ひぃいいい……!!」
何人かの痛々しい叫びが聞こえる。
身体の一部を怪我した者たちが集められた部屋で、三人はバグナとアンクスを見つけた。
「あっ、あそこに……!」
「バグナ!! アンクス!! 大丈夫か!?」
「ーー、ーーー!!」
「あ、アロ……来たのか」
「チェリぃ、痛いよぉ……」
バグナとアンクスは手や頭に火傷のような怪我をしていた。傷は酷いようで二人とも声が弱々しい。
「ーー、ーーーっ!!」
チェリは二人を見るやいなや、駆け寄って両腕でギュッと二人を抱き締めた。
近くにいた病院のスタッフが驚いて声を掛ける。
「あ! その人達はまだ治療を……」
「ーーーーっ!!」
リザードマン兄弟を淡い緑色の光が包む。
あっという間に火傷の傷は薄くなっていき、すぐに綺麗な鱗の肌が現れてきた。
「うおー! もう痛くない!!」
「はぁ……ありがとな、チェリ」
「ーーー……」
「すご……無詠唱の回復魔法だ……」
「あれ、チェリ王女様じゃ……」
「しぃー!」
一瞬でリザードマン二人を治した光景に、医療スタッフは感嘆の声をあげた。何人かはチェリだと気付いたが見て見ぬ振りをする。
治ったバグナにアロが詰め寄った。
「バグナ、ボウガは!?」
「それが…………」
バグナがチラッと部屋の奥の方に視線を向けた。
奥にはベッドがいくつか並んでいて、そこには他にも怪我をした者たちがいた。
そして一番奥のベッドに横になっていたのはボウガだった。左腕全体が酷い火傷で覆われている。
「っ……ボウガ!?」
「ーーー!?」
咄嗟にチェリが駆け寄ろうとした瞬間、チェリの前を遮る腕があった。
「ダメだ。近寄るんじゃない」
「ー……!?」
チェリの前に立ち塞がったのは、全身を覆う真っ黒なフードコートの人物だった。
「あなたは…………」
呟くケンティを一瞥し、黒フードの人物はチェリを真っ直ぐ見詰める。フードのせいで顔は見えないが、突き刺さる視線にチェリはたじろいだ。
「チェリ王女。残念だが、あの子に回復の魔法は掛けられない。魔法で傷を治せば、あの子は『御前試合』の出場権を失う」
「ーー……!?」
その人物の言う通りである。
『御前試合』に出ている者は、試合期間中は魔法を掛けられることは禁止されていた。例え回復魔法だとしても、魔法で身体に何かを付与されたものとして『タリスマン』が反応して壊れるようになっている。
「生命に関わるような傷じゃなかったから、あの子の『タリスマン』はまだ壊れていない。傷を治すのならば、ポイントで引き換えられる『ポーション』か『エリクサー』を使用しなければならない」
「………………」
黒フードの言葉にチェリは泣きそうな顔で立ち尽くした。そんな二人の間にケンティが入り込む。
「申し訳ごさいません。しかし、彼はこのお方の婚約者様です。動揺するのはいたし方ないと思っていただけると……」
「…………婚約者」
黒フードはチェリを見詰めながら少し黙った。そして一度ボウガの方を見てから再び口を開く。
「……あなたは強い魔力をお持ちだと聞いた。あの子に近付いて無意識に回復魔法を掛けられたら困る。一緒にいるならば、魔力を抑える魔道具を身に付けてほしい」
「………………」
その言葉にチェリはしっかりと頷いた。
………………
ケンティが魔術師師団から『魔力封じの腕輪』を借りてきて、チェリはやっとボウガがいるベッドの傍まで来ることができた。アロも後ろに控える。
「…………っ……」
ボウガの左腕は肩の下から全体が火傷で、皮膚は赤黒くズタズタになっている。怪我のせいで熱も出てきたらしく、額に大量の汗をかいて目を閉じていた。
遠目で見ても酷いとは思ったが、近付いてさらに重傷だということがわかった。
「〜〜、ーー……!!」
チェリは無事な右手を掴んで、その場に静かに座り込む。気配を感じたのか、ボウガが薄く目を開けた。
「…………チェリ……」
「ーー……!」
「ごめん……試合には、勝ったんだけど……」
「あー、しゃべんな! ちょっと休め!」
今にも気絶しそうなくらい、ボウガの声は小さかった。
チェリもアロも、倒れているボウガを見るのは初めて会った時以来だ。
「……何でこんなことに?」
ケンティは振り返って黒フードの人物を見る。
「説明をお願いしても?」
「……構わない」
黒フードの人物は大きくため息をついた。




